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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第八章 『人魚の探し物』
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第六十五話 『海中の神域』

「……ねぇ、お兄さん?」



「ん?」



 クロノの手を引いて泳ぐマリアーナが、言いにくそうに口を開いた。



「何で、ここまでしてくれるの?」

「共存が夢なのは分かるけど、僕とはさっき会ったばかりなんだよ?」


「親切すぎじゃない?」



 しかも初対面で攫おうとした相手である、普通はここまでしないだろう、普通は。



「んー……助けたいってのに理由がそんなに必要かなぁ……」


「まぁしいて言えば、あれかな」


「俺にもさ、血は繋がってないけど、兄貴みたいな奴が居るんだ」


「憧れであって、絶対に負けたくない存在って感じでさ」


「だから、負けたくないって気持ちがちょっと分かんだよ」



 そう言って、クロノは左手の指輪を見る。きっと、今もどこかでローは頑張っている筈だ。置いていかれる訳にはいかない、離れていても、負けたくない気持ちに変わりはないのだ。



「たまにはさ、下の奴が勝っても良いと思うだろ?」


「お前に手を貸すのに、これ以上理由がいるか?」





「……普通はいるんじゃないかなぁ……」


「……けど、お兄さんはそっちのほうが似合ってるかも」



 そう言って前に顔を向けたマリアーナ、その頬が赤いのは気のせいだろうか。



「そういえば聞きたかったんだけど、人魚の宝玉マーメイド・スフィアって何なんだ?」




「この先に、海林かいりんって場所があるんだけどね」

「その中心に、生き物が何にも住んでない空間があるんだよ」



「そこは神海しんかいって呼ばれてるんだ」



「何者も存在しない、ぽっかりと水中に開いた穴みたいな場所」

「昔からそこは、神聖な場所として海に住む者は扱ってきた」



「僕達海住種マーメイドの大人の儀式も、その場所で行われるの」

「そして、人魚の宝玉マーメイド・スフィアもその場所で生まれる」



神海しんかいを取り巻くように水流が流れて、その水流で固められた砂とか、サンゴとか、そういった物の結晶が、人魚の宝玉マーメイド・スフィアの正体だよ」



「様々な物が固められて、磨かれて、ガラスみたいに透き通った輝きを持つ、海が生んだ奇跡の宝石」



「生まれる瞬間の美しさとか、水流の流れ方が、複数の海住種マーメイドが踊ってる様に見えるから、その名前が付いたって言われてるよ」



 それは大層な物を取って来いと言われたものだ。



「けど、その話だけじゃ分かんない事があるんだけどさ」


「大型の鮫だとか、危険だとか、さっき言ってただろ?」


「それはどういう意味だったんだ?」





神海しんかいが神聖な場所として扱われるようになったのは、その場所が不思議な場所だからってだけじゃないの」


「その周りの海林かいりんに住む大型の鮫・クリスタルシャークの存在……」


海林かいりんにだけその存在が確認されてる鮫で、決して海林かいりんから出ようとしない」

「そして、決して神海しんかいに踏み込む事はない鮫」


「踏み込んだ敵に容赦はしないけど、神海しんかいに辿り着いた者への攻撃はしない」

「まるで、守護神のようなあの鮫が、あの場所を神聖な場所に見せてるんだと思う」



 海の中の神域、そこを守る守護者……。どうやら、一筋縄ではいきそうにない。



「何とか見つからずに済めばいいんだけど、そうも行かないと思うんだよね……」

神海しんかいにさえ辿り着ければ、帰り道で攻撃される事は無いって聞いたけど……」


海林かいりんは迷路みたいって話だからなぁ……僕が全速力で泳いでも、きっと追いつかれちゃうよ……」





「襲われるのは、まず間違いないって事か……」





