Episode:ロー ② 『過去の理想と、今の自分』
赤く染まった空の下、ローは自分の足元を見つめていた。
その手に握られた愛剣もまた、空と同じ色に染まっていた。
(……何で……こんな……)
理想とは違う、目の前の現実。自分の足元に転がる死体を見つめ、ローは絶望に沈んでいた。
どうしてこんな事になったのか、時は少し遡る。
デフェール大陸に渡ったローが、最初に目指したのは王都・クールラインだ。デフェール大陸に存在する国の中でも3番目に大きな国、その国でローは修行を始めていた。
それなりに大きな国になれば、必ずと言っていいほどに勇者の堪り場が存在する。一人では厳しい依頼などは、そこで仲間を集めて依頼をこなすのだ。
ローはそんな場で勇者の先輩方に稽古をつけて貰っていた。
「だぁっ!!」
ローの横薙ぎを軽くいなし、素手で剣を弾き飛ばす一人の男。剣が弾かれたローは体捌きで押し返そうとするが、男の体術には敵わずに尻餅を付いてしまった。
「うぐっ……今日も俺の負けか……」
「へっ、甘い甘い……」
「……と言いたいところだが、マジで良い動きだったと思うぜ?」
ローより少し年上の男はそう言いながら、ローに手を差し出した。その手を取ってローは立ち上がる。
「シャガルさんには敵わないですよ」
「馬鹿お前……勇者になったばかりのガキにあっさり負けてたまるかっての」
クールラインに来てから、ローは3人の勇者パーティーに世話になっていた。その一人であるシャガル・ストアには毎日のように模擬戦の相手をしてもらっていた。
「シャガルっち必死すぎて笑えるー」
二人の模擬戦を眺めていた、薄紅色の髪をした女性が笑いながら口を開いた。
「新人虐め格好悪いよー?」
「虐めてねぇっつの……つかリビア、テメェ今日もサボりやがったな!?」
「ごめーん、寝てたー」
どこかやる気を感じさせないこの女性はリビア・ラグアイ、かなり熟練された魔法使いである。ちなみにサボったのは、今日の依頼の猫探しの事だ。
「つか猫探しとかつまんなーい」
「そんな理由で依頼すっぽかすんじゃねぇよ! テメェの魔法で一発だろうが!」
「お前は少しローの真面目さを見習え!」
「はーい」
マニュアル通りの棒読みである、まぁ確かに勇者への依頼が猫探しと言うのもどうかと思う。
この二人はローより遥かに強い。勇者としてもかなり長いらしく、学べる事はとても多かった。
そんなパーティーでもやってる依頼はそんなものだ、ローの理想とは遠い。
それでも少しずつ、少しづつ力を付けて行けば…きっといつか報われる筈だと、ローは思っていた。
「お前そんなんだと報酬泥棒って言われても仕方ないんだぞ!?」
「シャガルっちしつこいよー、謝ってるじゃーん」
「謝ってないだろそれ!」
……いつかは報われる筈だ。
二人の言い合いを苦笑いしながら眺めていたロー、その背後から一人の男が現れた。黒衣を纏った冷たい印象を与える男、初対面なら背筋が凍りそうな冷たい威圧感を放っていた。
そんな男は、振り向いたローに対して暖かい笑みを浮かべた。
「やぁロー君、もう随分と慣れたみたいだね?」
「あ、ビシャスさん!」
ビシャス・フェアラート……このパーティーのリーダーであり、ローを誘ってくれた男だ。右も左も分からなかったローに優しく声をかけてくれた、見た目と反して良い人だ。
「何か失礼な事考えなかった?」
「え、そ、そんな事ないですよ……?」
あと恐ろしく勘が良い。冷や汗を流していると、後ろからシャガルが肩に手を回してきた。
「ビシャス! やっぱローは逸材だぜ! 即戦力だ、即戦力!」
「だからリビアは外しちまってもいいだろ! あんなタダ飯喰らいはよぉ!」
「ちょっと酷いー」
「まぁいつもの事じゃないか、勘弁してあげなよ」
「……でも次サボったら、報酬は半分にするからね」
「ビシャスっちの笑顔怖いから、肝に銘じるよー」
「けどリビアちゃん的には、依頼内容に問題があると思うのよねー」
まぁ猫探しにやる気を燃やせと言うのも難しいだろう。勇者として、もっと人の役に立つ事をしたいのはローも同意である。
