第八十六話 『初めての、友達』
ローと名乗った少年と知り合った次の日、クロノは再び河原を訪れていた。ローと待ち合わせをしているのだ。時間は午後1時、クロノは川に石を投げたりして時間を潰していた。
「半分くらい無理やり誘ったくせに、遅刻ってどんな神経してんだあいつ……」
約束の時間から30分は経っている、『明日またここでっ!』っとこちらの都合を完全無視の上に結ばれた約束なのだが、律儀に来てしまう自分が少し情けない。
「もう、帰ろうかな……」
そう思ったクロノは、自然と家の内部を想像した。母親を失い、村の村長が使っても構わないと言ってくれた小さな小屋の中、自分一人しか居ない、静かな部屋の中を。
「…………」
帰っても、何も無い。だからこそ、クロノはここに来たのかもしれない。クロノは沈んだ表情で、川に石を投げつけた。
その石が、別の方向から投げられた石に弾かれた。
「待たせたな! クロノ!」
「ほんとだよ……!?」
現れたローは、様々な荷物を背負っていた。なにやら重装備だ。
「何その荷物……キャンプでもするのか?」
「惜しい! けど違うぜ!」
「今から裏山に修行に行く! 勇者修行だ!」
クロノは既にどんな言い訳をすれば帰れるかを考え始めていた。
「勇者になるなる言っててもなれるもんじゃない、努力と修練が必須だ!」
「その為には毎日遊んだり、サボったりしてる暇なんてないっ!」
「さぁクロノ! 裏山に行って修行だ!」
「嫌だよ! 大人達が子供は危ないから山に行っちゃいけないって言ってただろっ!」
「リスクを超えてこその成長だろっ! さぁ行くぞっ!」
クロノはローに引きずられるように、山へ入っていった。
「クロノ、荷物半分持ってくれ」
「嫌だ、てか帰っていいか」
結局山道を二人して進んでいるわけだが、子供二人には少々険しすぎる。既にクロノの息は切れていた。
「あのなぁ、そんな弱音吐いてる弱虫が勇者になれると思ってるのか?」
「俺は勇者になるなんて、一言も言ってないよ」
「じゃあ何だ? お前はどうやって夢を叶えようってんだ?」
「そりゃ勇者になる以外でも道はあるかもしれないけど、さ!」
先導するローは慣れた感じで倒木を乗り越えていく。
「お前には何か、考えがあるのか?」
「……それは……」
「だったら、いいじゃねぇか」
「夢を叶える為、勇者になる」
「その為に努力する、何の問題もねぇ」
「けど、それと山道を駆け抜けるのに何の関係があるのさ……」
「野生動物だって住んでるんだ、危険だよ」
「それはまぁ、修行だよ」
「毎日毎日、普通に過ごしてるだけじゃダメなんだ」
「強くならないと、何も掴めないだろ」
「……弱い奴の言葉は、誰にも届いてくれないんだ」
そう呟いたローの表情は、どこか影を感じさせた。クロノはそれを不思議に思ったが、足を木の根に捕られ、思いっきり転んでしまった。
「ぶははっ!! 何やってんだクロノ!」
「お前結構ドジだなぁ、あはははっ!」
「うるさいな……ちょっと転んだだけ……ロー! 後ろ!!」
顔を上げたクロノは、ローの背後に巨大なイノシシが現れたのを見た。
「んあ? …………あっ、やべ……」
