Episode:魁人&紫苑 ① 『俗世の真理』
このお話はサブストーリー的な感じです。
本編の裏で進んでいくお話の一つです。
このお話を含めて3話連続でそんな感じのお話が続きます。
魁人に留守を任されていた紫苑は悩んでいた。
エルフにもみくちゃにされ、ケンタウロスに暴れられ、自分も拠点の中もめちゃくちゃになっている現実から逃避するように、悩んでいた。
(……主君の為に、私は何が出来るんだろう……)
魁人の為に生きる事を選んだが、それだけではやはりダメだ。
魁人の傍に居たい、その為には魁人の助けにならなければいけない。
迷惑はかけたくない、魁人には笑っていて欲しいのだ。
(……私なんかに優しくしてくれる主君に、恩返しをしたい…」
夢も希望も無い絶望の中を、ただ生きてきた紫苑を救い出してくれた恩人に対し、そう思うのは当然であった。
(そう、これは別に好意を抱いているからとかでは無いです)
(断じて、絶対……いや、でも嫌いなわけないですしどっちかっていえばその……)
見る見る顔が赤く染まっていく。平常心を失った紫苑は、モヤモヤを吐き出すように右手を壁に向かって振るった。
だが壁を殴りつける寸前で正気を取り戻す、せっかく王から与えられた拠点の壁が、このままでは砕け散る。勢いに乗った自分の右手首をギリギリで、左手で掴んで止める。
しかし完全には止め切れず、自分の右手に踊らされバランスを崩してしまう。そのまま盛大に転倒し、仕舞いには整理途中だった本が崩れて紫苑の上に降り注いできた。
「……何してるんだろう……私……」
とりあえず今の自分に出来る恩返しは、間違いなく部屋の片付けだろう。紫苑は崩れた本を拾い上げる。
前の持ち主が置いていった本らしい。拠点は2人で使うには広すぎるくらいで、まだ片付けが完全に済んではいないのだ。
「主君が帰ってくるまでに、終わるかなぁ……」
「全部綺麗にしておいたら、褒めてくれるかな……」
「……あれ? この本……」
拾い上げた一冊の本、タイトルは『大切な人を喜ばせる100の方法』だ。何とも言いがたいタイトルの本だが、紫苑は吸い寄せられるように本を開く。
「あぁまったく……どこまで飛んで行ったんだあの馬鹿は……?」
そんな紫苑の背後、階段からレラが降りてきた。
「きゃああああっ!?」
「いや、これは片付けの途中でして別に主君にあれこれとかそんな気持ちは微塵も無くてっ!?』
「えっ、何事だ!?」
「え、あ、……えうっ……」
完全に挙動不審である、自分で自分が恥ずかしくなり、紫苑は俯いてしまう。それと、先ほどエルフの女性(ピリカ)に襲われたからか、無意識でレラから距離を取る。
「……心配しなくても、あの馬鹿みたいなことはしないって」
「あれはエルフの中でも特別変なのだからな、間違ってもあれをエルフの普通と捉えないでくれよ?」
「は、はい……」
「まぁ、さっきは済まなかったな……」
「あぁなるとブレーキが効かなくて、困ったもんだ……」
そうは言うが、レラは何かとピリカと一緒に居た。ただ同族だからと言うわけでは無いのだろう、特別な物を紫苑は感じ取っていた。
「レラさんは……ピリカさんとどんな関係なんですか?」
「ん? ガキの頃からずっと一緒だっただけだよ」
「ガキの頃からアイツは変わってた、森の外に出たいっていつもいつも言ってたんだ」
「……まぁ色々あってな、ガキの頃の約束なんだが、一緒に居るって言っちまったんだよ」
「何があってもずっと一緒、そして一緒に外を冒険しようってな」
「腐れ縁って奴だよ、放っておけないんだ」
「まぁ30年位前にした約束だけどさ」
その言葉に紫苑は固まる、レラの見た目は17~18くらいだ。
「え、30……?」
「ん……、あぁ……そっか」