「なら、今日の依頼には文句は許さないよ」
「サボりは論外だ、今日の依頼は大仕事だからね」
その言葉に二人の目の色が変わった。
「何々ー? 大仕事ってー」
「血が騒ぐねぇ、早く聞かせろ!」
「リゾルギグルとの国境、山脈地帯での盗賊騒ぎは聞いてるだろう」
「どうやらその盗賊共は、他族の集まりだと分かった」
「つい先ほど荷馬車が襲われたらしい、怪我人も出ている」
「放置するには危険と判断したらしく、依頼板に退治するように貼り出された」
「その依頼を受けた、後は分かるな?」
隣国との国境に現れる、盗賊退治……。猫探しとは比べ物にならない、確かに大仕事だ。
しかも相手は他族の集団らしい、ローはクロノの顔を思い出していた。
(……あいつなら、どうするのかな)
そんなローの隣で、シャガルが指を鳴らす。
「面白いじゃねぇか、すぐ出発しようぜ!」
「久々だねーこれ系のお仕事ー」
「テンション上がるわー」
「相変わらず分かりにくいテンションだね」
「まぁいい、出発しよう」
意気揚々と歩き出すシャガル達、少し戸惑っていたローの肩にビシャスが手を置いた。
「初陣で緊張するかもしれないが、頑張って」
「僕達も居るんだ、安心して」
確かに緊張もあるが、初の勇者としての本格的な戦いだ。緊張よりも、興奮の方が強かった。
ビシャスの言葉に、ローは大きく頷いた。シャガル達の後を急いで追いかけるロー、その背後でビシャスが薄く笑っていた。
時間は正午と言った所か、国境近くまで辿り着いたロー達は、作戦会議を始めていた。とは言っても、恐ろしくシンプルな作戦だ。
「過去のデータから見るに、賊はこの近くにアジトを持っている可能性が高い」
「リビアの生体感知でアジトを見つけ、力技で捻じ伏せる」
「異論はあるかな」
「ねぇ」
「なーい」
「無いです」
「じゃあリビア、頼むよ」
「つかもうめっけたー」
「洞窟だねー入り口は魔法で隠されてるからー相手にも魔法使いがいるっぽーい」
「隠し方お粗末だしー、大した使い手じゃないっぽいー」
口調はいつもと変わらないが、その体からは魔力が溢れている。いつもはやる気の無い彼女も、今日は本気らしい。
「見つけたなら話は早いぜ、一気に攻め込んで終わりだな!」
「ロー! ビビッてちびるんじゃねぇぞ!?」
「まさか……そこまでガキじゃないですって」
そんな言い合いをしながらも、リビアの案内で歩を進める。山脈地帯に隠されていたその入り口が、目の前に現れた。
見た目はただの岩の壁だ、だがこれは魔法で出現している幻の壁。リビアが手を翳すと、その壁は霧のように消えてしまった。
「中結構広いよー、生体反応18体ー」
「内一体、私の右斜め下ー」
壁を消し去った後、ずかずかと喋りながら進んでいくリビア。そんな彼女の右から、体勢を低くしながら斬りかかって来る影が一つ。
「種族は獣人種・ワーウルフだねー」
「だるいからよろ」
喋ってる間に、その脚に相手の剣が迫る。間一髪で相手のワーウルフを、シャガルが殴り飛ばした。
アッパー気味に振り切られた拳は、ワーウルフの意識を一撃で削り取る。
「ごっくろーさーん」
「ご苦労さんじゃねぇ! 何でテメェはそうなんだ!!」
「魔力は無限じゃないの知ってるでしょー?」
「シャガルっちなら間に合うって分かってたしさー」
「ならせめて先頭に立つのは止めろ!」
ここは既に戦場なのだが、二人はいつも通りだ。ローの隣でビシャスは頬を指で掻いている。
「まぁあの二人に任せておけば、しばらくは大丈夫だと思うよ」
「ロー君も自分の考えで動いていいからね」
「は、はぁ……」
そう言ってる間にまた2体、シャガルが殴り飛ばした。魔物相手でもその戦闘スタイルは変わらない、彼の拳はまるで鈍器だ。
そしてリビアは未だに、魔法を撃っていない。変わらず先導し、敵を感知するだけだ。
洞窟を進むロー達一行、壁にかけられている松明の明かりだけが頼りだ。
「急に出てこなくなったな、リビア、感知どうなってる」