「プゴオオオオッ!」
イノシシはローに向かって突進してくるが、ローはそれを間一髪で横に避ける。
「クロノ走れっ! 逃げるぞっ!」
「あわわわわわっ!?」
逃げる子供二人を、イノシシを容赦なく追いかけてきた。
「うひゃあっ! やっべぇどうするこれ!」
「知るかあああああああああああああああっ!」
クロノは半泣きで山道を駆け下りる、半分は落ちてるような感じだ。
「あのイノシシ、食ったら旨そうじゃないかっ!?」
「修行の後の飯に丁度いいと思わないかっ!?」
「何の話だよっ!?」
「馬鹿っ! あのイノシシを倒そうって話だよっ!」
「馬鹿も休み休み言ってくれっ! 倒す云々以前に命の危機だっ!!」
「何だよクロノ、お前子供らしく夢を見ろよなぁ……」
「時と場合を考えて夢を描け馬鹿野郎っ!!!」
後ろから鼻息荒く追いかけてくるイノシシは、どう考えても子供に倒せる相手では無い。あの巨体に吹き飛ばされれば、余裕で殺されるだろう。
「クロノやばいっ! 荷物が重くて疲れてきた……!」
「アホかっ! 荷物を捨てろっ!!」
まずそのでかい荷物を背負って、自分と同じ速度で走れてるローが少し信じられないクロノだった。
「馬鹿お前……俺の勇者装備を捨てろってか!?」
「命を捨てるよりマシだろうがあああああああっ!!」
「そんなことよりな、この先さ、崖なんだよ」
「は……?」
イノシシから逃げる為、クロノ達は自分達が登ってきた道とは逆方向に走ってきていた。そして、ローの言ったとおり、切り立った崖が目の前に現れた。
「あの下な、川だからさ……落ちても死にはしないと思うわけだ」
「飛び降りる勇気とか、あるか?」
「いやだああああああああああああああっ!!」
「だよなぁ……俺もちょっと怖いわぁ……」
「って事で、クロノッ! あの木に登れっ!」
ローが指差す方向には、一本の木が生えていた。
「俺……木登りなんてしたこと……」
「男の子だろっ! 命のピンチだ! 火事場の馬鹿力でなんとかしろっ!」
「出来なきゃ、イノシシに轢かれるだけだっ!」
そんなの冗談じゃないクロノは、助走を付けて木に飛びつく。そのまま勢い良く木を登っていった。
「あははははははははははっ!!! スッゲェ必死だっ! あははははっ!」
「笑い事かぁっ!!」
「って、どわああああああっ!?」
イノシシがクロノ達が登った木に向かって、思いっきりぶつかってきた。衝撃でクロノが落ちそうになる。
「このイノシシめ……これでもくらいやがれっ!」
ローが荷物から赤いボール状の様な物を取り出し、枝の上からイノシシに投げつけた。それはイノシシの目の辺りに直撃し、赤い粉末を散布する。その粉を浴びたイノシシは、木の下で大暴れを始めた。
「何? 今の……」
「唐辛子の粉」
「えぇ……」
呆れるクロノだったが、下の方から嫌な音が聞こえるのを聞いた。さっきのイノシシの突進により、木が折れそうになっているらしい。唐辛子を浴びて顔を振るイノシシだったが、その勢いのまま木に頭突きをかました。
その衝撃で、木が傾き始めた。
「ちょちょちょちょちょっ!? これやばいって!!