「エルフは長寿だからな、俺は40年くらい生きてるけど、人で例えればまだ16歳くらいだぜ」
「ピリカとは2つ違いだから、あいつも人で言えば16~17くらいだな」
「エルフで言えば、俺達はまだガキ扱いさ」
自分より年下かと思っていたのだが、遥か年上だったようだ。やはり魔物に常識は通用しない、世界は確かに未知に溢れているようだ。
「と、とにかく……レラさんはピリカさんが大切なんですね」
「たまに大切から一番遠い単語が似合う存在に変わったりするけどな……」
洒落のつもりで言ったのだろうか、だとしても目が笑っていなかった。紫苑はそれに触れないように、話を逸らす。
「あの、例えばですけど……」
「大切な人を喜ばせようと思ったら、どうしますか?」
「ん~? ピリカを喜ばせようと思ったら?」
「あいつが喜ぶとロクな事にならないし、最近喜びっぱなしだからよく分からん」
「むしろ落ち着かせる方法を知りたいくらいだ、今の俺が一番知りたいのはそれだな」
何か参考になればと思ったが、エルフの悩みを一つ知っただけだった。
「とりあえずあの暴走馬鹿を探してくるよ」
「んじゃまた後でな」
「あ、はい、お気をつけて!」
レラは外に向かって駆け出して行った。それを見送った後、紫苑は先ほどの本を再び開く。
(私もあれですね、エルフを見習って未知なる物を調べてみましょう、そうしましょう)
(別に主君に何かとかそんな事は考えてやしませんよ、参考になればとかそんな事は……)
今度は背後からセントールが降りてきた。
「む、紫苑殿、クロノ殿が……」
「きゃああああああああああああっ!?」
「うわぁ!?」
「何なんですかぁ! もう何なんですかぁ!?」
「別に主君に何かしてあげたいと思ってもいいじゃないですかぁ!!」
「いや、何の話だ!?」
最早自分でも何を言っているのか分かっていない。顔を真っ赤にし、本を抱きしめたまま高速で後ろに下がっていく紫苑。
その背後の壁に衝突するまで、数秒も要らなかった。後頭部を強打した紫苑は、堪らずその場に蹲ってしまう。
「~~~~っ!」
「……へ、平気か?」
「ひゃい……」
痛みで落ち着きを取り戻したのはいいが、今日は空回ってばかりのような気がする。
「は、話を続けさせて貰うが……クロノ殿が再び眠りについた」
「やはり疲れが残っているのだろうな……しばらくはゆっくりさせて欲しい」
「あ、はい……エルフの回復術も定期的に施してもらえるそうなので……それは大丈夫だと思います」
「そうか……良かった……」
「クロノ殿は素晴らしい方だ、きっとあの方の旅は大切な物となるだろう」
「出来る事ならその旅の助けになりたいのだが……同盟云々でロニア様も忙しいからな……」
「ここを離れるわけにはいかない……くぅ、無念だ……」
あの夜からセントールは、クロノに対しての接し方が大きく変わっていた。ケンタウロス族は一度忠義を誓った者は、決して裏切らないと魁人が言っていたのを思い出す。
「あの、セントールさん」
「大切な人を喜ばせようと思ったら、どうしますか?」
「何? そんなもの決まっている、全力で尽くすのみだ!」
「主様の幸せの為ならば、例え紅蓮の業火に焼かれようとも、永久凍土に包まれようとも、この身を捧げるのだっ!!」
「我等が忠義は海より深い! 星まで届くほどに高い! 全てを主様に捧げる覚悟を……』
「あぁ、はい……凄く参考になりました……」
具体的にどうすればいいかは、聞けそうに無かった。
「ごほんっ……とにかく私は一度集落に戻るとする」
「次はロニア様とここを訪ねる事になるだろう、クロノ殿にそう伝えてくれ」
「はい、ちゃんと伝えておきますね」
セントールを見送り、これで心置きなく本が読める。
(いや……二度あることは何とやらです……っ!!)
