表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第八章 『人魚の探し物』
68/875

第六十三話 『その眼が見つけた、探し物』

 出航した船が水門を潜ろうとした辺りで、クロノが海に引きずり込まれていく。そんな光景を目の当たりにし、真っ先にガルアが飛び出した。




「退治屋! テメェが引き上げろ!」




 そう言い放ち、港を疾走する黒い影。それに呼応するように、ロニアが矢を構えた。




「こうした行動を町の中で取るのは、本意ではありませんが……」



「状況が状況、ユリウス様、どうかお許しください」




 そう残し、連続で4本の矢を放つ。それを視界の端で捕らえたガルアが、海に向かって飛んだ。放たれた矢を踏み台にし、船に向かって突っ込むガルア、当然だが人間業では無い。




「紫苑、俺を船まで投げろ、加減は必要ない」



「え、でも……」



「遠慮するな、お前にしか出来ない」



「は、はい……、では失礼しますね……えぇいっ!!」




 主君の頼みを断れる筈も無く、紫苑は魁人の肩を掴む。そのまま全力で船まで投げ飛ばした。猛スピードで船に迫る魁人は、懐から数枚の札を取り出す。





「暴れちゃダメだってば、大人しくしてよっ!」




(大人しくするわけないだろ、離せって……!)





 水中でもがくクロノだったが、海住種マーメイドの少女の予想外の力から逃れられないでいた。見た目は完全に自分より幼い少女だったが、流石魔物と言った所か、まったく振り解けない。




(くそっ……息が……)




 突然の事だった為、呼吸も乱れている、抵抗の力も弱まってきていた。やばいと思いかけた瞬間、不意に周囲の水が吹き飛んだ。




「きゃあぁ!?」




「ごほっ、げほっ! ……何だ!?」




 頭上からガルアが『獣咆じゅうほう』を放ち、海に風穴を開けたのだ。攻撃の反動を利用し、ガルア本人は甲板に着地した。




(クロノ、今だ!)




 アルディが心の中で叫ぶ、今ならいけると。




「「精霊技能エレメントフォース・金剛!」」




 大地の力を宿し、全力で抵抗する。 その力は、幼い少女の細腕など、容易く弾き飛ばす。




「だりゃぁっ!!」




「あっ……」




 少女の表情が、一瞬悲しみに染まった。それを不思議に思う前に、今度は頭上から青く光る鎖が伸びてきた。




「クロノ、掴まれっ!」




 上を見上げると、魁人が右手から鎖を伸ばしていた、恐らく普通の鎖では無いだろう。迷わずその鎖を掴むと、一気に空中に引き上げられた。




「悪いクロノ、時間がないから少し荒っぽいぞ」



「ノームの力で受けてくれ」




 魁人のすぐ横まで引き上げられ、そのまま横腹に札を貼られる。




(ちょっと待て、何か嫌な予感が……)




「退魔符・発!」




 静止する前に魁人が印を結ぶ、貼り付けられた札が爆発し、クロノは船まで吹き飛ばされた。




「よっと」




「ゲファっ!?」




 それなりの勢いで吹っ飛ばされたクロノを、ガルアが片手で受け止める。そして、わざわざ受け止めてくれたというのに、後方に荒っぽく投げ飛ばされた。




「親切なのか、不親切なのか、はっきりしろよっ!」




「こまけぇなぁ、助けてやったんだから感謝しとけ」




 それは事実なのだが、何だか納得出来ないクロノであった。






「うわっ、うわわっ!? やっばぁ……!」






 クロノを奪われた海住種マーメイドの少女は、頭上からこちらを見下ろす魁人から逃げるように泳ぎだす、ガルアが海に開けた穴も塞がりかけている、このままでは逃げられるだろう。



