第1話 能無し
出社したら社長が背任容疑でパクられて倒産待ったなしで無職になった。
未払い分の給与の支払いが絶望的と聞いて速攻でハロワに行こうとしたら上司から「お前は受給条件を満たしていないから失業保険は支払われないだろう」と言われた。一週間以内にまとまった金が入らないと家賃さえ払えない。完全に詰んだ。
自暴自棄になっているのはわかっていたが、自然と足がダンジョンに向いていた。ここに来るのは十年ぶりだ。東京渋谷にある、ご存じ皆様のお金で作るテレビ局の敷地に出現した日本一有名な初級者ダンジョンだ。なぜ有名なのかといえば、まったく金が稼げないショボいダンジョンだからだ。
平日の昼前ということもあり観光客のひとりさえいない。受付で入場料の千円とレンタル武器の鉄の槍の料金千円という、今の俺には貴重な合計二千円を払って入口ゲートを潜った。
二十年前、突如として世界中のあちこちに出現したダンジョン。以来、ダンジョンで獲れる貴重な資源を求める冒険者という職業が生まれた。稼げる冒険者になるにはそれに相応しい『技術』が求められる。スキルが相応しくない者はせいぜい小遣い稼ぎ程度がお似合いだ。それ以上欲張る者に待っているのは死だ。
スキルはダンジョンボスを倒す事で入手することが出来る。人類がスキルを獲得出来るのは最初のボスを倒す時の一回きりだ。
日本では国民の義務として十八歳から二十歳の間に取得出来るスキルを調べてマイナカードに登録しなければならない。スキルの種類や効果を確かめるのは、もはや重要な国家プロジェクトだ。ダンジョン産の希少なポーションを使えば部位欠損や難病の治癒まで可能なのだからそんな話になるのも納得だろう。
今では、わざわざボス討伐をしなくてもスキルを調べる方法が確立している。国の認定を受けた鑑定士によりマイナカードに『技術』を鑑定、登録する行政サービスが全国のダンジョンで開催されている。渋谷第一ダンジョンは世界でも有数の、攻略難易度の低いダンジョンだ。入り口のホールが広いことで使い勝手が良く、スキル鑑定からそのままスムーズにボス討伐が可能な、初心者にやさしいファーストダンジョンとして有名だ。
十年前の高三の冬休み、仲間が全員十八歳になったのを受けてスキル鑑定を予約して渋谷第一ダンジョンを訪れた。当たりのスキルをゲットすれば冒険者への道が開けて受験勉強から解放される! なんてことを夢見る若者たちで真冬のホールは熱気に包まれていた。タブレットを持った公認鑑定士たちが若者たちの間を縫うように次々にスキルを鑑定してマイナカードに記録していく。ロビーのあちこちから大げさな歓声や落胆の声が上がっていた。
いよいよ俺たちの番だ。冒険者のドッグタグと認定証を首からぶら下げた疲れた顔の中年男がブツブツ言いながら事務的に鑑定していく。『剣術』『弓術』『槍術』『盾術』そこでおっさんが片眉を上げた。
「お前らツイてるな。パーティーに必要なスキルがほとんど揃ってるじゃねーか」
「おー!」鑑定を受けた連中から歓声が上がる。おっさんが俺の前の女子を鑑定する。
「すげーな!『魔術』だ!」
「きゃー!」「うおー!」魔術が出たことに周りの連中も巻き込んで大盛り上がりだ。おっさんは「リア充爆発しろ」みたいな顔になりながら俺を見た。
「『地図』ハズレね。残念」
ニヤニヤしながら俺の肩を叩いてそう言ったが、もはや誰もそんなことは気にしちゃいなかった。有用なスキルがあるとわかった五人はそのままパーティー結成手続きをしてダンジョンボス討伐に向かい、俺はその足で家に帰った。もう誰も俺のことは見ていなかった。
三学期が始まったが俺は受験勉強に追われ、その後なんとか大学に受かり、高校に通うこともなく家に引きこもっていた。卒業式だけは出たが誰とも話すことなく真っ直ぐ家に帰った。その日、一緒に鑑定を受けた同級生が全員、ダンジョンで死んだ。
レンタルの槍を受け取ってゲートを潜って、ロッカーにリュックを入れて階段を下りると広い洞窟のようなホールに着く。ここはすでにダンジョンだ。そして、十年前に鑑定を受けたのは正にこの場所だが、何の感慨も浮かばないことにホっとした。
俺の外れスキルの『地図』は、実際に歩いた分だけ頭の中に地図が描かれるというものだ。ただそれだけ。今時、スマホの無料アプリでも固定マップのダンジョンなら全ての地図情報から宝箱の位置、どんなモンスターが出るかぐらいは載っている。俺のような使い物にならないスキルの連中は『能無し』と言われ馬鹿にされる。
スキルが弱くても、モンスターを倒して経験値を稼いでレベルを上げてステータスを強化すれば少しは稼げるようになる。運が良ければレアアイテムを拾えるかもしれない。しかし、それをやるにしても強力な武器防具は欲しい。買うには金がかかる!