一応クロノの部屋を確認しに行く紫苑、クロノは静かに眠っていた。クロノの精霊達も、同様に眠っているようだ。
一階に戻り、ゆっくりと深呼吸をしてから紫苑は本を開く。
「もう誰も居ませんし、ちょっとだけ……ちょっとだけなら……」
ページを読み進めるが、どれも魁人が喜んでくれそうも無い情報だ。
「うぅ……主君にはどれも……」
「そうだなぁ、これなんかどうだ?」
「色仕掛けって……そんなの出来る訳ないじゃないですかってきゃああああああああああっ!!?」
いつの間にか背後に立っていたセシルが、本を覗き見ていた。紫苑は驚き、そのまま椅子から転げ落ちてしまう。
「貴様、中々面白い反応をするな」
「なん、な……なっ!?」
「い、いつから……」
「いつから見ていた、と言う質問に答えるのなら、そうだな……」
「貴様が壁を殴りつけようとしていたとこから、だな」
「最初からじゃないですかああああああああああっ!!」
「見ていて退屈しなかったぞ」
恥ずかしさの余り失神しそうになる紫苑だが、気絶している暇は無い。何とか正気を保ち、立ち上がろうとする。
「しかし、どれだけ純情だ貴様」
「愛しの主君の為に出来る事を……なんぞむず痒くて堪らんな」
頭から噴火のように煙が上がるのを感じた。
「ちが、わた、ひにゃ……」
「言語能力を失うほど恥ずかしいのか……」
「まぁ何だ、一つアドバイスするならその本の56ページ、右下を見てみろ」
56ページ、先ほど開いていたページだ。震える手で本を拾い上げ、右下を見る。
『大事な人からお願いされた事、頼まれた事は必ず守ろう! あの人を喜ばせる大チャンス♪』
その文章で、魁人の言葉を思い出す。留守中に幾つか頼まれていた事があった。
その一つに買い物があったはずだ。
「あ……あああああああああああああっ!!」
魁人が戻るのは今日だ、それまでに済ませなければならない。部屋の片付けも終わっていないのだが、優先順位は買出しが上だ。
紫苑は用意していた金と頼まれていた物が書いてある紙を手に、外へ飛び出して行った。
「騒々しいな、まったく……」
「それに気がついていないとはなぁ、呆れた奴だ」
「傍に居るだけで、良いというのに……」
大切な者同士が傍に居る、それだけで幸せなのだ。嘗ての自分達がそうだったように、一緒に居るだけで……満足出来るのだ。
ウルフ族の領地にて、魁人は大体の仕事を終えていた。何体かのケンタウロス族の知識と手を借り、病に苦しんでいたウルフ族への処置を終えることが出来たのだ。
一息ついていた魁人の背後で、ガルア・リカントが難しい顔をしていた。
「どうしたんだ、まだ何か不服か?」
「ふん、そうじゃねぇさ」
「だが同盟ってのは対等の繋がりだ、今俺達は助けられているだけだ」
「これから何をどうすりゃこの恩を返せるのか、同盟として正しいのか、それを考えていただけだ」
「頭領として、俺はもう間違えるわけにはいかねぇからな」
ガルアなりに、同盟に対して真面目に向き合ってくれているらしい。
「……きっと、その気持ちがあれば大丈夫だ」
「ユリウス王も、サテュロス・ロニアも、正しい同盟の形なんて分からない」
「前例も無いしな、……だからこそ、助け合って行くのが大事なんだろう」
「これから色々と荒れるだろうな、特にウルフ族はな」
「あの夜を知るケンタウロス族と、数十体のウルフ族は同盟に異論は無いだろうが、今病で倒れているウルフ族は違う」
「表向きはボスのお前の決定に従うだろうが、内心納得できない者も出るだろう」
「人やケンタウロス族との距離も急激に近くなる、何も起こらずに行くとは考えにくい」
「それをどう収め、どう導くかはお前次第だ」
魁人の言葉にガルアは目を細める。
