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8話

途中、僅かにオスカー視点入ります。

 そして二日が経った。

 一つの足音が、ゆっくりと響き渡る。徐々に、徐々に足音の間隔が開くようになり、エレイナがいる牢の少し手前で止まった。沈黙があたりを包み込み、エレイナは首を傾げる。どうしたのでしょう?

 しばらくして、意を決したように足音が再び近づいてきた。普段よりも、少し早めに。

 そして、エレイナの前に現れたのは――。


「こんばんは」

「……こんばんは、エレイナさん」


 オスカーだった。月明かりは彼のところまでは届かず、金の髪は闇に溶け込んでいる。そのため、あまり表情が見えない。だけど、緊張しているのがその声から分かった。


「……今、開けます」


 そう言ってオスカーはしゃがみ込み、牢に近づいた。月光の下に躍り出る。少しだけ窶れているよう。その顔色が悪いのは、果たして月明かりのせいか、否か。

 しばらくして、キィ、という音を立てて、格子の一部が開いた。彼が手を差し出す。エレイナは立ちあがって傍まで行くと、彼の手を取った。冷えきった手のひらに、何となく胸騒ぎがした。


「ありがとうございます」


 牢を出てエレイナが礼を言ったが、オスカーは頷くだけ。用が済んだとばかりに離れかけた手のひらを、ぎゅっと握りしめて離れないようにする。……もう、離したくはありません。

 そんなエレイナの行動に何を思ったのか、はたまた何も思っていないのか、オスカーもそっと、僅かに握り返した。どきり、とエレイナの胸が跳ねる。触れた手が熱くて、まるでもう一つの心臓になってしまったよう。


「……行こうか」

「はい」


 オスカーの言葉に、エレイナは頷き、歩き始めた。二人の間には静寂が横たわっていたけれど、そんなこと気にならない。ただ、触れられている。それだけで、幸せだった。

 外に出ると、柔らかな月光が目に差し込む。朧月夜。霞がかった月はぼんやりとしていて、あやふや。

 オスカーはエレイナの方を振り返ることなく、どんどん進む。やがて王宮の門に着くと、馬車に乗せられた。オスカーは乗らずに、にっこりと作り笑いを浮かべて、エレイナに言う。


「今日は僕の屋敷に泊まって。僕は仕事があるから、ここで。じゃあ」

「え、あ……」


 パタン、と閉じられる扉。しばらくした後、馬車が動き出した。


(ど、いう……ことでしょう?)


 何故、私は今馬車に乗っていて、どうして、あの方は隣にいない? 疑問が脳内で渦巻く。分からない。彼は、何を思っているのでしょう?

 エレイナは馬車の中で、ただ呆然とするしかなかった。一人きりの馬車。ほとんどない振動。高級な、ふわふわのクッション。何だか場違いなところへ取り残されてしまったようで、不安でたまらなかった。


 エレイナがそわそわとしている間に、馬車が止まった。扉が開けられ、下ろされる。

 目の前には、豪奢な屋敷があった。エレイナがかつて住んでいた子爵邸よりもさらに煌びやかで、オスカーの話を信じるのならば、ここがルンペリア侯爵邸だろう。

 それは分かった。問題は――。


「私、どうしてここに……?」


 エレイナがほうけている間に、中から人が現れて連れて行かれる。あっという間に風呂場へと連れて行かれ、全身を洗われたかと思うと湯船に入れられた。しばらくして風呂から出され、元貴族だったエレイナでも着たことのないほど質の良いワンピースを着せられる。食堂へ連れて行かれ、待っていたのは多くの高級料理たち。味のしないそれらを何とか呑み込むと、次はどこかの部屋に連れていかれ、寝巻きに着替えさせられた。


「では、おやすみなさいませ」


 閉じられる扉。エレイナはとりあえずベッドに横になることにした。

 ふんわりと適度な柔らかさに全身を包み込まれる。疲れた体にはまさに癒し。

 けれど、眠気はやって来なくて。


「いったい、どういう状況なんでしょうね……」


 ぽつり、と零れ落ちた言葉は、どこか寂しげに響いた。



 翌朝。エレイナが目を覚ますと、すぐに着替えさせられ、朝食を食べることに。昨夜は考え過ぎてて眠れなかったので、少しだけ頭がぼうっとしている。全部、あの方のせいです。

 食事を終えると、再び着替えさせられる。ドレスではなく平民らしい、シンプルで質の良くないワンピース。少し、不安を覚えた。

 そして、嫌な予感ほど当たるもので。着替えた後、エレイナは外に放り出された。どうやら、このまま帰れとのことらしい。


(帰る……? そんなこと、できるわけがありません)


 昨夜からずっと、オスカーとまともに話せていない。最後に見たのは、作り笑い。それで去れ? できるわけがない。

 ふと、数日前のことを思い出す。



『このままずっと、オスカーの傍にいて欲しいんだ。多分、あいつは君を傷つけたことを責めてしまうだろうから。だから――』

『もちろんです』



 エレイナはそっと目を閉じ、そして少し移動して、門のところで座り込むことにした。



△▼△



 オスカーは馬車の中で重たいため息をついた。背を持たれかけさせ、目を閉じる。瞼の裏に浮かんだのは、戸惑った表情を浮かべる彼女だった。

 我ながら未練たらしい。そう思いながら、オスカーは必死に面影を消そうとする。けれど、決して消えることはなくて、諦めることにした。しばらくすればきっと忘れる。そう言い聞かせて。


