戯言
「さ、この本の中身を話すんだけど……ちょっと色気があるから恥ずかしいかな!あはは!」
彼は本を開き、笑顔でそう言った。
「そろそろ折り返しに入る。準備はいいね?」
憤怒ノ三ヶ月は上達しなかったが、その他に教わった技はなんとか上達している。しかしどれだけヨツヒデに殴られても刹那の領域には届かない。大体の技がうてるようになるころには既に16歳になっていた。歳が歳だけにコノハへの想いも大きくなり、17歳になっているコノハもそうであった。だが二人を別つものがあった。それは、運命といえば聞こえはいい。実際はお互いの身分、“やるべきこと”だ。エリアスは城と城主を守るための兵士で、コノハは守られる身である姫。1か月に一度会えればそれで良い方だった。
「五月雨ノ空」
相手を大きく斬り込み、牽制する。そして高く飛び上がり、相手の頭上に平行した場所で弧を描くように刀を振るう。現れた斬撃に触れ、そこから現れた細い斬撃が雨のように降る。これを初めて目にしたとき、疑った。どういう原理だ。いや、斬撃が現れている時点で、そして刹那の領域の時点で原理もくそもない。
「地上ノ雷」
刀を逆手持ちにし、相手に急接近して下から斬り込む。その時、高く飛び上がると追い討ちができる。
ヨツヒデから教わったのはこの2つだ。いや、正しくは3つだが、習得したのはこの2つなのだ。順調に成長し始めた時、ついに起こった。
「ヨツヒデ、いるか?」
「なんだ。」
暗く広い部屋に一人、正座をして瞑想しているヨツヒデの集中を乱すように現れたのは、彼の相棒のヨシユキだった。
灯りは蝋燭一本で、目の前には大きな木造の像が、厳めしく立っていた。 それは、「空ノ神」で、風神と雷神を部下として空を治める者だ。
「主が以前より目をかけていた雷刀のトワーズがサンルスに就きおった。」
「なに...!?」
雷刀・トワーズ。その力と勢力、そして人心を掴むカリスマ性が凄まじい男だ。その呼び名のとうり、電流を操る力を持っている。刹那の領域に達しているヨツヒデでも、彼とは互角にやりあう。
そして、サンルス。彼はヨツヒデと対になる光の者。性格も何もかもが真逆だ。
「そしてトワーズが光軍に参加したことにより、疾風のテパドと氷結のレルク、銃使いのバミンドや虎拳のギマズがサンルスに下った。」
テパド、レルク、バミンド、ギマズはみんな強者だ。それがサンルスの傘下になったのだ。彼が率いる光軍の勢力は着々と拡大していった。それに対してヨツヒデの傘下にある軍というのは、クロマツとマサル、ガンブがいる。大将の名前を挙げると少ないが、マサルは策士であり、ガンブ軍の傘下には忍者のナンスケと、彼が率いる忍部隊がいる。
「サンルス...その名を聞いただけでも腸が煮え繰り返そうだ...。」
怒りに瞑想どころでは無くなった彼はおもむろに剣を抜き出し、蝋燭の火を切った。一瞬だけ火が上下に分かれた状態でいた。
「サンルスの奴がこちに宣戦布告をしたそうだ。どうするヨツヒデ?」
「決まっている...受けてたつ...。」
「急くなヨツヒデ。まだ兵力が充分では無かろう。まずは味方を増やすところから__」
「ヨシユキ。この軍には私の分身がいる。私が認めた男がな。」
「エリアスのことか...。」
「サンルスに目にもの見せてやる...。私はただ失うだけの男にでも見えただろう、あの男の首を...取る...。」
「ならば我はその手伝いをするとしよう。サンルス...奴の宣戦布告を受けたぞ。日は3か月後の24日だ。場所は、かつてこの世界に君臨した、後の世界の王が産まれた国...オルガージュ国があった更地。またの名を...。」
「サタナキア様の故郷...王ヶ原...。」
「えーりーあーすー! 久し振りじゃのぅ!」
寝巻き姿の姫、コノハがこっそりエリアスの部屋に来ていた。彼が帰ってくるのを待っていたのだ。
「コノハ...!?」
彼女の姿を見た彼は驚いた。
「な、なんじゃ...?」
胸の膨らみは豊かでいてくびれており、そして腰も丸みを帯びていた。まさに理想的な体型であったのだ。
「...お主、どこを見ておるのじゃ...?」
「...ッ!?」
コノハが自分の部屋にいたことにも驚きだったが、それよりもエリアスの目線はずっとコノハの胸の谷間にあった。ぎゅうぎゅうになっているそれをずっと見ていたのだ。