「ケッ……一度決めたことだ、やってやろうじゃねぇか」
「向き合うってのがどれだけ大事か、あの人間が身を持って教えてくれたしな」
「お前等とも、同胞とも、ちゃんと向き合って決めるさ」
「俺達の在り方って奴をな」
「……やけに吹っ切れた感じだな」
「まぁ何だ……」
「人間にも、やる奴がいるみてぇだしな」
頭をガシガシと掻き毟るガルア、少し気恥ずかしそうだ。根っこは優しいと言うのも、嘘では無いのかもしれない。
きっと同盟は上手くいく、マークセージは良い国になるだろう。
「……俺はそろそろ戻るとするよ」
「近い内にマークセージを訪ねるんだろ? クロノにも顔を見せてやってくれ」
「あぁ、それと気になってたんだが……」
「テメェ、退治屋だな? 匂いで分かる」
流石獣人種だ、こればっかりは誤魔化せないらしい。
「……だったら、やっぱり警戒するか?」
「正直に言えば、な」
「テメェは強い、あのガキとは違うベクトルでな」
「なのに、あのガキみてぇに魔物と接しようとしてるな」
「テメェみてぇな退治屋は始めて見る、何なんだテメェは?」
そうか……クロノみたいに接しようとしてる風に映っているのか。少しづつでも、変わっていけているのか……。
「俺はな、クロノに出会って踏ん切りがついたんだ」
「俺はもう退治屋は辞めた、魔を滅するだけの殺し屋は辞めたんだ」
「多くの魔を殺めた俺が、どうすればそれを償えるのかは分からないけど……」
「考え無しに魔を裁くのは、間違ってると思うから」
「それを正す、新しい役目を俺が作りたいんだ」
「……そうか、まぁ頑張れや」
「俗世なんざ矛盾だらけだ、正しいなんてそいつの価値観で変わっちまう」
「だからこそ、探し続けるんだろ? 本当の『正しさ』ってのを」
「俺もお前も、それだけの事だっつー訳だ」
ガルアはニッと笑う、憑き物が落ちたような笑顔だ。
「クロノと戦って、何を悟ったんだか……」
「それはお互い様なんだろ? お前もあのガキのせいで変わったんだろうが」
「……だな」
そう言って歩き出す、僅かに笑みを浮かべて。本当にクロノは凄い奴だ、アイツは多くを変えて見せた。
きっと、この先もそうなのだろう。
(俺も負けてられないな……)
(俗世の矛盾……矛盾の中の正しさ……)
(よし、決めた)
魁人はマークセージに向かって走り出す、大切な事を決めたからだ。
何とか買い物を終えた紫苑は、市場の外れを歩いていた。既に空は赤く染まっている、急いで拠点に戻り、掃除をしなくてはいけない。
(このままじゃ……褒められるどころか怒られます……)
(喜んで欲しいのに……、怒らせちゃ本末転倒です……)
フラフラと帰路についていた紫苑だが、ある店に目を奪われた。
敷物を敷いて商品が並べられているだけのそれを店と呼んでいいのかは疑問が残るが、紫苑はある商品に釘付けになっていた。
それは、髪飾りだ。
「綺麗……」
「お、そこの美人さん、御目が高いねぇ」
「こいつぁ魔法石を使った贅沢な一品でねぇ、一番の掘り出し物さぁ!」
店の主人がここぞとばかりに話しかけてくる。
確かに綺麗なのだが、紫苑はぐっと引き下がった。お金を勝手に使うわけにもいかない、それにどうせ自分には似合わない。
「あ、いえ……すいませんお邪魔しました……」
「そうかい?、残念だなぁ」
「けどまぁお客さんほどの美人さんなら、男からのプレゼントも腐るほどだろうしねぇ」
「無理強いはしないよ、商売人は引き際が大事だ!」
男が何か語っているが、紫苑の頭の中には入ってこない。既に暴走状態一歩手前だ。
(プレゼント……もし主君からプレゼントなんてされたら……)
(いやいやいやいやいやいやいや無い無い無い無い無い無い……っ!!)
