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英雄之仮面 守護の剣  作者: 中川 はじめ
3/10

時の雨

「英雄研究部」

翌日、英雄研究部の部室に行くと、昨日いた黒髪の彼は再び本を探っていたのを見つけた。

「あ! 君は昨日の!」

嬉しそうにこちらを見てニコッとすると、頭上に本が落ちてきた。痛そうだ。

「いてて、さて、続きを話そうか!」

あれから8年が経った。最初は何もかもが初めてのことで城内の人間を困らせた。水が入っている掃除用のバケツをひっくり返して汚水を撒き散らしたり、木刀の素振り中に手が滑ってしまってそれを投げ飛ばしてしまい、門番をしていた兵士の顔面に当たったり、料理中に油の量を間違えて大炎上したりした。危うく火事になるところだった。だが今の彼はもう14歳で、いい加減にそんな失態もしなくなった。ヨツヒデから直々に剣術を教わることもあり、目付きが彼のように鋭くなった。黒い髪は最後に切ったのは10歳の時で、そこからは切っておらず、後ろに縛っている。同年齢の兵士たちもいるが、そのなかでもエリアスの成績は文武両道でずば抜けている。それもあってたまに授業をサボり、自分の部屋で読書をしたり散歩に出かけたりと問題行動も多かった。城内の人間で彼に勝る者は、ヨツヒデ以外に誰もいない。


夜。

「エリアス、元気にしとるか?」

寝間着姿のコノハがエリアスの部屋に入って彼に構う。彼は布団の上で読書をしていた。

「コノハか。どうした?」

二人とも変声期を過ぎて声が少しだけ大人びている。

「久し振りに聞くといい声じゃのぅ...。」

エリアスの隣に寝そべって言った。

「はぁ。そうか。床で寝んの、風邪引くぞ。隣こいよ。」

「ん、ま、まぁそうじゃの?」

一人用の布団に二人が密着している。コノハは少し意識しているようだが、エリアスは本に集中しているためにそんな気は起きなかった。

「のう、エリアス。こうやって二人でいるのはいつ以来かの?」

「...さぁ...。でも俺らが揃ったのは3週間ぶりくらいじゃないか...?」

次のページをめくりながら答えた。エリアスは14で、コノハはもう15だ。彼女はそろそろ姫としての仕事をし始める時期であるため、二人は昔のようにずっと一緒にいることが出来ないのだ。

「早いもんじゃの...。あの時はまだ、エリアスの声も高いって認識しておったのに、気付けばこんなに低くなりおった。」

エリアスの頭を優しく撫でると、うっとうしそうにその手を避けた。

「お前は俺の母さんか。」

「...そういえばお主...両親のことを知らないと言っておったな。」

「あぁ、そうだ。なにかあるか?」

「いや、そうじゃなくてじゃな。」

一瞬話すことを躊躇った。だがもう彼は14だ。受け止めてくれるだろうと思い、話すことにした。

「...お主をここに連れてきたのは、お主の...『父親』ぞ...。」

話を聞いて少しの間があいた。そしてゆっくりと、目線が今度はコノハに向けられた。驚きを隠せない表情で彼女を見た。

「な、え...? な、なにを言っているんだ...?」

「森の中でお主を見つけたのは、妾の父ではないんじゃ...。お主を見つけたのは、お主の父親だったんじゃよ。そして彼はここに、お主を送ったんじゃ。妾の父上からはそうきいた。」

あの時、あの雨のなかで彼を拾った男__


「なんだ坊主、お前1人か?」

知らない大人の声が当時の彼に話しかけた。足下が悪いなか、森のなかをさ迷い続けた結果、衰弱した彼に、話しかけた。

「___?」

「_____。」

もはや何の話をしているのか、それを聞くことも出来なかった。

だが彼らは確かに何かの話をしていた。



「この子、あなたに似ていませんか?」

もう一人の知らない大人。

「...いや、俺には子はいない...。いや...お前...。」

男は少年の頬に触れた。顔を覗きこみ、確認する。何かを確信したのか、雨の音によって消えた一言があった。

「...リアナ...。」

男はそう言った後、エリアスを担いでどこかへ向かった。



「待てよ...ほんとにそうだとしたら...俺はドランの里出身だぞ...。何で親父が人間の世界にいるんだよ...。」

自分の手のひらを見つめ、小声で呟く。

「エリアス...?」

そんな彼を心配したコノハが彼の顔を覗く。

「まさか...俺の親父が...人間ってことか...!?」

「お主も人間じゃろ...?」

ドランの里で人間は災厄の運ぶ魔物とされていた。だから里に入った人間は殺されたのだ。もし仮に、本当に人間との子なら迫害されていたのも説明がつく。でも納得出来なかった。彼に優しくしたわずかな大人たちの存在がそうさせなかった。人間か人間じゃないかなんて簡単に区別がつく。だとすればやっぱりそんなことはない。自分の父親はドランだ。