「い、いや、違う、これは...!」
視線を彼女の胸から目に変え、慌てて弁解する彼を見てコノハは笑った。
「お主、今まで性とか興味ない者だと思っておったのに、そんなに妾の体が気になるとは、やはり男じゃのう!」
「...よ、よせ...。語弊を招くような言い方はやめろ...。」
コノハから視線を外し、恥ずかしさを紛らわすために後頭部をかいた。
「ほんとに意外じゃな、お主...。」
「だっ、うるせ...!」
「ふふーん! かわいいやつじゃ!」
彼女が茶化すようにエリアスを撫でる。身長はエリアスの方が大きいのに、心なしか小さく見えた。
「そ、それより...なにしに来たんだよ...?」
彼はそう言って話をそらすことにした。
「あぁ、お主に会いに来たんじゃよ!」
「...そうか...。」
「今日はちゃんと父上に許可を貰ったから一緒に寝れるぞ?」
「な、ばか、よせ...。もう子供じゃないんだぞ...。」
着ていた服を脱ぎ、寝巻きに着替える。
「そうじゃのぅ...もう立派な男と女じゃ...。時が経つのは早いのぅ...。」
彼の背中の肌にある傷に触れる。
「お主、何をしたらこんなに傷だらけになるんじゃ...?」
「...お前の親父さんに刻まれた跡だ。」
一度だけ本物の剣で修行したときがあった。もちろんヨツヒデは手加減した。いつものように刹那で攻撃はしてきたが、全ての傷は浅い。もちろん手加減したとて、肉は裂かれている。この回復力はドランであるが故だ。
そういえば何故彼は___?
「すまん...。」
考えを遮るかのように、コノハが謝った。
「...お前が謝ることはないだろ?」
「いや...なんとなくじゃ...。」
「...なんだそれ...。」
さっさと着替えを済ませると、棚から茶菓子を取り出してそれをコノハの前に出した。
「お主、頑張っているようじゃのう?」
「あぁ。ようやくヨツヒデ様の技をいくつか習得した。」
「うむうむ。妾も頼れる兵士がいることは良いことじゃと心得ておるぞ!」
「バカいえ。俺は元々...。」
お前を守るためだけに鍛えている。なんてくさいことは言えない。だが、そうなのは事実だ。それが仕事でもある。
「『元々』...なんじゃ...?」
「いや...忘れろ...。」
「なんじゃ、なんなのじゃ...?」
「いいから忘れろ...。」
そう言われたコノハはいじけて煎餅を口にした。バリィッという音が部屋に響く。エリアスにお茶を出すことを命じると、はいはい、といって茶を沸かし、出した。
「うむ。美味い。」
「光栄だ。」
煎餅を食べ、お茶を飲んだ。そしてひと息吐くと、エリアスの布団に腰を下ろした。
「何してる。自室にもどれ。」
大きな明かりを消して小さな明かりをつけた。枕元にあるものだ。
「やだ。妾眠い。」
「じゃあ抱いて送る。」
「やってみろー。ばーかばーか。」
やれやれとため息を吐いてコノハを抱き起こそうと近付いた。背中に手を伸ばそうとした瞬間、逆に腕を回され、引き寄せられた。顔が近い。
「ふふー...最初に抱きついたから妾の勝ちー...!」
コノハが妖艶な目付きで、耳元に囁かれたことによって、エリアスは不覚にもドキッとした。
「...どうすんだよこの空気...。」
心臓が高鳴る。一回一回が明らかに動いていることがわかるくらいだ。
「流れに任せ...お主が妾を食らうがいい...ふふ。」
真っ赤な顔のコノハが耳元までに顔を近付いて呟いた。
「は...?」
「こわいか?」
「お前はなにいって...」
「怖いようじゃの?」
挑発するコノハ。心臓がうるさく、そして顔も熱い。どうするべきだろう? 一体どうするべきか、冷静になって考えることにした。そして出した答えは__
「...乗せられないぞ。」
そもそも今、“そんなこと”をしたら...万が一そこまでいってしまったら...もし妊娠なんてことがあったら...。責任がとれない。
「...つまらんのぅ...」
コノハが一気に力を抜いた。
「ほら、戻るぞ。」
「やーだー。妾はここで寝るんじゃー。」
上体を起こし、エリアスを胸ぐらを掴むと、体を使って投げ飛ばす。急なことで対処できなかった彼は、布団に背中を強く打ち付けられた。
