第四十九話 『選択肢は、たった一つ』
ケンタウロス族の住処を後にしたクロノは現在、マークセージを目指し歩を進めていた。頭の中はロニアが言っていた、ウルフ族が抱えている問題で一杯だ。
(迷いがあった……か)
「考えていてもどうにもなるまい、貴様はまだウルフ族の事を何も知らんだろう」
隣を歩くセシルが声をかけてくる、何を考えているのかはお見通しの様だ。
「まぁ、そうだけど……」
「とりあえず王様に伝える事伝えたら、そのままウルフ族の所までゴーだね!」
エティルが元気良く、頭の上に現れた。
「会話になれば良いがな」
「うっ……不安になるような事言うなよ……」
考えないようにしていた可能性が、セシルによって掘り起こされる。会話どころか、最悪襲われる危険すらあるのだ、最低限の警戒はしておくべきだろう。
(けど、同盟を結ぼうとしてる相手を警戒って……何か嫌だな)
「クロノ、それは甘いぞ」
隣に姿を現したアルディが、真剣な顔つきで言う。
「何かを成そうとしているなら、甘さと優しさを履き違えるな」
「特に、君がしようとしていることは難しい事だ」
「それを遣り遂げようとするなら、嫌な選択も取らなきゃいけない時もある」
「何が正しいのかじゃない、何を正しいとするかだ」
「何を正しいとするか……」
「この世に真に正しい事など、何一つ無いからな」
クロノは深くその言葉を刻み込み、前を見据える。マークセージが見えてきた、まずは今やるべき事を済ませよう。
「とりあえず、王に報告だ」
「友好的な返事を貰えたし、喜んでくれるよな」
「当面の問題がすり替わっただけの気もするがな」
セシルの言葉に苦笑いを浮かべつつ、クロノ一行はマークセージに帰還したのだった。
大門を潜り、クロノ達は王城を目指す。その途中、ふと魁人達の所にも寄るべきかと足を止めた。
「やっぱ魁人達と一緒に行くべきかな?」
「貴様の好きにすると良い」
どうせ王城への道の途中だ、魁人達にも報告しておいた方がいいだろう。そう思い、歩き出そうとしたクロノの背後に、黒い影が降り立った。
「クロノ様、ご無事でしたか」
「うひゃあっ!?」
背後に降り立ったのは紫苑だ、何故か建物の上から飛び降りてきた。
「普通に登場してくれないかな!?」
「すいません……そろそろ戻る頃だろうと主君が申しておりましたので……」
「高所から見張っていたのですが、驚かせてしまったようですね」
それはいいのだが、何故背後に降りてくるのだろうか。
「主君は王城でクロノ様を待っております」
「ですので、このまま真っ直ぐ王城へお進みください」
「あ、そうなのか」
「ありがとう、二度手間にならずに済んだよ」
素直にお礼を言うクロノに、紫苑は微笑む。
「いえ、そんな大層な事はしておりませんから……」
「それに、お仕事のついでですし」
そう言って懐から取り出したのは、数枚の紙だ。
「それは?」
「主君が書いたお札です、これを町の各所に貼り付けるお仕事を任されたんです」
「後347枚残ってるので、私はこれで失礼致しますね」
そう言って紫苑は飛び上がり、建物の屋根の上を走り去って行った。
「……何ていうか、生き生きしてるなぁ」
「良い事ではないか、それよりさっさと行くぞ」
「ウルフ族の住処に行く前に、日が暮れるのは避けたいからな」
「奴等は満月の夜が最も活性化するが、満月以外の月でもそれなりの力を発揮する」
「凶暴化した獣の住処など、御免だからな」
ただでさえ難しいだろうウルフ族との対話の難易度を、さらに上げるのはこちらも御免である。クロノは足早に王城へ向かうのだった。
城でクロノの帰りを待っていた王と魁人は、クロノの姿を見て安堵した様に笑顔を浮かべた。
「クロノ! 無事だったか!」
「ふぅ、とりあえず安心したぜ……」
「2人共大袈裟だなぁ、ケンタウロス族は友好的って言ってただろ?」
あはは、と軽く笑うクロノにユリウス王も『それもそうか?』と笑う。だが、魁人は複雑そうな顔をしていた。
「魁人?」
「あ、いや……」
「綺麗事を並べても、退治屋としての癖が抜けていないようだな」
「他族にはどうしても、最低限以上の警戒を持っている、そんな貴様にクロノの言い分は理解できんか」
魁人は今まで何度も他族と戦い、その命を奪ってきた。その逆に殺されかけた事もあっただろう。考え無しの虐殺に疑問を抱き、在り方を変えようと決意した今も、その頃の癖は抜けていないらしい。
「セシル、言い方を考えろよ!」
「クロノ、構わない、セシルの言う通りだ」
「これは俺の問題だ、向き合うと決めたのも俺だ」
「俺はどうすればいいのかまだ分からない、それを探す為に進むと決めたんだ」
「だから、大丈夫だ」
魁人の目指す場所はまだ見えないが、魁人は一歩を踏み出している。魁人にとっても、この同盟の話は大事な一歩なのだ。
魁人はきっと、紫苑と進み続けるだろう、クロノはそう確信していた。だから、心配なんてしていなかった。
