第八十七話 『誓いの指輪』
「うわああああああああああああああああああああああああっ!!!」
今日も今日とてクロノは半泣きで猛ダッシュ、理由は熊から逃げる為だ。
「あはははははははははっ!! 良い顔するようになったなクロノッ!!」
「黙れ大馬鹿っ!! 何でよりにもよってあそこを通るんだよおおおっ!」
夢の為、勇者を目指す少年2人は今日も山で特訓中だ。先ほどは熊が寝ている脇を通ろうとして見事に失敗した。
「どうせなら難しいほう! 成功したとき嬉しいだろっ!?」
「失敗した時の事、少しは考えろよっ!!」
「グルアアアアアアアッ!!」
「ひゃああああああああああっ!?」
ローと知り合ってから、毎日のように修行という建前でローと一緒に山を駆け回っていた。これが世間一般で言う『友達と遊ぶ』ということなのだろうか、……恐らく違うだろう。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「今日も生き延びた、間違いなく強くなったぞ!」
「嘘だっ! 絶対間違ってる!」
命からがら逃げ延びたクロノ達だったが、こんな事を繰り返して勇者になれるとは到底思えなかった。
「あ、クロノもそう思うか」
「そうだよなぁ、もっとちゃんとした修行を考えないとなぁ……」
「もう少し早く気がついてほしかったなぁ……」
「いい加減、ローの両親も黙ってないぞ?」
何かあればクロノの家に避難してくるローだったが、大抵次の日に地獄を見ていた。何度も何度も繰り返し見た光景だが、流石にそろそろ本当に不味いだろう。
「そうだなぁ、俺の命が危ないよなぁ……」
「山で猛獣に追いかけられる事にも、命の危機を感じろよ」
「ふむ、よしクロノ! 町に行くぞ!!」
「……どうせ断っても無駄なんだろ?」
「へへっ」
「……分かったよ、付き合うさ」
ローの手を取り立ち上がるクロノ、少年二人は笑いあい、村へ戻って行った。
村で準備をし、大人達の目を掻い潜り、クロノとローはカリアを目指して街道を進んでいた。
「カリアはアノールドで一番大きな町だからな、城も、図書館も、修練場も、全部揃ってる!」
「強さは知識と一体! 勇者になるには勉強も必須なんだっ!」
「張り切ってる所悪いけどさ、何で城がピックアップされるんだ?」
「やれやれ、何も知らないんだなぁ」
「でかい城にゃあ、兵士も一杯だ」
「当然、王様を守る為にな」
「そんな城の兵士達が、生半可な強さだと思うか?」
「って事で、城に忍び込まないとなぁ」
「ごめん、意味が分からない」
「王宮直伝の武術ってのを知れたら、絶対強くなれるだろ!?」
「真正面から行っても、子供の俺達は追い返されるに決まってるさ」
「だから忍び込むんだ、当然だろ!?」
「それじゃ勇者どころか、盗人じゃないかっ!」
「子供なんだし免罪免罪、笑って済まされるって」
「そこから話を繋げて、武術について聞きだすんだ」
「いいかクロノ、勇者には話術も重要なんだぞ」
「話術を巧みに使ってだな、情報をいかに上手く聞き出すかがだな……?」
話を上手く切り替えるローだったが、このままでは城に忍び込む羽目になる。クロノはなんとかローを止めようとしたのだが、完全に無駄だった。
最早諦めたように、クロノはローの後に続いていた。現在彼等は崖側の城壁付近にいる。
「ぐぬぬぬ……流石に厳重だなぁ……」
「そりゃお城だもん……都合よく穴とかある訳ないだろぉ……」
「見ろクロノッ! 入ってくださいと言わんばかりの穴が開いてるぞっ!!」
城壁に子供くらいなら通れそうな小さな穴が開いている。クロノは体勢を崩し、城壁に頭をぶつけてしまった。
「何でっ!? 何でこんな時に限って!?」
「こりゃ都合がいいや、よしクロノ、ここから進入するぞ……」
これでは完全に泥棒である。流石に不味いと思ったクロノだが、ローに穴の中に引きずり込まれてしまう。
「ローッ! 不味いって! 見つかったら怒られるってっ!!」
「馬鹿っ! 声が大きいよっ!」
「ちょっとくらい平気平気……っと何だここ……庭か?」
「それにしては殺風景だな、ん?」
殺風景な石畳の空間、そこに一つのベンチがあった。そのベンチで20代ほどの男が俯き、泣いていた。
