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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第一章 英雄ノ帰還ト亡霊
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第十五話 戦闘開始Ⅱ──それぞれの思惑ぶつかり合う戦場 

 東条勇火は割とすぐにアリシアを発見、合流する事ができた。

 駅構内にいたアリシアをとりあえず外に連れ出し、人気の無いところまで移動する。

 ここからは打ち合わせ通りに事を運ぶ。

 この先、勇火の失敗は全て目の前の少女に降りかかるのだ。そう思うと嫌でも緊張する。

 

「アリシアちゃん、分かっているね。手筈通り行くよ?」

「うむ。分かったのだ」

「よし、やるよ」

 勇火は頷くと、目をつむり精神を集中させる。

 神経を研ぎ澄まし、雑念を振り払う。バクバクと心臓を脈打たせていた嫌な緊張感も、周囲の雑音もその全てが音を失くしていく。


「――接続開始」

 

 やがて勇火の中で生まれるのは一つの火花だ。

 首筋がピリッとするこの独特の感覚が、勇火は嫌いじゃ無なかった。

 否応なしに、日常から非日常へのシフトを告げるこの感覚が。

  

 勇火の体内では今、様々な変化が起きている。

 そもそも神の力(ゴッドスキル)なんて物は、ただの人間に扱えるような物ではない。

 自然、神の能力者(ゴッドスキラー)の体は人間からかけ離れた物へと変わっていく。

 そもそも、神の能力者(ゴッドスキラー)の身体の構造は、普通の人間とは明らかに異なっているものだ。一見すると、外見だけではただの人間と区別はつかなくとも、その中身は明らかな別物だ。

 普通の人間に比べて遥かに頑丈だし、体内の器官だって違う。中には全く未知の臓器を持つ者だっている。

 それに変化は目に見えないところだけでは無い。

 力の発動によって見た目が変化する例だってある。

 泉修斗がその一例だ。

 彼は神の力(ゴッドスキル)発動時、自分の身体をマグマに似た性質を持つ炎に変質させている。さらに彼は、マグマと化した柔軟性の高い自分の身体の形状を、ある程度自由に変形、操作することができる。

 人の原型を保たない彼のような例は、神の能力者(ゴッドスキラー)として別に珍しい物では無い。

 そして勇火もまた、泉ほどではないが普通の人間とは少し違う見た目に変わりつつあった。

 変化があったのは背中。

 肩甲骨の中心辺りから、三〇センチ程の木の葉のような形をした黄色い光──いや、電撃を放電し続ける一枚の翼のような物が現れたのだ。

 直接背中から生えるのでは無く、背中と平行に浮かびあがり、勇火の動きに合せるように揺れ動く。

 肩甲骨をポイントとして勇火の動きと同期した、という表現が正しいかもしれない。

 放電を続ける木の葉型の翼に、青白い輝きの複雑な紋様もんようが刻まれはじめる。

 紋様を刻み終わった翼はひときわ美しく輝き、夜の闇を照らし出した。

 そして、変化は終わらない。

 同じように一枚、また一枚と、次々に勇麻の背中に翼が展開されていく。

 一枚増えるごとにその放電も強さを増していった。

 火花の散るような音が辺りに響き始める。


「『雷翼』の展開を確認。接続完了、供給による電力の消費を開始」


 言い終えた勇火の背中には光り輝く電気の翼が展開されていた。


「よし、始めようか」


 アリシアにそう笑いかけ、東条勇火の戦いが始まる。

 表舞台に立つのはまだ早い。

 できることなら自分の出番が無い事を祈りつつ、勇火は手筈通りに行動を開始した。



☆ ☆ ☆ ☆



 膠着こうちゃく状態が続く戦場で一番最初に動いたのは、レインハート=カルヴァートだった。


「はあああああああああああああああああああっっっ!!!」


 勇麻とレインハート、彼我ひがの距離はおよそ一〇メートル。

 素手の勇麻はもちろんの事、刀を武器として構えるレインハートの間合いでも無い。

 だが、彼女は気合と共に力強く大地へ踏み込むと、刀を横薙よこなぎに一閃した。

 ビュバッという風切り音。だが当然、この間合いでは勇麻には掠り《かすり》もしないだろう。

 レインハートの行動を不信に思う勇麻だったが、

 刹那、“斬撃が飛んだ”。


「ッ!?」

 