「まぁ魁人の新しい退治屋、いや、退治屋じゃねぇのか」
「……ややこしいな、名前決まってないのか?」
「すいませんが、まだ決まってないです」
「あーじゃあ、退治屋もどきはまだ方向性も決まってないしな」
「他族と同盟を結んだ国、マークセージの新しい看板となる事を王としても願ってるぜ」
「ってことでだ、とにかく同盟の件を片付けないとお話にならねぇってことだ」
「クロノ、どうだったか聞かせてくれるか?」
ケンタウロス族の長、サテュロス・ロニアとの会話の内容を、クロノは出来るだけ詳しく2人に伝える。最初のほうは2人の顔は明るいものだったが、途中から難しい顔になってしまっていた。
「ウルフ族の抱えている問題ねぇ……、簡単に教えてくれるなら苦労しねぇよなぁ」
「つか仮にその問題が何か分かってもだ、こっちがどうにか出来る問題とは限らない」
「勿論、ウルフ族が素直に差し出した手を取るとも限らない」
「考えれば考えるほど、頭を抱えたくなりやがるぜ」
「なんつーか、もっとシンプルに来て欲しいんだがなぁ……」
ユリウス王は言葉通り頭を抱え、心底面倒くさそうに語る。
「ウルフ族の問題か……それを聞き出すだけでも難儀だろうな」
「下手に踏み込もうとすれば、奴等は簡単にその牙を向けてくる」
「……情けない話だが、俺には良い案が浮かばない」
「自分で嫌気がするが、暴力的な解決法しか浮かばないんだ」
魁人の言う暴力的な解決法とは、ウルフ族を力で沈静する事だろう。そうすれば、ケンタウロス族との同盟の話は通る。だが、それでは意味が無いのだ。ロニアとも約束した、両方と同盟を結ぶのだ。
それ以外に、クロノの目指す道は無い。
「うん、やっぱ難しく考えるのは向いてないや」
「とにかく俺、ウルフ族に会ってきます」
その場の重い空気を吹き飛ばすように、出来るだけ軽い感じで言い放つ。
「クロノ、今回は本当に危険なん……」
「それでも行く」
魁人の言葉を遮る様に、その場の流れを変える様に、はっきりと告げる。
「何が何でも行く、両方の獣人種と同盟を結ぶ」
「それ以外の選択は無い、ですよね、王様」
「……」
ユリウス王は黙って、クロノの目を見つめていた。
(……この男)
(どんだけ真っ直ぐな視線向けてくんだか……参ったな……)
(……どうにも、期待しちまうぜ)
そして、僅かに笑い、口を開く。
「あぁ、それ以外の選択はねぇ、妥協もしねぇ」
「どの種族も不幸にはさせねぇ、手を取り合って最高の結末にする」
「だったら、俺は行きます」
「行かなきゃ、始まりませんから」
「……っ!」
クロノの言葉に、王と魁人は悔しそうに拳を握り締める。自らの立場が煩わしい、何も出来ないのが恨めしい。
『俺も一緒に行く』、そんな簡単な言葉さえ、口に出せないのだ。
「魁人、ウルフ族の住処はここから西だったな」
「……あぁ、砂漠よりに彼らの住処はある」
「よし、行ってくる!」
「セシル、行くぞ!」
そう言うと、クロノは謁見の間から飛び出すように走り出して行った。そんなクロノの後を追うように、セシルはゆっくりと歩き出す。
「……あの馬鹿タレが心配か?」
背を向けたまま、己の無力さに苛立ちを隠せない人間2人にセシルは声をかけた。
「今、貴様等に出来る事は何も無い」
「無力を嘆く暇があるなら、来るべき時に備えておけ」
「王、貴様は人の代表者だ、最後の大仕事は貴様の出番だぞ」
「その時に腑抜けた振る舞いをしてみろ、クロノの頑張りを無に帰す真似をしてみろ」
「私が貴様を消すぞ」
背を向けたままだが、セシルの気迫はその場の空気を凍りつかせるに十分なものだった。
「退治屋もどき、貴様もだ」
「貴様の出番は必ず来る、肝心な時に使えないゴミになるんじゃないぞ」
それだけ言うと、セシルはクロノの後を追っていった。残されたユリウス王と魁人はしばらくの間、沈黙していた。
「……くはっ」
「くはははははははははははっ!!!」
そして、唐突にユリウス王が笑い出す。
「王……?」
「んだよ……面白い奴等だなぁおい!」
「いいぜ、すげぇ信じたくなってきやがった」
「こっちも信じてる分、めちゃくちゃ応えてやらないとだめじゃねぇか」
「魁人、クロノがどんな結果を残しても、最後には必ず俺達が纏めるぞ」
「俺は、あいつの目を信じたい」
「期待せずにはいられねぇわ、今時いねぇぞ、あんな真っ直ぐな馬鹿は」
心底楽しそうに、心底嬉しそうに、王は笑っていた。やはりクロノは不思議な奴だ、あいつの言葉は不思議と信じてみたくなる。
そして、セシルの言葉……。あの女は普通じゃない、あの女が言ったのだ、自分の出番は必ず来ると。
(だったら、その時に全力を尽くす……)
(どんな場面だろうと……俺の出来る事をする……!)
そう強く誓い、先ほどとは違い、決意の意味合いで魁人は拳を握り締めるのだった。




