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踊る電柱  作者:
荒神の
19/21

 週に一人ずつ村の子供が誘拐されている現在、亜紀と幸の親たちは一人も村にいない。揃いも揃ってどうしようもない理由で子供を家に残しているので、従姉弟はかれこれ二カ月ほど、幸の家で同居している。もっとも、元より幸の家には祖父母がいるので、子供二人きりというわけではないのだが。

 食料の件では勝ち目のなくなった幸が、話を逸らす。

「誘拐と言えば、思いだしたことがあるんだ」

「ほう」

「今までに誘拐された子供を分析したんだ」

 天才少年は参考書の適当なページに挟んでいた紙切れを取り出して、片付いた食卓の中心に置いた。


 小林裕子 女 小四 北

 三浦優斗 男 小一 北

 早川達也 男 中二 南

 河野小百合 女 小五 北


「うわ、よく調べたね」

 下手な字で名前、性別、学年、学区が並べられたメモだ。

 亜紀の褒め言葉には「テレビで」と簡潔に応じ、幸は分析結果を述べ出した。

「四人の共通点は、ぱっと見、この村で生まれ育ったことだけだ。年齢はバラバラ、男女のどっちもいて、北小も南小もいる」

「それは流石に、見れば分かる」

 あたしを馬鹿にするにも程があるだろう。そんな苦言を続ける前に、幸は参考書から三枚の写真を取り出した。

「これが小林裕子で、こっちが三浦優斗。河野小百合はこれ。北小から持ってきた」

 三枚ともクラス写真の一部だった。

 幸は学校に忘れ物を取りに行くついでに、各教室に張られた写真を自前のカメラで撮影してきたらしい。数学以外にはあまり興味を示さない幸が、珍しい行動力を発揮している。

「で、これが?」

「まだ気付かない?」

 そんなことを言われても、謎は深まるばかりだ。

 そもそも村の小学校は南北を問わず少子化と過疎化の風をもろに受けており、幸は三人の顔を知っている。残る早川達也は亜紀が知っているので、態々写真を持ってくる必要などない。

 亜紀が降参すると、幸はニンジンが給食に出た時くらい嫌そうな顔をして、

「三人とも、かわいいか、かっこいいかだ」

と解いた。

「……あー、なるほど。そういえば早川もモテるって噂だ」

 じゃあ誘拐犯は美形の子供に悪戯する変態なのか、と言うのは従弟の情緒教育のために我慢し、亜紀は自分の想像の気持ち悪さで鳥肌が立った腕を撫でつけるに留めた。いくら勉強ができても、中一と対等な口を利けても、幸は九歳なのだ。

(ロリコンか、ショタコンか、それが問題だ)

 最近友達に借りた本と有名文学を引っかけて阿呆なことを考えた亜紀だったが、幸の言いたいことはまだあったらしい。先ほどよりも更に嫌そうな、ピーマンが夕食に出た時の顔で、

「だから亜紀、外出は控えて」

と言った。

 *

 そんな会話の翌週、遠くの電柱がくねくねする時間帯に事件は起こった。

人気のない夜道は、街灯どころか電柱も遠い。だがここを通らなければ家に帰れない。

「だから控えろって言ったのに!」

 瓶詰めの醤油が入れられたビニール袋を抱え直し、幸は涙目で訴えた。

「うるさい! 黙って走れ!」

 強風で不燃ごみと化した傘を冠水した道路に叩き付け、亜紀は幸の背中を乱暴に押した。

「走るってどこに!?」

 近所の酒屋に醤油を買いに行く、ほんの短い道での出来事だった。心配した幸も役立つかはさておき付いて来ていた。

田んぼを背にして立つ亜紀と幸の左右からは、数人の大人が詰め寄ってきている。全員黒服で顔まで隠していることから、穏やかでない状況だけがひしひし伝わってきた。

 このままではまずい。そう考えた亜紀は従弟を背後に庇い、左右の大人から目を離さずに叫んだ。

「幸、田んぼを突っ切れ!」

 そして自分は、一番近い大人に体当たりする。

「亜紀!?」

 てっきり一緒に逃げるものだと思っていた従姉が捨て身の攻撃をするので、幸は逃げるのも忘れて立ち止まった。

「お前は逃げろ!」

 勇ましく言いつつ、数人を巻き添えにして道路に転がった亜紀は素早く体勢を立て直し、幸に近い一人の側頭部に回し蹴りを叩きこむ。スカートの裾よりも優先するものがあった。女子中学生にあるまじき鋭い蹴りだったが、如何せん多勢に無勢だ。

「亜紀も逃げようよ!」

 ここで立ち止まれる幸は、あと六、七歳上だったら頼もしかったのだが。

「足手纏いだ!」

 そう声をかけた隙に、亜紀は道路に押し倒され、二人がかりで抑え込まれた。口にガムテープを張られ、手足もガムテープでぐるぐる巻かれてしまう。流石の亜紀も抵抗を諦めた。

 幼い幸を庇いながらよりは、亜紀一人の方が逃げやすい。それは事実だったのだろう。しかし年齢よりも随分聡い幸は、亜紀の言葉が幸を逃がすための方便だと分かってしまった。

 そのため、で良いのだろうか。

 見知らぬ大人たちに従姉が捕えられている恐怖も、自分はもちろん従姉も抵抗できない圧倒的な力量の差も、関係ないと思ったのだ。

「俺も連れて行け!」

 亜紀を抱えて車に押し込もうとしている黒服の大人たちに、幸はそんなことを要求した。亜紀はもごもご反対するが、黒服の大人たちは幸の狙い通り、顔を寄せ合って相談を始めた。

 そこで幸は、上着のポケットに入れていた紙切れと鉛筆を取り出し、後ろ手でナンバープレートを書き写した。最後に「たすけて」と書き添えて、道端の枯れ草の間に落としておく。これだけでは気付かれないかもしれないから、うっかりを装って醤油瓶を道路に叩きつけた。醤油の色は雨に流されてしまっても、瓶の破片がある。

 その後一緒にトランクに詰め込まれた従姉弟は、どこかへと連れ去られた。

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