当然だが、木は崖に向かって倒れていく。
「ローッ! これ死ぬって! ローッ!」
「いいかクロノ、人生は多難だ」
「けどな、困難を乗り越えてこそ、大きく成長できるんだ」
「……ってことでな、死ぬなよ?」
笑顔で親指を立てるロー、クロノは何かを諦めた。
「ってアホかあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
クロノの叫び声が、崖下に消えていった……。
崖の下を流れる川に落ちたクロノ達は、そのまま下流まで流された。途中何度も岩に頭を打ったが、奇跡的にクロノ達は生きていた。
「何で生きてるんだ、そもそもなんで俺はこんな目に……いやもうよそう……とにかく早く帰るんだ……」
「いやー生きてたなー! あはははっ!」
濡れた服を絞りながら、ローは笑っていた。
「……どんな神経してんだよ……」
「辛気臭いなぁ……クロノお前いくつよ?」
「7才……」
「7才? 俺より一つ下でそれなのかぁ?」
「お前なぁ、そんなんじゃ損するって絶対」
「……ほっとけ……」
ローから顔を背け、クロノは膝を抱えた。こんな性格なのだ、仕方ないだろう。そう思っていたクロノを、ローが川へ蹴り飛ばした。
完全に油断していたクロノは、頭から川へ突っ込んでしまう。
「ぎゃああああっ!?」
「ふはははははっ! 油断大敵だぜっ!」
「クロノォッ! お前は全然ダメだな! ダメダメだっ!」
その言葉にいい加減腹が立ったクロノは、ローに向かって水を蹴り上げた。ローはそれをまともに喰らうと、二カッと笑った。
「何だよ、反撃できんじゃねぇか」
「そうだよそうだ、そーゆうのが足りてないんだよ」
「……はぁ?」
「ほらほら、もっとやろうぜ!?」
「とりゃあああああああああああああああっ!」
「うわああああああああああっ!?」
飛び掛ってきたローに頭を掴まれ、クロノは水に沈められた。そのローを蹴り飛ばし、クロノは立ち上がる。
「……っ! 何なんだよ! お前は!」
「何でっ! 俺に関わるんだよっ!」
「はぁ? 何だそりゃ、その言葉の方が意味わっかんねぇよ!」
「お前こそなんだぁ? 夢だのなんだの語ってたお前はどこ行ったんだよっ!」
そう叫び、ローは水をかけてきた。クロノは堪らず尻餅をついてしまう。
「大勢に笑われたんだろ? 変な夢だってさ!」
「否定され続けて、それでも夢を夢で貫いたんだろ!?」
「スゲェな、スゲェ格好いいじゃねぇかっ!」
「そこまで出来て、なんで今のお前は泣いてんだぁっ!?」
立ち上がろうとしたクロノの胸元に、ローの飛び蹴りが叩き込まれた。川の深いところまで、クロノは吹き飛ばされてしまう。
「夢を夢で終わらせたくないんだろっ! 否定されても、叶えたいんだろうがっ!」
「だったら、泣いてるだけじゃダメだろ!? なんかしないとダメだろっ!?」
「だったら……ぶはっ!?」
ローが言い終わる前に、クロノが濡れた上着をローの顔目掛けて投げつけた。
「余計な、お世話だっ!」
「何で、そんなのお前に言われなきゃいけないんだよっ!」
「何で……そんなのっ!」
「何でだぁ? そんな事もわかんねぇのかこのクソガキ……」
「お前と友達になりてぇからに、決まってんだろうがっ!」
「放っておけねぇんだよ、悪いかぁっ!!」
そう叫びながら、ローが飛び掛ってきた。クロノはローの飛び蹴りを顔面に喰らいながらも、その言葉の意味を考えていた。
友達、それはクロノとは無縁の言葉だった。小さい頃から各地を転々としていたクロノに、友達なんていなかった。
共存の夢を持っていたクロノは、誰彼構わずその夢を主張していた。それがどういう結果を生むのか、何を意味するのか、幼いクロノはよく理解してなかったのだ。
だからこそ、大人も、子供も、クロノを避けた。からかわれる事は有っても、理解される事は無かった。
母親以外との繋がりを持たず、その繋がりを失ったクロノは、一人がどういう物か知った。そして、繋がりの作り方を知らない事に、気がついた。
実際、それを悲しいとは思わなかった。他人は自分の夢を笑う、関わり合う事を不要とすら思っていた。
