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短めですが。
来るまで運ばれた時間は、正直よく分からない。数十分だったような気もするし、数時間だったかもしれない。高い位置にある窓は暗く見えるが、外が暗いのか黒い板が張られているのか判別がつかなかった。
「じいちゃんとばあちゃん、心配してるかな……」
威勢よくついてきた割りに、幸の呟きは心細げだ。亜紀はというと、祖父母のことをさっぱり考えていなかったので、幸の発言をちょっと意外に思った。家にいる人のことを考えている場合ではなかろうに。
心配はかけただろうね、とどこか無責任な返事をしつつ、亜紀はどうにか手錠を抜けないか試してみた。しかし、亜紀の細い手首をもしっかりと固定したそれは抜けそうにない。
(やっぱり、子供を拐う目的で用意したんだ)
本当に幸が予想した通りになってしまった。しかも幼い従弟を巻き込んで。幸はある意味望んでついてきたのだが、自業自得だと言えるほど亜紀の神経は太くない。
逃げ出さなくては、と亜紀は歯を食いしばった。ずぶ濡れの子供にタオルも渡さず監禁するのだから、明るい未来は想像しにくい。亜紀はともかく、幸は体が丈夫ではないのだ。現にくしゃみをしている。
「ねえ亜紀」
そのくしゃみを誤魔化したつもりか、幸は亜紀の名前を呼んだ。どの道この部屋には二人きりなので、呼ぶだけ無駄というものだ。
「どうした、幸」
呼び返す間に幸は座った姿勢でずるずると亜紀の隣までやってきた。
「亜紀って、スマホ持ってたよね」
そう言いながら、後ろで縛られた手の先をぴこぴこ動かす。渡せと言いたいらしい。しかし、
「取り上げられたよ」
誘拐犯御一行はそこまで甘くはなかった。仮に亜紀のポケットにスマートフォンが残っていたとしても、防水性のないそれが動いたかは甚だ怪しい。
激しい雨音が聞こえる。風も強いようだ。
そう言えば今年は台風が多いなと、亜紀はなんとなしに思った。まだ梅雨明けにも早い時期だというのに、いくつもの台風が本州を直撃している。特に、亜紀の住む地域は神のごとき存在に祟られているのではないかと疑いたくなるような命中率で、県境の一級河川の堤防が明治時代の大規模な治水以降初めて決壊するのではなどと噂されている。ちなみに自治体のハザードマップによると、この川が氾濫した場合、亜紀の家は二階までしっかり沈むらしい。幸の家は一階までですむかもしれない微妙な位置にある。
従弟がまたくしゃみをしたので、気分だけでも盛り上げていこうと亜紀は口を開いた。
「幸を無事に帰さなかったら、あたしは昌叔父さんと美鈴叔母さんに顔向けできないや」
軽口のように言うと、幸の返事はなぜか冷たかった。
「大丈夫だよ」
「ん? そりゃ、上手いこと逃げ出すつもりではあるけど」
「だって、パパとママは僕のこと――」
折しも雷鳴が響き、幸の小さな声に重なった。それきり幸はそっぽを向いて黙ってしまう。
実のところ、耳の良い亜紀はその台詞を最後まで聞き取れたのだが、あまりに予想外の内容だったため、会話を続けることができなかった。
『だって、パパとママは僕のこと、いらないんだ』
(……なぜそう思った)
子供って分かんない。亜紀は自分の年齢を棚に上げて、内心で嘆息した。




