第八百三十九話 『荒波の乱入者』
「情報は何よりも大切だ、君もそうは思わないか?」
スピネルと対峙した男は手を振るいながらそう語る。手の軌道に合わせ目に見えない何かが飛来し、スピネルは剣を拾う事を放棄し横っ飛びにそれを回避する。戦おうとしても身体が強張り、剣は隔離され拾えない、しかもクロノを目の前で消され状況も心境も最悪である。
「今何より大切なのはあんたをミンチにする事だと思いますけど?」
「想像を超えたバイオレンスな返答に面食らってしまうな、愛らしい顔に似合わぬ毒舌っぷりじゃないか」
「仕事の前に出来る限り情報を集めておく、俺は仕事の成功率を高めるための努力は惜しまない……誰だって仕事を失敗するのは嫌だからね」
「敵を知り、己を知る事が成功率に繋がると思っているんだよ」
「何が言いたいんですか? 敵の価値観に興味はないんですけど?」
「切り札なる存在も大概だったが、やはり一番危険な存在はさっきの子だって話だよ」
「戦闘力も四精霊を生かした器用さも脅威だが、あの子は世界への影響力が極めて危険だ」
「大きな変化の中心には、必ずあの子がいる……あの子には変える力がある」
「だから隔離したって? クロノお兄さんが怖いってか!」
「あぁ、だから確実に消す……正義に失敗はない」
「異常者と会話が成立するとは思ってねぇけど、初手からミスってる癖に失敗はないとか大口叩いて笑わせないで欲しいんですよね」
「挑んで来たのが、そもそも失敗だボケッ!」
そう叫び、スピネルは地面を蹴って男に突っ込んでいく。戦闘行為が上手く行えない筈だが、それでも突進してきた。男は一瞬不思議そうにするが、手を振り上げ迎撃の形を取る。再び目に見えない何かが飛来するが、雪を弾きながら飛んでくるので視認は出来る。全て回避し、スピネルは懐に潜り込む。
「俺を倒すのが君の第一優先なら、それは決して行えない、叶わない」
「ご丁寧にどうもっ! 第一優先だけか反転するのはっ!!」
「なら、抜けるっ!!」
子供の蹴りとは思えぬ鋭さの一撃が、男の頬を掠める。まるで斬撃のような蹴りだったが、咄嗟に男は顔を逸らしギリギリで避けたのだ。避ける必要があった、スピネルは行動を縛られず攻撃してきたからだ。
「なにを……」
「心を殺して生きてきた、クソみたいなお仕事経験は感情の操作をそりゃもう上達させてくれました」
「しかも最近は夢の中でまで死ぬ思いを繰り返してんだ、自分の内側の制御はお手の物なんですよ」
「反転するのは第一優先だけなら、僕の第一は殺意で第二が敵意だ、殺したい次が倒したいだ」
「なにそれ怖、怖すぎて隔離だよそんなもん」
男の周りにバリアのようなものが現れる、恐らくはスピネルを自分から隔離したのだろう。しかしこの少年は怯まない、バリアを気にせず突進する。
「剣が拾えないんですよ」
「うん?」
「けど雪は、剣に積もってる……そのバリアも、雪がすり抜けています」
「テメェの隔離は、対象と対象を紐づけた隔離だ……! そのバリアが隔てるのは僕だけだろ!」
男の手前の地面に、スピネルは踵を落とす。地面を砕き、割れた地面を蹴り上げそのまま男の顎にぶち当てた。
「情報が大事とかほざくなら、能力を見切られないよう努力くらいはしろよ……ド素人」
「参ったね、とんでもないがきんちょに見られちまった……」
「なんとか君を突破して、もう一度認識から隔離されたいんだけどな……他にも消したい奴が何人かいるのにさ」
「安心してくださいよ、ぶちのめした後すぐ忘れてあげますから」
「お前みたいな雑魚野郎、記憶に留めておくのはこっちから願い下げです」
「口悪いな本当に……あぁでも、確かに舐めてた」
「『分別』のアランだ、真面目にいくよ」
「スピネル・フリックス……ただのしがない一勇者です」