だが1つ、決定的な違いがあった。それは、翼や尻尾の有無だ。ジャック叔父さんも他のドランも、常に小さな翼や尻尾がある。エリアスにはそのどちらもないのだ。

「エリアス!」

「...!? な、なんだよ...?!」

「どうしたんじゃ...! 急にボーッとし出しおって!」

「...悪い...。」

本を床に置き、ボーッとする。コノハが心配そうに横からそのさまを見つめる。

「コノハ...俺は...なんだ...?」

「...?」

これの不思議な問いに何も答えてあげられなかった。様子からして今の話は、やはりすべきものではなかったかもしれない。彼女はそう思って自分を恥じ、そして話したことを後悔した。

「エリアスは...エリアスじゃよ...?」

彼女が出せる最大の答え。これ以上はなかった。

「......。」

「...よくわからなんだが…お主には妾がそばに居てやるぞ...?」

「...。」

幼い頃から両親ではなく、叔父に引き取られ、その容姿から迫害を受けているせいで友人もいない。たった一人の家族が目の前で殺された。森でさ迷っていたところを男に拾われ、今がある。そしてその男は自分の父かもしれないという事実。なによりなぜ本当に父ならば他人に預けるようなことをしたのか。やはり両親にとって「俺」という“人間”は___。

「コノハ...。」

「...なんじゃ...?」

彼はずっと孤独だった。だれもそばに居てくれなかった。耐えられない。この8年も、コノハ以外に寄り添ってくれる人はいない。

「俺は生まれてくるべきじゃなかったのか...?」

彼は初めて彼女に弱気になっているところを見せた。

「いいかエリアス。世の中全てに“意味がないとダメ”なんてことはない。誰だって生きている間は生まれた意味は無くて、後からつけていくものなのじゃよ。」

「...?」

「生まれたときを白い紙とするぞ? この紙はただあるだけじゃ意味はない。だから、お主の手で絵を描いたり文字を書いたり、破いたり丸めたりするんじゃ。そうして出来上がった作品が目の前にあれば、白い紙が目の前にあった意味もできるじゃろ? 」

彼女は悩みを明かすエリアスに自分なりの答えを言った。気付くとエリアスは、コノハの優しさに涙が溢れた。コノハには見られないようにと反対側を向くが、察した彼女が彼の背中を優しくさする。