 オスカーは、もうエレイナと顔を合わせないつもりだった。見かけても、言葉は交わさない。そう、決めた。それを彼女も望んでいると、思い込もうとした。

 だけどほんの少しだけ期待してしまう。もしかしたら、そんなことはないかもしれない。彼女は、僕の手を取ってくれるかもしれない。――結婚、してくれるのかもしれない。

 再度、オスカーはため息をついた。これはかなりの重症だ。もう、諦めなきゃならないというのに。


 そんなとき、馬車が止まる。扉が開けられ、そこにいたのは――。


「こんばんは」


 にっこりと作り笑いを浮かべるエレイナだった。



△▼△



 エレイナはオスカーを見つめた。目を見開き、動揺しているよう。その隙に彼の手を取り、絶対に離さないようぎゅっと握りしめた。


「なんで、エレイナさんが……」

「もちろん、話し合うためです」


 意思の強い瞳で、エレイナはオスカーを見る。オスカーは気まずげに視線を逸らした。きっと彼も、エレイナに酷いことをしたと分かっているのだろう。それでも、エレイナは口を止めない。


「何で、こんなことをしたんですか」


 予想はついていますが。そう、エレイナは心の中で付け足す。だけど、彼の口から聞きたかった。全てを、さらけ出して欲しかった。


「ちゃんと、話してください。私はあなたのことを、あなた自身の口から聞きたいのです」


 ――好きだから。たとえ理解し合えなくとも、せめて本音を知りたかった。

 その言葉に、オスカーは視線を揺らす。それでも、エレイナはじっと彼を見つめ続けた。……しばらくして、観念したようにオスカーがため息をつく。


「……エレイナさんは、僕のことが憎くないのですか? 僕と関わったから――僕のせいで、エレイナさんのご両親が……」


 オスカーは口を噤んだ。言ってはならないことを言ってしまった。そんなふうに思ったのだろう。

 だけど、エレイナは全く気にしなかった。


「憎くはありません。だって、あなたのせいじゃないですから。悪いのは、襲った人たちです。それに……父様と母様は、手紙で言いました。『王都で幸せに』って……。だから、私は幸せになります。それが、父様と母様の願いですから」


 エレイナはにっこりと笑った。牢にいる間、ずっと考えていた。死んでしまった父と母のために、何ができるのか。そのとき、ザックから手紙が届けられて……幸せになることが、二人への弔いになると、そう思ったのだった。

 そんなエレイナに、オスカーは「やっぱり、エレイナさんは強いね」と告げる。エレイナは首を振った。


「いえ、強くなんてありませんよ。――そう言えば、やっぱり、父様と母様を襲ったのは、ご親戚の方々に雇われた者たちですか?」

「あ、うん……そう。あと、自分の娘を僕の妻にしたい人たち」

「だったら、尚更です。あなたは全く悪くありませんじゃないですか」

「だけど、」


 言い募ろうとするオスカーの口に、人差し指で触れる。それだけで、オスカーは黙りこくった。不安げに瞳を揺らす彼に向けて、エレイナは微笑む。


「私が言っていいことなのかは分かりませんが、ルンペリア侯爵の嫡男とはいえ、あなたはまだ若造です。ただの人です。できないことがあって当然なのですよ」


 オスカーは目を見開いた。驚いた表情を浮かべた後、嬉しそうに、安心したように笑みを零す。


「そっか……そう、だね」


 その笑顔に、エレイナも笑みを深めた。


「そうですよ。だから、その……えっと…………」


 脳裏に浮かんだ言葉に、エレイナは頬を朱に染める。さ、さすがにこの言葉を言うのは……恥ずかしい、です。

 俯いて口をぱくぱくとさせるエレイナに、オスカーも目を細めた。愛おしげに彼女を見つめ、そして抱きしめる。


「ひゃ!」

「エレイナさん、一つお願いがあるんだけど」

「な、何でひょう……!?」


 動揺して声が裏返ってしまい、エレイナはいっそう顔を赤らめた。……恥ずかしい。穴があったら入りたい、です。

 うう……と心の中で呻いていると、ふっ、と耳に息がかかる。それほどまでに、近い距離。バクバクと鳴り響く心臓がうるさい。



「僕と、これからも一緒にいてくれませんか」



 少しだけ強ばった言葉。オスカーの手が僅かに震えているのが、布越しに伝わる。

 きっと、緊張しているのだろう。そう思うと、自然と答えは零れ落ちていた。


「はい」


 ふっ、とオスカーの体から力が抜ける。安堵の息が耳に吹きかかって、こそばゆい。ふふ、と笑い声が漏れた。

 そして二人は向き合うと、幸せそうに微笑みあったのだった。

これにて完結です……が、番外編は書こうと思っています。いつか。

ネタとしては、改稿前はいれれたけど、今回は入れれなかった「オスカー自己紹介してないからいつまで経っても名前で呼べない事件」←

あと、王女様とのお茶会を書きたいですね……ただの、自己満足です。王女様可愛いですよ。気になった方は是非ムーンライトノベルズの方へ。ペンネームで検索すれば出てきます。

ということで、ここまでお付き合いありがとうございました!

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