第六十一話 『次の舞台を目指して』
今までで一番の激戦を乗り越えたクロノ、彼は今休息を取っている最中だ。あの夜から既に2週間が過ぎ、体も何とか動かせるほどに回復した。
それも毎日のように回復術をかけてくれていた、レラとピリカのおかげである。ガルアに引き裂かれた胸の傷もすっかり消えていた、まったく感謝の言葉が見当たらない。
「お願いしますセシル様っ! どうか! 何卒! ご慈悲をっ!!!」
その前に、目の前で見事な土下座を繰り出しているピリカには、どう言った言葉をかけるのが正解なのだろうか?
クロノの頭では思いつくのは『…そっとしておこう』そんな答えだけだ。
離れたところでその光景を見ているレラの目は、どこか遠くを見ているようにも見えた。
「しつこいぞ、私の半径1メートル以内には近寄るな」
「その範囲内に踏み込んだら容赦はしない、分かるな?」
「だからこうして頭を下げているのですよぉ!」
「幻龍種であるセシル様の体……どうしても触ってみたいのですよぉ……!」
「ワンタッチでいいですから! セシル様の尻尾をもう一度触らせて欲しいのですよぉ!!」
「で、出来れば翼も……うへ、うへへへ……」
(自重しようとしてるんだろうけど……出来てない……)
ピリカなりの努力はしてるようだが、まったく実を結んでない。レラは深く溜息をつくしか出来ない、ここ数日ピリカはずっとセシルに付き纏っていた。
セシルはいい加減うんざり、といった様子でクロノを睨む。正確には、クロノの中に避難中のエティルを睨む。
(あーん……セシルちゃんが怖いよぉ……)
(悪いのはエティルだよ、空気を読むのが下手なのは昔から変わらないね……)
(500年間ずっと一人だったのに、あれから進歩してると思われてた事自体があたしにはビックリだよぉ!)
(その開き直りは素晴らしいけど、最近セシルが不機嫌すぎて僕も堪ったものじゃないんだけど?)
一番堪ったものじゃないのはクロノである、姿を現したエティルを狙ってセシルがたびたび攻撃を仕掛けてくるのだ。エティルは姿を消してそれを回避していたが、60%くらいの確立でその攻撃はクロノに被弾していた。
例えじゃれ合いの域であっても、万全の状態ですら手に余るセシルの攻撃を今のクロノが喰らえば……流石に堪える。
(エティル……マジでなんとかしてくれよ、俺の為にもさ……)
(ふえーん、味方が居ないよぉ!)
(まったく……仕方ないなぁ)
(あのエルフの子には、別の知識で満足してもらうしかないんじゃないかな)
(アルディ君、何かいいアイディアが!?)
(助け舟を出すのは、僕にも被害が出てるからだからね)
(わーい! 仲間って素晴らしいよぉ、アルディ君やっぱ頼りになる~!)
そんな感じで、精霊達が心の中で作戦会議を始めた。クロノにとっても人事では無い、いつまたセシルの尻尾が背後から襲い掛かってくるか分かった物じゃないのだ。
「貴様……いい加減にしないとまた吹き飛ばすぞ」
「今度は海まで弾き飛ばしてくれる、窓は既に開いておいたから遠慮はしないぞ」
違う方向に成長しているこの言い争いも、何度目だろうか……。
「もういっそぶん殴って貰った方が良いのですよぉ!」
「そしたら一瞬くらい触れるかも……」
「気が変わった、ブレスで燃やしてやる」
「やはりブレスも吐けるのですかぁ! それを見れるなら死んでもいいですよぉ!」
「本当に厄介だなエルフと言う種族はっ!」
ここまで苦戦するセシルは始めて見る、ピリカの執念は凄まじい物があった。いつものセシルなら相手にしない筈だが、セシルにはピリカの探究心を邪険に扱えない理由があった。
今のエルフに過去の心を取り戻させたのは、セシルの行動も絡んでいる。自分の責任でもある手前、簡単に突き放す事も出来ないでいたのだ。
しかしそれを踏まえても、この女に体を触らせるのは危険だと本能が叫んでいる。
(えぇい、このしつこさはアイツにそっくりだ……!)