 意識の外からの一撃。

 勇麻は勇気の拳(ブレイヴハンド)によって底上げされた反射神経と動体視力で、なんとか首を横に振って躱す。

 頬にピリッとした刺激が走り、鮮血がわずかに舞う。

 斬撃の飛んだ先、不運にも命中した電柱が轟音と共に崩れ落ちるのが見えた。

 その光景を見た勇麻の顔から、一気に血の気が引いた。


(ヤバいヤバいヤバいヤバい!! こいつヤバいって!!?)


 声にもならない驚愕に、ただただ顔の表情を緊張で塗り固める勇麻。

 そんな勇麻に、レインハートはクスリともせずに淡々と告げる。


「何を驚いているのですか? 私は背神の騎士団(アンチゴッドナイト)所属の戦闘員ですよ。さすがに、この程度の事でいちいち驚かれても困るのですが」

「いやこれは驚くだろ。アンタ確か弟に『人は殺すな』とか偉そうに説教垂れてたよな? その一撃目がこれかよ! 殺す気満々だろうが!!」

「はあ。これでも一応手加減はしているのですが、……というか私たちにケンカをお売りになるような方なのですから、この程度は避けきれるのでは?」


 むしろキョトンとした顔で言われてしまった。

 勇麻は不自然に自分の頬がつり上がるのを感じた。

 目の前の敵に怒っているというか、自暴自棄にも見えるような笑みを浮かべる。

 勇麻はこめかみの所をヒクつかせながら、


「随分な過大評価だな。嬉しくって笑顔が止まらないぜ」

「過大評価……。確かにそうかも知れません。ですが、私の干渉レベルは『Bマイナス』。あの程度の攻撃をさばき切れ無いようでは、やはりアナタに望みはありません。少しはこちらの期待に応えてくれないと、殺さずに捕えるのも手間がかかります。……それとも、もう降参しますか?」

「ふざけるなよ。好きなだけ人の事馬鹿にした挙げ句、アリシアを黙って渡せだと? 見かけによらず人の事煽りまくるタイプか? 俺今けっこうムカついてるぜ」


 勇麻の言葉を否定と受け取ったレインハートは、深いため息を一つ吐いた。


「……そうですか。なら、死なないでくださいね」 

「これから戦う敵の心配かよ。お優しい事で……しょうがないから、さっさと自分の心配をできるようにしてやる」


 睨み合うように対峙する両者の距離はいまだに一〇メートルほど。

 東条勇麻の勝利の為にはこの距離を〇まで詰めなければならない。

 この地獄の一〇メートルを駆け抜ける。  

 そうしなければ拳すら届かない。

 勇麻は気合いを入れ直すように大きく息を吸い込み、一歩目を踏み出す。

 視線の先には、再び刀を構えなおしたレインハート。

 そして次の瞬間、勇麻に向けて連続で飛ぶ斬撃が襲い掛かる。



☆ ☆ ☆ ☆



「おお、飛ぶ斬撃とかスゲエな」

「助けなくていいのかい? 彼、死ぬよ?」

「あ? 何言ってんだお前、アイツはあれぐらいじゃ死なねぇよ」

「へえ。ずいぶん信用してるんだね」

「信用? ……違うな、俺はよ、ムカついてんだよ!!」


 叫ぶと同時、泉修斗はドロドロに溶けながら燃える右腕を空に掲げた。


 泉修斗の『火炎纏う衣(フレイムドレス)』は干渉レベルCプラスの強力な神の力(ゴッドスキル)だ。

 自身の身体の性質をマグマのようにドロドロとした粘着性のある炎に変換、変質させる。

 マグマのように流動性を持つ彼の身体は、“自分の体積”以内、という限られた条件の中でなら変幻自在に変形が可能だ。

 

