18話 変わりゆく日々
ヴォティスとの戦いから一週間が経った。
決着がついた後、闘技場は大変な騒ぎになった。
なにせヴォティスの化けの皮が剥がれたのだ。
あれだけ持て囃されていた英雄は、たった一度の戦いで信用が地の底に落ちた。
今ではもう、ドラゴンキラーと呼ぶ者は誰もいない。
耳に入るのは、本人への呆れと侮蔑だけ。
もう表立って歩くことすら難しいに違いない。
だがそれもまた、因果応報だろう。
試合の後は、すぐにエルドラードで依頼の達成を報告した。
初めは受付で「調査結果が真実だと、今すぐには証明できません」と保留にされていた。
だが、マーモンが認めて、報酬の五百グランを渡してくれた。
後で聞いてみたら、闘技場での噂を耳にして、融通を利かせてくれたらしい。
「もし嘘だったら。……んふっ。わかってるわよね?」
……あの時のマーモンは、思い返すだけでゾッとする。
現在、洞窟はエルドラードの管理下で目下調査中らしい。
俺が話した封印の件も含めて、今のところ新たな情報はないようだが、今後に期待したいところだ。
そうそう。
報酬金で俺たちは、念願のカードを購入した。
「で、では! いきますね」
カードを握りしめるセツの手が震えている。
「緊張する気持ちはわかる。ゆっくりでいい」
「……“クリーン”」
唱えた瞬間にカードから粒子が溢れ、セツの服に流れていく。
その一瞬で、色褪せた灰色のワンピースが見違えるような純白に変化した。
「わぁ……すごい、です。これが拙の服、なんですね」
「ああ、似合ってる」
「なんだか拙の服じゃないみたい……ありがとうございます。バエルさん」
セツは、まるで初めて服を買ってもらった子どものように夢中になっている。
だがそれも頷けるほど、白のワンピースは清楚なセツの雰囲気にとてもよく似合っていた。
「……良かったな」
神殿での事件や、ヴォティスに奴隷と嘲笑された記憶も、クリーンで消えてくれることを祈った。
◇◇◇
そうして、あっという間に一週間が過ぎていく。
今はというと。
俺たちにとってもタマリバとなった、酒場テマリバナにいた。
「しっかしバエル、まさかお前さんが撮影者だったとはなぁ」
「……おっさん。その話、もう何度目だよ」
「いやはや、広場での俺様の直感は正しかったな。——ただ者じゃないと。ガハハ」
「それであの時、俺たちに声をかけてくれたのか?」
テマリバナのマスター。
——いや。おっさんは、ニッと笑う。
「バカ野郎。直感なんてのがあったら、店で豪遊してくれる客を見つけるに決まってるだろ」
……だと思った。
「バエルさん、その……ランランベリーのタルト、食べてもいいでしょうか?」
こちらを見て遠慮がちに言うセツ。
「遠慮するな。俺に聞かず、好きなものを注文していいぞ」
「あ、ありがとうございます」
その頬が緩み、蕩けたような表情をしている。
テマリバナの料理が相当気に入ったようだな。
セツも、出会った時よりは人に慣れてきた気がする。
少なくともこの場所においては、普通の少女と何一つ変わらないだろう。
「……一件落着か」
そんな姿を見ていると、ようやく人心地ついた気分になれた。
「なぁ、もう一度見せてもらってもいいか?」
セツにタルトを渡し、次の料理の準備に取り掛かっているおっさんが鼻を膨らませている。
「またかよ」
「別にいいだろ。減るもんじゃねぇ」
お世話になってる手前断れず、ドラギアスのカードをおっさんに見せた。
「しっかし召喚カードねぇ。こんなもん世界中探しても、誰も見たことなかっただろうよ」
「どうもそうらしいな」
「撮影者のカードには謎が多い。それでも“新しい種類”のカードが生まれたなんて、これまで聞いたことがねぇ。しかも……SSRだもんなぁ」
「……」
俺は日本にいた頃からカードのレアリティとか、一般的な希少性に執着したことは一度もない。
それはこのカード世界に来ても決して変わることはないと自負している。