「いって...!!」
横になった状態の彼を押さえつけるようにして上に乗る。
「ふふーん。抵抗できまい?」
「は...? 俺は何年も鍛えてるんだぞ。この程度の拘束なんて...ッ!」
おかしい。力を入れているつもりが全く動かない。
「拘束なんて、なんじゃ?」
ニヤニヤしながらきいてきた。先程の動きのせいで少し着崩れしており、胸が見えそうになっている。
「く...ッ! ちょこざいな...!!」
「無駄じゃ。妾の能力は金縛りじゃ...。ふふ。」
「は...? てか...それを変なことに使うんじゃねぇ...ッ!!」
本当に力が入らない。どうやら彼女の言っていることは本当のようだ。
「...はぁ、分かったよ。ここで寝るんだろ? もう好きにしろ。」
「よし! よく言うたぞエリアスよ!」
手を離して彼から降りる。だがおかしなことにまだ力が入らない。
「おいどうなってる!?」
「おっと、解除し忘れた。ほいっとな。」
再び彼に触れると、ちゃんと体が動くようになった。
「えーりーあーすー、腕枕せーい。」
「バカか。そんなことするわけねぇだろ。」
「姫に向かってバカとはなんじゃー! しないなら無理矢理さすまでじゃ!」
再び構えをとった。力を抜かす能力なんてどういうことだ。
「分かった! また妙な力を使うな!!」
まったく恐ろしい女だ。
彼女の話を聞いた限りでは15歳の時にこの能力が覚醒したようだ。元々ヨツヒデの家系の代々は特殊能力なんてものはなかった。彼が覚醒したことにより、彼女もまたそうなったのだと考えた。ヨツヒデの特殊能力はあくまでも「闇の力」であって「刹那の領域」はそうではないらしい。詳しい話は聞かされていないから不明だ。いずれにせよ、ヨツヒデは攻撃的なのに対し、娘のコノハは「金縛り」なんて...。
「硬い腕枕じゃのぅ...。」
「文句あるならやめるぞ。」
「硬くて高い。」
「あーもうやめる。」
布団とコノハの頭に挟まれている腕を引き抜こうとした。
「冗談じゃ! やめないでおくれよ!」
そう言って彼女は腕をがっちりと掴んだ。男性と比べて面積が少ない手のひら、そして小さく細い指だった。
「文句言うんじゃねぇって...。」
「わ、悪かった...。」
再び腕に彼女の頭の重みがかかった。そしてさっきまで腕をつかまえていた手は、彼の胸部に添えられていた。腕...というか肩に近い位置に頭がある。伸ばしっぱなしにするのも疲れるので、その手を彼女の頭に置いた。
「...!//」
撫でられているような感じがしたのか、嬉しそうに、そして照れているような様子だ。可愛い。こいつが寝たらそっと抱き締めてやりたいと思った。そのまま二人は眠りについた。寒い時期である故にお互いの体温が心地よいのだ。
朝。
目が覚めると、コノハもエリアスも抱き合って寝ていたことに気付いた。
「暖かいのぅ...。」
空はまだ紺色でかなり冷え込んでいた。故に尚更お互いの温かみが気持ちよくていた。
「......コノハ...。もし俺が『お前が好き』って言ったらどうする...?」
言い切った後に酷く後悔し出した。何を言っているのだと。もし今、過去に戻れる能力に覚醒したら今の発言を取り消したいと思った。頼むから聞いていないでくれ、とでも思った。
「...そりゃあ...。」
少しの間の後、彼女は口を開いた。
「...嫁ぐ...。」
「...は...??」
眠気がすっ飛んだ。
「お主以外に昔から仲の良い男がおらぬ...。」
エリアスの頭を優しく撫で、続けた。
「それにお主以外はみな、妾を嫁にしたいと言っても、どうせ富と名声欲しさじゃろう...。妾...たまにそう思うんじゃ...。どうせ貰われる身ならば、父上に得をさせたい...。自ら城を築き上げ、守り抜き、妾を育てた。それらの努力の結果、他人にそれを利用されて名を上げられるのなら、妾は...お主の子を産むことを選ぶ。」
思ったよりも真面目な理由だった。彼女の言ったように、この城は元々ヨツヒデの指揮のもと、彼の上司のためにつくられた城だ。当時の彼の上司であったサタナキアは完成されたそれを見てこう言った。
「このような惨めな城に我は住めぬ。ヨツヒデ、お前が住まえ。」