目の前で土下座するピリカを心底嫌そうな顔で見るセシル、そんな状況に終止符を打つ声が上がった。
「エティルちゃんのボーナスターイムッ!!」
なんとも、頼りない声であるが……。
「鬱陶しい、失せろ」
「セシルちゃん冷たーっ!?」
「許してよぉ、何とかするからさぁ……」
割と本気で凹んでいるエティル、そんなエティルがピリカに向き直った。
「えっとねピリカちゃん、今はセシルちゃんへの質問攻めとか勘弁してくれないかなぁ……」
「お詫びにあたしが3つ、ピリカちゃんの質問に答えてあげるから」
その言葉にピリカが首を傾げた。
「3つ……? いやぁお気持ちは嬉しいですけど、シルフから聞ける未知が幻龍種に匹敵する訳が……」
「僕達はセシルの過去の仲間、500年前を知る存在だ」
「君達エルフ族で英雄と語り継がれてるらしい、カムイ=ライクンの事もよく知ってる」
「僕達は500年前の勇者、ルーン・リボルトに従っていた精霊、僕達の情報の価値はセシルのそれと同格だと思うが?」
「3つ……3つ……!? うぐあああああああああわたしは何を聞けば……迷いで頭が爆発しそうですよおおおおっ!?』」
「もう慣れたけど変わり身早いよなぁ!?」
アルディの言葉であっさり落ちたピリカを見て、呆れるレラであった。
「い、いやいやいや……まずその話が本当と言う証拠が無い以上は、そう簡単には信じられませんよぉ」
「まぁ確かにね、信じる信じないは君次第だ」
「じゃあこの話は無しで……」
「ストーップッ!! 何も信じないとは一言も言ってないのですよぉ!?」
残念だが言ってるんだ、これが。
「ルーン・リボルト……族長の話にも出てきた名前なのですよぉ」
「500年前にクロノ様と同じ様に、多種族共存の理想を掲げ旅をしていたという勇者……」
「エルフ族の英雄、カムイ=ライクンもその人に同行していた……と」
「ルーンの名を知らない奴は、この世に居ないだろうな」
部屋の扉を開け、夕食の準備をしていた魁人と紫苑が入ってきた。
「クロノと同じ様に共存を訴えていたって話は初耳だが、ルーンの名は有名だ」
「歴史上唯一、魔王を打ち倒したと聞いている」
「その勇者に魔物が同行してたってのは、正直信じられないが……」
「長寿のエルフ族が言うと、あながち嘘とも思えないな」
「俺達も最近族長から聞いたんだ、族長はその時代を知っている、嘘じゃない筈だ」
ピリカが腕を組み、うーんと唸りだす。そんなピリカに、エティルが攻め込む。
「あたし達はそのルーンと一緒に戦った精霊、その思い出は確かな物」
「何を隠そう、セシルちゃんだってルーンと一緒に旅をしてた子なんだもん!」
「精霊は契約者を偽らない、例えそれが過去の契約者であっても……誓って嘘じゃないよ!」
「だから、答えられる範囲であたしが質問に答えるから……」
「今回はセシルちゃん関係は諦めて、欲しいな……」
上目遣いにピリカを見るエティル、その言葉でピリカも折れたようだ。
「幻龍種の事も気になりますけど……今回は我慢するのですよぉ……」
「族長の話と合わせて聞くと、100%嘘って断言できないのも事実ですし……」
(そしてこの子の話が本当なら、これは大きなチャンスですよぉ!!)
