第五十話 『黒狼のガルア・リカント』
「セシルちゃんは素直じゃないなぁ、そんなとこ好きだけど♪」
頭の上でエティルがニヤニヤしているが、その理由はクロノには分からない。城を勢い良く飛び出たクロノは、西門を目指して全速力で走っていた。
セシルはどうせ、いつも通りすぐ追いつくだろう。今のクロノにじっとしているのは、不可能というものだ。
(当たって砕けろ精神で行くぞ!)
(砕けるフラグだね?)
アルディが心の声に返答する、このやり取りもいい加減慣れた。
(とりあえず一回会ってみないとどうとも言えないしさ、まずは行って見てからだ)
(前向きで良いと思うよ、だけど油断はしないようにね)
ケンタウロス族とは比べ物にならない危険度だろう、少しのミスが命取りになりかねない。多少の緊張が無いと言えば嘘になる、クロノだって怖くない訳じゃないのだ。
そんな事を考えながら全力疾走していたクロノは、角から出てきた人物にぶつかりそうになってしまう。寸前で気がつくが、勢いを止められない。
「わっ!? すいませ……!」
「うわっとっと!!」
その人影は空中に跳ね上がり、勢い良く回転しながらクロノの背後に着地した。
「ふぅ……間一髪セーフだった……」
「ありゃ? クロノ君じゃない?」
その人物は、カルディナだった。
「あ、カルディナさん!」
「おーおー少年、元気が良いのは良い事だけど前方不注意だよ?」
「もうちょっとで衝突事故です、気をつけなさい」
「すいません……」
全面的にこちらが悪い為、素直に謝った。
「ん、素直で宜しい♪」
「んで、そんなに急いでどこへ向かうか若者よ」
ニッと笑い、腰に手を当ててこちらに向き直るカルディナ。クロノは言うべきか一瞬悩むが、隠すような事でも無いだろう。
「これからウルフ族のとこまでちょっと……」
「いやいや、ちょっとって軽いね!?」
「てか……え? ウルフ族!?」
「クロノ君、本当に王様の同盟なんちゃらに協力中?」
はぁ~っと感心しているカルディナ、やはり変わり者として見られているのだろう。
「思い立ったが吉日って奴だねぇ、行動が早いわぁ」
「どう? 上手くいってる?」
それでもカルディナは、単純な興味からか話を繋げてきた。クロノの長年の経験上、『普通の感性』なら他族と関わっている者に、その話を追求する様な事はしない。
大抵、関わり合いたく無いからだろう、その話を聞かなかった事にするのだ。
(でも、この人は……)
「あれ、もしかして極秘的な感じ? 話せない事だった?」
黙っているクロノを見て、カルディナは気まずそうな顔になってしまう。クロノは慌てて両手を振って否定する。
「違います! ちょっと驚いちゃって……」
「えっと、何から話せばいいか……」
別に話してはいけない事ではないだろう、クロノは大まかだがこれまでの話をカルディナに伝えた。
「へぇ~……ケンタウロス族とそんな話をねぇ……」
一連の話を聞き終えたカルディナは、驚いたような感心したような顔をしていた。
「凄いねクロノ君! 本当に他族と意思の疎通取ったんだ!」
「あれ、これってマジに同盟いける流れなの?」
「完全にウルフ族次第なんですけどね」
「まずは会ってみない事には……」
「いつまで喋ってるんだ馬鹿タレ、日が暮れる前にと言ったろうが」
クロノの言葉を両断したのは、毎度毎度一瞬で背後に立っているセシルだ。
「だからいきなり後ろに現れるなっ! 心臓に悪い!」
「簡単に背後を取られる、貴様が悪いのだ」
「それよりも、いい加減行かないと本当に日が暮れるぞ」
確かにそろそろ本当にまずい、夜にウルフ族の住処を訪ねるのは遠慮したいところだ。
「あっと……カルディナさん、もう行かないと……」