ショックは受けたが、この城を建築するに当たって裏があった。サタナキアの古きからの親友であるディープは、サタナキアのために成果をあげるヨツヒデに城を持たせるべきだと提案した。もちろんそれを否定するであろう本人には内緒にだ。確かであると言ったサタナキアは、彼に広大な土地だけを与え、「偉大なる者が住まう城」をコンセプトとして作らせた。それが今の城だ。つまり、サタナキアは元より、ヨツヒデ自身が住まう城を自分で作らせたということだ。ヨシユキはその話をこっそり彼に話した。これをサタナキアによる恩恵だと考えた彼は、戦がある度に自らも赴き、この城を守り抜いた。十数年の歴史を持っている。
「妾を貰ってくれるな...? エリアスよ...?」
「...。ヨツヒデ様の名を出すとは...上手いことをしやがるな...。」
「ふふ...断りづらいじゃろ...?」
ここまで闇軍を引っ張ったのも彼だし、土台を築き上げたのも彼だ。
「でも...それとこれとは話は別だ...。」
「..ちぇー...。上手くいかぬのぅ...。」
彼女はそう言って布団に潜った。
二度寝から目を覚ますと、空は既に水色だった。さすがに早起きしただろうコノハはいないと思ったが、布団のなかで二度寝していた。可愛い。今ならバレないと思ってぎゅっと抱き締めた。可愛い。
「...あれ...妾、寝ておったか...。」
「...あ、あぁ...。そろそろ起きるぞ。多分もう8時頃だろう。」
あれ程に密着したことはこの数年間なかった。顔を洗い、朝食を終え、ヨツヒデとの訓練の後の勉学も終えると、時は既に18時だった。ここからはいつもなら自由時間なのだが、ヨシユキが急に城内にいる兵士たちを広場に呼んだ。こんなことは滅多にないことで、何事だと騒々しい。広場に来ると、暗くて寒いなか、皆が防寒着を着て待機していた。奥の方には台があり、そこでヨシユキは話をするのだろう。それの後ろには三角形のように並べられた三つの丸とそれを囲むように描かれた菱形の旗、“闇軍の紋章”が描かれた旗が風になびいていた。
その脇にヨツヒデ、ヨシユキ、コノハやクロマツ、マサルなど、闇軍の幹部と傘下に加わった軍の大将が並んで座っていた。ヨシユキが立ち上がり、台にあがった。
「親愛なる闇軍の兵士たち。」
声量を拡張させるものはなく、皆に聞こえるように彼の特殊能力でそれを上げている。相変わらずの低くて渋い声だ。彼のその声に、騒々しかったこの場は一瞬にして静まった。
「我らが対峙する光軍とは、いつか決戦を交わる運命にある。そしてそれが目前にある。」
まさか、皆を集めてまでの話というのは__
「全ての始まりは数十年前にも遡る。当時はまだサタナキア陛下の名が世に知れ渡った時代よ...。主らが知っているように、陛下は亡くなられた。そしてその理由は、憎きサンルスの裏切り。陛下を慕っていた我らの大将・ヨツヒデは奴を許さなかった。もとより光軍と闇軍は、『心を使って平和な新世界を作る派』の、通称・サンルス派と『陛下の意思を受け継ぐ派』の通称・ヨツヒデ派だ。それが独自に勢力を拡大し、現在に至った。ここにいる我らは当然ヨツヒデ派だろう。先にも言ったように、我らはいずれ奴らと決戦を交える運命にある。そしてそれが近い。時は三ヶ月後。地は王ヶ原。これは世界を動かす聖戦になる。...ヨツヒデ、最後に主から何かあるか?」
ヨシユキがここまで語り、彼の方を見ると皆も一斉に大将を見た。椅子に腰掛け、足を組んで聞いていた彼は、兵士たちを見た。
「特にない。が、貴様らのことだ。余計な心配は要らんだろう。」
「...だ、そうだ。早速明日から戦の準備にはいる。主らも部屋に戻って休め、ヤスメ。」
急な話だった。もしかして昨日、コノハが必要以上に迫ってきたのはこのことを知っていたからなのだろうか。直接聞こうとしても、宣戦布告をされたという事実を発表してからの姫の行動範囲は狭くなる。三ヶ月の間、もう会えないかもしれない。それに、光軍は強者が揃っている。ヨツヒデが直々に赴いたとしても勝てるかどうか分からない。早くもその緊張が城内の兵士たちにストレスを与えていた。
「コノハ...。」
守護の剣 #4 戯言
「物語りはいよいよクライマックスに入る。歴史を動かす大聖戦………。」
彼の表情が険しくなった。そして今の本を閉じ、新たな本を取り出した。