「……すまん。妾の配慮が足らんかった...。本当に申し訳ない...。」

「...。いいんだ、コノハ。むしろ教えてくれたことに感謝してる...。」

「妾はお主の味方じゃ。困ったときは妾の部屋に来いな...?」

背中から抱き締め、彼の頭を撫でる。いつもなら先程のように手を退かし、やめろと言うのだが、今回はむしろそうして欲しそうだった。

「コノハ___。」


朝。

「...起きたか、エリアス...?」

昨日のあのまま、二人は眠りについてしまった。

「...今...何時だ...?」

「6時じゃ...。そろそろ剣術の修行の時間じゃろ?」

上体を起こして辺りを見渡すと、寝癖で跳ねた髪をかく。

「めんどいからサボる...。」

「ここの城主の娘の前でよく言えたのぅ...? それに今日のお主の修行相手は父上じゃろ?」

「ッ!!!!」

急いで飛び起き、服を着替える。コノハは上体を起こして大きくあくびをした。寝巻が着崩れており、危うい格好になっていることも気にせずにいた。

「あ、妾と寝ていたとか口が裂けても耳が千切れてもいうでないぞ?」

「言うか。俺が殺されるわ。」

「まぁのぉ。父上なら本当に殺りかねんな。」

着替え終えると、木刀を持って廊下を駆けた。

「廊下で走るでなーい。と言ってももう聞こえぬか。」

彼女も起き上がって自分の部屋に戻ろうとした。


「遅い。」

木刀の先を地面に突き刺しながら恐ろしい形相でエリアスを睨んだ。

「...すんません...。」

「ふん。まぁいい。始める。」

地面からそれを引き抜くと、抜き出した時にチラッと見えたものがあった。それは、体に空洞ができたカエルだった。ゾワッとした。嘘だろ。

ヨツヒデが何故、顔の半分を仮面のようなもので隠しているのかは分からない。外したところも見たことがなかった。上につり上がった目の瞳は灰色で、怒ったときに赤く光る。綺麗な銀髪は光沢を放っており、細身で白い肌であるために見た目からはとても剣を振るう者には見えない。ヨツヒデの指導はまず実戦から入る。エリアスは握りしめている木刀を振るう。しかしそれを身軽に避けられる。

「遅い。」

ヨツヒデの静かで低い声がそう言った。エリアスの胸部に一振り...したかと思ったら5回も木刀で殴られた気がした。これも彼の恐ろしいところだ。一回だけ振ったように見えただけであって実際は5回も振っている。エリアスですら到達することの無い“刹那の領域”。この技を持っているのはこの世界に彼一人なのだ。

「遅い。」

エリアスが遅いのではない。ヨツヒデが速すぎるのだ。

「ぬるい。」

彼がぬるいのではない。ヨツヒデが完璧なのだ。だがこうした滅茶苦茶な指導__ と言えるのか?__のお陰もあってか、今のエリアスにとって普通の人間が振るう剣など、むしろ止まって見えるのだ。もちろん集中しているときに限る。そう、つまり彼は、ヨツヒデの刹那の攻撃をある程度は見ることができるのだ。だから何回かヨツヒデの攻撃を受け止めたこともある。

「エリアス!!」

朝っぱらから、朝食も抜きで彼の攻撃をひたすら見切る練習なんて出来るわけがない。今のところ全ての攻撃を当てられている。見かねたヨツヒデは攻撃をやめた。

「どういうつもりだ。私はそんなにぬるい教え方なんぞしておらん。」

身体中に痣が出来た。腫れもできた。始めてからたった5分でこのザマなのは、準備運動も食事も済ませていない上、起きて着替えてすぐに来たからだろう。

「ヨツヒデ。」

渋い声が聞こえた。その方向を見ると、ヨツヒデの相棒のヨシユキだった。

「なんだ?」

「エリアスは朝食を食っておらぬ。誰もが皆、(ぬし)のようになにも食わぬでも生きてゆけるわけではない。」

ヨシユキも顔を隠している。だが顔半分ではなく、顔全体を仮面や包帯などで隠している。噂では昔実家を焼かれ、中にいた幼かった彼は顔を大火傷したからそれを隠している、とのことだが、真偽のほどは誰にも知られていない。

「...ふん。こいつの起床が遅いせいだろう。」

「否定はせん。だが、6時から準備運動もなしに鍛練を始めるとはなかなかの鬼畜だ。何故今日に限ってこんなに早いのだ?」

「黙れ。こいつに剣を教え始めてからもう3週間だ。それなのにこいつは未だに上達しない。」

「ヨツヒデ。主自身を基準とするのは鬼畜にも程がある。刹那の領域には誰も到達し得ぬ。主が教え込んでも無駄だ。」

「...刹那を教え込むつもりなどない。」

興が冷めたのか、彼はこの場から去ろうとした。

「11時だ。ここに来い。」

そう言い残したヨツヒデは、今度こそ去った。


「すまぬな、エリアスよ。あの男は不器用なんだ。」

食堂で二人が向き合って座っていた。今日の献立は野菜の具が入った汁物、焼かれたササミ肉とごはんだ。もうさすがに8年もいれば箸も使えるようになり、器用にササミ肉の身をほぐしてそれを口に運ぶ。

「あいつは主を見込んでいる。奴はきっと最後まで言うことはないだろう。我から伝えさせてもらったぞ。」

ヨシユキはお茶だけを手に持っていた。どうやって飲むのか見てみたい。

「それにしても主も不思議な男だ。あいつの娘と仲が良いようではないか。普通なら高い身分の女子(おなご)はなんとしてでも手に入れたいものだろう。主にはそれがないのか?」