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
顔が赤くなっていくのを感じる、ここで正気を失うわけにはいかない。紫苑は堪らず駆け出した、人気の無い場所を目指して。
店の店主は呆気に取られていたが、それに構える余裕も無かった。
壁の近くまで走ってきた紫苑は息を切らしていた。今日は本当に、失敗してばかりだ。
(……もう、やだ……)
自分で自分が嫌になる、思考はマイナス方向へ傾いて行っていた。
(こんなんじゃ、主君に合わせる顔もないよ……)
(失敗ばかりで空回りしてばかり……こんなんじゃ、いつか嫌われちゃうよ……)
やはり、自分は何をやってもダメなのだろうか。結局、自分は出来損ないなのだろうか。
人でも無い、鬼としても中途半端。そんな自分に価値なんて、本当にあるのだろうか。
子供の頃に両親が言ってくれた言葉すら、今では信じられなくなっていた。こんな自分に優しくしてくれた人にすら、嫌われてしまうのだろうか。
「……っ! そんなの、嫌だ……っ!!」
その言葉に、鬼の血が反応してしまう。ほんの少し力んだだけだというのに、紫苑の右足が地面に亀裂を入れた。
「……え?」
本当にこの鬼の力は、紫苑が必要としていない場面でその力を発揮するようだ。亀裂は見る見る大きくなり、地割れと言っても過言じゃないレベルに達していた。
「……え、ちょ……待ってっ!」
当然待つ筈も無い、地割れはバキバキと音を立て広がっていく。このままじゃ民家に届いてしまう、そうなってはパニックだ。
ついでに紫苑の脳内もパニックを起こしていた。
(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうするの!?)
(民家まで届いちゃったら大変な事に……そうなったら主君に迷惑が……!)
(怒られる! 嫌われる! お傍に居られなくなるっ!!)
(そうだ、地割れを戻せばいいんだ、簡単ですね)
パニックを起こし、暴走した紫苑に冷静な判断が出来るはずも無い。脳内がショートし、思考回路がブラックアウトした紫苑は、白目を向きながら両手を地面に突き刺した。
そのまま力技で地割れの両サイドを引っ張り、無理やり地割れを閉じようとする。普通なら不可能だ、頭がどうにかなったとしか思えない。
だが、紫苑の力はそれを可能とするのだ。
「お願い閉じて~~~~~~っ!!」
自分が出せる最大の力を込める、凄まじい地鳴りが響き渡った。そして、割れ広がろうとしていた地面は、無理やり押さえ込まれてしまった。
「やった……なんとかなった……」
ほっとする紫苑、その背後から嫌な音がした。当然これで終わる筈が無い、無理やり地面を引っ張ったのだ。
当然だが地形が変化した、周りに影響が出て然る可きだ。
紫苑はゆっくりと振り返る。マークセージを囲む壁に、ヒビが入っていた。
壁が建てられていた地面が動いてしまったのだ、壁が割れるのは当然、当然なのだ。ヒビはどんどん大きくなる、紫苑はもう泣き出しそうになっていた。
(あぁ……もうダメみたいですね……)
崩れゆく壁を眺め、紫苑は真っ白になっていた。
結局、壁の一部が崩れ落ちてしまった。沈んでいく夕日が崩れ落ちた部分から見える、もう夜になる時間だ。
ついでに、帰還した魁人も崩れ落ちた部分から見えていた。当然、魁人は固まっている。
誰かが仕組んだようなタイミングである。
「あは、ははははは……」
色々限界を向かえ、紫苑は笑い出す。……もう笑うしかない。
「被告、紫苑……弁明を聞こうか?」
