8.因縁の対決(4)
「当時のロングレイン侯爵夫妻は、きみが王家主催の茶会で倒れれば、王家の管理責任を追及できると考えたようだ。使われたのは致死率100%の秘薬だ。……本当にひどい話だ」
はあっと息を吐くレニオスの言葉に、違和感を覚える。
「え? でも、リリアナ様は生きています」
「ああ。きみが亡き母から託された、エリクサーを使ったようだ。最愛の娘を救った相手に感謝するどころか、地獄に突き落とすとは──」
レニオスは怒りに満ちた声で吐き捨てる。
(エリクサー?)
エリクサーとは、伝説の万能治療薬だ。どんな病もたちまち治すと言われているが、それを作れるのは今はなき少数民族のみだと言われている。
その少数民族が、決められた手順で薬を調合し、魔力を流し込むことで初めて完成する。つまり、この世には存在しないはずだ。
(どうしてそんなものを、お母さんが?)
そこまで考えて、ハッとする。
「月のしずくに赤い実ひとつ 白き大地の眠り草 金の花びら銀の糸 めぐる季節を待ちましょう──」
何度も口ずさんだ歌詞を、もう一度口にする。
(これってもしかして、エリクサーの作り方?)
色々考えて、そうだとしか思えなかった。
「私は、何もしていない上にリリアナ様を助けたのに、裏切られて捨てられたの?」
つうーっと頬を、熱いものが伝う。
まだ十歳にもならない子供だったのに、どうしてそこまで憎まれなければならなかったのだろうか。
「エノレアっ!」
向かいに座っていたレニオスががばっと立ち上がる。エノレアの隣に座りなおすと、彼は彼女を優しく抱きしめてくれた。
「今、俺の暗殺を計画した第一王子とロングレイン侯爵が手を組んでいる。俺は、彼らをまとめて制裁するつもりだ」
「……はい」
「その後なのだが、エノレアはロングレイン侯爵令嬢であり、ロングレイン侯爵家の正統な当主だと公表したい」
「私を?」
エノレアは驚いて、レニオスをまじまじと見る。レニオスは真剣な顔でこちらを見つめていた。
「エノレア。俺は君を愛している」
「……っ!」
どうして急に今そんなことを、とエノレアはドキッとする。
「エノレアとずっと共に時間を過ごしたいと思っているが、きみを愛妾にするつもりはない」
そこまで聞いて、エノレアはようやく理解した。
第三王子であるレニオスは、どんなにエノレアを愛していたとしても、〝ただの木こりの娘〟である限りは妃に迎えられない。だから、エノレアの貴族としての地位を復活させたいのだ。
そして、ガレスが頼まれてもいないエノレアの情報を彼に渡したのも、きっとそれを見越してのことだろう。
(お父さん……)
ぶっきらぼうで何も言わないけど、誰よりもエノレアのことを心配して、幸せを願ってくれる。
エノレアにとっての家族は、やっぱりガレスだけだ。
「はい、わかりました。必ず成功させてください」
エノレアははっきりと告げる。
「……ああ、必ず」
レニオスは微笑むと、エノレアに優しくキスをした。
◇ ◇ ◇
数日後。
ロングレイン侯爵のもとへ、青嵐宮から一通の手紙が届いた。
「青嵐宮から? いまさら何のようだ」
ロングレイン侯爵は忌々し気に封を切る。
もうレニオスを支持する気はないが、内容ぐらいは確認しておこうと思ったのだ。
『先日は毒物混入事件の件で、こちらも慎重になりすぎた。調査の結果、リリアナ嬢本人が毒物事件に関与していた証拠は確認されなかった。よって、再び青嵐宮へ迎え入れることについて、話し合いたい』
短い文章だった。
それを読み終えたロングレイン侯爵は、口元を歪める。
「今更遅い。……馬鹿め」
目の前には、第一王子レオナルドが座っている。
(ロングレイン侯爵家をないがしろにするから、こういうことになるのだ)
非公式の会談の場にタイミングよく届くとは、どこまでも運のない男だと内心でせせら笑う。
「青嵐宮は、我々の動きに何も気付いていないようです。娘を再び侍女として迎えたいので話をしたいと言い出しております」
ロングレイン侯爵は、今届いたばかりの手紙をテーブルに置く。
「ほう。それはちょうどいい」
レオナルドは目を細める。
この会合の目的は、どのようにしてレニオスに毒を盛って殺すかについてだった。向こうから会うことを望んでいるなら、好都合だ。
「向こうが非を認めているならそれを利用するのがいい。ここに招いて、今度こそ確実に始末しろ」
「もちろんでございます。ただ、ここで毒を飲めば我々が疑われます」
「我々?」
レオナルドの目が剣呑さを帯びる。
「いえ、私が疑われます。そうすると、レオナルド殿下にもご迷惑をおかけする可能性があり──」
ロングレイン侯爵はあわてて頭を下げる。額から冷や汗がしたたり落ちた。
「なに、そう心配するな。私にいい考えがある」
レオナルドは朗らかに笑う。
「卿も一緒に、毒を飲めばいいのだ。そうすれば、誰も卿本人が毒を仕込んだとは思うまい」
「わ、私がですか⁉ しかし、あれは致死率100%の──」
ロングレイン侯爵は慌てる。そんなことをしたら、レニオスだけでなく自分も死んでしまう。
「早まるな。何も、同じ毒を飲めとは言っていない。レニオスには秘薬を、卿は我々が用意したブラックリリーの毒を飲むのだ」
「ブラックリリー?」
「ああ。以前、あいつに飲ませようとして失敗したものだ。それを飲んだ侍女はシグネアの花を煎じたものを飲んだら一命をとりとめた」
「なるほど……」
ロングレイン侯爵は顔をしかめる。
つまり、レニオスと同じ毒を飲んだように見せかけ、実は解毒剤のある別の毒を飲めと言っているのだ。しかし、解毒剤があっても毒は毒。飲めば耐え難い苦痛に襲われることになるだろう。
「本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。それに、中途半端なことをして疑われれば、それこそ死刑になるぞ」
レオナルドの指摘に、ロングレイン侯爵は黙り込む。




