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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第一章 英雄ノ帰還ト亡霊
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第十六話 戦闘開始Ⅲ──逃走、移ろいゆく戦場 

 黒いマントをその身に纏った少年が、夏の熱帯夜を駆け抜ける。そして少年に抱きかかえられた、同じくフード付きの黒いマントに身を包んだ小柄な人物がいた。

 磁力を操作し、彼らは建物から建物へと、かなりのスピードで移動していく。

 夜の闇に紛れるようにして、彼らは進む。

 

 そして、その光景を眺める影があった。


 人影、ではない。

 文字通り“影”なのだ。


「あー、これはアレだな。大当たりってヤツだな、どうも」


 ショッピングモールから駅へと続く小綺麗な道、その途中にもうけられた木製のベンチ。

 そのベンチの影の中から、神の能力者(ゴッドスキラー)同士の戦闘を、助太刀に入る訳でもなく、ただただ静かにずっと眺めていた人物がいた。

 黒騎士ナイトメア

 誰も本名は知らない。ただ彼はそう名乗り、周囲の人間も彼をそう呼んでいた。

 勇麻に対して自ら進んで自分の所属を名乗ったり、任務をかなりめんどくさがったり、自分の判断だけで戦うかどうかを決定するその自由奔放で自己中心的な思考は、この場における『ジョーカー』に成り得るだろう、そんな存在。

 実際彼が助太刀に入っていれば、一瞬で戦況は動く。

 決定的なまでに勝敗が決まっていたハズだ。

 彼がそれをしないのは“今”出ても“面白くないから”というだけの理由だった。

 気分次第でこの場の勝敗を決めてしまう彼の存在はまさに『ジョーカー』だ。


「仕掛けも上々、どうやら俺好みの展開になってきたみてぇだな」


 黒騎士ナイトメアは緊張感の欠片もない声でそう言った。

 現在進行形で命懸けの任務についているという事実を、ともすれば忘れてしまいそうな気軽さだ。

 とは言え、それも当然かもしれない。

 数々の死地を潜り抜けてきた黒騎士ナイトメアにとっては、この程度の任務は遊びにもならない。


「さてと、お二人さんは今忙しそうだし、このまま逃げられても面倒くさいんでね。俺もそろそろ動きますかねっと」


 黒騎士ナイトメアはそう呟き、影の中で大きく伸びをした。

 影の中はやはり何かと息が詰まる。

 身体をほぐしつつ、黒騎士ナイトメアは意識を少し真面目な物に切り替える。

 標的を抱えた少年は、中々のスピードで逃走を続けているが、黒騎士ナイトメアのスピードなら十分に追いつく事ができるだろう。 


「はぁー面倒くせえ、本当なら部下どものやるような雑用を何で俺が……。追加ボーナスとか出ないかなぁ」


 そんな風に緊張感の欠片もない事を呟きつつ、黒騎士ナイトメアは助走を付けるように影の奥深くへと潜って行く。


「さあ追跡劇の始まりだ、どこまで逃げられるか試してやろう、東条弟君」


 愉しげな嗤い声が聞こえ、瞬間ベンチの影から何かが飛び出し、少し先の建物の影へと消えていった。



☆ ☆ ☆ ☆



 東条勇火は焦っていた。

 しばらく順調に距離を稼いでいた勇火だったのだが、先ほどから何者かに追跡されている気配を感じる。


(ヤバい。よく分からないけど、何となくこの気配はヤバい気がする)


 根拠は無い。

 姿も見えない。

 だが、肌を突き刺す冷気にも似た威圧感を、割とすぐ近くから感じとっていた。

 知らず、『アリシア』を抱きかかえる手に力がこもる。

 言いようのない重圧と恐怖が、蝋燭ろうそくでじわりじわりとあぶるように勇火の精神を少ずつ追い詰めていく。


(とにかく今は逃げないと。こうやって見つかった以上、兄ちゃん達の足止めは機能しなかったって事なのか? それとも、アイツら二人のどちらでもない新手か)


