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好きな人ができない

相談者は、三十代半ばの女性だった。


派手さはない。

清潔感はある。

ただ、目だけが――少し困ったように笑う癖がついていた。


「……変な相談かもしれませんが」


「ここは、だいたい変だ」


彼女は、少しだけ笑った。


「何年も」

「好きな人が、できないんです」


「失恋じゃない」


「はい」

「始まってすら、いない」


椅子の背に、ようやく体を預ける。


「周りは結婚して」

「子どももいて」

「恋愛の話も、普通にして」


「焦る?」


「……焦ります」

「でも」

「誰でもいいわけじゃない」


俺は、頷いた。


「好きになれない」


「はい」

「ときめかない」

「期待もしない」

「でも、冷めてるわけでもない」


「厄介だな」


「自分でも、そう思います」


少し沈黙。


「聞くぞ」

「今まで、好きだった人は?」


彼女は、少し考えてから答えた。


「いました」

「ちゃんと」

「何年も前に」


「忘れた?」


「忘れてません」


即答だった。


「じゃあ、埋まってるな」


「……何がですか」


「心」


彼女は、目を瞬いた。


「まだ誰かを待ってる」

「無理に入れたくないだけだ」


「でも……」

「空白が長すぎて」

「私、欠けてるのかなって」


俺は、首を振る。


「余白だ」


「余白?」


「足りないんじゃない」

「入れてないだけだ」


彼女は、黙ったまま、指先を見る。


「なあ」

「好きになれなかった時間」

「苦しかったか?」


「……はい」


「でも」

「嘘はついてないだろ」


彼女の喉が、かすかに鳴った。


「誰でもいいって、選ばなかった」

「それはな」

「弱さじゃない」


「じゃあ……」


「待ってるだけだ」


「何を?」


「自分が納得できる気持ちを」


長い沈黙。


「……余白って」

「埋めなくても、いいんですか」


「必要になったら、埋まる」


「ならなかったら?」


「それも、生きてる」


彼女は、ゆっくり息を吐いた。


「……証拠」

「いりませんでした」


「ああ」


「私」

「空っぽじゃなかった」


「最初からな」


彼女は立ち上がり、少しだけ背筋を伸ばした。


ドアが閉まる。


静けさ。


しばらくして、相棒が言った。


「……何年も好きな人ができないと、怖いわよね」


「怖いのは」

「何も感じないことじゃない」


「じゃあ?」


「感じすぎてることだ」


それ以上、言葉はなかった。


余白は、欠けじゃない。

嘘をつかなかった時間だ。


だから――

もう、証拠はいらない。

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