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34話 いつかの約束




 パーティが三人になった今、全員でこれまでの部屋に入るわけにもいかない。

 宿ではセツとリースで二人部屋、俺が一人部屋に泊まることにした。


 セツは朝が弱いので、何かと助かることも多いだろう。

 今まで俺と同じ部屋にしていたのが申し訳なかったので、リースの加入は願ってもないことだった。


 コンコン。


 やや硬めのベッドでくつろいでいたら来客があった。


「いいかしら」

「リースか。どうした?」

「セツちゃんぐっすり寝ているわ。疲れが溜まっていたんでしょうね」


 リースは扉を静かに閉めた。

 いつもの煽情的な服装だが、今夜はいつにも増して色っぽく見える。

 いつぞやの時と同じく、ベッドに座る俺に近づいてきた。


「……まだ、ちゃんとお礼ができていなかったと思ってね」


 肉付きのいい太ももを擦り合わせ、俺に視線を合わせるリースの瞳には怪しげな光が宿っていた。


「そっち、行くわ」

「……」


 以前の再現。

 頬を染めたリースが俺に近づき、そして——


 優しく腰に乗ってきた時のベッドの軋みが、漏れ出た声を誤魔化してくれた。

 前回は気にする余裕もなかったが、リースは思っていたより軽い。


「——っ!」

 

 腰から突き出た翼の先端が揺れ、絶妙な位置に触れてきた。


「……やっぱり、この体勢かな」


 小声でつぶやいたリースに胸の辺りを押され、俺はベッドに倒れ込んだ。


「ガゾンとの戦いでは、私は何もできなかったわね」

「……気にするな。それに礼ならこっちこそ言わないといけない。俺たちを受け入れてくれて感謝している」

「そんなの、私の方が……」


 自然とリースを見上げる形になる。

 今夜は曇っていて月明かりは見えないが、机の上の蝋燭の火が穏やかに部屋を照らしていた。


「いろいろ考えたけど、こんな形でしか返せるものがないの。私じゃ、ダメかしら」

「……正直に言うが、俺には経験がない。それに、リースにそう言われて嬉しくない男はいないと思う」

「そ、そうなの?」


 なぜか嬉しそうに見えるリースが身体を反らして、妖美な肢体をこれでもかと魅せつけてくる。


「……くっ」


 身体が熱を帯びる。

 そんな変化には構わず、リースはそっと俺の手を取り決定的な行為へと向かわせていた。 

 一度でもそうしたが最後、もう止まれないだろう。

 

 その大きな温もりに触れるか触れないかの刹那。

 俺の意思とは関係なく、身体の一部が脈動した。


「——っ」


 突然リースの腕が震え、それ以上俺の手が近づくことはなかった。

 上を向くと、リースはサキュバスらしからぬ表情で視線を逸らしている。

 

 やっぱり、そうだよな。


「……リース。本当はこういう行為に慣れていないんだろ?」


 このまま溶けあいたい。

 欲望に流されて、快楽を得たい。

 ここまでされて、理性を保てているのが不思議なほどだ。


 だがそれはリースの尊厳を無視している。

 仲間になったからこそ、そんな不義理はできなかった。


「お見通し……やっぱり、私はダメね」


 憂いを帯びた顔が一瞬だけ落胆したようにも見えたが、すぐにリースは照れ隠しのように苦笑した。

 するりとあっさり俺の上からどき、椅子に座って話を続けた。

 

「前に魅了が使えないって言ったでしょ? 原因はね……私が性行為をしたことがないから」

「そう、なのか」

「嘘みたいな話でしょ? サキュバスなのに未経験なんて。だから私は、見習いサキュバスってわけ」

「何か原因でも——」


 すぐに理由に思い至った。

 リースは幼い頃の事件で姉を殺害されている。

 親愛なる姉の最期の瞬間が、まぐわい中というのなら。


 ——リースにとって、一線を超える行為そのものがトラウマになっているのだろう。


「別に、スキンシップ程度は問題ないのよ。それでも、決定的なことになると……どうしてもね」 


 身体を抱きしめるようにして、弱気な姿勢を見せる。

 そんなリースは、今はまだ蕾なのかもしれない。


「焦ることもないんじゃないか。人それぞれ、自分なりのタイミングってやつがあるんだと思う」

「……あなただって、まだのくせに」


 マジマジと見つめられる。

 俺はそれに気づかないふりをして、テーブルに置かれていた花を見た。


「……いつか、変われるといいな」


 リースがいつの日か過去を払拭できた時。

 それはあでやかに咲き誇るのだろう。

 いつか見習いを卒業する日を、俺は夢想した。


「そうだといいんだけどね」


 自らの弱みを曝け出したリースは、穏やかに笑う。 

 それから俺たちは、互いにしばらく黙っていた。


 いつの間にか雲が晴れ、三日月が姿を見せ始める。

 リースがゆっくりと窓辺に近づくと、白く美しい光が少しずつその身体を照らし出した。


「……バエル」

「何だ?」


 何か、大事なことでも伝えたいような声色。

 

「もし……いつか」

 

 背中を向けているため、リースの表情はわからない。


「いつの日か全てが終わって……私が、過去を乗り越える時が来たら」


 やや声は震えているが、その勢いは止まらなかった。

 自分の心音がリースに聞こえていないかと不安になる。


 ……いや、どうしてそう考えた?


 これじゃ、まるで——


 そうして振り返ったリースに、俺はどう見られていたのだろう。


「——バエル」


 頬を染め、手を後ろで組んだリースがはにかむように笑う。


「……その時は、あなたが私を一人前にしてくれる?」


 ——いつかの約束。


 グリモフォトグラフ 第3章はこれで完結です。


 1・2章とバエル、セツが中心となって物語が描かれてきましたが3章では新キャラクター・リースを中心としたエピソードになりました。

 3章のテーマがサキュバスということで、色気のあるシーンも描きました。

 なるべく直接的な表現は避けたつもりですが、少々刺激的な部分もあったかも? と今さらながら。


 物語は次回より4章へ。

 再びバエルとセツをフォーカスした話です。

 新たな仲間を得たバエルですが、懐かしい人物と再会することから物語が大きく動き出します。

 そして、序盤からの謎が明らかになる章になっていますのでお楽しみに!


 また、作者の仕事の都合により、4章の更新はしばらく月・金の週2回更新になります。


 面白かったと思っていただけましたら評価やブックマークで応援してくださると励みになります。


 ここまでお読みいただきありがとうございました。

 今後とも、グリモフォトグラフをお楽しみください!


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― 新着の感想 ―
3章完結おめでとうございます! リースが出てきたことですわバエルがいきなり大人の階段を!? と思わされ、ラストに行くにつれ彼女のアンバランスさに更に魅力を感じました。 また、闇のカードという新しい…
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