第八百三十五話 『友』
『吹雪の中でもくっきりはっきり透き通る映像をお届けする我等が友人フローラル姫のスーパーカメラにより素敵な大会をお楽しみ頂けているところ申し訳ねぇがよぉっ! 目まぐるしく変わる戦況に俺っち興奮だぜお前等はどうだぁいぇあああああああああああああっ!』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
中央広場はウルスネプカの実況で必要以上の熱気に包まれていた、だがテンション高めなのは国民だけで外から来た者は圧倒されている様子だ。それもそうだろう、妨害の規模が桁外れだ。固有技能無しでも、戦闘力の高さがこれでもかと伺える。
『全チームの雪像プラス陣地内の雪を強欲のままに奪い取った強欲チームだったがよぉ! 即座に魔法で地面からの急襲、岩の牙で雪を食い荒らしたのは暴食チームだっ! お前等一手で盤面引っ繰り返しまくりやがって目ん玉何処向けりゃいいんだおいいいいいいいい!』
「派手に引き裂かれた雪は大きく飛び散り……半分ほど国の外にまで飛んでいったようじゃな」
「すぐにまた積もるが、これは各チームまた振り出しに戻ったと見ていいじゃろう」
「まったく……誰の手元にも雪が残らないのなら腹も満たせないだろうに……虚しいだけだぞディッシュ」
『愚かで結構ォ……浅ましく卑しいのが悪魔なんでなァ』
『ちょっともっともらしい事言って言いくるめようとしないでよ、レヴィおこだよおこ』
『こっちもおこですー! 私の色欲チーム・友情のハート型雪像が真っ二つじゃんね!』
『ボクが抉ったのはドゥムディの集めた雪なんだからよォ、最初に全チームにちょっかいかけたアホゴーレムに文句言えよなァ』
『雪返してよ雪っ! 泥棒は犯罪なんだよ!?』
『悪魔に人の法が適応されるなら出るところに出るさ、おれは自分の欲を正当化はしない』
『お前達に勝つために手段は選ばないし、なによりおれは全てが欲しい』
『抜かせ、勝利は我の物だ鉄くず風情が吠えるな』
『人様の目に映っているんだからな、お前達それを忘れるなよ』
『ボク等のリーダーはお利口さんだなァ、精々良い子ぶって最下位の座を確かなもんにしてくれよなァ』
『その程度じゃ憤怒に足りないな、このくらいのやる気でもお前等相手なら勝つのは容易いさ』
『我の前で傲慢に振舞うか、捻じ伏せ踏みつけにしてやった時の顔が楽しみだ』
『あのさー……わざわざ専用魔力回線で煽り合わないでくんない? 寝てらんないんだけど……』
『プラチナお前始まってるってのに寝てたのか? 真面目にやらないと流魔水渦のみんなにも怒られるぞ?』
『やる気が無くても頑張らないとさ、これも一応お仕事のなんだし』
『どうせ最後に勝つのは俺だし、寝てても問題ないでしょ……吠えるのは勝手だけど静かにやってよね』
『寝て起きたら最下位って最高にダサい結末をプレゼントしてあげるよ』
『これでも俺は一番真面目に仕事してると思うよ? 人様の目に留まる大会なんだし盛り上げってのが大事でしょ』
『お前等の醜い煽り合いは俺が専用回線をスピーカー仕様にして音声駄々洩れにしてっからさ、この会話は周囲に筒抜けってわけ』
『『『『『『は?』』』』』』
プラチナの言う通り、会話の内容は全部筒抜けである。チームだけではなく、しっかり音を拾われ国中にお届けされていた。
『みんなに恐れられている大罪の悪魔は、通話魔術で仲間内回線組んでる和気あいあいとした慣れ合い集団ですってアピールしとけよ、盛り上がるとこだろここ』
『身内の恥を盛り上がりのネタにするな馬鹿っ!!』
『やーん! プライバシーの侵害だよこれぇっ!』
『別にいいよ、レヴィ達の落ち度は全部リーダーの責任だよ』
『転身が早い……!? そういうところだぞレヴィ!』