 とにかく勇火がここで捕まる訳にはいかない。

 勇火の敗北はそのままアリシアの運命に直結してしまう。

 彼女だけでも何とか助けなければならない。

 勇火はその手に握りしめたスマホを、食い入るように見つめた。

 このスマホは、兄である東条勇麻から譲り受けた(というか許可も貰わずに勝手に取ってきた)最後の手段の『鍵』だ。

 もしもの時は、最後の手段に頼るしか無いのだが、勇火個人としてはあまり気が進まない。

 あまり、巻き込みたくは無いというか、勇麻が関わっているのがアレなだけにアレしそうでアレだなー、とか複雑な事情があるのだ。

 とにかくこれは最後の最後、どんずまりまで追い込まれた時用の安全装置。

 これを使わない為にも、とにかく今はひたすら逃げるしかない。



「……だからこっちも何とかしようとさっきから『地雷』張ってんのに、全く掛からないし。ていうか姿も見えないって本当に何なの」


 勇火の背中に展開された、三対計六枚の『雷翼』の内、右上の一枚が既に四分の一まで消耗していた。

 木の葉型の形が崩れて、不格好な扇形っぽくなっている。


(もう一枚消費するペースか……。ヤバいな。このまま振り切れ無いようなら、いっそ戦闘用に『雷翼』を残しておいたほうがいいかもしれない)


 勇火は見えない追手の圧力プレッシャーを背中に感じながら、恐怖を振り払うように頭を振ると、覚悟を決める。

 腕の中の『アリシア』は緊張しているのか終止無言だ。

 ……狙われの身なのだから怖いのは当然だろうし、緊張だってするだろう。 

 ごく自然な反応だ。

 

 今勇火がいるのは西ブロック第二エリアの住宅街上空だ。

 磁力を操作し屋根から屋根、手ごろな柱から柱へと飛び移り、かなりのスピードで移動している。

 少し先に小さめの公園が見えた。

 場所は、あの辺りがもってこいだ。


(どこに隠れていようが関係ない。炙りだしてやる)

 

 十分に距離は離した。

 なら後は、足止めに徹する。

 既に『雷翼』の一枚目は消滅し、消費は二枚目に入っていた。

 これだけあれば戦闘は十分だ。

 勇火は少しずつ、追手に違和感を与えぬようにスピードを落としていく。

 少しずつ、少しずつ、追手との距離が近づく感覚。

 目の前に、公園付近に設置されている鉄塔が迫ってくる。

 タイミングを計る。


(後少し……まだだ。まだ、……やるなら、今!!)


 鉄塔に着地、そして。

 クルリ、と勇火は回れ右をして、一八〇度方向転換する。

 姿の見えない追手が急ブレーキを掛けた気配を感じた。

 だがもう遅い。追手を含めて勇火を中心としたこの辺り一帯は“範囲内”だ。

 勇火の背中の『雷翼』が激しく振動する。バチバチィッ! と凄まじい音で火花を散らし、漏れ出したエネルギーが放電のように光瞬ひかりまたたく。

 やがて勇火の身体中を電撃が絡みつくように走りまわり、低いうなるような音が、だんだんと耳をつんざく甲高かんだかい音にシフトしていく。

 ここまで僅か二秒。

 そして次の瞬間。


「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」


 最大出力で辺り一帯に放電した。

 文字どおり、雷が落ちたような爆音が響く。

 夏の夜を、放電の光が明るく染め上げる。

 凄まじいエネルギーの奔流ほんりゅうに、黒い何かが、たまらず鉄塔の“影”から転がるように逃げ出した。

 その何かは勇火の放電をまともに喰らい、しばらく苦しげにのたうちまわっていたが、やがてその動きを止めてしまった。


「はぁ、ぜぇ、はぁ、はぁ……」


 最大出力の一撃を放ち、疲れ切った勇火。

 背中に展開されていた『雷翼』はさっきの放電で一気に三枚を消費し、残りは二枚だけになっていた。

 だがその顔には自然と笑顔が浮かんでいた。


(どこに隠れてたのか知らないけど、これで俺の勝ちだ)


