第八百三十六話 『正義は勝つ』
思い返すのは、いつも笑顔だった事。自分は勿論、相手もいつだって笑っていた。過去の話だ、理不尽に奪われた平和の記憶だ。正直自分は変わっていたし、浮いていた。いつだって訳の分からない事ばかり言って格好つけて、両親でさえこの子は頭が大丈夫だろうかと心配していた。勿論頭は大丈夫だったし、少し痛かったのは自分でも分かっていた。それでも好きに生きていた、偽りたくなかったから。だからこそ、自分を偽らずに振舞える数少ない友人であり、一番大切な存在でもあった。
『我は我のまま、誰かの為になれると証明してみせる……偽る事無く生きて、思うままに生きて、それでも良いんだと見せつけてくれよう!』
『そっかそっか、それはそれは格好いいお話だね』
『ふん、お前はいつもいつも相槌ばかりよな』
『うんうん、そうだねそうだね』
『お前ちょっと面倒くさくなっているだろう、適当に頷いているだろう!?』
『えぇ~? そんな事ないよぉ、ただレフィアンちゃんの反応が面白いからだよぉ』
『それはそれでたちが悪いわ!』
『ところでレフィアンちゃんはいつもキメ台詞の時ポーズするけど、なんでいっつも片目押さえてるの?』
『我が瞳に宿るカクリヨの力を抑える為よ……現世にこの力は危険すぎる故に……』
『うんうんそうだね、レフィアンちゃんみたいな綺麗な子には……この世界はちょっぴり汚すぎるからね』
友は時たま、遠くを見る時があった。その目が妙に冷たくて、胸が痛んだ。最初に救いたいと思ったのは、この目だった。
『目に映したくない物、沢山あるもんね』
『…………むぅ…………我が目の前に居るというのに! 貴様、なんて顔をしている!』
『何も悪い事をしていないのに、なんで苦しそうにしている!』
『良い子にしてれば幸せになれるとは限らないからねぇ』
『いいや違う、そんなの理不尽だ間違っている』
『正しく生きれば、善く生きれば、必ず幸せになれる、なる権利がある筈だ!』
『我とカクリヨの契約を結ぶがいい、共に勇者となり善に生きると誓え! そして生きた先で、この双眼に光を宿すのだ!』
『我が見せてやろう、この世にはキラキラしたものが沢山あるのだ!』
『…………もぅ、キラキラは両目で見えてるよぉ』
『これ以上を、見せてくれるの? これ以上がこの世界にはあるのかな?』
『当然だ、我が言っているのだ信じられんのか戯け者が』
『共に来い、幸せな未来を約束してやろうではないか』
『ふふ、期待してるよ……未来の勇者様』
いつも笑ってた、いつだって笑い合っていた。あの頃は未来を信じてた、光り輝く明日を信じて疑わなかった。その笑顔が今、冷たく凍り付いて目の前に立っている。見間違う筈がない、成長しているが面影がある。友達の顔を、間違えるわけがないだろう。
「…………レフィアンさん、知り合いですか?」
「レフィアンどうした!? ぼさっとしてる場合じゃないと思うぞ!」
友の声でハッとする、自分はこの非常事態に何秒固まっていた? 思考を切り替えろ、無理やりにでも自分を保て。首を何度か振り、いつもの自分を取り繕う。
「すまない我としたことが……男の方に見覚えはないが、あの真っ白騎士様の顔には見覚えが……」
「貴女はそればかりねいつもいつも……虚勢で塗り固めた振舞い……痛々しいわ」
「ッ! 久しぶりだというのに結構な口ぶりよな、小奇麗になったと思えば口の悪さが増しておるわ」
「動揺するなと言う方が無理な話だろう? こっちは貴様が死んだと思っていたのだぞ? 感動の再会だというのに冷たいじゃないか」
「死んだと思っていた、ね……それこそ此方の台詞なんだけど……今は貴方に構っている暇は無いの」
「思わせぶりよな、だが次の言葉はよく考えて話せ? 今の我等は立ち位置が非常に難しい」
「そちら側に立っている以上、悲しい事に我等は敵対する可能性すらある」
混乱する頭を抑え込み、とにかく口を動かす。なんでもいい、情報を集めろ。落ち着け、焦るな、かき集めろ。
「レフィアン、あいつの目……レフィアンの目と同じだぞ」
「片目から、お前と同じ感じがするんだ」