『つゥか盛り上がりとか抜かすならさっさと雪像作るべきだぜェ、このままどのチームもまともなもん出来なかったら大会始まって以来の無様な結果に終わりそうだなァ』
『足の引っ張り合いばかりしていると、散々な結果になりそうだな』
『最初に手を伸ばしたのは貴様の欲だ、どの口が抜かすか』
『良いから各自真面目に取り組め! 妨害は適度にだ!』
マルスの声に渋々従い、ここで大罪達の通信魔法が一時切れる。実況すら呆気に取られ数秒の沈黙が流れるが、誰もが思って口に出来なかった事を国の王が責任を持って口にする。
「仲ええのぉ」
『言っちゃったああああああああああああああああああああ! 威厳崩壊の禁句っすそれええええええええええっ!!!!』
「なんですか今の茶番は……」
「茶番か、我には台本などない真の言い合いに聞こえたがな」
「ま、まさか……演出じゃなければあまりにも幼稚で拙い……幼子の喧嘩のようでした……あれが大罪の悪魔の素なわけが……」
動揺するラサーシャだったが、対するレフィアンは凄く優しい顔をしていた。あまりにもその顔が慈愛に満ちていたせいで、冷静さを失いかけていたラサーシャの頭が一気に冴える。
(…………貴女は、なんて顔を……)
「それほどまでに気を許せる友だってことだ、何も不思議ではない」
「人も悪魔も、気を許せる存在の大きさは計り知れんって事よ」
「ラサーシャも俺達の前だとたまに難しい事言えなくなるしな」
「ラックは的確に急所突いてくるよね? さらっと致命傷狙って来るのやめてね?」
「それほど気を許してくれている、と思って良いんですね?」
「うっ……まさかの追撃か……我の口から容易く聞き出せると思うなよ」
「えぇ、聞き出すまでも無いですから」
「むぅ」
くすくすと笑うラサーシャを見て、レフィアンは頬を膨らませる。そんな二人を見てラックはなんだか分からないが、温かい気持ちになった。この気持ちをなんて呼ぶかは知らないが、良いものなのはわかった。だが、そんな時間は終わりを迎えた。誰にも分からない、気づけない、ラックだけが野生の勘でそれを掴んだ。網目を抜けるように入り込んだそれに、ラックだけが顔を向けた。突如明後日の方に顔を向けたラックに、ラサーシャとレフィアンもすぐに気づく。
「どうした友よ、その目……何かあったか」
「…………変だ」
「何が、期待はしていませんが言語化を求めます」
「君が違和感を覚えたなら、この場に置いてそれは見過ごせない……国へ入る事を許可された者に後だしで怪しいところなど出てはいけない」
入国の際、何重にも感知系の能力で審査があった筈だ。嘘を暴く能力や、敵意の有無だって確かめている。安全な者だけが国に入れる、怪しい者なんてそもそも居なかった。隠し事がないか、それ系の能力を幾つも網のように張って確かめた。だからこそ、今国の中にいる者に敵が居てはいけないのだ。それは、監視の目に穴があると言うことになる。
「敵が仕掛けてくるなら、網を抉じ開けるしかない……だからこそ目立つ、それが開戦の合図になり得る……だが忍び込まれているのなら話は変わるぞ」
「小さな小競り合いや、揉め事の類はお祭りなんだからそりゃ現在進行形で幾つも起きていますが……危険性のある悪意には今も国中に感知の網は張ってます、反応がない以上問題なしと見ますが……君は何を感じているんですか」
「感じない」
「言葉が足りません、続けて」
「あそこに居る兄ちゃんだけ、何も感じない」
「感知の網ってのは俺にはよく分かんねぇけど、国中に広がってる力? みんなそれに触れてんのにあの兄ちゃんだけなんていうか抜けてる」
「匂いもねぇし、気配もねぇ、そこに穴があるみたいだ」
「…………ッ!? ラサーシャ、レフィアン、何もないが増えたぞ……網を抉じ開けるっていうかすり抜けてる感じがする、なんにもねぇ穴が幾つか国の中に入ってきたぞ!」
「…………初手から理解が追い付かない、独特な仕掛け方ですね」