 まさか相手も、勇火が『アリシア』を抱えたままの状態で、辺り一面へ雷撃を放つとは考えていなかったのだろう。

 だが不思議な事に、『アリシア』は電撃のダメージを全く受けている様子が無い。

 マントが焼け焦げた跡すら見当たらなかった。


「女の子を背負ったままこんな事、普通はできないからね。まあこれは俺の特権みたいな物だから、分からないのは当たり前だし」


 奇襲は成功した。

 一億ボルトの雷撃が直撃したのだ。さすがに起き上がれない……と思う。

 これで追手は打ち取った筈だ。

 勇麻は“不思議と焼け跡一つない”鉄柱から地面へ飛び降りる。

 抱きかかえていた『アリシア』を地面に下ろし、勇火は“焦げた跡一つない”地面を歩く。

 そこには黒焦げになった誰かが倒れていた。

 おそらく勇火の事をずっと追跡していたヤツだ。

 身体中真っ黒焦げで、もはや顔の判別もつかない。

 だが流石と言うべきか、どうやらまだ生きているらしい。

 ピクピクと小刻みに痙攣を起こしいるみたいだが、動き出す気配は今のところ感じられない。

 とは言え、このまま放置しておくと目を覚まされた時に面倒だ。

 勇火は懐から、ショッピングモールで調達しておいたロープを適当に取り出し、黒焦げになった誰かを縛ろうとした。

 だが、その黒焦げになった誰かに近づいたその瞬間、勇火は形容し難い悪寒を覚えた。


「……くっ!!?」


 思わずその場から大きく後ろへ飛び退く。


(何だ今の……殺気? いや、違う……)

 

 勇火は悪寒の正体を探ろうとして──


「――いやー、よく気が付いたな。俺の追跡を察知したり何かと勘が鋭い鋭い」


 電撃に貫かれ焼かれたハズの、その真っ黒い誰かが、ムクリと壊れた人形のように起き上がった。

 その声にダメージを受けたような様子は微塵もなく、友達に話しかけるような、そんな気軽な調子だった。

 驚いたのは勇火だ。


「な……ッ!? そんな馬鹿な! だって、一億ボルトだぞ!? いくら格上の相手だからって、それを直撃してまともに立てるハズが……」

「あぁ、まともに喰らえば、な。けどよ……俺がお前みたいな子どものペラッペラの策を読めないとでも思ったか? てか殺気。狙ってんのバレバレだぜ」

「まさか、奇襲も全部分かっていて……あえて一撃を喰らった? ……でもどうしてそんな事を」

「おいおい、そこまで気づいて何で分からない。どうしてだって? 理由なんて簡単だよ。俺が気づかない訳ないだろ」


 黒い男は勇火を指差して笑う。


「その背中の翼みたいなヤツ。ソレただの飾りじゃないよな? 例えばそう……エネルギーの残量を示すゲージ、とか」

「!!?」

「何もそんなに驚かなくてもいいだろ。ある程度“場馴れ”している人間ならすぐに気が付く事だと思うんだけどな」

「全部分かっていて、わざと全力の一撃を引き出した? 狙いはこっちのガス欠……!」

「まーそういうことだ。悪いけどお前の放電をガードする事くらい訳ないことなんでね。んでさ、見たところお前の背中のその翼みたいなヤツ、さっきの放電でずいぶん残りが減ってるみたいだけど……、さぁーて、いつまでつんだろうな?」


 電撃に焼かれてできた焦げ跡だと思っていた、黒い膜のような物を身体から引き剥がしながら、その男はそう言った。

 身体から剥がされた謎の黒い膜は、その男――知る人ならば黒騎士ナイトメアと呼ばれているその人物――の“影”に触れた瞬間に、溶けるようにして消えてしまった。

 黒のベールから現れた、不気味に笑う不吉な仮面は嘲笑ちょうしょうと共に告げる。


「あー、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺の名は黒騎士ナイトメア。以後お見知りおきを、東条勇火クン」


 そう言って笑う黒騎士ナイトメアの影の中から、スルリと一振りの黒剣の柄が生えるように現れる。

 黒騎士ナイトメアはその、どこかのっぺりとした影の剣を引き抜き、構えを取った。

 剣術のことなど何も分からない勇火だったが、その構えには隙がないように思えた。

 

「『影』を扱う神の力(ゴッドスキル)か……」 

「どうだ? めずらしいだろ」

「……そうだね。格上相手でなおかつ未知数の神の力(ゴッドスキル)を相手にしなきゃならないなんて、率直に言って最悪な気分だよ」

「そうかい。まあ、俺は楽しければ何だって良いんだけどな」


 『雷翼』は残り二枚、大技はもう使えない。

 そして明らかに相手は格上だ。


(それでも、やるんだ。だって、この戦いは俺がやるって言い出した事だから)

 

「アリシアちゃん、下がってて!」


 我が儘のツケは払う。


(じゃないと、いつまで経っても追いつけない!)