エリアスも男だ。コノハには密かに好意を寄せている。本人もそれを自覚している。好意といっても、他の男に渡したくないという感情だ。彼女のことを考えて胸が高鳴ることも彼女のことで頭がいっぱいになることもない。これを好意と呼んで良いのだろうか。

「...。まぁ我は少年少女の恋愛ごとに首を突っ込むつもりはない。好きにするがよい。」

「...助かる。」

周りの兵士たちの他愛ない会話や汁を飲むときの音、食器を出し入れするときの音などの環境音が鳴る。

食べ終わったエリアスはお茶をくみ、それを飲んだ。

「空いている時間はどうするんだ?」

ヨシユキの手元にあるお茶が湯気も立たなくなっていた。

「城内を...歩いてる。」

「うむ、そうか。では11時にな。我はヨツヒデのもとへ行く。何か我に用事ができたらそこに来い。ではな。」

エリアスはそう言われた後、食堂を出た。




皆が城内にある道場で木刀を振るうなか、エリアスは城の中庭でヨツヒデとそれを交わらせていた。

「遅い!」

「...ッ!!」

彼が取得している刹那の領域はその名の通り一瞬、いや、それすらも上回る“極”一瞬のうちに活動している。未知の世界にいる彼に攻撃を当てようとしても、彼の目にはそれが遅く見える。いや、もはや止まっているように見える。

防具は着ていない。二人ともそうだ。寒い時期でもあるため、木刀を当てられたときの痛みは尋常じゃない。エリアスは一方的に殴られている。もちろん顔以外。


「エリアス。」

「...はい...?」

体のあちこちが痛む。特に肩や腰など。 じんわりと伝わる痛みが何とも言えない。

「...貴様、私の攻撃が見えているのか?」

エリアスには彼の攻撃が見えるときがある。先読みしているわけではない。そもそもヨツヒデは、相手に読まれないためにパターンを少しずつ変えて攻撃している。それを読めるようになったらエスパーかなにかだろう。

「たまに...。」

(まこと)か?」

渋い声、ヨシユキだ。

「さすが、ヨツヒデが認めた男よ。まさかこいつの領域に到達しようとするとはな。」

ヨシユキはそう言うと、不気味な笑い方をした。

「何のようだヨシユキ。」

「なぁに、主があまりにも厳しい教えをせぬようにと面倒を見に来ただけのこと。せっかくの美しき宝の石の原石を、乱雑な研きをかけて傷つけぬように、とな。」

「ふん。勝手にしろ。」

(おう)。そうさせてもらうぞ。」

ヨシユキが縁側に腰掛けた。部下が彼にお茶と菓子を提供し、去った。

「エリアス。貴様に私の技を教える。」

「...?」

ヨツヒデはそう言って鞘に納められた剣をとりだした。赤く目が光ると、鞘から剣を抜き出す。本物だ。すると、それを地面に突き刺した。赤紫の光がそこから溢れる。そして地面に突き刺されたままのそれを抜き、弧を描くように振るうと、それのかたちをした同色の光、斬撃が飛んでいった。彼の目の前にあった石の造りが真っ二つになったかと思ったら、粉砕した。あれが人だったらどうなっていたんだ?

「この技を成功に導くものは“怒り”だ。地面に突き刺したのはその表れだ。無論、横に振るうこともできる。そうすれば広範囲に渡って敵を殲滅できる。」

怒りによる敵の殲滅。それがこの技だろう。技を見ると名前を付けたくなるが、やめておこう。

「刹那の領域は必要なかろう。エリアス、主も使用可能な技だと思うぞ。」

ヨシユキがあぐらを組んで座って見ていた。怒り...といってもあの光を放つことは出来ないだろう。どうやっているんだ。ヨツヒデに教えられながらその技の練習をしてみる。縦に振っても地面にはえている草が揺れるくらいだ。横に振っても空を切る音がするだけだ。