後ろ髪を引かれる思いで歩き出すクロノを、カルディナは黙って見つめていた。そして、一瞬間を置いて、意を決したかのように口を開く。
「…………あ、あたしも、一緒に行っちゃダメかな~なんて……」
「……へ?」
思いもしなかった申し出に、一瞬クロノは固まってしまう。
「あ、いや……ダメならいいんだけどさ、なんていうかその……ちょっと興味が……」
「貴様は勇者だ、奴等に警戒される」
そんなカルディナを、セシルはばっさりと切り捨てる。
「あ……そだよね……あははっごめんごめん、変な事言っちゃってさ!」
「けど、カルディナさんの勇者番号は【機翔靴】に刻まれてるし、ぱっと見分からないんじゃ?」
クロノの言葉に、セシルが視線を向けてくる。
「それでも、リスクを上げる事に変わりは無いぞ」
そんなセシルを真っ直ぐ見て、クロノは言い返す。
「セシル、俺はガキの頃から共存を訴えてきて、その度否定されてきた」
「だからなんとなく、『不自然』な考え方の奴は分かるんだ」
「カルディナさんは『不自然』な感じがしない、魁人と同じ感じなんだ」
「俺は、それを大事にしたい」
「……ふむ」
クロノの言葉を真面目に聞き、カルディナに視線を移すセシル。
(まだ迷いがあるようだが、……そうだな)
(クロノの感じた物を、信じてみるか)
(そちらの方が、面白そうだ)
「そこの女勇者」
「は、はい!?」
「……踏み出せば、後戻りも困難になるのだぞ」
「いいんだな?」
クロノには何の事だか良く分からないが、セシルが真面目に話してる事は分かった。その言葉にカルディナは一瞬躊躇う様な表情をするが、ゆっくりと頷いて答える。
「そうか……」
「なら好きにするといい」
「カルディナさんが良ければ、是非同行してください」
「勇者番号は見られないように、隠してくれると助かりますが……」
勇者とばれたら意味が無いのだ、カルディナは特殊な魔法が込められた紙を貼り付け、【機翔靴】の勇者番号を隠す。
「こんな感じでいいかな」
「大丈夫じゃないですかね?」
「よし、じゃあ……」
「出発~~~っ!!」
……台詞をエティルに奪われた。
カルディナが同行するというサプライズを経て、クロノ達は西門を抜ける。精霊を含めて5人の一行は、ウルフ族の領地を目指して進み始めるのだった。
「わぁ~……シルフだぁ……始めてみた……可愛い~!」
「えへへ~♪」
その道中だが、カルディナはエティルに夢中だ。さっきからフワフワ漂うエティルを指でフニフニしている。
「まぁ俺は頭が軽くていいけどさ」
「のんきなものだ、他族の領地を目指していると分かってるのか?」
セシルの言葉に『ぐっ…』っと体を固まらせるカルディナ。
「まぁいいんじゃないか? 過度な緊張は体に毒だよ」
「そうそう、もっとエティルちゃんを愛でていいんだよぉ~」
「クロノ君の精霊良い子ばっかりだね!」
仲間を褒められて悪い気はしないのだが、カルディナにぬいぐるみの様に抱かれているエティルはどうかと思う。
「そういえば気になってたんだけど、クロノ君とセシルちゃんの関係ってどんなの?」
「彼氏彼女の間柄とか?」
「絶対に違う」
「ないな」
両者即答である。
「私はこの馬鹿の旅の果てに興味があってな、同行してるだけだ」
「俺は同行されてるだけ」
「ク、クールな関係だね……」
「ってあいたたたっ!」
何事かと後ろを振り返ると、エティルが風に靡いていたカルディナのポニーテールを伝っていた。
「登山完了!」
そのままよじ登り、カルディナの頭の上にちょこんと座り込む。
「エティルちゃん……飛べるなら髪引っ張らないでよぉ~……」
「てへっ つい♪」
