第六十四話 『姉妹喧嘩』
「さて、それでは私もコリエンテへ向かうとしよう」
そう言い、翼を広げるセシル。 その体がフワッと浮き上がった。
「この国の先は、貴様等次第だ」
「あの馬鹿が命がけで紡いだ可能性、無駄にしたら許さんからな」
そう言い残し、セシルは凄い速度で空へと消えた。
「ふふっ、これから忙しくなりそうですわね」
「何ニヤニヤこっち見てやがる、もう失敗なんざしねぇよ、ぶっ殺すぞ」
「ガルア・リカント! ロニア様に向かってなんだその口の利き方は!?」
「神が許しても、このセントールが許しはせんぞ!?」
「頭領なりのじゃれ合いなんだ、気を悪くしないでくれ」
「誰がじゃれ付いてるって? ハーミットォ!!」
ギャイギャイと騒がしい獣人種達を見つめ、ユリウス王は微かに笑みを浮かべる。
(俺の夢も、始まったばかりだな……)
(無駄になんてさせないさ、クロノ……)
(頑張れよ、お前なら、きっと……)
海の方向を眺め、人知れず心で思う。
あの少年の理想が成される事を、ユリウス王は真に願っていた。
「……へっ、それじゃ俺達も行くとするかぁ」
「やる事が山ほどあるしな、まずは城へ向かうぞ!」
ユリウス王の言葉に、騒いでいた獣人種達も応じた。
「王、俺達はこれで……」
「旅立ちの準備をしなくてはなりませんので」
魁人が声を上げる、その言葉に王も頷いた。
「おう、お前等も頑張れよ」
「クロノ達に負けないようにな」
「それは、中々難しいですね……」
「あいつの背中は、俺にはまだまだ遠いですから……」
「けど、必ず追いつきます、必ず」
その目に迷いはない、きっと大丈夫だ。
それぞれが、次の一歩を踏み出し始めていた。
少しづつ、クロノの残した可能性が大きくなる。
それがどんな結果を残すのか、まだ誰も知りはしない……。
その頃、マリアーナと共に海を進んでいたクロノは、その光景に感動していた。
「うわぁ……凄いな……」
透き通る海の中、日差しが海中を照らし出す、神秘的な光景が広がっていた。 美しい、その一言以外不要とも思えるほどだ。
「マリアーナの住んでる場所は、まだ先なのか?」
「もうちょっとかなぁ、この先の洞窟の奥だよ」
「お姉ちゃん達はもう『探し物』を見つけたみたいだから、僕待ちの状態なんだよ」
「海じゃ絶対に見つけられない、珍しい物ねぇ……」
「何でお前の兄さんは、そんな勝負にしたんだろうな」
「僕に勝ち目があるのって、こんなのくらいだしね」
「悔しいけど、お姉ちゃん達は僕よりずっと強いし……」
「こんな変な勝負じゃないと、勝負にすらならないんだよ」
「だからこのチャンスは逃さない……絶対お姉ちゃん達をギャフンと言わせるんだ!」
日ごろから何か思うところがあるのだろう、マリアーナの目はやる気に満ちていた。
「あ、見えてきた、あそこが僕達の家だよ」
家と言うより、洞窟にしか見えない。
「お兄さんの貴重性なら、僕の勝ちは確実……」
「お兄さんに会えた幸運に感謝だよ!」
「まず俺に感謝するべきじゃないのか、そこは……」
「細かい事は気にしない! 行こう!」
マリアーナに手を引かれ、クロノは洞窟の中へ吸い込まれて行った。
洞窟の中には、マリアーナより少し年上だろう、美しい海住種が2体待ち構えていた。
「姉さま、マリアーナが戻ったようです」
水色のショートヘア、両手に持つ剣、凛とした印象を受ける美しい海住種が口を開く。
「遅かったわねぇ、勝負を放棄したのかと思ったわよぉ?」
水色のロングヘア、そしてクラクラするような大人びた雰囲気を持つ海住種が近づいてきた。
「逃げたりしないよーだ! 絶対僕の勝ちなんだから!」
「姉より優れた妹が居ると思ってるのかしら、身の程知らずなんだから」