 例えば、


 己の右腕を馬鹿みたいに長い槍のように変形させたり、だ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 まるで竜巻のように蜷局とぐろを巻きながら、泉の右腕が意志を持ったかのようにうごめく。

 人の腕の形を保っていた右腕はその形を変え、全てを燃やし切り刻む全長七メートルを越す炎槍えんそうと化す。

 雄叫びと共に泉が長槍ちょうそうを振るう。


 空気を引き裂く音がした。


 それはもはや、壁と呼んでも差支さしつかえない攻撃だった。

 割と近距離で対峙していた二人の距離を長槍が一瞬で詰める。

 攻撃範囲が広い。レアードが全力で横に跳んでも躱し切る事は難しいだろう。

 下手に避けようとすれば確実にダメージを負う。


「へぇ、少しは考えたね。……でも」


 避けられない、そう判断したレアードは、薄い笑みを浮かべながら左手を横にいだ。


「甘いよ」


 腕の動きと同期するように、地面から凄い勢いで土の壁が出現する。

 レアードの神の力(ゴッドスキル)によって操られ密度を高めた高硬度な土壁は、泉の燃え盛る炎槍をあっさりと受け止めた。

 が、


「おい、受け止めたな……?」



 ニヤリと笑った泉のその表情を不審に思い、レアードは眉をひそめた。


 その直後だった。

 爆音と共に、泉の長槍の穂先が爆発した。

 円形の衝撃派が泉の槍の穂先を中心に、辺り一帯へ波のように広がる。

 爆発の直撃を受けた土壁が粉々に砕け、散弾銃のように辺り一帯へその欠片を飛び散らせた。

 辺りを見てみると爆発の余波を受けた勇麻とレインハートも、バランスを大きく崩している。

 爆心地からある程度離れていた二人にも影響がある破壊力。

 なら、土壁一枚隔てた先にいたレアードが受けたダメージは、どれほどの物だっただろうか。


「ははっ、粉々にでも吹き飛んだか?」


 この『爆発』は、多用し過ぎるとエネルギー切れを起こして炎の身体を保っていられなくなる、という危険性があるのだが、ロケットのエンジンのように自分のスピードをブーストしたり、攻撃力を底上げしたりと、何かと便利な技だ。

 特に初見でこれを躱すのは難しいだろう。

  爆発によって巻き上がった砂埃が泉の視界を遮っているが、手応えはあった。

 爆発の直撃は避けられたとしても、自らの土壁の破片と衝撃波にやられている可能性は高い。

 煙の向こう側で、金髪ノッポ野郎はダメージを受けているはずだ。 

 

「流石に殺しはしねぇが」


 泉は自らが上げた土煙を引き裂くように突き抜けながら、もはや邪魔なだけになった長槍を元の腕の形に戻す。

 右手の形を握り拳に。

 視線の先に、未だ立つ人影を捉える。


「ここで終わりだッ! ノッポ野郎!」


 追撃を掛ける泉には、勝利の確信があった。

 全力で大地を駆け抜け、レアードとの距離をゼロまで縮める。

 視界最悪な煙の中へ自ら跳びこみ、レアードの人影目掛けて右の炎拳を思い切りぶち込んだ。

 インパクトの手応え。

 泉はそのまま力任せに拳を振り抜いた。

 打ち抜いてやった、という確信を得る。

 そして泉のその認識の正しさを証明するかのように一際大きな破砕音が鳴り響き、泉の拳が捉えたターゲットは跡形も無く砕け落ちていった。


「……あ? 何だそりゃ」


 完璧なまでに叩き潰した。

 だがおかしい。

 泉は背筋が凍るような違和感を拾った。


(……ちょっと待て、ボロボロに砕け落ちた? 人間が?)