 海の生物と水中戦、考えただけでゾッとする。まともな思考回路じゃ勝つ姿は想像出来ないだろう。



「しかもクリスタルシャークは魔法も使ってくるって聞いた事があるよ……」


「正直、僕も生きて帰れる自信がないかな……」



 その言葉に、クロノは頭に『?』を浮かべた。



「え、行くのは俺だけだろ?」


「マリアーナは海林かいりんの前辺りで待ってろよ」





「何馬鹿言ってるのさ! そんな事出来ないよ!」


「その、僕の為に頑張ってくれるのに、僕だけ見てるとかそんなの……」





「俺の夢が本当か、俺の言葉に嘘がないか、それを証明できなきゃ意味が無いんだぞ?」


「俺一人で行って、お前の為に人魚の宝玉マーメイド・スフィアを取ってくる事に意味があるんだ」


「だから、俺一人で行く」





「~~~~~っ! でも……っ!」




 マリアーナが何かを言う前に、辺りの雰囲気が変わった。崖のような場所から、不思議な光景が眼下に広がる。




「何だ……あれ……」




「あれが海林かいりん、綺麗でしょ?」




 オレンジや紫、様々な色に輝く何かが、海の中に輝く森を創り出していた。




「あれは光珊瑚ひかりさんご、珍しい種類なんだけど、この場所には普通じゃ有り得ない数が自生してる」



「地上の木みたいに高く生えてる、あの珊瑚で生まれた海中の森、それがこの場所なんだよ」



「そして、見えるかな、あそこ」




 マリアーナが指差す方を見ると、輝くサンゴの森の中に、穴が開いたような場所が見えた。



「あの何も無い場所、あそこが神海しんかいだよ」



「そして、あれ……」



 言われる前に、クロノの目も『それ』を捉えていた。輝く森の中から、透き通った背びれが見える。

かなり遠くの筈だが、その大きさは凄まじい物があった。




「あれが、クリスタルシャークか……」




「やっぱ、大きいね……」




 何故水中の大型生物と言うのは、これほどまでに恐怖心を与えてくるのだろうか……。



「……迷ってても仕方ないよな……」


「マリアーナは危険だから、絶対に来るんじゃないぞ!」




「あ、ちょっとお兄さんっ!!」




 マリアーナの静止を振り切り、クロノは崖の下に飛び降りて行った。



 そして、その様子を遠くから見ていた影が二つ……。





「ふふっ、好都合ですわ、あの人間一人で行くなんて……」




「あの場所は、ただ進むだけでは神海しんかいには辿り着けませんしね」

「では、少し虐めてあげましょう」




「海の中の問題に首を突っ込んだ罰を与えて差し上げますわ、たっぷりとね」




 二体の海住種マーメイドは、妹に気が付かれない様、クロノの後を追って行った……。









 その頃、海林かいりんに飛び込んだクロノはというと……。



「近くまで来ると目に優しくないな、ここ……」


「ま~ぶ~し~い~よ~!」


「様々な色ってのが、キツイね……」



 カラフルな光珊瑚ひかりさんごの妨害に会いつつ、海の中を歩いていた。



「海底を歩いて進むなんて、不思議な気分だ」

「これで鮫とか居るって知らなかったら、旅行気分でフワフワ出来たんだけどな……」



「世の中そんなに甘くないってことだね」



「そんな事より、あの鮫とエンカウントしたらどうするの?」

「風を生んで無理やり水流を作れば、何とか動けたりはするだろうけど、やっぱり不利だよ?」



 そもそも、出来れば会いたくない。



「風を生めば、風の力は使えるけど……」

「自然の風が存在しないここじゃ、風の感知は使えないしな……」



「ティアラが居れば、この場所でも感知が出来るんだが……」

「僕の振動感知も、今のクロノには使えないしね」



「アルディ君の感知は泳いでる鮫に効果ないじゃん~」

「どっちにしても、鮫の接近に先に気が付くのは、今のクロノじゃ無理だねぇ」



 となると、必然的に鉢合わせる事になる。



「はぁ……遭遇しないで辿り着けないかなぁ……」