「残り15体ー、全部一番奥の部屋ー」
「多分罠、どーするー?」
「ビシャス、突っ込んでいいだろ?」
「構わないよ、殲滅しろ」
そうこう言ってる内に、洞窟の一番奥に辿り着いた。複数の他族がニヤニヤと待ち構えている。
「飛んで火にいるなんとやら、……とでも思ってるのかねぇ」
「無知って可哀想だよねー」
「あ、ビシャスっちー、ロー君ー、後ろに一体ねー」
地面が砕け、ビシャスとローの背後に大型の魔物が現れた。上半身は人のそれだが、下半身がタコのようになっている。
多脚亜人種だ、8本の脚全てが剣を構えている。入ってきた道をその巨体で塞がれてしまった。
「……ッ!」
ローが腰から剣を鞘ごと引き抜いた、戦闘はもう避けられない。魔物との戦い、勇者として避けられないのは分かっている。
脳裏にはクロノの顔が浮かぶが、今はそれどころじゃない。背後ではシャガルとリビアが複数の魔物に囲まれていた。
援護は期待できないどころか、早く助けなければいけない。目の前の魔物に剣を構え、向き直る。
「剣一本で俺と戦う気かいっ、この駄アホがああああああっ!」
8本の剣がローに襲い掛かる、それぞれが別々の角度からローに向かって振られた。ローは軽く飛び上がり、剣を鞘から引き抜く。
(……全力でやらないと不味い……集中しろっ!)
前方から来る剣3本を右手の剣で受け、弾き飛ばす。下からの剣2本は相手の足を蹴り飛ばし軌道を変えた。
左手の鞘で地面を突き、自分の体の高度を上げる。左右からの3本の剣をその動作でギリギリ避けた。
相手は空中のローに再度剣を振るうが、ローは空中で体勢を整えそれを受け流す。剣を弾き、蹴りつけ、空中で回転しつつ相手の攻撃を全て防御していた。
(……っ!? 何だこのガキ……ッ!)
8本の剣による猛攻を防ぎ切られ、スキュラの男は動揺を隠せない。
「やっぱ逸材だわ、ありゃあ」
「すごーい」
魔物に囲まれているシャガルとリビアも、それを見て笑みを浮かべる。
「チィ……調子に乗ってんじゃ……!」
動揺から隙が生まれた、それを見逃すローでは無い。空中で体を捻り、相手の胸目掛けて鞘を投げつけた。
矢の如く飛ばされた鞘は、相手の胸に突き刺さる。
「つぅ……!?」
着地と同時に飛び掛り、突き刺さった鞘を思いっきり蹴りで押す。メリッと嫌な音と共に、さらに深く相手に鞘が刺さった。
苦痛で揺らいだ相手の首筋に、ローは剣を振り下ろす。この一撃で、終わりだ。
(俺の夢は、共存の世界を……)
(……ッ!!?)
瞬間、クロノと語り合った記憶が脳裏に蘇る。ローは剣の向きを変え、剣の背で相手の首筋を打った。
強烈な一撃だが、魔物の意識を断つには威力が足りない。着地したローに、怒りを纏った8本の凶刃が襲い掛かる。
「このクソガキがああああああああああああッ!!」
防御が間に合わない、斬られる。そう思ったローだが、相手の剣が見えない何かに弾かれた。
「一つ数えて、戸惑いを」
「あぁっ!?」
ローの戦闘を眺めていたビシャスが何かを唱え始める、見ればスキュアの男は透明な壁に閉じ込められていた。
「何だこりゃあ!?」
「二つ数えて、暗雲を」
暴れるスキュアを無視し、ビシャスは言葉を繋ぐ。
「三つ数えて、苦しみを」
「はっ……? ぐ、ああああああああああっ!?」
スキュアを捕らえた結界の中で何かが光り始め、スキュアの男が苦しみ始める。
「四つ数えて、後悔を」
「待て……! 待ってくれ……っ!! 止めて……」
「五つ数えて、沈黙を」
その言葉を最後に、結界内が赤く染まった。結界が解かれ、物言わぬ肉塊になったスキュアの男が崩れ落ちる。
噂には聞いていた、ビシャスの固有技能・『段階処刑』カウントを増やすごとに、相手にかけた魔法の威力が上がっていく能力だ。
範囲外に出られると効果が切れるので、相手を結界に閉じ込めて使うのが基本戦術になっていた。
「……ロー君、君は何をしてるんだい?」
「魔物相手、しかも実践で情けをかけるなんて……危険すぎるよ?」