「……父さん……ァさん…………何で……」
「…………何で、僕一人を残して……」
その身なりから、恐らくは王族だろう。クロノは慌てて隠れようとするが、ローはその男に近づいていった。
「……ッ!? 誰だ!?」
「俺はロート・ルインって言います」
「……兄さん、何で泣いてるんだ?」
ローの行動にクロノは気絶しそうになってしまう、このままでは摘み出されてもおかしくは無い。泣いていた男は、キョトンとした表情でローを見ていた。
「こ、ども……?」
「どこから……?」
「壁に穴開いてたんで、そこから」
「なぁ兄さん、何で泣いてるんだ? こんな殺風景な場所でさ」
「……そうか、あの騒ぎで穴が……」
「……何で泣いているのかって? ……僕が弱いからだよ」
男は、弱弱しく笑い、ローの頭を撫でた。
「始めまして、小さな侵入者さん」
「僕はラティール・トラスト……この国の王様だよ」
「王様なのか……! スッゲェな!」
「ん? 王様なのに、弱いのか?」
「……この場所はね、僕の大事な人達が出会った場所なんだ」
「けど、もう二人とも居ない」
「僕は、何も出来なくてね……今も国を治める事が出来ていない……」
「大事な人を失って、ここで泣いている……弱い大人だよ……」
その言葉で、クロノは目の前の大人と、自分が重なって見えた。母親を失い、泣いていた自分と。
「……そっか……」
「けどな王様、泣いてちゃ、ダメだぞ」
ローは顔を上げ、ラティール王の目を見てそう言った。
「泣いてちゃ、何も変えられないんだ、居なくなった奴もきっと悲しむんだ」
「俺も、妹が死んでな? スッゲェ泣いた」
「けど、妹を失って分かった事もあるんだ」
「俺はそれで、前を向けたんだ」
「クロノだってそうだ、だろ?」
そう言ってこっちを見るロー、出来れば話を振るのは勘弁して欲しかった。だが、確かにそうだ。
「……うん、俺も母さんが死んで、悲しかったよ」
「けど、ローに教えてもらったから、泣いてるだけじゃダメだって」
「母さんも、そんな俺は見たくないと思うから……」
「だから俺は、今日を頑張れるんだ」
そんな自分になれたのは、ローのおかげだ。
前を真っ直ぐと見ている少年達、その真っ直ぐな瞳が、ラティール王の心を溶かした。
「強い、子達だね……」
「何が君達を、そこまで動かすんだい?」
「夢だ、俺達には夢があるんだ!」
「俺は勇者になって、弱い奴を守れる男になりたいんだ」
「救いの無い弱者を、俺がみんな救えるように、強くなりたいんだ!」
「俺も、勇者になって夢を叶えたいからです」
「俺の夢は、人と魔物の共存の世界……」
「そんな世界を成す為に、俺も勇者になりたい……!」
はっきりとそう言うクロノを見て、ローは嬉しそうに笑う。それに気が付いたクロノも、心から笑顔を浮かべた。
「弱者を、守る……共存の……」
「そうか……君達は……勇者に……」
「なぁ王様、この町は俺達が勇者になる町だ」
「この町がゴタゴタしたら、俺達困るぞ」
「ローッ! 何言ってんだよ!?」
目の前でギャアギャアと騒ぐ少年達、この子達の将来の為にも、自分が泣いている訳にはいかない。ラティール王は、両目の涙を力強く拭い取った。
「王、何か声が…………っ!?」
「なっ!? 小僧共っ! どこから入り込んだっ!!」
「あ、やべ……」
「ほらみろ見つかったあああっ!!」
「……よせ」
クロノ達を取り押さえよとした兵士を、ラティール王が制止した。その目は、先ほどの泣いていた男の目では無い。
「この子達はね、僕に説教をしてくれたんだ」
「ふふっ……目が覚めたよ、それに……元気が出た」
そう言いながら、ラティール王はクロノ達の前にしゃがみ込み、目線を合わせてくる。
「ありがとう、この町は君達の出発点になる町だもんね」
「うん……泣いてちゃダメだよな……すっきりしたよ」
「クロノ君と……ロート君、だったかな」
「ローでいいよ、そっちの方がいいや」
「そっか、ならクロノ君、ロー君」
「良かったら、僕と友達になってくれないかい?」
その言葉に顔を見合わせるクロノとロー、そしてローが息を整え、王に向き直った。
「勿論っ! けどその代わり、王宮の武術とか教えてくれよなっ!!」
「何で上から目線なんだよっ! ローの馬鹿っ!」
