第八百四十話 『我が道、堂々と』
困った、問題だらけの状況にまた一つ難題が増えてしまった。こちらの事はガン無視で戦い始めるマーキュリーだったが、クロノの見立てでは正直分が悪い。力が落ちているマーキュリーは正面から突っ込む戦闘は危険だし、それに加えて相手はゴリゴリの力押し脳筋野郎だ。
「おるるあああああああああああああっ!」
「正義の力に屈するがいい! 悪しき魔物がぁっ!」
マーキュリーの拳が容易く金棒で弾かれ、返しの巨大ハンマーで殴り飛ばされた。海で戦った時の力強さの欠片も無い。
「ぐおわああああああああああああああっ!」
「なんて呆気ない! マーキュリーさん無茶だ! せめて搦め手で……頭使える!?」
「使えじゃなくて使えるは馬鹿にしてるだろっ! そもそも人間如きにそんなの必要ねぇんだよ!」
「滅茶苦茶血流れてんだけど!? 必要そうなんだけど!?」
「グチャグチャうるせぇんだよテメェは! 黙ってろバーカ!」
「はははは! なんだなんだごつい見た目に反して軟弱な魚だな!」
「ごふぁっ!」
もはやブリッツクロスは遊び半分な様子だ、ヘラヘラ笑いながらマーキュリーの横腹に鉄球を叩き込み、軽々と吹っ飛ばしてくる。砂を巻き上げ転がるマーキュリーを見る目は、完全に舐めている。
「所詮魔物、正義の執行に割り込んでくる不届き者に勝利は微笑まない」
「正しき者の前には、正しき道が自ずと現れるものなんだ」
「あぁ……? さっきから正義正義と馬鹿の一つ覚えに……なんだよテメェの正義とやらは」
「殺す事、始末する事こそ俺の役目……俺の、俺達の正義はボスの存在全てよ」
「ボスがそれを殺せと言った、それを殺す許可をくれた……だからこの殺しは正義の所業、正しさの極み」
「脳みそ入ってますかー? ビックリするくらいクソな理屈で呆れたぜ、ディープじゃねぇ」
「考えるの全部他人任せかよ、浅い、安い、小さい、お前の正義はクソだクソ」
「ははは、悪党の言葉は薄っぺらいな! 俺はあの方の正義に忠誠を誓った、あの方の言う事に間違いはない! だからこの殺しは間違ってない、正当化されて然るべきっ!」
「そこのガキは死ぬべきだし、それを邪魔するお前も自然と悪なんだ! 正義の前に屈しろ!」
ブリッツクロスが大剣を構え飛び込んでくる。咄嗟に動こうとしたクロノだったが、足元に水を放たれ動きを止める。マーキュリーから、手を出すなと圧が飛んできていた。
「意地張ってる場合じゃ!」
「いいから、見てろ」
身体が重い、想像以上に力が落ちている。さっきの水撃も海からだったからなんとか鉄球の雨を弾けたが、地上では今出したくらいが限界、元々魔法はあまり得意じゃないとはいえ、砂浜を少し削るくらいの水玉しか出せないとは笑えてくる。目の前の男も海中ならともかく地上では分が悪い、そんなの自分でも分かっている。
「けどなんでだろうなぁ」
振り下ろされる大剣を、両手で受け止める。秒で力負けし、刀身が額に当たって薄く斬れる。このまま押し込まれると、自分は真っ二つになるかもしれない。
「強い奴が力を振るうのは、当然だ……力任せに全部自分で思い通りにすりゃいい、暴力的でも、傲慢でも俺はそう思ってた、そうしてきた」
「あぁ?」
「力があるくせに、面倒な方へ、困難な方へ、そんなの馬鹿だろ、要領悪いだけだろう、それで失敗して泣いてちゃ世話ねぇや」
「けどなぁ……俺が勝てなかった奴はそんな奴でよ、俺が見た『強さ』はそこにあったんだ」
「なんでだろうな、お前は今の俺より間違いなく強い奴なんだが……不思議と負ける気がしねぇ」
力負けし、大剣が振り下ろされる。受け流し、マーキュリーは身体を捻りながら蹴りを放つ。ブリッツクロスは鳩尾を蹴り飛ばされるが、多少怯んだ程度だ。すぐに反撃が来るが、それもギリギリで避けて拳を返す。即死級の攻撃を皮一枚で避け、時に喰らうが急所は外し、マーキュリーはカウンターを積み上げる。
「前の俺なら一撃で終わってたかもだが、一撃で倒せなきゃ勝てないわけでもねぇ」
「倒れるまでぶち込めば良い、それだけだ、たかがそれだけの事だ……弱くなったのは身体能力だけ、俺の心は前より強いっ!」
「しかも相手が自分を持ってねぇ、他人任せの薄っぺら野郎なら、負ける道理は微塵もねぇ!」