 相手が魁人じゃなかったら、だが。




「悪いが、逃がすつもりはないっ!」




 逃げる相手目掛け、札を投擲する魁人。放たれた札は、意思を持ったように少女を追尾する。8枚の札が少女を取り巻き、それぞれが線で繋がれた。




「えっ、何これ!?」




 8枚の札が作り出した正方形の結界に、少女は一瞬で捕らえられてしまう。




「魔牢の鎖……接続コネクトっ!」




 魁人の右腕から伸びた鎖が、少女を捕らえた結界と繋がった。




封域ふういき寂狩じゃっかっ!」




 魁人はその鎖を引き、結界を海から引き上げる。そのままの勢いで、結界ごと少女を、甲板に叩き落した。自身もその勢いを利用し、甲板まで飛んでくる。



 当然のように綺麗に着地する魁人だが、随分ととんでもない動きをしていた。




「なぁ、魁人って実は結構化け物?」




「化け物とは酷いなおい……」


「一応、最近までは魔物に負けたことはなかったんだが……」




 チラッとセシルの方を見る、つい最近彼女に負けたばかりだ。



「まぁいいだろ、そんな話は」



「一旦船を港に戻してもらおう、彼女から話を聞きださないとな」



 結界の中で怯える少女を見て、魁人はそう言った。










 港に引き返した一行は、結界を取り囲むように立っていた。正方形の結界の中、海住種マーメイドの少女は涙目でこちらを睨んでいる。



「水門の内側に入り込んでいるって事は、門に穴でも開いてるのかねぇ……」



「こりゃ俺の責任だな、クロノ、悪かった」



 申し訳無さそうに、ユリウス王は謝罪する。




「いや、気にしてないですよ、王様」





「誰の責任かは、一先ず置いておきましょう」



「なぜコイツが、クロノを狙ったのか……まず知るべきはそこですし」



 そう言う魁人は自覚してないだろうが、その目は少し怖い。




「貴様、何故この馬鹿を襲った?」




 セシルの問いに対し、少女はだんまりを決め込んだ。




「このガキ、状況分かってんのか?」




 ガルアが脅しをかける、少女の顔色が少し変わった。




「えーっと……、エラが乾いて声出しにくいなー、苦しいなー……」




「周囲の水ごと結界に閉じ込めた、それはありえないな」




「ぐっ……」




「貴様、いい加減にしないとこいつに差し出すぞ?」




 そう言うセシルの背後では、未知によって正気を失いつつあるピリカがスタンバイしていた。




海住種マーメイドは生息域的に接触が困難、こんなチャンス滅多にないのですよぉ……はぁはぁ……」




「ピリカ、今真面目な場面だからな、もう少し抑えような……っ!」




 レラが必死に押さえているが、その目は少々危ない物を感じさせる。海住種マーメイドの少女も、その目に危機感を感じたようだ。




「あぅ……」




「全て吐いてしまうのが、利口だと思うがなぁ……」




 セシルの言葉に泣き出しそうになる少女を、クロノが庇った。




「はいはーい、みんな怖いって……」


「こんな小さい子相手にさ、そこまで本気になんなくていいだろ?」





「襲われた本人がそれでどうする!? この子は小さいと言っても魔物だぞ!」





「だから?」




 魁人の言葉に、クロノは当然のことのように返す。そのまま、少女の前にしゃがみ込んだ。




「何で俺を襲ったのか、教えてくれないか?」



「何か事情があったなら、怒ったりしないし、酷い目に合わせたりしないから」