渋谷第一ダンジョンは田んぼの『田』の字みたいな形をしている。真ん中の棒の両端がそれぞれ入り口ホールとボス部屋になっているから、入って寄り道せず真っ直ぐ進むだけでボス部屋に到着する。
スーツに革靴で鉄の槍を構えてぼんやり明るいダンジョンをじゃりじゃりと進む。スライムしか出ないとわかっていてもひとりでこんなところにいると恐怖を感じる。
ダンジョンは、道幅五メートル、高さ三メートルほどの岩肌が剥き出しの通路になっていた。どこに光源があるのかわからないが文字が読める程度には明るかった。
とにかく真っ直ぐ進む。すると前方の右壁に直径二十センチほどのプヨプヨした半透明な物体が見えた。スライムだ。真ん中あたりに何か小さな丸い物が見える。あれが魔石だな。スライムは魔石のある部位が全体の半分から三分の一程度の大きさに削られたら死ぬらしい。魔石を砕いても死ぬが、それだと儲けが無しになる。スライムは何もドロップしないので魔石が稼ぎの全てだ。
スライムの魔石の買い取り価格は大きさにもよるが最低百円からだ。ここのボスのスモールスライムで買い取り価格が三百円から五百円。入口の買い取り窓口に書いてあったから間違いないだろう。
「いよっ!」
スライムに狙いを定めて槍を腰だめに構えて突き刺す。刺さるだけで効いてなさそうだ。今度は刺したあとに引き上げて切り裂くようにしたらうまくいった。刺しては切ってを繰り返して小さくしていく。すると突然、水のように溶けて地面のシミになった。あとには薄い水色のビー玉みたいな魔石が残る。摘まみ上げて中を透かして見ると、薄い水色の液体の中に少し濃い青いモヤが揺らめいていた。魔力が籠った状態ってやつだろう。ダンジョンで初の成果だ。できればこれは売らずに記念に残せるといいなぁ。
一匹討伐したことで心に余裕が出来た。ダンジョン中心の十字路に差し掛かる。慎重に前方と左右の路地を観察する。天井までグルリと見て敵影ナシと確認する。俺は慎重な男なのだ。後方もチェックしてから先に進む。
通路の長さは一辺あたり三十メートルほどだ。またスライム発見。一回倒してコツはわかっているのであっさり討伐。二個目の魔石確保。これで二百円。スライムの弱さが巷に溢れる情報通りで安心する。お陰でダンジョンの中に独りきりという恐怖心が少し薄れる。
ボス部屋の前に到着してT字路の左右の通路にスライムがいないことを確認。スライムのリポップは一時間後でダンジョン内には同時に四体のスライムしか湧かないことがわかっている。ここでは効率が悪すぎてスライム狩りで稼ぐのはまったく無理だ。
ダンジョンボスのスモールスライムは普通のスライムの二倍弱の大きさだそうだ。仮に長さが二倍だと体積は八倍になる。そう考えるとだいぶ大きそうだ。気合を入れてボス部屋の扉の、いかにもここに手を当てろという長方形の枠に手のひらを当てると、重いものが地面を引きずるような音をさせながら扉がスライドして開いた。前方にスライムの姿を視認しながら中に入ると背後で扉が閉まった。
「は? なんかお前デカくないか」
ダンジョンボスのスモールスライムって四、五十センチ四方ぐらいじゃないの? 目の前のこいつは余裕で一メートル以上あるよな? 色も青じゃなく赤っぽいし、透けて見える魔石は野球ボールぐらいある。入口に貼ってあったポスターの写真はこんなんじゃなかったぞ。
槍を構えてじりじりと近付く。ぷよぷよしていて生きている感じはあるが、動き回る気配はない。スマホを取り出して写真と動画撮影をしておく。戦闘中は撮影できないな。スマホをしまって戦闘開始だ。
「ふっ!」
腰を入れて突く! 引き上げる! 反応らしい反応は無い。よし、やるしかない! ザクザクと切っていく。切っても切っても体積が減らない。弾力が無いわけじゃないので切るだけでもけっこう力がいる。三分もやっていれば腕がパンパンだ。ペースを落としてじっくり効率良く切る方向に方針を変える。スライムはまったく動かないわけでもない。攻撃者の俺を認識して飲み込もうとゆっくり近付いて来るのがわかる。
なにも体積を減らす戦法にこだわる必要はないと気付く。魔石の近くまで切り開いて、最後に魔石を切り出せばいいんだ。魔石の近くまで切り刻んだ時に異変に気が付いた。スライムが縮んでいる気がする。
切り刻むのを中止して距離を取り始めた瞬間、ぎゅーっと縮み始める。なにかヤバそうだ。ダッシュで逃げる! ビュッ! ビュッ! と液体を噴き出した!
