第八十五話 『過去を振り返って』
ティアラとの契約後、毎度の事だが意識を失ったクロノは、洞窟の入り口部分で寝かされていた。これでもかと言うほどボロボロにされた為、しばらく休みを取っていたのだ。
体が動かず、自力では洞窟の外へ登れなかった為、セシルに引き上げて貰ったりと、中々格好悪い事になっていた。
「本当、情けないほどボロボロな訳だよ、不本意だけどさ」
「そんなボロボロな状態でも、飯を作るのは俺なんだよな……」
フラフラとしながら魔素ライターで火を付け、料理を作るクロノ。誰よりも早く起きたセシルに朝飯を作れと叩き起こされたのだ。
「仕方ないだろう、貴様が寝込んでいる間は加工された非常食オンリーなんだからな」
「いい加減耐えられん」
だったらセシルが作ればいいと思うのだが、結果は大体予想できるので口には出さない。
「ん~~~っ! エティルちゃんが朝をお知らせしまっ……ひゃ~!?」
「はいはい、目覚ましはちゃんと止めないとね」
毎度お馴染みの朝のやり取り、元気良く現れたエティルはアルディによって後方に投げ飛ばされた。その後方、寝ぼけ眼のティアラは洞窟の入り口へズリズリと這って行く。
「ティアラ、どこに行く気だ」
「太陽、眩しい……暗い所、落ち着く……」
「この根暗がっ! いい加減にしろ!」
「アル、細かい、変わってない……」
ブツブツ行ってるティアラの首根っこを捕まえ、アルディがこっちに歩いてきた。
「クロノ、まだ体は全快してないだろ?」
「朝ご飯の準備、手伝うよ」
「アルディ、お前良い奴だよなぁ……」
どっかのタダ飯喰らいとは大違いである。クロノがジロリとセシルを見ると、セシルは気がついたように口を開いた。
「野菜抜きでな」
「却下」
……毎回毎回懲りない奴である。
2・3回倒れそうになりながらも、朝食を用意したクロノはやり切った表情で崩れ落ちた。
「しかし貴様、料理の腕だけは大した物だな」
「あぁ……一人暮らしだったから……そこそこは自信あるよ」
「母さんが教えてくれたし、ローも旅立ちに備えろ! って教えてくれたしさ」
満足そうに食べているセシルを見ると、少しは報われている気がした。
「……クロノ、前から聞こうと思ってたんだけど」
「僕達の分も作るのは何でだ?」
アルディが不思議そうに聞いてきた。
「僕達は精霊、食事の必要は無いよ?」
「そりゃあたし達は味覚もあるし、クロノの料理は美味しいけど……」
「あたし達の料理は、クロノの旅にとっては完全に負担だよぉ?」
そう言われても、クロノにとっては共に旅をする仲間なのだ。例え無駄でも、クロノは作りたかった。
「仲間だったら、飯だって一緒に食いたいからな」
「こういう時間は、大事にしたいと思うんだ」
「……ボロボロの癖に、馬鹿だね」
「……えへへっ」
そう言って箸を勧めるアルディとエティル、こういった時間は、やはり良い物だ。そう思っていると、ティアラが近寄ってきた。
「……あーん」
そして口を開けるティアラ、食わせろという事だろうか。
「……はい、あーん」
素直に食べさせるクロノ、ティアラは幸せそうに口の中の物を咀嚼していた。
「ティアラ、自分で食べなよ……」
「クロノがボロボロなのは君のせいなんだからさ……」
「契約の、ゲーム……私に、非、無い」
「それに、まだ、仮契約……ポイント、稼ぐ」
あの後、契約は結んでくれたティアラだったのだが、冷静になったティアラに散々水をかけられた。顔を真っ赤にしたティアラは『まだ、認めたわけじゃ、ないっ!』っと叫び、今の状況は仮契約と言う建前になったのだ。
「仮、契約だから……リンクは、お預け」
「私の、ポイント、稼いで……認めさせて」
「じゃないと、力、貸さない」
「もー、ティアラちゃんったらそんな我侭言ってー」
「本当はもう認めてるくせに~♪」
ニヤニヤしてるエティルに向かい、水撃をかますティアラ、エティルはそれをヒラリと避けた。
「図星突かれると水かけてくる癖は変わってないねぇ」
「けどねティアラ、実際契約は結んだんだし、契約者をあまり困らせるものじゃっ!?」
説教を始めようとしたアルディの顔面に水がかけられた。
「アル、グチグチうるさい」