 クロノの笑顔に、少女の緊張も僅かに解れたようだった。




「……ほんとに、怒らない?」




「話してくれたらな」




「……分かった、話すよ」




 その言葉と同時、クロノは笑顔で振り返る。そんなクロノを見て、周囲も呆れたように肩の力を抜いた。














「僕はね、この近くの海に、お兄ちゃん1人と、お姉ちゃん2人、4人で暮らしてるの」



「最近、お姉ちゃん達と喧嘩してさ……毎日毎日言い争い……」



「お兄ちゃんがそれで怒っちゃってね、そんなに喧嘩が長引くなら、勝負で決着つけろーってさぁ」



「その勝負の内容が、『海には絶対無い、珍しい物を持ってくる事』、なんだよ」



「だから僕、そこのお兄さんが欲しい!」




 そう言って、クロノを指差す海住種マーメイドの少女。





「……俺?」





「確かに人間は、海では絶対見つけられんだろうが、何故この馬鹿なのだ?」


「水門を潜り抜けてきた貴様なら、人間を攫うチャンスは幾らでもあっただろう」





「普通の人間じゃダメーっ! お姉ちゃん達に勝つには、そこのお兄さんじゃないとダメなのっ!」


「そこのお兄さんは、僕の眼が出した答えなんだよ!」


「これは僕のお兄ちゃんやお姉ちゃんにも秘密なんだけどね、僕の眼は探し物が見えるんだ」


「僕の眼は絶対に間違えない、お兄さんこそ! 僕の探し物なんだよ!」




 探し物を映す眼……恐らくは生まれ持った固有技能スキルメントだろう。



「お兄さんはただの人間じゃ無い、僕はずっと見てたんだよ」


「魔物との共存を訴えてる、海の中とか以前に、世界中探しても滅多に居ないような超・変人!」


「そんなお兄さんなら、僕の勝ちは確実っ! だからお兄さん、僕と一緒に来てよ!」






「……超……変人……ね……」





 そんな事自分でも分かっていたが、こうまで真っ直ぐ言われると心に響く物がある。




「あははははははははっ! ヒー! 苦しいよぉ! あははははっ!!」




「くははっ……言われたねぇクロノ……はははははっ!」




 この精霊達……、契約者への侮辱の言葉で大爆笑とはどういうことだ。振り返ると、誰も彼もが笑いを堪えていた。




「…………」




「ね?、ね? 僕と一緒にさ?」




「今回は助けるの、やめよっかなぁ……」




「えぇっ!?」




 心に冷たい風が吹いていた、何だかやる気が出ない。そんなクロノの肩に、セシルが手を置いた。




「まぁそう言うな、共存を訴える貴様がコイツを見捨てるなら、貴様の言葉は薄っぺらになるぞ?」




「うん、とりあえずそのにやけた顔なんとかしようか」




「馬鹿な、私はにやけてなど……ふふっ……」




「……あぁもういいよっ! 超変人の俺が見捨てられるわけもねぇしなぁっ!!」



「やってやるよっ! 一緒に行ってやるよっ! どうせ行って帰ってくるだけだろっ!?」




 半分以上ヤケクソだ、クロノは一筋の涙を流していた。



「キャッハァ! お兄さん大好きっ!」



「勿論お礼はするよっ! お兄さん、コリエンテに行きたいんでしょ?」



「僕が勝てたら、お兄さんを僕がコリエンテに連れて行ってあげるよ」

「船じゃ4日かかる距離も、僕なら1日もかかんないからねー!」





「その遊泳速度に、俺の体が耐えられるかは別の問題じゃないか?」





「金剛を使えば大丈夫だろう、それよりクロノ、問題はまだあるだろう?」




 笑いすぎて涙まで流しているアルディが、クロノに近づいてくる。



 