ラックの言葉で動揺が激しくなる、今はやめろやめてくれ、抑えるのにも限度がある。今考えるべき事と、考えなくていい事を即座に判断し、切り捨てろ。そうじゃなくちゃ、脳は容易く限界を迎える。
「大方我への憧れからイメチェンでもしたのだろう、可愛い奴だ」
「そうねそうね、昔のまま変わらず可愛らしい子」
「痛々しくて、弱々しくて、貴女が私を救いたいと思ったように、私も貴女を守りたかった」
「だけどねレフィアン、貴女がキラキラを望んでも、世界はどうしようもなく汚いのよ」
「我等の正義よ、そーろそろ時間が迫っていますが?」
「そう私が正義、正義は我等にある……口出しは不要よ」
「何が正しい? 誰が正しい?」
「もちろん貴女が正しい、貴女こそが正義」
「我が言うのもなんだが、随分とぶっ飛んでいるじゃないか」
「目が曇っても、笑顔だけは保っていた筈だぞ…………笑えもしないくせに正義を語るか愚か者めが」
「…………ナプタ、中央広場へ」
「我等が絶対正義は?」
「寄り道」
「絶対正義の望みのままに…………じゃあね嬢ちゃん達、自分に恥じないように正しく生きろよ」
「行かせるわけ…………っ!?」
(足が動かな……)
咄嗟に動こうとしたラサーシャだったが、その両足は縫い付けられたように動かない。それだけじゃなく、視線も男の方に向けられない。
「俺を危険だと思っても、君の正義はそっちを選ぶか……」
「いや正しいよ、君は、君達は良い勘してる……絶対正義に比べりゃお兄さんなんて木っ端の雑魚だもの」
「けど悲しいかな、正義は必ず勝つのよねぇ」
男はヘラヘラと笑いながら、中央広場を目指し屋根から飛び降りた。追いかけたくても、何故か身体が動かない。
「君達三人、ナプタを追いかけられないって事は私を警戒しているって事だね」
「だったらなんだ? この違和感の答えでも教えてくれるのか?」
「能力自体はこちらのものでも、君達を縛っているのは君達自身だ」
「己の正義には背けない……君達は私を放っておいてはいけないと第一に考えている……だから他に意識を割けないだけよ」
(……己の考えを、優先順位を強制する類の力か……?)
「…………熱烈ね、困ってしまうわ」
「その割には我等を寄り道扱いか? 妬いてしまうな……友に対して酷いじゃないか」
「…………ルーチェ、貴様が本当にルーチェなら答えてくれ、何故そっち側に居るのだ……我は正直、お前と戦いたくは……」
「心外ね、まるで裏切ったような言い方じゃない」
「私は今日までずっと、貴女との約束を忘れた事も違えた事もないのだけれど……それどころか貴女の言葉を支えに生きて来たわ」
「いつかこの双眼に、キラキラを映してみせるってね」
「なら尚の事分からん、貴様の正義は他を傷つけ、悲しませる事か?」
「この皆が楽しみ、喜び、笑顔を浮かべる祭りを滅茶苦茶にしようとする貴様等が、正義かっ!?」
「今ならまだ間に合う、手を引けルーチェッ!」
声を荒げるレフィアンに対し、ルーチェは微動だにしない。両手で剣を杖のように地面に突き立てたまま、表情一つ変えずに息を吐き出した。
「うん、良く分かったわ」
「ルーチェ……そうか、分かってくれたか!」
「私の邪魔をするなら、きっと貴女は悪なのね」
「大丈夫だよ、だって私は正義だから、だから私は間違えない」
昔と変わらない懐かしさすら感じる笑顔を浮かべ、友は透き通るような純粋な狂気を発した。昔のままの笑顔で、友は剣を構えた。
「ルーチェッ! 何故だっ!」
頭は混乱しているが、それでもこの可能性は考えていた。だからこそ、反応自体は悪くない。レフィアンはほぼ最速でルーチェの動きに反射し、闇魔法を放っていた。ラサーシャとラックも呼応し、左右からルーチェに飛び掛かる。殺すつもりのない攻撃だが、それでも最速で相手を無力化する事を狙った加減の無い攻撃だ。その攻撃は、他愛無い横振り一撃で消し飛んだ。剣撃が全てを消し飛ばし、飛び込んだラサーシャとラックを後方へ吹き飛ばす、レフィアンの胴体にも、深い切り傷が刻まれた。
「…………ッ!?」
(馬鹿な……全てが捻じ伏せられただと……!? 攻撃が消し飛んだ後、この身を何が切り裂いた!?)