その目の輝きが大きくなっていく、最早止められる物はこの場に居ないだろう。
「じゃあじゃあ、一つ目の質問です」
「その伝説の勇者さんに連れ添っていた魔物って何体くらいで、どんな種族だったんですか?」
「共存を訴えていた勇者さんってどんな仲間が居たんですか!?」
「うえ……、えっと、えぇ……」
エティルが困ったようにアルディに視線を送った。ルーンの精霊だったエティルなら、この質問には簡単に答えれる筈なのだが……。
「答えられないって事は無いですよねぇ!?」
ピリカがエティルとの距離を詰める、エティルは依然困った表情のままだ。
「エティル、彼女は『連れ添っていた』仲間を聞いてるんだよ」
「全員の名前を出す必要は無い、旅に同行していた皆の名前だけでいいんだ」
アルディの助け舟、その言葉にエティルも顔を明るくした。
「あ、そっかぁ、すっごく時間かかっちゃうと思ったよぉ」
「全員の名前と種族言ってたら、1時間くらいかかると思うしねぇ」
その言葉にセシル以外、全員が目を丸くした。そんな一同を無視して、エティルが指を折りながら名前を挙げていく。
「えっとぉ、幻龍種のセシルちゃんでしょ?」
「森住亜人種のカムイ君、蛇人種の女王様だったリーデちゃんに~……」
「天水体種のライムちゃん、鬼神種の雪花君!」
「天使のベルちゃん、淫魔族のテイルちゃん」
「獣人種のアグナイト君、分類は妖狐ね」
「それと龍王種のリジャイド君と機人種のピットちゃんで終わりかな?」
「それに僕達四精霊で、旅の同行者は全員じゃないかな」
「同行者以外も出すならキリが無いよ」
当然のように話すアルディとエティル、セシルも懐かしそうに聞いている。しかし、その他全員開いた口が塞がらない。
「今の……全員ルーンの?」
「そだよー?」
「……あの、残り二つの質問を保留してもいいでしょうか」
「どうもあたしの頭じゃ、まだそのレベルの未知は耐え切れないようなのですよぉ」
「このままじゃ頭がパンクして、本当に興奮でシンデシマイマス……」
ピリカは感動の涙で顔を濡らし、そのまま崩れ落ちていった……。
「ピリカーッ!?」
レラの絶叫の中、魁人が息を吐いた。
「今の話が本当なら、とんでもない男だなルーンは……」
「まさに……共存の世界を成そうとした勇者だ……」
数多くの他族と共に世界を巡ったルーン……底知れぬ人物である。本当かどうかを確かめる術は無いが、クロノには分かっていた。
本当の事だと。
(いつか、追いつけるのかな……)
果てしなく遠いその背中、憧れでもあり、理想でもある。だがクロノが夢を叶えると言う事は、その背中を超えなければならない。
ルーンですら、共存の世は成せていないのが現実なのだ。
何があったのか、それは嘗ての仲間でも分からないと言っていた。
多くの他族に信頼されていたであろう男、魔王とすら分かり合った男。
そんな男が、夢を目前にして姿を消した。
仲間達に黙って、唐突に。
何も知らないクロノですら、違和感を感じる話だ。
ここまで考え、クロノは顔を上げた。
「なぁセシル、ルーンが消える前に魔王が死んだって言ってたよな」
「伝わってる通りならルーンが魔王を倒したんだろうけど、お前等の話を聞くとそれは考えにくい」
「それに……魔王が死んだなら今の魔王は誰なんだ?」
クロノの問いかけに、セシルは目を閉じる。
「今の魔王は……500年前の四天王の一人だった奴だ」
「魔王の座を継いだ者は先代魔王の力、記憶を受け取り、次の世を統べる」
「嘗ての四天王・『暗獄のエフィクト』……奴が今の魔王……」
「嘗ての四天王の中で、最もルーンと意気投合した男だ」
そう語るセシルの顔は、どこか泣き出しそうな……いつものセシルが見せることの無い顔だった。
(エフィクト君が……今の魔王……)
(あの日から今まで、エフィクトが魔物側を統べていたってことか)
(ますます分からない、エフィクトがルーンや先代魔王の望んだ世界を壊す筈が無い……)
(どういう、ことなんだ……)
精霊達も各々が何かを呟いている、クロノにはサッパリだが……何かの辻褄が合わないらしい。僅かな沈黙が流れるが、魁人がそれを破る。
「セシル、お前は一体何者だ」
「過去の事はまぁいい、何で500年も昔からお前が生きてるのかも、今はいい」
「だが、現在の魔王の情報はどうやって手に入れた?」
「魔王退治を遂げようとする者ですら知りえぬ、今の魔王の素性をお前は知っているみたいだな」
「過去と今をどうやって繋げた、ただの魔物では不可能の筈だぞ」
退治屋の癖が残っているのか、その口調は少し冷たい。
セシルはそんな魁人に目を向ける。