「勇者、勇者ね……懐かしく、忌々しい響きだ」
「取捨選択を始めよう、正義のままに」
周囲から隔離された、死闘が始まった。そして文字通りこの場から分別され除外されたクロノは、吹雪の中暴力に追われていた。巨体を生かし力技で距離を詰め、様々な武器を振るい力任せに叩き潰そうと猛攻が迫る。吹雪で視界も悪く、感知もティアラが居る時とは比べ物にならない精度だ。肌を掠める一発一発は、まともに喰らうと今の状態では致命傷になりかねない一撃だ。
「ちょこまかと……逃げ場などないぞ!」
(斧、振り下ろしてくる……右から、なんだ金棒か? しゃがんで避けて……斧持ってた筈なのに槍に変わってる、避けて……剣に変わった、飛んで避けて……また武器が変わった……)
ブリッツクロスと名乗った巨体の男は、振り回す武器が一撃毎に切り替わっていた。そういう能力なのか、または特殊な武器なのか、とにかく距離と次のモーションに合わせ手持ちの武器が入れ替わる。その為、下手に距離を詰められない。容易く地面を抉り、避けても肌に感じる風圧は一撃の重さを想像させる。アルディとリンクできない今のクロノでは、一撃でもまともに受ければゲームオーバーだろう。
「どうした小僧! 正義の前に震えて手も出せないか!?」
(そうだな、下手に手を出せば手痛い反撃を喰らうかもしれない……一撃でも貰えばかなりやばい)
(……けど、正直この状況は乗り越えようと思えば、あんまり苦労せずに突破出来る……)
精霊を封じられた今のクロノでも、回避に徹すれば難なく避けられている。冷静に頭を回す余裕すらある。伊達に死線は潜ってない、精霊無しでも自然体はそれなりの練度に達しているし、まだ仮霊化も残している。それに感覚的にも、精霊との隔離は時間経過でいつかは解ける。吹雪のよる寒さだって、火球を生み出せるクロノにはどうとでも耐えられる。言ってしまえば、精霊との隔離が解けるまで逃げ続ければ目の前の男は確実に倒せる、逃げに徹すればそれは難しくない。
(だけど、時間はかけたくない……わざわざ俺を飛ばして、それを狩る為の戦力をここに配置してる以上……この状況って敵の思惑通りだ)
(俺が邪魔だった、俺に介入されると困るんだ、つまり今まさに何か起こってる、仕掛けてきてる、みんなが大変な時に呑気に吹雪の中こいつ一人に足止めされてる場合じゃない、時間をかけるのはダメ……!)
(けど今の俺で無理にこいつを倒そうとすれば、リスクが高い……負けは論外、出来れば消耗もしたくない……安全に時間をかけて突破か、危険を冒してでも強引に突破か……!)
後方に飛び、上から振り下ろされる鉄球を回避、即座に目の前に迫る槍を横に飛び回避、回避、回避、回避、回避、とにかく避けまくるクロノだが、寒さで息が切れてきた。このまま逃げ続けるにしても、体力は削られ続けてしまう。
「精霊封じてフィジカルと手数でごり押し、嫌になるね」
(自分の内側に蓋をされているみたいだ、精霊達の声が籠って聞こえる……さっきから凄くなんか言ってるのが聞こえる……)
多分、リスクを冒そうとしているクロノへの小言が大半だろう。物凄い苦情の気配がする。これはどう突破しても、後で説教が待っている気がする。
(正直目の前のこいつより、後に控える精霊達の方が怖いよ……)
「寒さで震えているのか、恐怖で震えているのか、さっさと楽になったらどうだ?」
「精霊無しの精霊使いにしか強気に出れないのか? 正義ってのは随分ヘタレなんだな」
「煽る元気があるとは、狩りがいがあるじゃないか」
「当ててみろ、脳筋野郎が」
(とはいえ一発アウトの状況、武器がランダムに切り替わる相手に飛び込むのは流石に怖い……時間も体力もどんどん削れていく、さてどうする、どうしよう?)