「だがそこまで異質なら確定的だろう、先に気づけたのは僥倖だ」
「隠密型なら相手も先手を打たれるとは思っていない筈、我が師に伝えこちらから先制攻撃を……」
「そうそう、お忍びだからこそおかしいんだよなぁ」
「視線感じちゃった、君、見てただろ?」
「ッ!」
背後からの声に即座に反応したのはラックだった。振り向き様の回し蹴りは男の首を捉えるが、手応えが無い。
「気持ち悪い! 気配もねぇし手応えもねぇ!」
「えぇ? 盗み見に加えて暴行なのにそれは酷くない?」
「お兄さん傷ついちゃったなぁ、償って?」
「なら出るところに出て双方正当な裁きを受けましょう」
「いや、この場合だとラックの分が悪いぞ」
「俺が悪いのか!?」
「大丈夫だよ少年、君だけが悪いわけじゃない、そう、安心して良いんだ」
「悪いのは世界、俺以外、全部だ」
「怪しさを隠そうともしない、堂々とした振る舞いですね」
(ラックを信じるなら、この男以外にも国に入り込んだ異常は……ここで時間をかけるのは得策ではない……! ここは飛べるレフィアンさんを……)
「レフィアンさん、この男は私達が取り押さえます、貴女は侵入者の情報をお師匠さんと共有して……」
「それが君の正義かぁ」
瞬間、何かが身体全身を貫いた。頭の先からつま先まで衝撃が走り、何かが縫い付けられた。
「っ!?」
「一本通った筋ってもんは、尊いものだ……俺は受け入れる、肯定する、誰もが持つべき権利を」
「それが己を縛る鎖となろうとも、誰も悪くない、その正義は君だけのものだ」
異変を感じ、ラサーシャは直感で不味いと感じた。その直感は当たり、衝撃は国全体に広がる。静電気のような音が国全域を包み込み、何かが確実に根を張った。身体に異変はない、だが何かをされた。
「何の能力か知りませんが、どうも先手を打たれたようですよ」
「そのようだな、そのせいか知らんが、今我の身体に異常が起こっている」
「簡潔にどうぞ」
「何故か奴から目を離せん、師の元に向かえん」
(ラックのように注目を集める力……? いや、それにしては……)
「お前等何しに来た? 酷い事は許さないぞ」
「お兄さんはお兄さんの正義の為にお仕事に来たのさ、お兄さんにはお兄さんの正義がある」
「君達の正義とぶつかるのなら、それは世界が悪い、仕方のない事故だ」
「誰も悪くない、君達を縛るのは君達の正義だ、抗えないのは生きとし生ける凡の定め」
「だからこそお兄さんたちはね、救いたいし救われたい……だからただの正義じゃ満たされない」
「世界には必要なんだ、絶対正義が……」
「そろそろ会話が成立しないと解釈しても? 何が言いたいのかわかりませ……」
ラサーシャの言葉を遮るように、男の隣に人が降り立った。唐突に現れたのは、純白の鎧を身に着けた女性だった。白いマントをなびかせながら、その女はいきなり降り立った。気配どころか、今目の前に現れたというのに存在感すら感じ取れない。女は前を見据え、両手で剣を地面に突き立てる。
「正義はここに在り」
「あぁ……今日も神々しい……我等の絶対正義よ」
何一つ理解出来ないし、圧の一つも感じない。だけど分かる、非常に不味いと。
(異質だ……! 危険だっ!)
「レフィアンさん! 仕掛けますっ!」
槍を構えるラサーシャだったが、返ってきた言葉はまたしても予想外の一言だった。
「…………ルーチェ?」
いつものレフィアンの声じゃない、外付けの自信や威厳が全て剥がれ落ちた、震えるような声だった。ラサーシャとラックは顔を上げる、目の前の『敵』の顔を、目を見る。紅の右目に、紫の左眼、レフィアンと同じ色の目に二人は息を吞んだ。そして『敵』はその双眼にレフィアンを映し、息を吐いた。
「正義の前に立つのなら、レフィアン……貴女は悪に堕ちたと見ていいのかしら」
敵は、正義であり……嘗ての友。