「……良い度胸じゃないか、500年引き篭もっていた君が僕に喧嘩を売るとはね?」
「水の力に、勝てるつもり? 喧嘩なら、受けて、たつ」
「どれだけ一緒に戦った仲だと思っている? 君の攻略法くらい覚えているさ……!」
食事の席を立ち、戦闘を開始した二人。水が撒き散らされ、大地が隆起する光景にクロノは呆れ果てていた。
「契約中なんだし、あの二人の力って俺が使えるレベルなんだよな?」
「そだよ~?」
どう控えめに見ても、彼らの使っている力はクロノとは比較にならない。自分はまだまだ未熟と思い知らされる。
「うぅ、今のは、反則……」
「まったく、勝てると思っていたのかい?」
「ほらほら、こうしてやる」
「屈辱……」
しばらくして決着が付いた。アルディに敗れ、その尾びれを掴まれて逆さまになってるティアラが悔しそうに両手を振り回す。
「お前らなぁ……」
「あははっ、こーゆうのも懐かしいねぇ」
「ティアラちゃん、弱くなった?」
「上手く、力、使えない……クロノのせい」
「クロノが弱いのは仕方ないけどさ、ティアラ自身も感覚忘れてるよ」
「500年も引き篭もってるからだ、情けないなぁ」
「むぅ……」
契約者を弱い弱いと連呼するのはどうなのだろう、事実弱いので何も言い返せないのだが。
「ははっ……賑やかになったもんだ……」
旅立ち当初はここまで賑やかになるとは、夢にも思っていなかった。セシルと出会っていなければ、今この場に自分は居ないだろう。お礼を言っても言い足りないが、当の本人は野菜をクロノの皿に移し変える作業中だ。
「……次の飯で肉抜きにするよ」
「なん、だと……!?」
恨みの篭った目で睨まれたが、気にしないようにした。結局セシルは嫌々だったが、野菜を自分で処理していた。
「さて、次はフェルドの奴だな」
食事の片付けを済ませ、一息付いた所でセシルが切り出した。
「ってことは、デフェール大陸を目指すんだね」
「えへへ~、もう少しでみんな揃うねぇ」
「フェルにい……ごほんっ! フェルドは、どうでも……いいと思う」
「ティアラちゃん本当に素直じゃないよねぇ フェルド君と一番付き合い長いくせに」
「暑苦しい、から……嫌い」
フェルド……サラマンダーであり、ルーンの最初の精霊でもある。旅立って間もなかったクロノでは、黒焦げにされかねないとの事だったので、出会う順番を最後に回したのだ。
「今の俺なら、勝てるかな……?」
「無理かなぁ」
「無理だろうね」
「無理、絶対」
少しは落ち込んでも、許されると思う。
「はぁ……どうせ俺は弱いよ……畜生……」
「そんなの誰もが承知している、今は勝てるかどうかより、今後どう進むかを決めるぞ」
セシルにばっさりと切り付けられる、落ち込んでいる暇もないらしい。
「……そうだな、せっかくコリエンテ大陸に来たんだしなぁ」
「『ラベネ・ラグナ』に寄り道して、その後でデフェール大陸を目指そうか」
『ラベネ・ラグナ』とは、技術大陸コリエンテでも最大の先進国であり、発明の国と呼ばれている大国だ。数多くの魔道具を生み出してきたその国では、多くの天才が集まっていると聞く。
中でもその国の姫は、若くして世界に名を轟かせた超天才と噂されている。たった15歳の少女が考えられない速度で生み出してきた多くの発明品は、現在の科学力を凌駕しているとも言われている。
せっかくコリエンテ大陸に来たのだ、少しくらいは寄ってみたい。勇者を目指して頑張っていた頃から行ってみたかったのだ。
「今の貴様では、急いでフェルドに会いに行っても瞬殺間違いないからな」
「少しは修練の為にも、寄り道は必要かもな」
「そもそもこの旅は、多くの魔物に会って仲良くなろうって旅だしな」
「フェルドに会いに行く道のりの途中で、出来るだけ多くの種族に会いたいよ」
「まぁそれはいいけど、今は体をなんとかしないとね」
アルディに釘を指される、正直まだ体は重かった。まだしばらく休みが必要だろう。
「うっ……ごめん」
「気に、しないで、弱いの……分かってる、から」
「ボロボロにしたのティアラちゃんでしょぉ?」
「エティ、うるさい」
そう言いながら、ティアラが上半身をクロノの膝の上に投げ出した。
「うおっ?」