「貴様...何故出来ない...?」

「初めてなのだ。仕方のないことだろうて。まぁ、練習を重ねる...これあるのみだな。」

怒りもしなけりゃ成功することもないだろうが、瞬間的に怒りをおぼえるヨツヒデもすごいと思った。エリアスは、これも刹那の領域か、なんてふざけたことを考えた。


剣術の練習を終えたあとの授業はほとんど集中出来なかった。机の上にある教科書や、ノートに書かれている数字の答えを導き出すよりもあの技を習得するためのコツを掴みたいと思っていたからだ。ヨツヒデは、成功するには怒りをおぼえることだと言ったが、ヨシユキが言うには、「怒りが必要だ」というのは彼なりに分かりやすく説明したものであって、実際は必要と言う程ではないそうだ。彼は他人の心理を読み取るため、説得力がある。

「我はあの技を“憤怒ノ三ヶ月”と呼んでおる。これから多くの技を教わるだろう。」

「技名は叫んでやるべきですか...?」

「...豪火双槍(ごうかそうそう)のようだな。好きにするといい。」

豪火双槍(ごうかそうそう)...。ヨシユキがそう呼んでいるのは、クロマツのことだ。クロマツとは、ヨシユキがヨツヒデに代わって結んだ同盟相手で、その呼び名のとおり、炎の力を使って戦う。普段は大人しい性格だそうだ。彼はいちいち技の名前を叫んで放っているらしく、その理由を本人は、そうすることで気合いが入る...のだとか。

「エリアス。」

教師が彼を名指しで問題を出した。全く話を聞いていなかった彼は、いつものように即答することが出来なかった。


夜、風呂上がりの彼は椅子に座って本を読もうとしていた。しかし目の前にあった木刀を握りしめ、中庭へ出た。ヨツヒデに教わったように木刀を振るが、やはりなにも起きない。素質の無い者がやっても無駄なのではと思い始めた。しかしヨツヒデの期待を裏切るようなことはしたくなかった彼は、出来るところまで練習をしてみることにした。

だがいつまでやってもなにも起きない。

「...くそ...。」

できない自分にイラつき始めた頃、クロマツの「技名を叫ぶと気合いが入る」という話を思い出した。せっかくだし叫ぶまではしなくてもやってみようと思った。

「ふんどのみかづき.......。」

羞恥心がそれを邪魔した。当然だ。年齢も“そういう時期”だし仕方ない、みたいな目で見られたら恥ずかしい。恥ずかしすぎて顔を隠した。

だがどういう形でもいいから技を習得したい彼は、今度ははっきりと声に出して言った。

「憤怒ノ三ヶ月ッ...!」

静かな低い声で技名を言いながら木刀を振るうと、微かに紫の光が現れた。それを見たエリアスは嬉しさに小さくガッツポーズをする。

「何してるんじゃ。」

ドキッとして振り向くと、そこにはコノハがいた。

「お、お前いつからいたんだ!?!」

「お主がなにかを呟いて木刀を振ったかと思ったら急に顔を隠したところからじゃ。」

「...最悪じゃねぇか...。」

恥ずかしくなって顔が真っ赤になった。

「なんの練習をしておったんじゃ?」

「ヨツヒデ様に教えてもらった技。」

「お主、刹那に達したのか。」

「それが必要ない技だ。ヨシユキ様が『憤怒ノ三ヶ月』って呼んでるやつ。」

「ふんどのみかづき...? あー、あのズバッとやるやつか。」

全部そうだろう。

「確かに父上はお主を気に入っておるぞ。」

「...ありがたいけど技とか覚えらんねぇよ...。くそ早い攻撃を避けたりさばいたりするのに精一杯なのに。」

「なんと。刹那の攻撃を避けるどころかさばくこともできるのか。」

「上手くいけばな。あの人の攻撃全てをそうすることができる奴なんていねぇよ...。」

「そもそも避けれる方がおかしいんじゃぞ?」

そういえばコノハの言うとうりだ。

「さて、練習中に邪魔したの。妾もそろそろ部屋に戻る。」

「...あ、あぁ。」

やってられなくなって木刀をしまって部屋に戻った。




守護の剣 #3 時の雨

「コノハさんとエリアスさんってほんとに仲が良いよね! 僕もそんな彼女が欲しいなぁ……。」

彼は冗談を言うと、別の本を取り出した。コノハという人の似顔絵だ。全身を描いているものもあった。

「資料を参考に僕が描いた! …なんてね。実際に会ったんだよ、僕。まぁ、“一瞬”だけどね………。」

黒髪の彼はそう言って似顔絵をしまうと、今度は続きの本を取り出した。

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