——大切なものは、もっと他にあるからな。
「バエル。お前さん、覚悟しておいた方がいいだろうな」
「……ここ一週間で、既に懲りてる」
街ゆく人々の俺を見る目は激変した。
だが、今は語るべき時じゃないな。
「あーいや。そういうことじゃなくてな」
「? なら、どういう意味だ?」
「……いや、なんでもねぇ。まっ、今は飯を食っときな! 前と同じガーネットパイソンの肉料理だが、自分で稼いだ金で食う飯は格別だぞ!」
「そう、だな」
おっさんの言ったこと。
正直に言えば、内心では理解していた。
ここ数日は生活する上で必要な常用カードの手続きを行うため、何度か神殿にも出入りした。
その時の神官たちの対応が、どこか普通ではない。
それ以外にも俺の行動が、まるで誰かに監視されているように感じたのだ。
遅かれ早かれ、その日は来るのだろう。
それでも——
「……今は、おっさんの料理が食えればそれでいいや」
「こいつ、言いやがる!」
「……ふふ」
カウンターが和やかな笑いに包まれた。
◇◇◇
楽しい時間はあっという間に過ぎ、宿屋に戻った。
「ちょっとだけ付き合ってくれないか?」
「はい、拙にできることでしたら」
既に眠そうではあったが、最後にもう一度だけ確認しておきたい。
ポケットから撮影機を取り出し、テーブルに置いて二人で眺めた。
一見、何の変哲もないスマホにしか見えない。
だがこれは魔導撮影機という、写真を撮ると、カードを生み出せる特別なものなのだ。
「セツ。笑顔を見せてくれ」
「こ、こうですか? ……ニヘ」
「……ちょっと撮るぞ」
やっぱり、あの時の笑顔とは違う。
そう思いながらも俺は画面をタップした。
カシャッ!!
ライブラリにデータが保存される。
そこにはセツがニヘ顔で写っていた。
だが、カードが生まれる気配はない。
「ありがとう。そろそろ休むか」
「はい、また明日です。おやすみなさい」
「おやすみ」
少し離れたベッドに入るセツ。
すぐに、すやすやと寝息を立てていた。
「……ふぅ」
俺も自分のベッドに寝転がり、腕を天井に向けて伸ばした。
この世界に来てから今までに何度か、俺はこうやってスマホの機能で写真を撮っている。
だが、一度もカードが生まれたことはない。
先ほどは撮影=カードが生まれるものと意識して試してみたが、結果は変わらなかった。
夜の森でのセツの笑顔。
死にゆくドラギアスの決意。
——あの時の直感は、果たしてなんだったのだろう。
「……考えていても仕方ないな。寝よ」
そろそろ報酬金も尽きる。
明日はエルドラードに顔を出してみよう。
◇◇◇
コンコン
「——おっさんか?」
扉がノックされる音で目を覚ました。
窓から光が差し込んでいる。
セツは寝ているようだが、そろそろ起きる時間か。
「……っ」
まだ、頭が重い。
思った以上に深く眠っていたらしい。
「……開けてくれて構わない」
ガチャッ
目にしたのは鎧姿の集団。
これまでに、街中で何度か目にしていた。
先頭に一名、背後に数名は控えている。
「バエルだな。私はアルカディア王国、近衛騎士団の者だ。
準備ができ次第、我々に同行してもらう」
——ついに、その日が来た。
グリモフォトグラフ、第二章はこれで完結です!
第二章を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
ここまで楽しんでいただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!!
初投稿作品ですが、みなさんの温かい応援のおかげでここまで連載を続けることができました。
本当に心から感謝しております!
第三章からの更新ですが、無理なく連載できるように、当面は月・水・金の週3日投稿を予定しております。
三章からは、セツとは違うタイプの新キャラクターも登場します。お楽しみにいただけると幸いです。
今後とも、グリモフォトグラフをお楽しみください。