「待て待て待てーっ!」
明らかに俺を狙っていた。吐き出された液体が地面で白煙を上げ、刺激臭がする! アラサーで運動不足の身体には厳しいって! 五回ほど吐き出すと攻撃が止んだ。
しばらく様子を見るが収縮運動がなくなったようなので、近付いて一気に切り進める。魔石の周りを繰り抜くように刃を差し込むとこちらの意図を察したのか動きが大きくなる。
借りたのが刀じゃなく槍でよかった。距離的に余裕を持って対処できる。最後、ほじくり出すように魔石を刃で掻き出した。魔石が外に転げ出た瞬間、バシャァと盛大に水しぶきを上げてスライムは消滅した。よかった、こいつが酸の水じゃなくて。
「うおっ!」
なんだ?! 何かが身体を駆け巡る感じがして立っていられない。全身に鳥肌が立つ。濡れていない地面までフラつきながら駆け込んでドっと座り込む。ガタガタと震える。なんだこれは。レベル酔いってやつか? こんなに激しいものなのか? 戦闘中にこれはヤバいでしょ。 仲間のフォローのないソロ冒険者は怖いな。
しばらく座り込んでいると突然スーっと楽になった。落ちている魔石に戻って拾い上げるとずっしりとした重みを感じる。さすがダンジョンボスだ。普通のスライムの魔石の何倍もデカイな。色はノーマルのスライムと違って赤色だ。
それはいいけど、水たまりの中に何か落ちている。平べったいガラスボトル? 飲み口はガラスの栓みたいなものが蠟封のようなもので固められている。瓶はおそらく透明で、薄いピンクの液体が入っている。容量は百ミリリットルぐらいかな。たしかスライムはアイテムを落とさないはずだけど。ボスドロップなのかもしれないと思いながらスーツの内ポケットに入れる。
よし、これで俺の能無しスキルの『地図』が起動できるようになったわけだ。闘うことの出来ないゴミスキルでも俺のものには違いない。スキルを意識すると、たしかに自分の中にそれがあるのを感じる。さぁ相棒、無職、金ナシの俺と同じ不遇な地図くんよ、仲良くやっていこうじゃないか。
起動。
「おー、これが『地図』かー。ホントだ。意識しないでもダンジョンの様子がわかるな」
うん、地図が見えるというか思い浮かぶというか。目を開けているのに地図がわかる。えーと。田んぼの『田』があって下にロビーがあって、上にボス部屋か? おおっ。びっくりした。部屋の名前が表示されたぞ。【ロビー】【ボス部屋】ね、それで青い光点が俺?
なんでだよ!
頭の中の地図はぐるぐる回せてズームも自在。そもそも歩いていないところも全部見えているし、青い光点が俺で、敵は? うお、出た! 赤い光点だ。赤じゃなくて黄色とかに変更、できた! やっぱ敵は赤で。名前は? 【スライム】だ。
落ち着け! これ、本当に『地図』なのか? これが『地図』なら『能無し』なんて言われるの変じゃないか? だいたい、言われていた性能よりぜんぜんいいぞこれ。
ボス部屋の上になにかまだあるけどなんだこれ。
【隠れボス】