「そうだな、話す時が来たら話すさ」
「その時はそう遠くない、その時が来たらちゃんと話す」
「今言える事……それは一つだ」
セシルがそこで言葉を区切る、一同が次の言葉に息を飲み……。
「……飯はまだか」
見事にずっこける。
紫苑だけが踏み止まり、何かを思い出したかのように顔が白くなっていく。
「主君お鍋っ! 火付けっぱなしでしたっ!!」
「しまった……話に夢中になりすぎていたか……っ!」
「紫苑走れっ! 肉ジャガを救うんだっ!!」
ジパング出身者×2がジパング料理を救う為に部屋から飛び出していった。さっきまでのシリアスな空気は、夕飯の波に押し流されてしまった。
これを計算していたとしたら、結局セシルに話を逸らされたことになる。セシルはすっかり飯を食うモードに入っていて、精霊達もこれ以上の詮索は無駄だと察し、黙っていた。
クロノが部屋の端に目をやると、レラが自分の荷物から木の実のような物を取り出していた。ここ最近よくレラとピリカが食べている木の実だ、見た目はドングリに近い。エルフの森で、クロノも食べたのを覚えている。
「なぁレラ、お前達それよく食べてるよな、そんなに好きなのか?」
「ん? あぁ……『マナブル』の事か」
「この木の実は世界中に自生してるポピュラーな木の実だけど、エルフにとっては特別な物でな」
「この実は周囲の魔素を吸って、糖分と色が変わる性質がある」
「赤いマナブルは苦く、その周辺は魔素が薄いことを示す」
「青いマナブルは甘く、その周辺は魔素が濃い事を示すんだ」
「そして赤いマナブルを魔素の濃い場所へ持ち運ぶと、魔素を吸って数分で青く染まる」
「逆に青のマナブルを間その薄い場所へ移すと、数分で赤になる」
「この実はその周辺の魔素が濃いのか薄いのかを知る、重要な探知機みたいなもんなんだよ」
「そして、俺達エルフにとっては魔素の回復にも使える」
「マナブルには大きな種が1つあるんだが、それを抜いてしまえば色と溜めた魔素が固定されるんだ」
「このマナブルは俺達の森から種を抜いて持ってきた物、当然魔素が大量に含まれてる」
「この国は魔素が薄くてな、これ無しじゃ回復術の連発は難しかったよ」
つまりクロノの回復にも一役買ってくれていた木の実らしい。また一つ、他族関係の知識が増えた。
「で、この木の実の殻が凄く硬くてな、こうやって突き刺すと…」
そう言いながらマナブルの殻を剥き、先ほどから崩れ落ちたままのピリカに近づけていく。そのまま、太股に突き刺した。
「痛ーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
「飯だ飯、さっさとしろよ」
なるほど、こうなるのか。涙目になりながらピリカが飛び起きた、天然の針のような威力だ。
そうこうしてる内に下から魁人が呼んでいる、夕食が出来たらしい。レラに肩を貸してもらい、クロノ達は一階へと向かう。
良い匂いがしてきた、魁人の作るジパング料理は絶品だった。数々の料理が並べられた光景が目に飛び込んでくる、幸せを感じる瞬間だ。
……テーブルの中央に存在する、暗黒物体さえなければ……。
「魁人、あのどうしても目に入ってくる物体は何だ」
「紫苑の手料理だ、本人曰くスープらしい」
クロノが紫苑に視線を送るが、全力で目を逸らされた。先に断っておくが、今までも紫苑は魁人の料理を手伝っていた。
彼女の料理も魁人ほどでは無いが、中々の物だった筈だ。少なくても、あんな禍々しい物を練成する事は今まで無かった。
紫苑本人すら、どんな顔をすればいいのか困っているらしい。そんな謎の物体を見て、ピリカが顔を輝かせた。
「こ、この始めて見る物体……ピーンと来ましたよぉ……?」
「この刺激臭、目に優しくない色、スープの筈なのに半分固体……普通の料理では無いでしょう……」
「ズバリッ! 鬼人種特有の料理と予想します!」
これは料理と言う枠組みから離れた方が適切な気がする。紫色の煙が『これはやばい』と警告を発していた。
「これは興味をそそられて堪りませんよぉ! お先に一口頂きますっ!」
好奇心や探究心は時として身を滅ぼす物だ、そんな言葉がクロノの頭に浮かんだ。周囲の静止も聞かず、半固体のそれをピリカは口に含んだ。
……口に含み、それを飲み込む。
しばらく固まっていたピリカだが、レラのほうにゆっくりと振り返る。
「レー君……未知って……凄いね……」
「……………………………………ゴファッ……」
綺麗な笑顔を見せながら、ピリカは崩れ落ちた。
「ピリカーーーッ!?」
「毒でも作り上げたのか、貴様は……」
「あわわわわ……」
(何!? 何であんな物が出来たんですかっ!?)
