ドキドキする人と、安心する人
探偵はソファに寝転がって、天井を見ていた。
片足だけソファの背に乗せて、ぐらぐらさせている。
「落ちるよ」
「落ちない」
「お客さん」
探偵はそのままの姿勢で顔だけ向けた。
「ああ」
三十代くらいの女性が、少し困った顔で座っていた。
「どうした」
女性は少し迷ってから言った。
「好きな人が、二人いるんです」
探偵は体を起こして、ソファに座り直した。
「一人は」
「一緒にいると楽しくて」
「ドキドキして」
「会いたいって思う人」
「もう一人は」
少し考えてから言う。
「一緒にいると落ち着いて」
「安心できて」
「この人といると大丈夫な気がする人」
部屋が静かになる。
「どっちを選べばいいか、分からなくて」
探偵はコーヒーを飲む。
「両方いいな」
女性は少し笑った。
「そうなんです」
「贅沢な悩みだな」
「……そうかもしれません」
少し間が落ちる。
探偵は言った。
「安心できるやつといると」
コーヒーを置く。
「ドキドキはしない」
「え?」
「だって、不安がないからな」
女性は黙る。
「ドキドキってのはな」
「だいたい、不安から来る」
「嫌われたらどうしよう」
「他の人に取られたらどうしよう」
「次いつ会えるんだろう」
「そういうのが、ドキドキだ」
女性は静かに聞いている。
「安心ってのは逆だ」
「いなくならないだろうな」
「また会えるだろうな」
「大丈夫だろうな」
「だから、ドキドキしない」
女性は小さく息を吐いた。
「……なるほど」
探偵は肩をすくめる。
「いいとこ取りは、たぶん無理だ」
女性は苦笑した。
「やっぱりそうですよね」
「安心できるなら、ドキドキしない」
「真面目なら、つまらないかもしれない」
探偵は言う。
「でもな」
少し間を置く。
「毎日一緒にいるのは、ドキドキするやつじゃない」
コーヒーを一口飲む。
「安心するやつだ」
女性はしばらく黙っていた。
やがて、静かに言った。
「……少し、分かった気がします」
「そうか」
女性は立ち上がる。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
扉が閉まる。
相棒が奥から出てくる。
「ドキドキする人と、安心する人か」
探偵はソファにもたれた。
「同じ人だったら、一番いいのにね」
探偵は少し笑った。
「いるかもな」
「本当?」
探偵はコーヒーを飲む。
「ドキドキはしないけど」
少し間。
「いなくなると思うと、怖いやつだ」
相棒は少し黙ってから笑った。
「……それ、もう好きなんじゃない?」
探偵は答えず、コーヒーを飲んだ。