歩み寄ってくるビシャス、その言葉にローは反応できない。目の前で倒れているスキュラの男を見て、ローは言葉を発せ無くなっていた。
「ローの奴……大丈夫か?」
囲まれながらもローの方を見ているシャガル、その右手にはエルフの男が掴まれていた。既に動く様子の無いエルフを、シャガルは後方に投げ飛ばす。
「後4体……さっさと片付けるか……」
最早相手の戦意は削がれているが、シャガルには関係無い。その拳が、再び振るわれ始めた。
「んー動いてる生体反応は残り6体ー」
シャガルの背後で指示を出していたリビア、その背後から2体の魔物が飛び掛った。
「内2体、ワーウルフとワーキャットは私の背後」
「これは私がやるよー」
その爪が背後に迫るが、リビアは振り返りもしない。
「麻痺空域」
空間がバチッと音を立てた瞬間、2体の獣人種の動きが止まった。一定範囲に魔法効果を発動させる、上級魔法である空域魔法だ。
麻痺の魔法で動きを封じられた獣人種に、抵抗の術は無かった。
結果、数分もしない内に盗賊達は殲滅された。周囲に倒れる他族達に、ローは言葉が出ない。
「ロー君、君は甘いね」
「前に話していた弟君がその原因かな」
ビシャスがそんなローに言葉をかけた。
「他族との共存を成す為、弟君は旅に出たらしいね」
「それはいいさ、その子の夢を応援するのは君の勝手だ」
「だからって、君自身それで揺れてる現状はどうだ?」
「君はこの場に来て……敵を斬る覚悟も持たずに戦ったのか?」
「一人だったら君は死んでいたんだよ? 折角の才能もそれじゃ無駄だ」
「……お、俺は……」
顔を伏せるローの前に、ビシャスはワーキャットの女を蹴り飛ばした。リビアの麻痺魔法で身動きが取れないのか、無抵抗で地面に転がる。
「な、何を……!」
「殺せ」
冷たい声、立った一言だけローに告げた。
「……何も、殺さなくても……」
「こいつらは人に危害を与えている、前例もある」
「放置は出来ない、迅速な処置が必要だったからこそ僕達が動いたんだ」
「僕達がやらなくても他の勇者がやる、他の勇者がやらなくても退治屋が動くだろう」
「君は言ったね、『弱者を守れる力が欲しい』と『何かを守れる勇者になりたい』と」
「君はその甘さでその子を逃がし、人に憎しみを抱いたその子が誰かを殺めても……」
「君は責任が取れるのかい? それが君の言う強さで、守るって事なのか?」
「優しさと甘さは違うんだ、君は勇者であって、もう子供じゃない」
「分かるだろ?」
誓ったんだ、あの時……。
子供の頃に……誓い合った……。
その理想を目指し……俺は進むって……。
クロノは夢を目指して……歩き出してる……。
俺は……俺の理想は……。
「理想を目指すなら、覚悟を決めろ」
剣を握る手が震える、ローは声にならない声を上げ、剣を振るった。
帰還準備を進めるビシャス達だったが、ローは動けなかった。自分が殺したワーキャットを見下ろしながら、黙っていた。
虚ろな目で、黙っていた。
そんなローを心配したのか、シャガルがローの肩を叩いた。
「……まぁ、何だ……いい気分じゃねぇのは分かるけどよ」
「割り切っとけって、誰かが泣けば誰かが笑う、それが世の中ってもんだ」
「初陣にしては良く動けてたしよ、後は気も持ちようだ」
「……すぐ、慣れるって」
(……それは、慣れて良い物……なのかな……)
自分の手を見る、剣も手も…赤く染まっていた。脳裏に浮かぶのは、幼少の頃の記憶だ。
あの頃思い描いた理想が、今のローを苦しめていた。
初陣から数日、ローはどうしてもあの時の光景が忘れられなかった。感触が残っている、最後に自分を見たワーキャットのあの目が脳裏に焼き付いていた。
街中を目的無く彷徨うローの足取りは重い、そんなローにビシャスが声をかけた。
「ロー君! 良い所で会えた!」
「……ビシャスさん?」
「向こうの店で殺しがあった! 犯人はこの近くを逃走中だ!」
「済まないが手を貸してくれるか!」
大きな国だと、やはり事件も絶えない物らしい。勇者として、見過ごすわけにはいかなかった。
