普通になれない
女は言った。
「普通になれませんでした」
探偵はコーヒーを飲みながら、「そうか」とだけ言った。
「みんなみたいに」
「ちゃんと働いて」
「結婚して」
「子供産んで」
女は少し笑った。
「普通が一番いいと思ってたんです」
少し間が落ちる。
「でも、どこまで行っても普通になれなくて」
探偵は黙って聞いていた。
「仕事も長く続かないし」
「結婚も、うまくいかなくて」
「子供もいなくて」
女は下を向いた。
「普通になれませんでした」
探偵はカップを机に置いた。
「普通って何だ」
女は黙る。
「誰が決めた」
「……分かりません」
探偵は少し考えてから言った。
「普通になりたかったのか」
少し間。
「幸せになりたかったのか」
女はしばらく黙っていた。
やがて、小さく言った。
「……幸せに、なりたかったです」
探偵はうなずいた。
「じゃあ、普通じゃなくていいだろ」
女は何も言わなかった。
でも、少しだけ泣いていた。
しばらくして、女は言った。
「普通って、どこにあるんでしょうね」
探偵は少し考えた。
それから言った。
「さあな」
少し間。
「俺はまだ、見たことない」
女は少し笑った。
「……そうですか」
女は立ち上がった。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
ドアが閉まる。
相棒が奥から顔を出した。
「普通って、何なんだろうね」
探偵はソファにもたれた。
「みんな、普通になろうとしてるけど」
窓の外を車が通り過ぎる。
「普通になったやつなんて」
「見たことないけどな」
探偵はそう言って、冷めたコーヒーを飲んだ。




