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寂しさが消えない

 事務所のソファに寝転がり、スマホを顔の上に乗せたまま天井を眺めていた。

 このまま昼寝に突入しても、誰も困らない気がする。


「せめて起きてなさいよ」


 相棒の声が飛ぶ。


「依頼が来たら起きる」


 そう言った直後、事務所のドアが遠慮がちに開いた。


 入ってきたのは、三十代後半の男だった。

 服装は整っている。

 だが、視線が落ち着かない。


 椅子に腰を下ろす。

 背もたれには寄りかからない。


「家族はいる」

「結婚もしている」

「子どももいる」


 事実を並べるような口調だった。


「仕事もある」

「生活には困っていない」


 そこで言葉が止まる。


「……寂しい」


 短い沈黙。


「原因は分かるか」


「分からない」

「全部、揃っているはずだ」


「揃っている、というのは」


「世間的に、だ」


 男は視線を上げなかった。


「子どもの頃」

「親に愛してほしかった」


 声が低くなる。


「もらえなかった」


「はっきりした拒絶か」


「違う」

「殴られたわけでもない」

「放り出されたわけでもない」


「ただ」


「必要とされた感覚がなかった」


 男は拳を握り、ほどいた。


「大人になれば消えると思った」

「結婚すれば」

「子どもができれば」


「消えなかった」


「ああ」


「不思議か」


「……少し」


「不思議ではない」


 男が顔を上げる。


「理由は」


「時期が違う」


 短く答える。


「子どもが欲しかったのは」

「親からの愛だ」


「今、持っているものは」


「役割の中で与えられる愛だ」


 男は黙った。


「それは本物だ」

「否定するものではない」


「だが」

「置き換えにはならない」


 空気が重くなる。


「この寂しさは」

「消えないのか」


「消えない」


 即答だった。


 男は一度、目を閉じた。


「一生か」


「消えないというだけだ」


「……どうすればいい」


「何もしない」


 男がこちらを見る。


「何もしなくて、いいのか」


「消そうとしなければ」

「静かになる」


 男は、ゆっくり息を吐いた。


「寂しさがあるまま」

「生きてもいいのか」


「問題はない」


 男は立ち上がった。


「……ここに来て」

「何か変わったのかは分からない」


「それでいい」


 ドアの前で立ち止まる。


「寂しさは」

「弱さじゃないのか」


「違う」


 即答する。


「欲しかったものがあったという記憶だ」


 男が出て行ったあと、事務所は静かだった。


 相棒が、書類から目を上げる。


「寂しさが一生消えないって、残酷じゃない?」


「消えると思い続ける方が、疲れるだろ」


「……まあ、それもそうか」


 事務所に静けさが戻る。


 消えない寂しさは、

 欠陥ではない。


 過去に、

 確かに必要だったものがあった証だ。


 だから――

 証拠はいらない。


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