日も落ちてきている、夜になれば逃してしまう可能性も高いだろう。ローはビシャスと並行するように駆け出した。
「町の出口は他の勇者達が塞いでる、まだ犯人は町の中の筈だ」
「シャガルとリビアも犯人を追っている、相手は店の店主を殺した凶器を持ったままだ」
「気をつけて探してくれ、襲い掛かってくる可能性もある!」
そう言うとビシャスは分かれ道をローとは別の方向へ進む。ローもそれに頷き、速度を上げて走り出す。
しばらく街中を探してもそれらしい人物は見当たらない。
(普通に考えて、表通りにはいねぇよな)
(だとすると裏通りか、この辺は迷路みたいになってるからな……)
思考を巡らせていると、不意に叫び声が聞こえた。それと同時、すぐ近くの裏路地から人が吹き飛んできた。
肩から血が出ている、何かで斬られたような傷だ。地面に倒れこんだ男に、続いて路地から飛び出してきた男が飛び掛った。
その手には剣、服には返り血がべったりと付いていた。咄嗟にローは剣を引き抜き、男が振るった剣を受け止めた。
すぐさま男を蹴り飛ばし、距離を取る。倒れている男に一瞬目をやると、身に着けている鎧に勇者の証を確認できた。
どうやら例の殺人犯を見つけ、返り討ちにあった勇者らしい。
(となると……目の前のこいつが……って、うわっ!?)
ローが構え直す前に、男が襲い掛かってきた。その目は、正気じゃない。
「死ねええええええええええっ!! 殺す! 殺すううううううううううっ!!」
むちゃくちゃに剣を振るう男、どう見てもまともでは無い。とにかく暴れる男を抑えなければいけないだろう。
男が突いてきた剣に、ローは左手で腰から抜いた鞘を被せる。そのまま右足で剣を蹴り飛ばした。
剣を弾き飛ばされた男は一瞬呆けたように動きを止めるが、ニヤァと顔を歪めると同時、懐からナイフを取り出した。
そして、ローではなく、道端で固まっていた一般人目掛けて襲い掛かった。
「なっ! おいっ!!」
ローの言葉など届いていない、男は狂ったようにナイフを振りかぶる。このままでは、一般人が殺される。
(……っ!!)
猛スピードで男を追うロー。その思考が暴走し、焼き切れたような異音を発した。
最後に頭に浮かんだのは、旅立ち前のクロノと、拳を合わせた瞬間だった。
現場にビシャスが辿り着いた時、殺人犯はローの足元で死んでいた。背後から斬り付けられ、絶命したようだ。
「ロー君、これは?」
ローは答えない、自分の足元の死体を眺めるだけだ。
殺人犯に襲われた勇者と一般人がビシャスに事情を説明し始めた。
その間、ローは自分が殺した人間を見つめていた。
……自分が、殺した。
「なるほど、ロー君、お手柄だよ」
「君はこの人達の命を救った、勇者として見事な振る舞いだ」
「後の事は国の兵に任せよう、とりあえずその服をなんとかしないとね」
その言葉に、ローは自分の姿を見る。
剣も、手も、その衣服も、返り血で染まっていた。
先ほどの殺人犯と、大差無いほどに。
(勇者として、見事な振る舞いだって……?)
(この姿が……勇者……?)
(この、結果が……っ!?)
一番信じられないのが、人を斬る瞬間だった。自分は……あまりにも抵抗無くその選択をした。
当然のように……剣を振るったのだ。
『……すぐ、慣れるって』
この結果が普通になる、自分はもう戻れない。
この手は、もう染まってしまっていた。
「う、あ……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
絶叫するロー、過去の理想と、今の現実が……ゆっくりとだが確実に、彼を壊していた。
ローは気がつかない、自分を見るビシャスが薄く笑っている事に。
その目が、人のそれでは無いことに……。
(……堕ちろ堕ちろ……もっと深く、もっと暗く……!)
運命は、時に残酷だ。
クロノは光に向かい、ローは闇に堕ちていく。
二人の道が再び交わった時、光もまた、闇に飲まれるだろう。
その時はまだ遠い、だが、必ず訪れる。
そう、決まっている。
……運命は、止められない。