 泉の放った一撃は、いくら炎の威力がプラスされてるとはいえ、所詮はただの拳だ。

 当然、人間一人を粉々に砕く程の破壊力はない。

 ならば今の手ごたえは一体……

 泉の全身に得体の知れない悪寒が走った。

 視界の悪い土煙の中、その一瞬の思考の空白が命取りだった。


「おい、“こっちだ”」

「ごっぶはっ!!?」


 声のした方を振り向く間も無く、泉の身体が宙を舞った。

 激痛。

 顔面を何かとてつもなく硬い物で強打された。

 その事実に気が付くまでに、何回も意識が飛びかけた。


「がぁ!? っはぁ、はぁ。く、そ……ダミーだと……!?」

「へぇ……でかい口を叩いていただけあって理解が早い。それになかなか頑丈だ。これはあと何回やれば壊れるのか、少し楽しみだ」


 ところで、とレアードは一旦言葉を区切り、


「誰が終わりなんだって? 」


 酷薄な笑みをたたえるレアードの右手には大きな岩石の片手剣が、彼の身体の表面には、まるで彼をコーティングするかのような砂の膜が、それぞれ存在した。

 砂の膜の鎧は主人を爆発の衝撃から守ったのか、ところどころが焼け焦げ、剥げ落ちていた。

 けれども、レアード本人にダメージを受けたような色はない。


「……なんだよ、ずいぶんオシャレな物着てるじゃねぇか」

「ああ、便利だろ。とっさに『砂の鎧』で身体中を覆ったけれど、結構手傷を負ってしまったよ。なかなか良い攻撃だった、まぁ次は無いけど」

「良い攻撃、とか、舐めてんのかよこのクソノッポ。ピンピンしてるじゃねぇか……ッ」


 あのいきなりの爆発に対して、咄嗟にあれだけ大量の砂を鎧のように纏って対応し、さらには視界の悪さを利用した身代わり戦法によるカウンター。

 泉の思考は完璧に読まれていた。

 頭の回転も速い。


(想像以上に化け物だな)


 泉は素直にレアードをそう評した。

 自分より明らかに格上の相手、そう認めたうえでなおも吠える。


「おい、お前の干渉レベルいくつだ?」

「何だ、今頃になって怖気づいたのかい? 僕の干渉レベルはBマイナスだけど? もしかして自分より下なんじゃないか、とか期待でもしてたのかい?」

「Bマイナス……お前でか?」

「なんだい、干渉レベルBクラスの神の能力者(ゴッドスキラー)を相手にするのは初めてかい? なら、良いことを教えてあげるよ。僕らの組織には僕より強い奴なんて山ほどいるよ。僕なんかじゃ全く歯が立たないような怪物がゴロゴロとね」


 レアード=カルヴァート以上の存在がゴロゴロいる。

 その言葉は普通なら、レアードと対峙する相手の心をへし折るのに十分な物だったのかもしれない。

 泉が普通の人間ならの話だが。


「は……はは、は」


 声が漏れた。

 レアードに今のままの自分じゃ適わない。

 おそらくこのまま戦いを続けていれば、確実にどこかのタイミングで殺されるだろう。

 殺される。死ぬ。その事実を前にして、


 だが泉は笑っていた。


 笑いが止まらない。

 レアードが視界の端で不可解げに眉をひそめた。


「くくく……、ふはっ、はははは、あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――」


 笑うしかない。

 こんなに強い男が、自分と干渉レベルがたった一しか変わらないという事実に。

 ならばそのさらに上、また一つ上、さらにその上はどんな化け物が住んでいるのだろう。

 そこから見える景色はどんな物なのだろう。

 正直言って想像もできなかった。

 だから笑う。


「いきなり何なんだ? ついに頭がおかしくなったのか」

「──はははははっ、はーぁ。頭か、確かにおかしくなりそうだぜ」

「?」

「――いや、参ったぜ本当に。まだまだこれから楽しいことだらけじゃん」


 泉は全身に力を込めて立ち上がると、レアード=カルヴァートへ宣戦布告をするように告げる。


「だからまずはお前をぶっ飛ばす!」


 泉修斗は再び身体中を爆発的に燃え上がらせると、レアードに突っ込んでいく。



☆ ☆ ☆ ☆



 一撃一撃が致死的な破壊力を誇る斬撃が、勇麻の首先、頭、胴体、腕、様々な所をかすめていく。


「く、危ないってのっ!」

 