再び喧嘩を始めた少年達を見て、ラティール王は笑顔を浮かべていた。ラティール王が町のみんなから信用を得て、沈んでいたカリアを元通りにするのは、ここから遠くない話だ。
城を後にしたクロノとローは、町の広場でベンチに腰掛けていた。王には何も言われなかったが、大臣らしきおっさんにみっちりと説教されたのだ。少々気疲れしてしまった二人は、ベンチで休憩する事にしていた。
しばらくボーっとしていた二人だったが、クロノはふと先ほどの言葉を思い出した。
「なぁ、ロー?」
「んー?」
「妹、居たのか?」
「あぁ、丁度お前に顔似てたかな」
「へへっ、お前女みたいな顔だよなぁ、男らしさが足りねぇ」
密かに気にしている事を、ローは容赦なく抉ってきた。
「このやろ……っ!」
「妹はさ、流行病で死んだんだ」
「3年前、俺が5歳で妹は4歳だった」
そう話すローの横顔は、見たことの無いほど真面目な物だった。
「俺の家ってさ、裕福じゃねぇだろ? 薬もロクに買えなくてさ」
「……周りの奴等も、苦しんでる妹を助けてはくれなかった」
「俺も、何も出来なかった」
「んで、気がついたんだ」
「弱者の声は弱者にしか聞こえない、助ける力のある奴は、その声を聞こうとしない」
「勿論違う奴も居るけど、大半はそうだって事に、気がついた」
「それがスゲェ汚くて、悔しくてさ……」
「強く、なりたかったんだ」
拳を握り締めているローは、出会ってから初めて、泣きそうな顔をしていた。
「両親がメッチャ厳しいのも、妹が死んでからだ」
「分かってんだよ、俺の事心配してくれてるの」
「けど、じっとなんてしていられないんだよ」
「妹は、笑えば可愛い子だった、俺は妹の笑顔が大好きだったんだ」
「世の中には、妹のように救われない奴が大勢居る」
「俺は、そんな奴等を救いたい」
「そんな勇者になりたいんだ」
「道がどんなに険しくても、俺はその道を笑顔で進むと決めた」
「妹に、誓ったんだっ!」
初めて話してくれた、ローの本心。それが眩しくて、同時に、負けられないと思った。
「俺は、ローに救われたよ」
「あ?」
「あの日、ローが俺に手を差し伸べてくれたから、俺はここで笑えてるんだ」
「だから、ローは俺の恩人だよ」
「馬鹿お前、何言ってんだよっ!」
「大体な、俺はそんな小さな事じゃなくてもっと大きな事でだな……」
「俺にとっては、何より大きな事だったよ」
そう言って笑うクロノ、ローは顔を背けてしまうが、その顔は赤くなっていた。
「……よし、決心は互いに固まったよな、クロノ?」
「うん、二人必ず、勇者になろう!」
「へへっ! そこでだ! これをお前にやろう!」
手渡されたのは、シルバー製の指輪だ。
「……何これ?」
「この前村に来た旅の商人から買ったんだ、悪いけど高い物じゃねぇからな?」
「お前知ってるか? 勇者ってのはな? 神の加護を受けると同時に、その装備に勇者の証を刻むんだ」
「勇者の証が刻まれた物は、決して壊れることが無いんだぜ!」
「剣なら折れる事が無くなり、鎧に刻めば、砕ける事のない鎧になるんだ」
「この指輪は、俺とお前お揃いの指輪だ」
「安物のちっぽけな指輪だけどさ、俺達はこの指輪に誓いを込める!」
「必ず勇者になって、夢を成し遂げるって誓いだ!」
「そんで、勇者になったらさ! この指輪に勇者の証を刻もう!」
「決して砕けない、誓いと夢を込めた指輪だっ! 格好良いだろっ!?」
本当なら、防具などに刻むほうが利口なのだろう。それでも、砕けない誓いの指輪というのに、クロノも惹かれた。クロノはその指輪を、左手の人差し指にはめた。
「ん……、お前左利きなのか」
「うん、珍しいかな」
「いや、丁度いいかも」
そう言って、ローも右手の人差し指に指輪をはめた。そのまま右拳を突き出してくる。
「? 何だ?」
「拳を合わせろ、約束の儀式だ」
「……子供っぽくないか?」
「こーゆうのはノリが大事なんだよっ!」
クロノは少し呆れながら、左拳を突き出した。互いの拳が合わさり、指輪同士がぶつかって音を鳴らした。
「約束だ、二人で必ず、勇者になろう!」
「あぁ、絶対なっ!」
少年達は笑い合い、誓い合った。
各々が歩む運命を、この時の彼らは、知る由も無い。