崩れ落ちた壁を背に、魁人が腕を組んで問い質す。その前に、紫苑は泣きながら正座していた。
「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません……」
お経のように謝罪の言葉を連呼する紫苑、もうどうする事も出来ない。
「この忙しい時に何しでかしてんだお前はっ!!」
「と言うか何をどうしたらこうなるんだ!? お前は何と戦ってたんだっ!?」
多分、自分とだ。
「あぅ……ひぅ……」
言い訳出来る状況でも無い、紫苑は泣きじゃくる事しか出来なかった。魁人がそんな紫苑を叱り付けている場面に、野次馬を押し退けてユリウス王が現れた。
「うぉお……何事かと思ったら……また派手にやったなぁおい」
「王……なんて責任を取ればいいか……申し訳ありませ……」
「ん~? いや、別に構わないぜ」
「どうせ壁は取っ払う予定だしな」
王は深く頭を下げる魁人に、頭を上げるように言う。
「同盟も結ばれたし、この国にもうこんな壁は邪魔でしかないからな」
「壁に閉じ篭ってたマークセージとはおさらばだ、開放感を求めないとなぁ」
「まぁこんなに早く壁の一部がぶっ壊れるとは思わなかったけどな、はははっ!」
「やっぱ他族はスケールが違うな、獣人種達にも協力してもらえば結構早く壁を取り払えそうだぜ」
「まぁそんな訳だから気にするなよ?」
「とりあえず……この辺は整備しとかねぇとなぁ、後で人を回すか……」
崩れた壁を見上げながら、王は色々と思案する。そんな王に魁人は申し訳無さそうに声をかけた。
「王……本当にすいません」
「だから気にしなくていいって、マジで」
「いえ、今回の事全てに対してです……」
「今回、俺は殆ど役に立てなかった、クロノが居なければ同盟を結ぶ事も出来なかったでしょう」
「拠点を置く条件は他族問題を解決する事……俺はそれに殆ど協力出来ませんでした……」
「だから……」
「誰のおかげとか、誰がやったとかは関係ねぇよ」
「それに魁人、お前は今も協力してくれてんだろ?」
「十分助かってるし、最初に言ったろ、これはテストだってよ」
「お前が成そうとしてるのが、ただの退治屋じゃねぇのは良く分かった」
「お前がただの退治屋じゃねぇのが分かった、だから十分だ」
「お前の拠点はここ、マークセージだ、お前はこれからだろ?」
「ここを拠点に、お前も成してみろ、この国と共に探して行こうぜ?」
「俺は王として、お前の目指す物を信じる、だから強力した」
「それに報いてくれるのは、これからの事だ」
「つか、あんまり自分を責めんな、クロノだって報われないぞ?」
「バックにお前が居たから無茶できたんだ!とか言いそうだしな、くははっ」
……敵わないな、と魁人は思った。後の事は王が任せろと言うので、魁人は紫苑を連れて拠点に戻ることにした。
「……紫苑、いつまで落ち込んでるんだ」
「王も気にするなって言ってただろ」
「……主君、怒ってますか……?」
「怒ってないよ、いい加減元気出せって」
だが、迷惑をかけたのは事実だ。紫苑は魁人の目を見て話す事が出来ないほど落ち込んでいた。放っておけば影に溶けてしまいそうなほど、その表情は暗い。
(……随分落ち込んでるなぁ……無理も無いけどさ……)
(……ん、あの露店……)
魁人がある物を見つけた。魁人が店に向かって駆け出すが、紫苑はそれに気がつかない。どこか遠くを見るように、その目には生気が無い。
(もうダメです……絶対に嫌われました……)
(多分使い魔契約も破棄ですよね……もうお傍に居る資格も無いです……)