攻撃を喰らった瞬間が認識できなかった、気が付いたら身体から鮮血が飛び散っていた。いくら力の差があっても、痛みすら遅れてくるのは明らかにおかしい。
「生きていてくれて嬉しかった、今日までの人生で一番嬉しかった、奇跡だと思った、生まれて初めて神様に感謝したわ、本当よ」
「それでも私の邪魔をするなら、悪に堕ちたのなら……正義は悪を滅ぼすわ」
「…………我も数えるくらいしか神に祈った事は無いのだがな……どうも我の祈りはいつも届かんようだ、カクリヨの者の定めか?」
「…………悪い夢なら覚めて欲しいんだけどな……なぁルーチェ!」
「大丈夫よレフィアン、貴女が道を間違えても……私は貴方を浄化する」
「安心して、だって貴方はあの日死んだんだから……私はあの日誓ったから、今更何も変わりはしないから」
「死んだ貴女に代わって、私はキラキラを見ると決めたの、貴女の代わりに貴女の眼でっ! この双眼に輝く未来を映すって誓ったのっ!」
そう叫び、ルーチェは片手で左の瞳を撫でてみせる。レフィアンの瞳と同じ色の眼には、血に染まるレフィアンの姿が浮かんでいた。思わず、レフィアンは吹き出してしまう。
「……これが、あの日からの続きか……確かにこの世は悲劇に満ちているようだ」
「ルーチェ、正義を語るなら一つ教えてくれ……正義に負けは有り得ぬらしいな?」
「えぇ、正義は勝つのよ、正義は間違えない……絶対なの」
「なるほどなるほど……勉強になる」
「それなら……どうも我は負けるわけにはいかないらしい」
「悲しいわね、これでも私悲しいのよ? 友達を斬り捨てるなんて残酷だわ」
「我は貴様等の能力で貴様から目を離せん、貴様等の言葉を借りるなら己の正義に縛られているわけだろう?」
「なら貴様から目を離せぬこの状況は我の正義の証明じゃないか? なら、負けは許されんだろう」
「正義は、勝つんだから」
「そうねそうね、でも話をちゃんと聞いて欲しかったかな」
「私は正しい、貴女は間違い、だから私が正義なの」
「幼子の言葉遊びの様だな、鼻で笑ってしまうぞ」
「貴女に言われちゃおしまいね、楽しいね、嬉しいね、会えて本当に幸せよ」
「あの日と今日、二回も私の前で死ぬなんて……酷いね酷い、残酷ね」
「そんな貴女が、正しいわけが無いのよ」
一閃が闇を割き、赤が飛び散った。一人が崩れ落ち、残った者が剣を杖代わりにし天を見上げる。
「私はいつだって、正義なのよ」
歪み切った正しさが、全てを踏み躙る。正義など、見る者の角度が変われば見え方も簡単に変わる。いつだって善意と悪意は表裏一体だ。だからこそ間違いなく、迫り来る正義を人々は悪と呼ぶだろう。悪意無き正義こそ、最も恐ろしい。