「まったくですね」
「シー? 勝負に参加してる時点で、あなたもこの子と同じなんだからね」
「まったくですね」
「……まぁいいわ……それよりマリアーナ? その人間は何者よ?」
ゴミを見るような目を向けられる、まだ何もしていない筈だが……。
「……僕の、探し物だよ」
「ふぅん……あなたに相応しい、くだらない物ねぇ」
「そんなので、あたしに勝つつもりなの?」
「……うっ……勝つもん!」
「ふふっ、あんまり力んじゃ見っとも無いわよ? どうせ負けるんだし」
その言葉に、マリアーナは悔しそうに俯いた。
「勝負はやってみないと分かんないだろ」
「足元すくわれるのは、そっちかも知れないんだぜ」
そんなマリアーナを庇うように、クロノが前に出た。
「人間君に何が出来るっていうのかしら?」
「この子を勝たせる事が出来る」
目を逸らさず、真っ向からぶつかり合うクロノ。
「……面白いじゃない、早速兄様に判定をしてもらいましょう?」
「結果は見えてるけど、ね」
「シー、兄様を呼んできて」
「その必要は、無いようです」
洞窟の奥から、一体の海住種が現れた。
水色の長髪、右手に銀色の杖、男のクロノですら見惚れてしまいそうな美形……。
姿を見せた海住種は、その場の空気を一瞬で変えるほどの存在感だった。
「マリアーナが帰ったようだね」
「アクア、シー……またマリアーナを虐めてたのかい?」
「嫌ですわ兄様、虐めてなんていません、真実を教えていただけです」
「そもそも、私はまだマリアーナと会話をしていません」
この海住種が、マリアーナ達の兄なのだろう。クロノは特別、魔物と遭遇してきた訳ではない、それでも分かる、この男は相当強い。
(物静かな感じだけど、凄い力を感じる……)
(間違ってないよ、相当な実力者だ)
(クロノ~、間違っても喧嘩しないでね~?)
(するかっ!)
海の中で海住種と一戦交えるなど、こっちから遠慮したい。
「はぁ……お前達は本当に仲が悪いな……」
「約束通り、この勝負で負けたら、勝った子の意見を通すんだぞ?」
「えぇ、どうせ勝つのはあたしですし、構いませんわ」
「勝負事とあれば、意地でも勝ちます」
「勝つのは僕! 絶対勝つ!」
水中の筈だが、バチバチとぶつかり合う何かを感じる。
(物凄くこの場に居づらいんだけど……)
人だろうが、魔物だろうが、女同士の戦いという物は、何故こうもおっかないのだろうか……。
「まずは、アクアの見つけてきた物を見せてもらおうかな」
「はい兄様、あたしの持ってきた物はこちらです」
その手には、一冊の本が握られていた。
「手に入れるのに苦労しましたわ、これは、かの有名な『悪魔の技能』の一つです」
「この世に7つしか存在しない物です、珍しいでしょう?」
またとんでもない物が出てきた、クロノは冷や汗をかいていた。
『悪魔の技能』……大昔に存在したと言う、7体の大悪魔が有した固有技能を封じたと言われる書物だ。あまりに強大で、恐ろしい力を秘めていた為、封印術でその能力ごと悪魔を封じ込めたらしい。
その本の封印を解きし者、悪魔の力を宿すだろう……、そんな伝承も伝わっているほどだ。そんな物騒な物、どうやって手に入れたのだろうか……。
「アクア……一体どうやってそんな物を……」
「人に化けて、コリエンテの王国へ出向いたのです」
「そしてちょろっと、男なんてちょろいもんですわ」
ちょろすぎだろう、クロノは突っ込みたくなるのを必死で堪えていた。
「……まぁいい、絶対に開くんじゃないぞ」
「開こうとしても、開いてくれないんですわ、これ」
「試すのも厳禁だ! ……次、シーの持ってきた物を見せてくれ」
本を両手で抱きしめながら、アクアと呼ばれていた海住種が兄の前から退く。続いてシーと呼ばれていた海住種が、兄の前へ立った。