(それで済む訳ないですよね……こうなったら命で償って……)
(あはは……出来損ないの命で償えるレベルじゃないでしょう……私はどれだけ馬鹿なんでしょうか……)
虚ろな目でネガティブ思考に支配されている紫苑。そんな紫苑を魁人が呼んだ。
「主君、短い間でしたが本当にお世話になりました……」
「私は本当に幸せでし……」
違う意味で暴走しかけている紫苑の髪に、魔法石の髪飾りが付けられた。
「……え……?」
「何言ってんだ馬鹿」
「落ち込んだ顔してると、その髪飾りが勿体無いぞ? 笑え」
「これ、何で……」
「……お前が落ち込んだ顔してるのは、何か嫌だ」
「せっかく可愛いんだし、そんな顔は辞めとけ」
「あと前髪短くしろよ、目が見えたほうが絶対にいいぞ」
「どうせ角は見えないようにしてんだしさ」
魁人の言葉が、心に響く。
「お傍に……居てもいいんですか……?」
「何言って……あぁ、そうだな……」
「ちゃんと言ってなかったな、そういえば」
そう言って魁人が向き直る。
「紫苑、突然だがな、俺の退治屋の名前が決まった」
「え?」
薄く笑いながら、魁人が続ける。
「表向きには退治屋だが、正確には是正屋、理不尽や矛盾を正していく」
「『俗世の真理』、それが俺が付けた名前だ」
「んで、ちゃんと言ってなかったから改めるが……」
「俺と一緒に、来てくれるか?」
「使い魔だからって強制はしない、お前を縛りたくは無いからな」
「ただ、お前が自分の意思で協力してくれるなら、俺は嬉しいんだが……うおっ!?」
魁人が言い終わるのを待てなかった、耐えられなかった。紫苑は魁人の胸の中に飛び込んでいた。
「お、おい? 紫苑?」
「うぇ……うわぁあああああああああああああああんっ!」
涙を堪えられる筈が無かった、そんなに強いメンタルを紫苑は持ち合わせていない。大泣きする紫苑に戸惑うが、魁人はきちんと受け止めていた。
「……笑えって言ったろ、ばーか」
「どこ、までも……一緒に居ます……ずっと……ずっと……!』
必死に言葉を紡ぐが、涙が溢れて止まらない。そして、結局言おうとした言葉の半分は声にならなかった。
「主君、髪飾り……一生大事にしますね」
「あぁ……だからって握り締めてないで髪に付けろよ……」
「前髪を切ってから付けますよ♪」
自然と笑顔を浮かべる紫苑、その笑顔に魁人は僅かだが顔を赤くした。それを悟られないよう、魁人は歩みを速める。
「さて、戻ったら飯にするか」
「クロノの奴、起きたのかねぇ」
その後姿を、紫苑は優しい笑みで見つめていた。
(さっきは泣いてて言えなかったです……それと……勇気も足りなかった)
(まだまだ言えないと思うけど……きっといつか、伝えられたらいいな……)
(貴方が……大好きだって……)
この気持ちは、本物だ。
きっといつか、必ず伝えよう。
紫苑は密かに、心に決めたのだった。
「おい、紫苑……窓ガラスが割れてないか?」
「へ?」
その言葉に反応し、顔を上げる。二階のクロノが寝ている部屋の窓ガラスが、確かに割れていた。
紫苑が知るわけないが、セシルがピリカを殴り飛ばした時に窓をぶち抜いたのだ。
「そして、何だこの有様は……」
「俺が出て行く時より散らかってるんだが……」
そして一階部分、その内部は酷い事になっていた。半分はセントールVSピリカのせい、もう半分は紫苑の自爆のせいだ。
「あ、あわわわわ……」
「……紫苑? 話がある……」
想いを伝えられる日は、どうやらまだ遠い日のようだ。
本日二度目の説教が始まった……。