だけどその考えは、人と魔の繋がりを夢見る自分とは真逆の考えだと……最近気がついた。
けど、どうすればいいのか、分からなかった。
「だから、……俺には、お前の考え……分かんないよっ!」
「分かんなくていいだろっ!! ガキなんだからよっ!!」
その言葉と、クロノが殴り飛ばされたのは同時だった。クロノは水の中に倒れこみ、起き上がる事はなかった。
「お前、全然ガキっぽくねぇんだよ……馬鹿っぽさが足りないって言うのかな……」
「暗い、そうだな暗すぎだ」
「こんな性格なんだよ、ほっとけ……」
「俺、馬鹿だから……どうすればいいのか……分かんないんだよ……」
「いいじゃねぇか、分かんなくてさ」
「それが、普通だろ」
ローはそう言うと、クロノの隣に倒れこんできた。
「分かんないから、頑張るんだろ」
「大体俺達はまだ子供だ、分かった気になんのが一番ダメだろ」
「分からないってウダウダするよりさ、夢に向かって努力するほうが、絶対いいだろ?」
「下向いて落ち込んでるより、笑顔で頑張ってる方が、きっとお前の母さんも安心すると思うぞ」
「だからさ、笑おうぜ」
「笑ってさ、夢を叶える為に、強くなろうぜ」
ずっと立ち止まっていた、夢を叶える為の努力も何もしないで。
そんなクロノにとって、その言葉は胸に響いた。
ローは立ち上がると、クロノに手を差し伸べた。
「今日から俺とお前は友達だ、お前が嫌がっても友達だ」
「ほら、立てよ泣き虫! 立って笑えっ!」
「夢を諦めないお前は格好良いと思う、だからこそ、止まってるのは勿体無いぞ」
「間違ってるなんて死んでも思うな、自分の夢に胸を張れ」
「死んでも叶えてやるって、心に刻め!」
「そんで笑えれば、ガキとしては十分だろ?」
「めちゃくちゃ、だよ……」
「全然、分かんないよ……そもそも俺、何で殴られたんだ?」
「それは……あー……ノリと勢い、だな」
その言葉に思わず笑ってしまう、そのまま、ローの手を取った。
「……笑えるじゃねぇか、お前」
「ははっ……そりゃそうだろ……」
ローはそんなクロノを引っ張り、立たせてくれた。
「さて、ポジティブになった所でだ、一つ問題がある」
「? 何だ?」
「日が暮れてきた、夜の山は危険だ」
「…………え…………」
空を見上げるクロノ、見事に夕焼けだ。
「はっはっはっ! 水遊びしすぎたなっ!」
「はっはっはっ! じゃねぇっ!!」
「馬鹿、クロノ! 笑うことが大事だって教えたばっかりだろっ!!」
「それはヤケクソの笑いだろうがああああああああああああああああああっ!!」
結局、二人が村に戻ってこれたのは夜遅くのことだ。途中何度か死にかけたのは言うまでもない。
「母さん……俺結構早くそっちに行く事になるかも知れないよ……」
「ネガティブだなぁ……お前はほんとに……」
「誰のせいだ、誰の……」
村の中を言い合いながら進むクロノ達だったが、不意にローの顔が青くなった。
「どうした?」
「やべぇ、家族の絆でビビッときたぜ……」
「クロノッ、こっちだ!」
ローはクロノの手を引き、木の陰に隠れる。すぐに向こうから赤いオーラを纏った何かが歩いてきた。
「やべぇ母さんだ……こんな時間まで帰らなかったからキレてら……」
「おまけに俺達のこの格好……」
ローは自分とクロノの姿を見る。服はビショビショで泥だらけ、頭には葉っぱや木の枝が引っかかっている。このボロボロの姿を見れば、山に行っていたのがばれてしまうだろう。
「やべぇな……確実に殺される……」
「殺……!?」
「………………クロノ、お前確か一人暮らしだよな?」
顔を青くしたローが、こちらにすがる様な視線を送ってきた。
「頼むっ! 匿ってくれっ!」
「えぇ!?」
「何だよ! 友達を見捨てる気かっ!?」
「……どうすっかなぁ~」
「テメッ……ここで見捨てたら一生恨むぞっ!?」
「あはははっ! 分かった、分かったよ!」
クロノは気がついていない、自然と笑えている事に。今夜は賑やかな夜になりそうだ。
ちなみに次の日、怒り狂ったローの母親がクロノの家の扉を叩く事になるのだが、それはまた別のお話だ。