「私が持ってきたのは、これです」
その手の上には、……一つの石?が乗っていた。
「神々の涙、加工方法によって、数多の素材に姿を変える、奇跡の素材です」
名前しか聞いた事が無い、実物を見るのはクロノも始めてだ。職人であれば喉から手が出るほど欲しがると言う、伝説の鉱石である。
「本当はこれを使って剣を作りたかったのですが、泣く泣く今回の勝負に出す事を決意しました」
「……これで勝てなかったら、少し凹みます」
「……別に勝負の後なら使っても構わないが……」
「没収とかしないからね?」
その言葉に表情を一気に明るくしたシーは、ニコニコとしながら兄の前から退いた。
「あーっと……それじゃあ最後にマリアーナ、君の持ってきた物を見せてくれ」
「うん!」
ついにマリアーナの番だ、意気揚々と兄の前へ泳いでいくマリアーナだったが、クロノは不安を隠しきれない。
相手は伝説の鉱石に、世界に7つの呪本だ、自分がどれだけ変わっていようが、貴重性で勝てる気がしない。そんなクロノの気も知らず、マリアーナはクロノの手を引いて行く。
「僕の探し物は、この人です!」
「……人間?」
「ただの人間とは、呆れて物も言えませんわ」
「やっぱり、勝負になりませんでしたね」
予想通り、散々な言われようである。
「ふっふっふ……ただの人間を連れてくる僕じゃないよ!」
「この人はね、人と魔物の共存する世界を夢見る、超珍しい、変な人なんだからっ!」
「「「!?」」」
そんな紹介、色んな意味で虚しくなるだけだと思ったが、予想外の衝撃が走った。
「ま、ままま、まさか! そんな人が居る筈ありませんわ!」
「……新種ですか?」
「それが本当なら、ぶっちぎりでマリアーナの勝ちだね……」
何だろう、この公開処刑のような気持ちは。
(無理無理無理~~~っ! こんなの笑うしかないよぉ! あはははははっ!!)
(ダメだ、どうしても吹き出しちゃう……あははっ……)
大笑いする精霊達、外と内、両方からこの仕打ちである。
「……君、本当にそんな変な夢を?」
「変で悪かったなぁっ!!! 間違いなく俺の夢だよっ!!!」
「つか俺もう泣いてもいいよなっ!? それくらい許されるよなっ!?」
本当に散々な扱いだ、変なのは分かっていたが、この扱いは自然と涙が溢れてくる。
「ふむ、これは比較する必要も無く、マリアーナの勝ちだろうね……」
「そこまで俺って珍しい!?」
伝説の鉱石や、悪魔の書よりもぶっちぎりで珍しい存在・『クロノ・シェバルツ』……嬉しくないです。
「ちょ、ちょっと待ってください兄様!」
「そんな人が居る筈ありませんわ! 冷静になってください!」
「こんなの、裏で話を合わせればいい事じゃないですか!」
「証明方法も無いですし、判断基準が不足しすぎです」
「こんな負け方、納得できないです」
「むぅ~! クロノお兄さんはねぇ! マークセージで人と獣人種の同盟を結ばせるくらい、とんでもない人なんだよ!」
「潔く負けを認めてよね!」
「だから、それを証明できる証拠もないって言ってるんですわ! 小魚風情がいい気にならないでくれます!?」
「悪魔の本とか持ってくる性悪おばさんに言われたくないよーだ!」
「なんだとこの鰯野郎が!!」
「アクア姉さま、マリアーナ、またお兄様に怒られますよ」
「「武器オタクは黙ってろっ!!」」
「……いいでしょう、切り身にしてあげます」
この姉妹、怖い……。
「はぁ……また始まった……」
「分かった、ならこうしよう……」
「この人間さんが、本当に魔物との共存を望むか、試してみようじゃないか」
雲行きが怪しくなってきた。
「……その方法は?」
「この人間さんに、人魚の宝玉を取って来てもらう」