「無理だろうね」



「無理だと思うなぁ」



「……だよな」



 溜息をつきながら歩を進めるクロノ、崖の上から見た限り、このまま真っ直ぐ進めば辿り着く筈だ。

そう思っていた矢先、いきなり水流がクロノの体を押し戻した。



「うわっ!?」



 足が浮き、数メートルほど後ろに押し流された。慌てて体勢を戻すが、水中の為着地が上手くいかない。




「とっとっ! 何だ今の?」




 水の流れが変わった訳じゃない、まるで道を阻むかのように水流が襲い掛かってきた。試しにもう一度進んでみるが、同じ様に押し返されてしまう。



「どうやら、正しい道とそうじゃない道があるみたいだね」

「そうじゃない道は、今みたいに水流で通れない、と」



「迷路みたいな場所ってそう言うことかよ……」



 モタモタしていると、鮫に襲われる可能性が上がってしまう。



「くそぉ、走ろうとしても水の抵抗で変な感じだ……」



「普通に泳げばいいじゃないか」



「あ、そっか……」



 呼吸が出来るせいで、水中だという事を微妙に忘れてしまう。クロノはバタ足で進んでいくことにした。



「しかし、このブレスレット本当に便利だな」


「絶対に外しちゃダメだよ? それ外したら間違いなく死ぬからね」


「怖い事言うなよ……」


「いや、本当の事だろう」


「戦闘中のゴタゴタでそれ外れたら、それだけで負け確定だよぉ?」



 分かってはいたが、水中では不利な事が多すぎる。出来ればこのまま何も起こらずに済んで欲しいのだが、そんな安全な運命を神は許してはくれないようだ。







「ふふっ! 覚悟なさいな人間君!」





「アクア・シュトローム!」







 頭上から聞き覚えのある声が響いたと思ったら、凄い勢いの水がクロノ目掛け撃ち出されてきた。




「うわぁっ!!?」




 咄嗟に横に飛んで直撃を避けるが、水流によって大きく流されてしまう。




「むぅ、いい反応するじゃありませんか」




「姉さま、攻撃前に声を上げては奇襲の意味がありません」


「避けられるのも当然です、少しは考えてください魚頭が」




「ぐぅっ……い、いいからあなたも役目を果たしなさいなっ!」


「手を組んだ以上、最低限の働きはしなさい!」




「はぁ……間違っても私に当てないでくださいよ?」




「時と運によりますわっ!」




「……」





 突然の攻撃に大きく流されたクロノ、何とか体勢を立て直したクロノの前に、シーが立ち塞がった。

その両手には、二本の透き通る剣が握られている。




「……ここまでするのか、あんた達……!」





「これは姉さまの案ですが、私はマリアーナが傷付かないのなら何でもいいです」

「確かに少々汚い手ですが、姉さまならこのくらいの汚さが丁度いいと思います」



「希少種君には少し納得が出来ないでしょうが、諦めてください」





「嫌だね、逆にマリアーナを勝たせてやりたいって気持ちが強くなったよ!」





「……マリアーナは負けます、絶対に」


「何故なら、君が私達に勝てる可能性は無いからです」


「水中で、人が海住種マーメイドに勝てる道理はありません」


「ですから、出来れば……」





「シーッ!! 何を長々とお喋りしていますのっ!?」


「前衛が止まってちゃダメでしょうっ! さっさとその人間君をボッコボコにして差し上げなさい!!」



 こちらに右手の剣を向け、何かを言おうとしたシーを遮り、アクアが叫んできた。どうやら彼女は後衛ポジションらしい。




「……やはり、姉さまとは相性的な意味で分かり合える日は来ない気がします」


「戦闘前の会話とは、戦闘後の〆の台詞を際立たせる為の印象付けとして最も大事な……」





「いいからはよ戦えっ!!!」





 姉の叫び声を合図に、納得いかない表情のまま、シーが襲い掛かってきた。その速度は、クロノが構える前に懐に潜り込むほど早い。




(やばいっ! アルディッ!)



(あぁ!)