 だがそれは逆に言えば、レインハート=カルヴァートの攻撃は、未だに東条勇麻に命中していない事を表していた。


「なるほど。あながち、私の過大評価という訳でもなかったようですね。よくついてきている」

「お褒めにあずかり光栄ですよっ! っと危ね!」

「会話を続ける余裕もあるのですか……。なら、少しスピードを上げます」

「え、まだ上がるの!?」


 レインハート=カルヴァートは干渉レベルBマイナスの実力の持ち主だ。

 一方の勇麻の干渉レベルは、力測定スキルスキャンの度にバラつきが出るとは言え、高い時でもせいぜいDプラスどまりだ。

 普通に考えて東条勇麻ごときが勝てる相手ではない。


 だが、そんな常識を勇気の拳(ブレイヴハンド)は木端微塵に打ち砕く。


 スピードの上がったレインハートの斬撃を、それでも勇麻は躱し続けている。

 胴体を真っ二つにする軌道で襲い来る一撃、横に長さのある斬撃は、勇麻に横へ飛んで回避する事を許さない。

 当然、地面を蹴り上へと跳躍して攻撃をやり過ごす。

 が、それは“釣り”の一撃だ。

 レインハートの目が鋭く光った。

 空中へ逃げ場を求めた今の勇麻は、回避行動はおろか、まともに身動きを取る事すらままならない。

 レインハートの刀がきらめく。

 放たれたのは“本命”の斬撃。

 今度こそ避ける事のできない多数の斬撃が、勇麻目掛けて飛来する。

 それは勇麻の胴体目掛けて一直線に飛んでいき、当然空中の勇麻にそれを躱すすべは無い。

 だから、

 東条勇麻は最初からソレを躱そうなどとは思っていなかった。


「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 空中へ飛び上がった際の勢いを利用して、勇麻は飛来する斬撃全てを、まとめて“蹴り返した”。

 軌道を逸らされた斬撃は、それぞれ見当違いの方向へと破壊の雨をまき散らす。

 不敵に笑う勇麻に、思わずレインハートは話し掛けていた。


「最初から、こちらの“釣り”を理解していたのですか」

「さあな。どうだと思う?」

「別にどちらでも。私のやるべき事に変わりはありません」

「そうかよ。なら全力で止めるぞ」


 一〇メートルもあった彼我の距離は着実に縮まっていく。

 右手が熱い。

 アリシアを苦しめる敵をぶっ潰す為に、右手が全力で稼働かどうしていた。

 勇麻が着実にレインハートへと迫る。

 だがレインハートは、表情一つ変えずに斬撃を放ち続ける。

 無表情に、機械的に、まるでプログラムで動くロボットのように途切れることなく、正確無比な攻撃を行い続ける。

 戦いにおける高揚感もスリルも恐怖も、何も映っていない無機質な瞳。

 レインハートはただ作業のように刀を振るい続ける。

 そしてその正確さこそが、


(ハッ、単調なんだよロボット野郎っ!)


