【78】 引っ越し先は、どこにする?
博之「でも、今日わかったことなんだけれど、私が轢いたのは4台目の車だったそうだ」
奈美「4台目?」
博之「そう、だから『死体を轢いたんだろう?』って、警察の人が言っていた」
奈美「そう」
博之「だから、『ほとんど罪はないんじゃないか』って」
奈美「なんで逃げたの?」
博之「酒を飲んでいたんだよ。だから、『まずい!』と、そのときは思ったんだ。公務員だし、家族はあったし、みんなに迷惑がかかるから、姿をくらませれば誰が轢いたのかわからなくなると考えたんだ」
奈美「そう」
博之「今となって、冷静に考えれば、すぐに警察を呼ぶべきだったと思うけれど、そのとき、とっさに浮かんだのは、家族を『殺人者の家族』にしたくなかったんだ」
奈美「うん」
博之「あれから何年も経つけれど、今からでも、離婚というのであれば、もちろん応じるし、養育費も少ないかもしれないけれど、出来る限りの仕送りはするつもりだよ」
奈美「今、どうしているの? お金あるの?」
博之「お金はある、少しだけれど。こっちで、パチンコ店で働いている。とってもいい人に雇ってもらってるんだ」
奈美「そう、良かった」
博之「私の心配はいらないよ。逆に、そっちはお金あるのか?」
奈美「なんとかなってるわ」
博之「そうか。本当に申し訳ない。すべて私が悪かったんだ、すべて」
博之は涙声になっていた。
博之「美味しいもんも食べてないんだろう」
奈美「そんなことないわよ。毎日は無理だけれど、たまには」
博之「そうか」
奈美「ずうっとそっちに居るの?」
博之「わからない。けれど、そっちには戻れないだろうな。それに、今のパチンコ店のご夫婦にもお世話になっているし、恩返しをしないと」
奈美「そう」
博之「税務署の方はどうなっているんだろう?」
奈美「退職させられたわ」
博之「そうか。税務署は俺がひき逃げ犯と知っているのかな?」
奈美「わからない」
博之「うん」
奈美「海斗に何か言うことある?」
博之「うーん」
奈美「海斗、お父さんに何か言うことある?」
海斗が受話器を持った。
海斗「お父さん、戻ってこないの?」
博之「そうだな、今忙しいからな。様子をみてだな」
海斗「……」
博之「ごめんな。何もしてあげられなくて。いつか、いつか一緒に遊ぼう。それまで待っててくれるかな」
海斗「うん」
博之「いじめられてないか?」
海斗「ないよ」
博之「そうか。いじめられたらすぐに母さんに言うんだよ」
海斗「うん」
海斗が黙って受話器を奈美に渡した。
奈美「わたし、」
博之「また、連絡するよ。どうしても連絡が必要な時は『パチンコ、モナコホール』に電話をくれればいい」
奈美「うん」
博之「電話番号は、ネットでわかるから」
奈美「うん、わかった」
博之「すまなかったね。謝って済むことじゃないけれど、いつか穴埋めするから」
奈美「うん」
博之「じゃぁ」
博之が電話を切った。