「ん~、座り心地は良くないなぁ……」
そう言ってフワッと浮き上がり、クロノの頭の上に着地する。
「やっぱり、契約者の頭の上が一番だね♪」
「髪引っ張っといてそれですかぁ!?」
「結局こうなるのか……」
もはや慣れてしまった僅かな重みを頭に感じながら、クロノは項垂れる。
「落ちるー!」
「あぁ、ごめんごめん」
「あぁ、何この癒される生き物……」
後方を歩く3人が馬鹿騒ぎしているのを、セシルが冷めた目で見つめていた。
「馬鹿が増えるとやかましいな……」
「けど、懐かしいんじゃないか?」
「……髪で遊ぶとはね、エティルもティアラを思い出してるのさ」
昔よく、ティアラの髪にじゃれては水攻めを喰らっていたのを思い出す。
「……ふん、あいつとの再会はまだ先だぞ」
「だけど、思い出しちゃうのさ」
「僕達が再び束ねられている、500年無かった事なんだ」
「再会を楽しみに思うのは、仕方ないさ」
残りの精霊は2体、セシルも再会が楽しみじゃないはずがない。だが、今は当面の問題を解決するのが先だ。
「私は戦わん、いざとなったらアルディ、貴様が導け」
「……それにも理由があるのかい?」
「……さぁな」
後方の馬鹿騒ぎとは対照的に、静かに、2人の思考が交差していた。探りを入れていたアルディが根負けし、ふぅっと息を吐く。
「辞めた、仲間を疑うというのは気分が悪いよ」
「貴様、私を疑っていたのか?」
「いつか話してくれるんだろ?」
「君がルーンを裏切るはず無い、だから信じてるさ」
「貴様、私を信じていいのか?」
「どっちがいいのさ」
「さぁな」
「……怒るよ?」
一瞬沈黙が流れ、同時に笑い出す、何だかんだ言っても数百年前の仲間だ、こちらも深い絆があるのだろう。
そんな雑談をしていると、あっという間に時間は過ぎていく。そして、ついに見えてきてしまった。
「乾燥地帯のせいか、障害物も無くて普通に見えてきたな」
地平線に幾つかの建造物が映る。岩で出来た簡単な家の様な物が、複数纏まっていた。太陽は傾き始めているが、まだ月が出るような時間では無い。
「あれが、ウルフ族の領地……」
心臓の鼓動が早まっていくのを感じる、何から話す? どう接するのが正解だ?
思考が早くも暴走を始めていた。踏み出す足が、情けないが僅かに震えてきているのが自分でも分かる。
「うはぁ~……他族の領地に足を踏み出す事になるとはなぁ……」
(ほんと、思いもしなかったよ……)
(あたし、何でここにいるんだっけ……)
未だに『答え』が出ない事に悩みつつ、カルディナも声に緊張が感じられた。
「会ってみないと始まらない、だろう?」
「あぁ、分かってるよ」
いつまでもここで止まってる訳にいかない、クロノは再び歩き始め……。
「止まれ、糞虫が」
歩き始めようと踏み出した足が地面に触れる前に、正面に一体の獣人種が現れた。
「!?」
咄嗟の事で理解が間に合わない、クロノの体は条件反射で後方に飛び退いていた。目の前に現れた獣人種は、四肢が毛で覆われていた、犬耳に尻尾、間違いなくワーウルフだろう。
犬族、猫族、狐族、兎族といった一部の獣人種は、肉体に個体差が出やすい。噛み砕いて言えば、人と動物の割合が個体によってバラバラなのだ。
獣よりな固体も居れば、人よりの固体も居る、といった具合にだ。目の前の獣人種の男は尻尾や耳を除けば人に近い姿をしていた。
「誰の許可を貰ってここまで踏み込んできやがった、肉塊にでもなりてぇのか?」
「ここは俺達ウルフ族の縄張りだ、人間の来るところじゃねぇ」
「失せるか、死ぬか、選ばせてやるよ」
ケンタウロス族とは違い、分かりやすいほど敵意を向けてくる。
「……マークセージから来た、クロノ・シェバルツだ」