「誰の正義が薄っぺらだってっ!?」
「テメェ以外の誰がいるんだっ!? テメェの力の使い方すら他人任せ、力を振るう目的すら丸投げしてるテメェが薄くなきゃなんだ無か!?」
「大方殺しが大好きな狂人が、正当化の為に更に強い奴の下についたってだけの話だろうが、何が忠義だ馬鹿らしい」
「あの方の言葉に間違いはない、言われた通りに殺していれば、俺は正義で在り続けられるんだ!」
「そんな道の先に、強さはねぇんだよ」
「テメェを持ってねぇ奴に、俺は負けねぇ」
物騒な獲物が幾度となくマーキュリーの身体を掠め、皮を、肉を削っていく。血が飛び散る中マーキュリーは一歩も引かず拳を振るい、確実にブリッツクロスに叩き込んでいく。加勢しようとしていたクロノは動きを止め、その姿を目に焼き付けていた。邪魔するなと言われたからじゃない、邪魔しちゃいけない気がしたから。マーキュリーの頭からは血が流れ続け、今視界が血で潰れかける。クロノは今作れる最大の精霊球を作り出し、マーキュリーの顔面に投げつけた。
「ぶはっ!?」
「未来で俺と喧嘩するんだろっ!! 勝てよマーキュリーッ!」
「上等だゴミカスが、黙ってみてろ俺の進化をっ!」
水の精霊球が弾け、血を洗い流す。飛び散った水が拳に触れ、潤いを取り戻し力が増す。乱雑に振るわれる凶器の嵐を抜け、柄の部分に裏拳を叩き込み獲物をへし折った。
「ッ! 俺の武器は無限だ、数個失ったところですぐに代わりが……」
「何本でも出せ全部へし折ってやる、武器も心も身体も、テメェのクソ正義も全部だ」
「クロノは殺させない、テメェは完璧にぶちのめす、あいつが取り零した全部を俺は完遂し完全勝利であいつを、ネーレウスを超えるっ!!」
「誰だそいつはぁっ!!」
「俺の、憧れた強い奴だよっ!!」
両者渾身の一撃を構えるが、ブリッツクロスの手には槍が現れた。タイミングは同時だが、向こうの方がリーチがある。避けるには厳しい体勢だ、このままじゃ先に貫かれて終わる。勝てと言われたし、完全勝利するつもりなんだ、相打ちじゃ話にならない。歯噛みするマーキュリーだったが、その瞬間背中を何かに殴られた。
「!?」
それは凄い威力で、マーキュリーの身体を前方に加速した。距離が詰まる、息も詰まる。この馬鹿力と、背を叩いた感触を自分は知っている。何度もその触手にぶん殴られたから、覚えてる。どいつもこいつも、余計な手出しをしやがって。
「余計なお世話なんだよ、心配なんかせずに……黙ってそこで見てやがれっ!!」
マーキュリーの拳が振り抜かれ、ブリッツクロスの巨体が吹き飛んだ。ゴロゴロと砂場を転がり、頭を抱えてフラフラの状態で立ち上がる。その姿は、堂々としているマーキュリーとは対照的に酷く弱々しい。
「負けたら、役目を果たせなければ……価値も、何もかも、失うのに……!」
「俺は正しい筈なのに、どうして悪に、間違った奴に……」
「用意された道を歩く奴に、未来なんて微笑まねぇ、そもそも他人に用意された未来なんざ価値もねぇ」
「テメェで選んだ道を胸張って歩く奴に、お前は勝てねぇ」
「勝てねぇ正義なんざ、口だけ野郎の妄言だ」
「悪の癖に……正義に忠誠を誓った俺を、俺の忠義を、殺しを否定するなあああああああぎょッ」
絶叫を遮るように、飛び込んだ勢いのままマーキュリーが拳をブリッツクロスの顔面へ叩き込む。
「それと、殺しで彩った正義なんざ…………誰の目からも間違ったクソだろうがっ!! テメェはそもそも色々間違えてんだよクソ犯罪者ァッ!!」
「あぎょえああああああああああああああっ!!」
顔面を殴り潰され、ブリッツクロスの巨体が浜に沈む。血塗れで、ボロボロで、それでもマーキュリーの勝利だ。
「人の目からも、魔物の目からも、誰の目から見ても……テメェは正義じゃねぇよボケが」
「ボケの癖に、俺の獲物に手を出すな、あいつはネーレウス以上の馬鹿野郎なんだ」
「誰より馬鹿な道を、自分で選んで歩いてる奴なんだ」
クソみたいな笑顔を浮かべ、駆け寄ってくるクロノを見てマーキュリーは吐き捨てる。いつかその笑顔をぶん殴ってやるために、こんなところで躓いてる暇はない。背中に残る痛みに笑みを零しながら、マーキュリーはクロノに向かって歩いていく。
この勝利は、歪んだ正義への反撃の狼煙だ。




