40話 見えないもの
蒼天を穿つように、天候を無視した雷が鳴り響く。
瞬時に俺の手元へと顕現したのは、あの時と同じ——電磁銃だ。
野生の本能だろうか。
魔物は急激に速度を落としたが、もう遅い。
俺は銃口を紫色の魔物へと向け、引き金を引いた。
バリバリバリ! ——ズギュゥゥゥン!!
魔物は弾かれたように身を翻し、咄嗟に回避行動を取った。
あまりにも速い。異形だからこそ成せる動きだ。
……キィャァァアン!!!
だが——それでも足りない。
放たれた一撃は、紫色の魔物の右脚を掠めていた。
「よしっ!」
襲い来るのは紫色の魔物だけだった。
黒い魔物は、俺が確認した地点から動こうとせず、その姿は今にも消えそうなほど薄れている。
魔導撮影機を黒い魔物へと向け、画面越しに姿を確認した。
「……だろうな」
画面には、当然のように何も映っていない。
それを確認すると同時に、目視でも黒い魔物は完全に消えていた。
「からくりは解けた」
負傷した紫の魔物は、息を荒く俺を睨みつけている。
「それ、あの時のカード……えっ? 黒い魔物の姿が小さくなったわ!?」
「……え、は? な、なんで」
目を疑うようなリースの声を聞き、地蔵のように固まっていたチャイタンの活動も再開した。
「おそらく紫色の本体、ドレッドパンサーは俺たちの精神状態を読み取っている。恐怖心……かはわからないが、何かしらの負の感情が具現化されたのが、黒い魔物の正体だ」
質量を持った恐怖、と言えばいいだろうか。
先ほど俺が攻撃を受けた際は、確かに衝撃や痛みが走った。
だがセツたちの話を聞くにつれ、黒い魔物の姿は弱々しくなっていき、今では俺の前から完全に消滅した。
「恐怖の同調……それで生まれた存在。言うなれば、擬似的な生命体ってところかしら」
「……ま、マジだ! 黒い方の姿が小さくなっていく!」
「ああ。謎が解ければ、もう恐れることはない」
俺が睨むと、紫の魔物はビクッと震えて背を向けた。
しかし傷を負った右脚のせいで、思うように速度が出ないようだ。
「——チャイタン。撮影者のカードだけが全てじゃない。どんなカードも、使い方次第で可能性は拓けるんだ」
「……えっ?」
「——終わりだ! “レールガン”!!」
森にこだまする断末魔と共に、ドレッドパンサーが白と黒の粒子に包まれていく。
一瞬ではあったが、その姿が写真のように空間に焼き付き、そして消滅した。
「た、倒しちまった……」
「さすが、ね」
呆然としている二人の声を背に、ドレッドパンサーが遺した輝く紫色の結晶を手に取った。
「そういえば、二人はこれについて知らないか?」
「あら、綺麗ねー! でもごめんなさい、わからないわ」
「……多分だけど、記録片だと思う」
「知っているのか?」
「多分な。強力な魔物を倒した時に、普通の素材の代わりにそれが遺されることがあるらしい。俺も数えるほどしか見たことないけど、きっとそうだ。ウチとか、他のギルドでも買い取ってるはずだし、色々と用途はあるみたいだぜ」
なるほど。いつか使う機会があるかもしれない。
少し興奮したようなチャイタンだったが、すぐにバツが悪そうに顔を伏せた。
「あー……また、助けられちまったな」
「気にすることはない。俺はチャイタンのことも仲間だと思ってる。助け合うのが仲間だろ」
「バエル……」
チャイタンは鼻の下を指で擦り、初めて会った時のような快活な笑顔を見せてくれた。
「これで、あの人のためにも少しは前に進めそうだ。全部バエルたちのおかげだよ」
「こちらこそだ。俺もみんなのおかげで、気になっていた謎が一つ解けたからな」
「へへっ。しっかし、なんだよ今のカード! そんな強力なカードも持ってたんじゃないか」
「いや、これは元々ライトニングなんだ」
「へ?」
口を大きく開けたチャイタンのそばで、リースも続きを聞かせてという顔をしている。
「ライトニングはそのまま使うと、ただ雷を放つだけだ。だが、ライトニングとアクセルを同時に発動させることで、レールガンへと変化する」
「カードの変化……そんなことあるの!?」
「し、知らねぇって」
カード同士が互いに繋がり、新たなカードへと変化する現象。
「……いわば、カードリンク」
気がつけたのは、間違いなく仲間たちのおかげだろう。
「——仲間、か」
その言葉を、味わうように噛み締める。
改めて思う。
俺は、この世界に来ることができて良かった——
「……でも、それが本当ならすごいことね。うまく使いこなせたら、撮影者の間でもコモンカードへの認識が変わるかもしれない」
「そんな気がしていたが、リースたちも知らなかったんだな」
「ええ。まさかコモンカードにそんな可能性があったなんてね。けど、知れ渡っていなかった理由は想像がつくわ」
「カードの組み合わせ条件もあるだろうな」
「それだけじゃない。汎用型端末のカードスロットは、二つしかないのよ。敵を前に、ただでさえ非力なカードでスロットを埋めて、もし通用しなかったらどうなるか——あなただって、想像はつくんじゃない?」