「同盟の件で、ウルフ族の長に話がある」
その敵意に真っ向から向き合う、ここで引いたら男としても負けなのだ。
「同盟……? くだらねぇ、人の王はまだそんな事言ってんのか」
「雑魚と組む利点がねぇ、以上だ……んなくだらねぇ話を頭領が聞くとでも思ってるのか?」
「くだらない話かどうかは、その頭領に判断してもらう」
「通してくれ」
引き際は大事だが、まだ押してみる。
「おいこら糞虫、まだ八つ裂きにされてねぇ事を幸運に思ってさっさと引き返せ」
「こっちはテメェ見たいなのに構ってる暇がねぇんだよ」
ここだ……噛み付く隙を見せた。ケンタウロス族から受け取った、情報という名の剣を抜く。
「あぁ、何か悩んでるんだってな、あんた等」
「何?」
「俺達人間を雑魚と言ってる割に、自分達のお悩みで手一杯って事だろ?」
「自称・強者とか一番笑えるんだけど」
加減が大事だが、出来る限り深く差し込む。
「…………おいこら、マジで死にたいのかテメェ」
「そんなわんちゃんに一つ教えてやる、強い奴ってのは器量もでかいもんだ」
「自分達の事で精一杯、周りを見る余裕が無いお前が、偉そうだなおい」
少し深く刺しすぎた、キレた凶犬がクロノに飛び掛ってくる。保険としてアルディとリンクはしているが、受け止めきれるか……。
そう思っていたのだが、その爪がクロノに届く前に、飛び掛った獣人種が横に殴り飛ばされた。
漆黒の毛を生やした獣人種が横から現れ、容赦なく同胞を殴り飛ばしたのだ。その速度を、クロノは追えなかった。
「……安い挑発に乗りやがって、恥晒しが」
「見張りを若い奴にやらせたのが失敗だな、たっく……」
直感で分かった、こいつが頭領だ。身に纏う物が違う、正直言って目の前にいるだけでかなり怖い。
「……で、人のガキ、面白い事抜かしてやがったな?」
漆黒の体毛が目を引く、がたいの良い獣人種がこちらに向き直る。左目に黒い眼帯をしている、二メートルを優に越える男の獣人種だ。両手両足の爪が、凶暴性をこれでもかと言うほどアピールしている。尻尾も太く、愛らしさを微塵も感じさせない。
「あれ、聞いてましたか?」
「ウルフ族の聴覚を舐めすぎだ、筒抜けだぜ」
「まぁつっても、見え見えの挑発だったがな」
「人にしちゃ良い度胸だな、そこの馬鹿の無礼は俺に免じて許してくれや」
口調は割と緩やかなのだが、言葉の芯にある凶暴性は隠せていない。今はまだ知性が表に出ているが、そのすぐ裏は計り知れない怖さを秘めていた。
「気にしてないですよ、それより、話し合いを望みます」
「話し合いになればいいなぁ?」
そう言って笑う獣人種の男は、首をゴキゴキと鳴らし近づいてくる。
「まぁ改めて名乗っておくか、ウルフ族の頭領ガルア・リカントだ」
「以後があれば、宜しくな」
凄まじい圧迫感、立っているだけで凄いプレッシャーを与えてくる。目の前の他族は、今まで出会った他族の中で飛び抜けている。
クロノですら、それを容易に感じ取る事が出来た。以前、エルフの森でセシルがレラを気迫だけで止めた事があったが、あの時と近いものを感じる。
チラッと背後に目をやると、セシルの表情が真剣な物になっていた。隣のカルディナは石造の様に固まっている。
(クロノ、目を離すな)
(クロノ、前見て……)
精霊二体も、声がマジだ。
(やばいな、マジでやばい)
(これは、ミスったら本当に死ぬ)
目の前の獣人種には、微塵も勝てる気がしない。あくまで話し合いで済ませなければ、大変な事になると察する。
「んじゃ、『話し合い』を始めようぜ?」
ニヤニヤとしているが、その目は笑っていない。
緊迫したこの状態で、命がけの話し合いが始まった。