「クロノ、どうせ動けない、なら……クロノの、話、聞かせて」
「昔話、聞きたい」
唐突な言葉に、クロノは面食らってしまう。
「あー! それいいねぇ、あたしも聞きたいなぁ!」
「ロー君との話、ちゃんと聞いてないしね」
「その辺を聞きたいかも」
エティルもアルディも乗り気だ。困った様にセシルを見るが……。
「どうせならツマミも出せ」
余計な物まで催促されてしまった。
「……別に、面白い話じゃないぞ?」
「俺の子供の頃の話なんてさ……」
「契約者を、理解する、精霊にとっては、大事な事」
「聞きたい、話して」
どうやら逃げる事は出来ないらしい、セシルに至っては勝手に干し肉を引っ張り出してきていた。クロノは少し恥ずかしそうに、自分の昔話を始めた。
幼い頃、母親と共に世界を巡っていた事。
その途中、鳥人種に救われ、共存の可能性を感じた事。
共存を訴え、白い目で見られていた事。
母親だけは、その可能性を信じていた事。
そして、母親の死後、ローに出会った事……。
今でもはっきりと覚えている、河原で泣いていた時、背後から声をかけられた。クロノが7歳の頃、初めてローと出会ったのだ。
「なに泣いてんだ?」
背後から肩を叩かれ、振り向いた先には笑顔を浮かべた少年が居た。
「泣いて、ないよ」
「嘘ついたら、いい大人になれねぇんだぞ?」
「もう夜も遅いしさ、風邪ひくぞ?」
「放っておいてよ……」
「良いから話してみろよ、放っておけない性格なんだよ」
村に来て初めてだった、自分に近づいてきた奴は。母親を失って間もない頃だった為、クロノはすがるように自分の事を話していた。
「……みんな、俺の事笑うんだ」
「俺の夢の事、笑うんだ」
「夢? ……あぁお前か、変な夢持った銀髪の奴って」
「……俺は、人と魔物が仲良く出来る世界が夢なんだ」
「みんなそんなの無理だって、馬鹿馬鹿しいって笑うけどさ」
「俺は、魔物に命を救われたんだ、優しく、笑ってもらえたんだ」
「母さんだって、きっと出来るって言ってくれたんだ……」
「みんな、無理だって言うけどさ、根拠はなんだよ……っ」
「何も考えないで、当然だって決め付けてさ……」
「無理だって言う理由を教えてくれない、ちゃんと聞いてくれないんだっ……」
「仲良くなれるかも知れないのに、何も考えずに殺したりするんだ……」
「……そんなの、おかしいよっ!」
自然と涙が溢れてきていた、少年はビックリしたような顔で固まっていた。また笑われるか、変な奴だと思われたんだろう。もう慣れている、どうせ分かっては貰えないのだ。
「……スゲェな」
「うん、そうだな……そうかもな……」
だけど、目の前の少年は笑顔を浮かべた。
「ははっ、お前、凄いな!」
「お前の言う夢の世界が叶ったら、凄く幸せかもしれないな」
予想外の言葉に、クロノは目を丸くした。
「よし、お前さ、勇者を目指そうぜ!」
「ガキの言葉なんか、大人は耳を傾けてくれない」
「だったら、勇者になってさ、スゲェ事を本当にやってやろうぜ!」
そう言って、少年は手を差し出した。
「勇者……あの選別の?」
「あんな量産型のじゃない、真の勇者だっ!」
「力を付けて、夢を成すんだ!」
「こんなところで泣いてるような奴に、お前の言う共存の世界が成せると思うか?」
「強くなって、夢を叶えようぜ? お前を笑った奴を見返してやろう!」
「俺も勇者を目指してるんだ、救われない弱い奴等を、助けられるような男になりたい」
「自分の為に勇者の証を求めるような偽者じゃない、自然とみんなに勇者だって呼ばれるような……」
「そんな本物の勇者になりたいんだ!」
「だから、な? 俺と一緒に勇者を目指そうぜ!」
その笑顔が眩しくて、自然とクロノは、ローの手を取っていた。ローはクロノの手を引いて、しゃがみこんでいたクロノを無理やり立たせた。
「俺はロート・ルイン、ローって呼んでくれ」
「……クロノ・シェバルツ」
「クロノ、まずは涙を拭えよ」
「泣き虫じゃ、勇者にはなれないぜ?」
「……っ! 泣いてないよっ!」
あははっと笑うロー、クロノは顔を真っ赤にして涙を拭った。
これは十年前、クロノとローの出会いの物語だ。
次話から新章、ちょっとした過去編です。