 金剛を発動するのと、シーがクロノを斬り付けるのは、殆ど同時だった。



「む? その硬さ……人の物ではないですね……」


「私の双晶剣の刃を弾くとは……」




「つか普通に斬り付けて来るんじゃねぇよっ! 殺す気かっ!!」




 両手でガードしたとはいえ、金剛を発動してなければ両手とさよならしていたところだ。



「……あっ……」


「……ごほんっ、……ちょっとしたジョークです」





「絶対嘘だろっ!!」





「君の力を信じていました、お見事です」





「訳が分からない! ふざけるんじゃねぇっ!」





 思わず殴りかかるクロノだが、踏み込んだ足が海底を離れた瞬間、勢いが死んだ。




(……ッ! 水の中だってこと忘れてた……!)





「だから言ったのです、水中で君に勝ち目は無いと」




 水中で無防備に浮かび上がったクロノは、的でしかない。シーはクロノ目掛け突っ込み、すれ違い様に斬り付ける。




「ぐっ!」




 いくら金剛で防御力を上げてるとはいえ、刃物で斬られれば結構痛い。





「つか、また普通に斬ってきたなっ!?」





「どんな体をしてるか分かりませんが、君の体は私の剣を通さないようです」


「滅多にない機会です、試し切りの」



 凛とした表情に見えるが、目がキラキラしている、これ以上ないほどに。




(危ない子だ、何か気を逸らさないと……)


「そ、その剣……ただの剣じゃないな!?」





「……っ! 分かりますかっ!」




 このままでは八つ裂きにされかねない、何とか気を逸らそうと適当な事を口にするが、予想以上にシーが食い付いてきた。



「この剣は非常に珍しい、角晶珊瑚かくしょうさんごから作られた名剣なんですっ!」


「強度、切れ味、見た目の美しさ……どれをとっても素晴らしいの一言っ!」


「なるほど、これのよさに気が付くとは……流石希少種君……中々御目が高い……」




 どうでもいいが、希少種君と呼ぶのは止めて欲しい。



 そして、うんうんと頷くシーは完全に動きを止めていた。




(気は引けるけど、今がチャンスだな!)


(エティルッ!)



(うん!)




 疾風に切り替え、足元に風を生み出す。クロノの足元の水が、その風で無理やり水流を作り始めた。




(一気に決めるっ!)




 風の流れを操った時と同じ感じで、周囲の水を自身が生んだ流れに乗せる。それで生み出された水流に、自分の体を乗せる。スムーズに水の中を動くには、これしかないのだ。



 予想外の速度で自分の傍まで突っ込んできたクロノに、シーは驚きを隠せない。




「なっ!?」




(動き出しが遅い、俺のほうが先に届く!)




 水中では打撃の威力は期待できない、精霊法で攻めるべきだ。




「喰らえ、風……」





「アクア・シュトロームッ!!」





 クロノの攻撃に割り込んで、アクアの放った水撃がクロノを襲った。




「ガッ!?」




 さっきより早い、完全に油断していたクロノはその一撃をまともに喰らってしまう。疾風の状態で喰らった為、ダメージが大きい、何とか体を起こそうとすると、シーが眼前に迫ってきていた。




「……油断してました、君は何か特殊な力を秘めているようですね」



「もう、手心を加える必要はないでしょう」




 先ほどまでとは違う、目付きには背筋が凍る物を秘めていた。





「水流剣・みずちっ!」





 二本の剣から放たれた斬撃は、水流の刃と化し、クロノの体に襲い掛かった。抵抗も回避も出来ず、クロノは直撃を貰ってしまう。



 一本の光珊瑚ひかりさんごをへし折り、クロノの体は吹き飛ばされていった。




「……勝負ありですね」




 剣を収め、シーが背を向けてそう言った。

















 崖の上で待っていたマリアーナは、海林かいりんの一角で大きな音がしたのを聞いていた。その直後、一本の光珊瑚ひかりさんごが折れるのも目撃した。




「……お兄さん、やっぱり何かあったんだ……」



「けど、待ってろって言われた……でも……」




 大人しく待っていられる筈が、無い。




「あーーーーっ! もう無理! 待ってるとか無理っ!!」



「お兄さん、無事でいてよっ!?」




 マリアーナはそう叫び、海林かいりんへ飛び込んで行った。


 そして、神域へ踏み込もうとする侵入者を感じ、動き出す影も一つ……。



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