「……誰だって、詰みは避けたいもんな」
リースは頷くと、撮影機を手にして「やれやれね」と肩をすくめた。
「そ、そうだよな……この端末を買う時も、神殿で嫌ってほど聞かされたっけ。……それでも、あんなの見ちまうとなぁ」
興奮の残るチャイタンの声を聞き、まだ伝えていなかったことを思い出した。
「たとえ撮影者じゃなくても、カードを信じることはできる」
「バエル?」
「……俺も、昔はそうだったんだ。強いカードが至高だと思っていた。でも、どんなカードにも無限の可能性が秘められていることを知った。個々の力は弱くとも、繋がることで変えられるものがある。……俺は、教えられたんだ」
「無限の可能性かぁー! へへっ。そうだったらいいな!」
「……」
もう戻ることのない日々を思い出し、つい感傷的になってしまった。
込み上げてくるものを堪えながら、悟られないように気丈に振る舞った。
「——強いカードを使うやつが強いんじゃない。カードを信じられるやつが最後には勝つ!」
「あ、ああ。……俺も、いつかそうなれるかな?」
「自分次第……と言いたいが、チャイタンなら大丈夫だ。俺はそう思っている」
「バエルってこんなに熱い一面もあったのね。意外だけど、つい聞き入っちゃったわ。ねぇセツちゃん」
「……」
「あら?」
慣れないことはするもんじゃないな。
俺はみんなに背を向け、ほんの少しの間だけ空を見上げた。
「……そろそろ馬車のところまで戻ろう」
「だな。俺の馬ちゃんが恋しいぜ」
「ふふっ、すっかり仲直りしたようね」
「……」
「……セツちゃん?」
リースの声が聞こえていないのだろうか。
セツは思い詰めたように顔を強張らせていた。
「……大丈夫だ、セツ。改めて言うが、俺たちは絶対にセツを変な目で見たりはしない」
セツにとって、自分だけが違うという不安をさらに強める戦いになっただろう。
俺の思い上がりも、少しはあったのかもしれない。
それでも心のどこかで、仲間として俺の勝利を喜んでくれていると思っていた。
「当たり前のことよね」
「こんな危機を一緒に乗り越えたんだ。俺もセツさんの噂なんて、もう気にしてないぜ」
俺はもちろん、二人も本心から伝えてくれていたと思う。
それでもセツは、何かを我慢したように俯いたまま口を結び続けていた。
「今回はバエルに助けられたけど、次は私だってやれるところを見せるわ。セツちゃんも期待してね」
「頼りにしてる」
「…………よろしく、お願いします」
ようやく、セツの顔を正面から見ることができた。
不器用に苦笑いしているようにも、今にも泣き出しそうにも見える表情の裏で、いったい何を考えているのだろう。
今の俺には、セツの心がわからなかった。
◇◇◇
「あっ……! バエルさん達が帰ってきました! マーモンさん」
エルドラードに帰り着くと、机の前に座っていたマーモンを中心に人だかりができていた。
周囲にいるのはみな職員のようで、何やら忙しなく動き回っている。
「……おかえりなさい」
「ただいま! マーモンさん」
「ふふっ。チャイタンのその様子だと、無事に達成できたようね」
「ああ。それについても、情報を共有したいんだが——」
言葉とは裏腹に、マーモンの表情は晴れない。
しきりに端末へと視線を落とし、何かを気にしている。
その時、職員の一人が青ざめた顔で口を開いた。
「撤退予定時刻から……すでに三十分が経過しました」
「……もう、これ以上待っていられない」
「なんだ? 何かあったんですか? マーモンさん」
少し前まで笑顔を浮かべていたチャイタンも、不穏な空気を感じ取ったのだろう。
気づけば真剣な表情で辺りを見渡している。
「……コカトリス討伐に向かったアバレに連絡がつかないのよ。いくら試しても、レゾナンスカードでの呼びかけに応答がない。……何かあったんだわ」
「……えっ?」
その言葉を聞かされ、チャイタンの顔からも生気が抜けていった。
マーモンはもう我慢できないとばかりに勢いよく立ち上がり、俺へと視線を向けた。
「——恥を忍んでお願いするわ、バエルちゃん。ウチの撮影者はみな出払っていて頼める者がいない。……状況の確認を、してもらえないかしら」
「……」
「アバレたちとの間に色々あったことはわかっているわ。それでも、アタシが信頼して頼めるのは、今はあなたたちしかいないのよ……」
悲痛な表情を浮かべるマーモンに、即答できない自分が申し訳なくなる。
それでも、俺自身、心から助けたいとは——
「——行きましょう、バエルさん」
「……セツ」
「拙は、大丈夫です。今なら、間に合うかもしれません」
「いいのね? セツちゃん」
「当たり前、です」
心配そうなリースに、セツは優しげな表情を浮かべて即答した。
「……」
この少女は、どこまで優しいのだろう。
セツは俺にないものを確実に持っている。
「そうと決まったら急がないとね!」
「はい」
リースもそうだ。
本当に頼りになる、かけがえのない仲間たち。
「……わかった。助けに行こう!」
——それが、少しだけ怖くなった。