「僕達精霊には問題にならないけど、クロノは水中で呼吸が出来ないだろ」


「どうやって、この子について行くつもりだい?」





「あー……そうだな、そりゃ困った……」





「大丈夫! これ貸してあげるよ!」




 そう言って、少女は懐から腕輪のような物を取り出す。



「コリエンテ大陸で生み出された魔道具マジックアイテム・『空気の腕輪エア・ブレスレット』だよ」



「これを身に着けた人は、空気の膜に体を包まれる! 水中でも呼吸が出来るようになる優れものだよ!」




「本当に、コリエンテで生み出された道具ってスゲェなぁ……」


「ってか何でそんなの持ってるんだ?」




「昔ね、海で溺れてた人を助けたら貰ったの、綺麗だから僕の宝物!」




 そう言って笑顔を見せる、その笑顔からは悪意を微塵も感じなかった。




「そっか、よし……それじゃ行こうか」




「その前に、クロノ」




 セシルが複雑そうな顔で話しかけてきた。




「セシル? どうした?」




「今回、私は同行しない、先にコリエンテへ飛んで行くから、後から合流しろ」




「は?」




 思いがけない言葉に、クロノは目を丸くする。




「何でだよ? お前、泳げないとかそんな理由か!?」





「正直心外だが、泳げる泳げないで言ったら、私は泳げない」



「と言うか、体温が下がるとだな……少しな……」




 龍族や、蛇人種ラミアの中には、体の体温が下がると冬眠状態に入る種が存在する事を思い出した。




「え、何? セシルって寒いと冬眠するの!?」





「馬鹿言え! 私は半分人の血を引いている! 冬眠なんぞするか!」


「ただな……その、私自身物凄く不愉快なのだが……」





「セシルちゃんはねー……体が冷えちゃうとね、すっごくしおらしくなっちゃうんだよぉ」


「初めてみたら、別人に見えるかもねぇ」



 またもや口を滑らせたエティルに、セシルの尻尾が襲い掛かった。




(何それ、スゲェ見てみたいんだが……)




「滅多な事を考えるなよ、こうなるからな」




「……ギブ……ギブだよぉ……」




 今回は逃げ遅れたエティルが、セシルの尻尾にギリギリと締め上げられていた。



「……とにかく、私は勝手にコリエンテへ飛んで行く」


「最初の港で待っているから、後から合流しろ」





「まぁ仕方ないか、分かったよ」


「魁人、その子を海に離してやってくれ」




 クロノの言葉と同時、魁人が結界を解除した。少女は地面を尾びれで蹴り、海へと飛び込む。




「ぷはぁっ! お兄さん、これ!」


「それ付けてれば濡れる事もないから、服はそのままでいいよ!」





「まぁ、さっき海に落とされたから、既に服はビショビショだけどな」




 少女の投げた腕輪を受け取り、左手首にはめ込む。




「セシル、俺の荷物を頼む、買い食いで金を使いすぎるなよ」




「貴様、私を何だと思っているのだ」




 そう言いながらも、セシルはクロノの荷物を拾い上げる。




「よし、それじゃあ今度こそ、行くよ」



「みんな、またな!」






「クロノッ! 気をつけろよ!」




 皆に一礼し、そのまま海へと飛び込む。 体を薄い膜が覆い、確かに呼吸が出来た。





「うわぁ、マジで凄いな、コリエンテ製のアイテムは……」





「お兄さん、こっちこっち!」





 腕輪の効果に驚くクロノの手を、少女は掴み取る。 その手を引いたまま、泳ぎだした。




「このまま僕のお兄ちゃんの所に行こう! 絶対にお兄さんを連れて行けば、僕の勝ちだよ!」



「あぁ、ところで、君の名前は?」



「僕? 僕はマリアーナ! お兄さんは?」



「俺はクロノ、 なぁマリアーナ、そんなに姉さん達に勝ちたいのか?」



「勝ちたいよ! 僕、一番下の妹だからさ、いっつもいっつも馬鹿にされてるんだ」

「たまには勝ちたいの! 今回は僕が有利な勝負だしさ、絶対に負けたくない!」





「そっか……」





 マリアーナに手を引かれ、かなりの速さで海の中を進むクロノ。そんなクロノは、小さい頃の記憶を思い出していた。






(そういえば、俺って結局ローに勝った事、無かったなぁ)






 憧れでもあったその背中に、結局一度も手が届いた事は無かった。姉に勝ちたいと言う目の前の少女の気持ちが、クロノには少し分かった。





(うん、一回くらいは、勝ちたいよな)





 そう思い、握られた手を握り返す。 


 これくらいの協力は、してやるとしよう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