攻めきれず回避に徹している為、どんどん後ろに押されている。吹雪で周りが見えないが、心なしかラーナフルーレから離れている気さえする。落ち着いて避け続ければ確実に勝てる勝負ではあるが、状況的に焦りも生まれる。このままでは事態は好転しない、何か一手を考えなければいけない。そんなクロノの頬を、風が撫でた。
「……海の匂い」
気が付けば海が近い、海岸まで追い込まれてしまったらしい。剣の攻撃を掻い潜り、クロノはブリッツクロスと距離を取る。砂を踏みしめ、安全な距離を保つ。
「いよいよ後が無くなったな?」
「海の底まで逃げてやってもいいんだぞ」
「そうかそうか、なら地獄の果てまで追いかけよう」
「正義の裁きは、決してお前を逃がさない」
(本当に海に飛び込むか? いやぁ……流石に凍死しますよ……?)
「しかしそろそろ追いかけっこも飽きてきたな」
そう呟き、ブリッツクロスは一本の鎖を空に放り投げる。鎖の先端が膨れ上がり、膨大な数の鉄球が現れた。
「さて、物量と質量の暴力をどうかわす?」
「いい加減にしろよ脳筋野郎がっ!」
数が多い、範囲が広い、砂浜を埋め尽くす数の鉄球だ。受ければ最悪、骨の数本は持っていかれる。考える時間も無い、振り下ろしの速度が速い。
(仮霊化で……!)
「おらああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
鉄球が振り下ろされるより更に早く、海から水撃が飛んできた。凄まじい勢いで割り込んで来た水が、鉄球を一つ残らず押し流す。何が起こったのか分からずクロノは呆気に取られるが、そんなクロノの頭の上に拳骨が降ってきた。
「痛っ!? 何、誰だっ!」
「俺だっ!」
「マーキュリーさんっ!?」
そこに居たのはマーキュリー・ナバラ、北の海の王族だ。水撃と共に海から飛び出し、クロノとブリッツクロスとの間に割り込んで来た。
「え、なんで!?」
「テメェが呼んだんだろっ! 祭りによぉっ!」
「ネプトゥヌス共と一緒になんざ絶対行きたくねぇからわざとタイミングずらしたってのに、なんなんだこの辺は吹雪いて視界も悪くて最悪だぜっ!」
「え、一人で来てくれたの? なんだよ良いとこあるじゃんね」
「人間共の祭りを滅茶苦茶にしにきてやったんだよぉっ!!」
「……で? 祭りに誘っといてテメェはなんで吹雪の中あんな雑魚に苦戦してんだ?」
「いや、今ちょっと精霊が……」
「割り込んできておいてなんだお前は、魚風情が正義執行の邪魔をするな」
「はぁ?」
ブリッツクロスの言葉に、マーキュリーが反応する。その姿が、何故かネーレウスに重なった。同じなんだ、何もかもが。ネーレウスもピンチの時に助けに来てくれた、魔核を失った身で戦い、命を落とした。マーキュリーも魔核を生んで間もない、今戦えば危険だ。
「マーキュリーさん駄目だ、魔核を生んだマーキュリーさんじゃあいつには」
「勝てねぇって? ネーレウスみたいに死ぬってか」
「別にお前を守るつもりはねぇし、そんな義理もねぇけどな……お前をぶっ飛ばすのは俺なんだよ」
「その役は、あんな雑魚に譲れねぇ」
「魚如きが正義にたてつくか」
「マーキュリーさんやめろって! あんな奴俺が……!」
「ネーレウスは魔核を生み、お前を守ろうとして死んだ!」
「なら魔核を生んだばっかりの俺がお前を守り切ればっ!! 俺はネーレウス以上、ネーレウスを超えたって事だよなぁっ!!!」
「ならっ!! 俺様はここで嘗ての俺も、ネーレウスも超えるっ!! 男に二言はねぇ、やると決めたらやるんだよっ! 邪魔すんじゃねぇぞ、ここは俺様のレベリングステージだっ!」
「馬鹿野郎……!」
「ふん、予定にはないが……問題はない、すり潰してくれる」
「踏み台になりな、雑魚人間がぁっ!!」
その姿は、嫌でもあの時の姿に重なった。悲劇は繰り返すのか、それとも形を変えるのか。今、超越の時。