(普通にお醤油入れただけなのに……錬金術!?)
まったく話題に事欠かない、賑やかで何よりである。
「クロノ、現実から目を背けちゃダメだよぉ」
「賑やかと言うよりは、このままじゃ死屍累々になりかねないね」
紫苑作の失敗料理には台所に退場してもらおう、これ以上犠牲者が出る前に。
気を取り直して食事にする一行、そんな中魁人が思い出したように口を開いた。
「そうだ、明日ガルア達とロニアさん達が訪ねてくるぞ」
「同盟を結んでから初だな、マークセージにそれぞれのトップが集う」
「ある意味、記念すべき日になるだろう」
「そっか……何だか嬉しいな」
頑張って良かった、心からそう思う。
「それと、明日はコリエンテ行きの船も出るぞ」
それは随分と急な話だ。
「それを逃すと、次の船は10日後だな」
「最近海が荒れていて、船の運航に支障が出てるらしい」
「急ぎの旅でもないんだろ? まだ体を休めるのも悪くは……」
「いや、明日の船で行くよ」
クロノの言葉に、全員が箸を止めた。
「もう体も動くし、そろそろ出発したい」
「いつまでも世話になってる訳にいかないしさ」
「そんな事は気にしなくてもいいんだぞ?」
魁人の言葉は嬉しいが、思う事もあるのだ。
「早く、残りの精霊達に会いたいんだ」
「エティルやアルディは、ずっと次の契約者を待っててくれた」
「ずっと一人で、待ち続けてた」
「きっとウンディーネもサラマンダーも……一人で待ってる筈だから」
「早く会いに行きたい、俺自身会ってみたいし、こいつらと再会だってさせてやりたいんだ」
本心からの言葉、その言葉にエティルとアルディは笑顔を浮かべた。
「クロノってばぁ~……エティルちゃん嬉しくてウルッとしちゃったよぉ」
「不意打ちだったからビックリだよ、まったく……」
喜んでくれて何よりだ、クロノも笑顔で答える。そして、クロノにはもう一つの思いがあった。
あの満月の夜、自分がガルアと戦う事が出来た奇跡……。
その奇跡を起こしたのは、間違いなくあの青年だろう。
彼は言った、また会えると。その時は、もう少し話せると。
(会いたい……何でかは分からないけど……もう一度、会いたい……)
会わなきゃいけない、そんな気がしていた。その為にも、もう立ち止まっているのは限界だった。
「止めたって行くぞ、次の大陸へ!」
「止めたって無駄、の間違いだろう……」
「止めないさ、頑張れよ?」
「見送りには行くよ、きっとガルアやロニアさんも来ると思う」
「わたし達も行くのですよーっ!」
「うっ……まだ目眩が……」
ピリカはまだ暗黒物体に体を蝕まれているらしい、目の焦点があっていなかった。
少々急だが、旅立ちの目処が立った。次の大陸は水の大陸・コリエンテ、四大陸最大の技術大陸。
目指すはウンディーネとの契約、そしてあの青年との再会だ。
次の冒険が、始まろうとしていた。
あの夜から毎晩、彼女は港に現れていた。何かを見定めるように、決まって魁人の拠点をじっと眺めていた。
その目には映っている、見えるはずの無いクロノの姿が。
「これなら間違いない、お姉ちゃん達にもきっと勝てる……!」
「やっと見つけた、僕の探し物♪」
水色のツインテール、そして下半身の尾びれ。海住種の少女はニッコリと笑い、そのまま水中に姿を消した。
次のクロノの相手は、悪意のある者では無い。だがある意味では強敵だ、そんなことをクロノは知りもしない。
水中深くに広がる世界、次の舞台はすぐそこだ。