 仇となる。

 勇麻は内心ほくそ笑んでいた。

 確かに彼女の放つ一撃一撃は、まともに喰らえばタダでは済まない破壊力を秘めている。

 だが、“今の”東条勇麻の身体能力スペックなら十分に弾けるレベルの攻撃だし、何より彼女の攻撃は正確すぎる上に単調なのだ。

 次にどこに斬撃が飛んでくるか簡単に予想が立てられる上に、本当にそこへ斬撃がやってきてくれる。

 これなら躱せる。

 どうとでも対処できる。


「もうアンタの攻撃パターンは見飽きたんだよ!」


 レインハートとの距離はすでに三メートルを切っている。

 あと一、二歩で拳が届く。

 だから勇麻は、一際力強く踏み込んだ右足のふくらはぎに全ての力を集中させ──爆発させた。

 まるでエンジンでも付いているかのように、東条勇麻の身体が急速に加速する。

 勇気の拳(ブレイヴハンド)による身体強化の効力のほぼ全てを一瞬とはいえ、ふくらはぎに溜め込み爆裂させたのだ。

 勇麻の身体は驚異的なスピードで、レインハート目掛けて突っ込んで行く。

 だが間合いでは彼女の刀の方が有利だ。

 急加速への対応も思案済みなのか、不意をついたハズなのに表情を変える事も無い。

 今度こそ勇麻を仕留めるべく、レインハートはその刃を勇麻の一秒先、つまり勇麻が次の瞬間に通るであろう軌道上目掛けて、地雷を設置するかのように、斜め上から下へと刀を振り下ろして――


 ――彼女の刃は空を切った。


 理由は簡単。

 勇麻が急加速の直後、足を地面に突っ張るようにして急停止したからだ。


「ッ!?」


 戦闘が始まって初めて、レインハートの目が驚愕に見開かれる。

 が、すでに彼女は刀を振り終えてしまっている。

 振らされた。

 彼女がそう気がついた時には、何もかもが決定的に遅かった。

 急停止から立ち直った勇麻は、既にレインハートの懐に飛び込んでいる。


「終わりだ。アリシアだけじゃない、数々の非道のツケ払ってもらうぞ、背神の騎士団(アンチゴッドナイト)


 ふところに飛び込み、そのまま勢いを殺さずにレインハートの顔面目掛けて拳を振り抜く。



 そして、鉄の匂いと真っ赤な色が辺りを染めた。



「ッ!? あっがあぁぁあああ!!??」



 人間の倒れる音が響く。

 苦しそうに絶叫し、血を吐き出した。


 倒れたのは一人。

 立っているのは当然、“レインハート=カルヴァート”ただ一人だ。


「勇麻ァッ!?」


 どこか酷く遠くの方から泉の声が聞こえた気がする。

 だが、その声に返事を返すことなど不可能だ。

 痛い。

 頭が燃えてしまいそうだ。

 この前のイルミナルミ姉妹との戦いでできた治りかけの傷が再び開いたのかもしれない。

 苦しくてアスファルトの上を転げまわる。転がるたびに、身体からこぼれ出てくる赤い鉄臭い体液が勇麻の服を汚した。

 なぜだ。分からない。

 勇麻はレインハートの攻撃を完璧に躱し、ノーガードな顔面へ一撃をぶち込んだハズなのに。

 なのにどうして、レインハートに拳が届かないだけでなく、勇麻の全身が切り裂かれている?

 

「く、なんで……?」


 勇麻はふらつく頭のまま、わずか五メートル程先にたたずむレインハートへ視線を向ける。

 レインハートは凍てつく視線を勇麻に向け、ただ無言で照準を合わせるかのように、刀の切っ先を勇麻に向けていた。

 先ほどと変わらない。

 “レインハートは”何も変わっていなかった。


「……なんだよ、ソレ」


 彼女の足元。

 レインハート=カルヴァートを中心とする直径三メートルの円状に、複雑な文様が走っていた。

 まるでおとぎ話に出てくる魔法陣のように、文様は不気味で薄く青い妖しげな光をたたえている。


「……まさかとは思いますが」


 勇麻の驚く顔を見てレインハートがようやく口を開いた。


「私の神の力(ゴッドスキル)がよもや、ただ斬撃を飛ばすだけしか能が無いとは思っていませんよね?」


 レインハートは見る者をひるませるような、人としてのぬくもりを感じさせない瞳で勇麻を見下ろし、


「もしそうなら、本当に死にますよ」


 そう告げた。

 東条勇麻は見誤っていたのだ。

 これが干渉レベルBクラスの実力。

 いかに勇気の拳(ブレイヴハンド)が少し特殊な神の力(ゴッドスキル)とはいえ、そう簡単に勝てる相手の訳がないのだ。


「馬鹿……野郎。俺が死ぬわけにはいかない、だろうが。俺がやられたら……アンタらを止められない。アンタらを止められなければ、そのツケはアリシアにまわるん、だぞ!!」