「この人間さんが、マリアーナの為にそこまで出来るなら、信じてもいいだろう?」
「……兄様がそこまで言うのなら、いいでしょう……」
「まぁ、人魚の宝玉をマリアーナの為に取って来れるなら……」
「そう言うわけなんだが、人間さん? やってくれますか?」
まだ良く分からないことが多いが、とりあえず返す言葉は決まっていた。
「俺の夢が関わってるなら、引くわけにはいかない」
「やってやるさ、絶対に認めさせてやる!」
「待って待って待って~~~っ!!」
そんなクロノを止めたのは、意外にもマリアーナだ。
「人魚の宝玉があるのは、すっごく危険な場所なんだよ!」
「一人前の海住種になる為の試練として、あの場所は使われるの!」
「あの場所には大型の鮫が沢山居るし、死んじゃうよぉ!」
「お兄さんには無理行って来て貰っただけだし、僕の為に死んじゃうかも知れない所に、行かせられないよ!」
「マリアーナ、それだと君は勝負に負けてしまうが、それでもいいのかい?」
兄のその言葉に、マリアーナは少し俯くが……。
「……しょうがないよ、負けちゃうのはいつもの事だし……」
「また今度、勝てばいいだけだもん!」
その寂しそうな笑顔、それが止めになった。そんな顔を見せられて、黙っていられるクロノじゃない。
「そうか、なら……」
「勝手に決めんな、俺は行くって言ってんだ」
その言葉に、その場の全員がクロノを見た。
「ク、クロノお兄さん……無理しなくても……」
「あのなぁ、最初は無理やり攫おうとしたくせに、何遠慮してんだよ」
「姉さん達に勝ちたいんだろ?」
「勝たせてやるよ、任せとけ!」
「お兄さん……」
その言葉に、マリアーナは頬を赤く染めた。
「で、その場所ってどこにあるんだ?」
「そうだな、案内はマリアーナがするべきだろう」
「危険な場所だが、君がそれを成し遂げれば、僕も君の夢を信じよう」
「その時は、勝負はマリアーナの勝ちとする」
「……よし、マリアーナ! 案内してくれ!」
「……うんっ!」
マリアーナに手を引かれ、クロノは洞窟の外へ泳いで行った。
(共存の夢……か……)
(本当に、変わった人間だな……)
その後姿を、マリアーナの兄は静かに眺めていた。
「あの希少種のせいで、勝負が分からない物になってしまいましたね……」
「せっかく、宝物まで出したと言うのに……」
神々の涙を撫でながら、自室で呟くシーだったが、部屋の扉が勢い良く開かれた。
「シーッ! 何を呑気に石ころなんか撫でてやがりますかっ!」
「姉さま、私の宝物を石ころ呼ばわりとは、活け作りになりたいのですか?」
「そんなのどうでもいいですわ! シー、このままではあたし達が負ける可能性が残ってしまいます」
「一番下の妹に負けるなど、あってはならないことですわっ!」
「だからって、どうすることも出来ないでしょう」
「あなたの脳みそは、武器と同じく錆び付いてるのかしらっ!?」
「私の武器がいつ錆び付きました!? 手入れは欠かしていませんよ!」
「あぁもう面倒くさい! 食い付く場所がおかしいですわっ!」
「……兄様は『妨害禁止』、なんて一言も言ってないでしょう?」
「なら、やる事は決まっていますわ」
そう言って、背を向けるアクア。
「所詮は人間……ちょっと邪魔してやれば、それで終わりですわ」
「協力なさいな、あなただって、妹に負けるのは嫌でしょう?」
「……まぁいいですけど、マリアーナに怪我はさせないでくださいね」
「分かっていますわ、生意気ですが、可愛い妹に変わりありませんもの」
「妹が連れて来た、変な虫を払うだけですわ」
そう言って、2体の海住種が、クロノ達の後を追い始めた。
姉妹喧嘩に巻き込まれたクロノ、彼の災難はまだ続く。




