兄妹なのに仲良くできない
昼下がりの事務所で、ソファに寝転がったまま天井を眺めていた。
仕事もなく、相棒は書類整理。
静かな午後だった。
「ねえ、たまにはちゃんと座って待ちなさいよ」
「依頼が来たら起きるって」
言い終わる前に、事務所のドアが遠慮がちに開いた。
慌てて体を起こす。
相談者は、三十代の女性だった。
椅子に座ってからも、バッグの持ち手を握りしめている。
「……兄がいて」
それだけ言って、言葉が止まる。
「昔から、あまりうまくいかなくて」
「喧嘩か?」
「喧嘩というか……」
視線を落とす。
「引きこもりで」
「気に入らないことがあると、壁に穴を開けたり」
少し間を置く。
「大人になっても、機嫌が悪いと」
「蹴るふりをされたりして」
「当てるつもりはないみたいなんですけど」
苦笑いする。
「怖くて」
静かになる。
「何を言っても無理だって言うし」
「全部ネガティブで」
指先に力が入る。
「もう、無理だと思って」
「離れました」
沈黙。
「でも」
顔を上げる。
「兄妹なのに」
「仲良くできない自分が、冷たい気がして」
小さな声だった。
俺はコーヒーを机に置く。
「聞くけど」
彼女がこちらを見る。
「会うと、どうなる?」
少し考える。
「……疲れます」
「安心できるか?」
首を横に振る。
「怖いです」
それだけだった。
俺はうなずく。
「じゃあ、離れて正解だ」
彼女の表情が止まる。
「……正解?」
「家族でもな」
「怖い相手と無理に一緒にいる理由はない」
沈黙。
「仲良くしろって言われてきただけだろ」
言葉が詰まる。
「兄妹なんだからって」
小さくうなずく。
俺は続ける。
「でもな」
「壊れながら仲良くするくらいなら」
「離れてる方が、まだ続く」
彼女は黙ったまま聞いている。
「嫌いになったわけじゃないんだろ」
「……はい」
「じゃあ、それで十分だ」
長い沈黙。
彼女は、小さく息を吐いた。
「……会わなくても」
「ああ」
「家族じゃなくなるわけじゃない」
肩の力が、少し抜ける。
帰り際、彼女は小さく笑った。
「……証拠、いりませんでしたね」
「ああ」
ドアが閉まる。
⸻
静けさが戻る。
相棒が、ぽつりと言った。
「家族ってさ」
「離れちゃだめだと思ってた」
俺は窓の外を見る。
「離れないと壊れる家族もある」
相棒は、少し考える。
「……難しいね」
「単純だよ」
コーヒーを一口飲む。
「壊れない距離を選べばいいだけだ」
相棒は、小さく笑った。
事務所に、いつもの静かな午後が戻る。
家族でも、
近づくと壊れる関係がある。
離れて守れるものもある。
だから――
もう、証拠はいらない。