 勇麻は痛む身体を無視して何とか起き上がる。

 幸い傷はそこまで深くはない。

 身体中を切り裂かれたが、一撃自体のダメージは全くもってたいした事が無い。

 飛ぶ斬撃の方がはるかに強力だ。

 これならいける。

 まだまだ戦える。

 拳を握れる。

 そう思い込み、無理にでも顔を上げる。


「……!」


 とここで、顔を上げた勇麻の目が何かを捉えた。

 不意にその顔に笑みが浮かぶ。

 レインハートはそれを不審に思ったのか、勇麻の視線の先、自分の頭上を目で追った。

 そして小さく舌打ちした。


 そこにいたのは磁力を操作し、建物から建物へと“人一人を抱えながら”跳ぶ東条勇火だった。

 勇火と勇火の抱える小柄な人影は、それぞれこのクッソ熱い熱帯夜に、真っ黒なフード付きマントをかぶっていた。

 小柄な方に至ってはマントが大きすぎるためか、つま先から頭の先まで真っ黒で詳細は何も見えなかった。

 勇火はマントを着たまま、夜の闇に紛れるように夏の夜空を駆けて行く。

 その光景に、あの無表情なレインハートが、微かに苛立った様子を見せていた。

 それを見た勇麻は獰猛に笑った。


「どうしたよ。アンタみたいなロボット野郎でも、そうやって悔しそうな顔をするんだな」

「……戦闘中にくだらない私語はつつしんでください」

「なんで俺が敵のアンタの説教を素直に聞かなきゃならない?」


 レインハートは、挑発的に笑う勇麻を見て溜め息を吐いて、

 

「それもそうですね。失言でした」


 レインハートは切り替えるように一度目を瞑ると、


「ならば、勝って黙らせることにします」


そう構えなおした所へ、

 

 

「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!」



 横から泉修斗が突っ込んで来た。

 レインハートがそれに反応できたのは、流石と言うほかない。

 ガキンッ! とレインハートの刀と泉の右腕の炎剣とがぶつかり合い、鍔迫つばぜりあい、せめぎ合う。

 火花は散らず、泉の炎剣がレインハートの刀を溶かし斬らんと激しく燃える。


「泉! どうした? 何でこっちに」

「あ? どうしても何も、あのノッポ野郎が相手じゃ弱すぎて話しになんなくてよ、こっちの姉ちゃんの方が強くて楽しそうだから、勇麻に替わって貰おうと思って……なッ!!」

 

 どうやら泉は、勇麻とレインハートの相性の悪さを感じ取ってスイッチを申し出てくれているらしい。

 さっきまで泉がいた所は、なにやら爆煙が巻き上がっていて敵がどこにいるのかも分からないありさまになっていた。

 さっきの口振りからしても、決着はついていないのだろう。

 泉は、相手の目を潰して勇麻の救援にきたのだ。

 勇麻は泉の気遣いに感謝した。

 が、同時に息を吐いて、


「強がりはよせよ、お前も相手と相性があんまり良くなかったんだろ?」

「あ? んな訳ないだろ! もう少しやってれば俺の圧勝だったんだよ。ていうかそんな事はどうでもいい、替わるのか替わらないのか!?」

「……あぁ分かったよ。そいつは任せたぞ泉! 飛ぶ斬撃と、そいつを中心とした円形状の魔法陣みたいなフィールドに気をつけろ!」


 答えは無く、ただ両者は力と力のぶつかり合いを開始する。


 

 いよいよ舞台ステージ最終局面クライマックス

 この戦いの勝敗が一人の少女の運命を決める。

 あの人ならきっと救えるだろう人間を、東条勇麻が見捨てる訳にはいかない。

 どれだけ傷だらけになろうとも、関係ない。

 ここだけは退けない。絶対に。

 だから岩よりも固く拳を握った。

 彼の戦闘も、もうまもなく再開される。

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