「行くぞ!」

「おー、元気いいね。いつでもいいぜ、掛かってこいよ」


 ここが正念場。

 東条勇火、一世一代の時間稼ぎが始まる。



☆ ☆ ☆ ☆



「いやー、分かってはいた事だけどさ。弱いね、東条勇火君」


 結果は火を見るより明らかだった。

 そもそもだ、東条勇火如きに勝てるような相手では無い事など、始めから分かっていたではないか。

 惨めに土を舐めながら、勇火は失望していた。

 自分の情けなさに腹が立つ。

 東条勇火はアリシアという一人の女の子の命運を、その背に背負っていたというのに。

 だから絶対に勝たなければならなかった、なのに。

 

「ごはっ、ゲホッ、ゴホッ」

「あーあー、こんなに粘ってくれちゃってさ。時間の無駄でしかねーよ。逃げるだけ逃げ回りやがって、面倒くさいったらありゃしない」

「ア……リシア、ちゃん。逃げ……」


 だが勇火の願い虚しく、『アリシア』は恐怖で固まってしまって動けない。

 既に、勇火の背中に展開されている『雷翼』は片翼一枚分も残っていない。

 かろうじて燃え残りみたいな、わずかな光を灯す欠片があるだけだった。

 抵抗する力など、どこにもなかった。


「おーおー健気だな。まぁ、今から逃げ出した所で、もう手遅れだけどな」


 黒騎士ナイトメアは勇火につまらなそうな視線を送る。

 それはゾッとするような冷たさを持ち合わせていた。

 まるで興味の無い路傍ろぼうの石ころを眺めるような目だ。


「あー、安心していいぞ、トドメなんて刺さないから。つーか、興味無くなっちまったわ」


 黒騎士ナイトメアは本当につまらなそうにそう言うと、勇火から視線を外し『アリシア』の方へと歩み寄る。

 一歩、また一歩と魔の手が『アリシア』へと迫る。

 だが『アリシア』は、蛇に睨まれたカエルのように身震いするのが限界で、逃げ出す事もできない。

 フードでその表情は見えないが、おそらく恐怖で震えているのだろう。


「ちく……しょう!」


 東条勇火は負けた。

 それはつまり一人の少女の終わりを示していた。



☆ ☆ ☆ ☆



 本当に何て事は無い相手だった。

 つまらない。

 楽しくない。

 ただ面倒くさいだけの戦いだった。

 逃げ続けるにしても、そこに勝とうという創意工夫が何も無いのだ。

 電気の翼から察する事もできるが、残り少ないであろうエネルギーを無駄打ちせずに、少しずつ、無難に消費していき、一発逆転を狙う素振りも、最初に見せたような奇襲をかけるような素振りもなし。

 格上の神の能力者(ゴッドスキラー)相手に正攻法で挑んでも、地力の差が出るだけだ。

 退屈すぎて欠伸が出る。

 本当につまらなくて、何だか本気を出すのも馬鹿馬鹿しくなってきて、適当に相手をしていたらいつの間にか終わっていた。

 暇潰しどころか、むしろ戦闘中に暇だなぁー、と眠くなるレベルだ。


(最初の思い切りのイイ放電までは良さそうだったんだけどな。東条勇麻の弟だからって期待した俺が馬鹿だったか)


 黒騎士ナイトメアは基本的に面倒くさい事は嫌いだ。

 面白そうな事や、興味のある事にしか彼がやる気を出す事は無い。

 今回の戦いは彼がやる気を出すには値しない物だった。

 東条勇火に対する興味も無くなった。

 殺す価値すら見いだしてはいなかった。


「さっさと面倒な仕事を終わらせちまうか」


 黒騎士ナイトメアの任務は『神門審判ゴッドゲート』アリシアの回収。

 なら目の前で、フードを深くまで被ってブルブル震えている標的を、さっさと捕らえるべきだろう。

 一歩一歩近づいていく。

 標的は黒騎士ナイトメアに恐怖しているのか、震えているだけで動けない。

 辺りの暗闇に紛れるようなフードの内側で、この少女は今どんな顔で絶望しているのだろうか。

 そんな事が気になった。


(まあ、俺は仕事だからやるだけだ。恨むのなら上の人間を恨んでくれよっと)


 些かの憐みを覚えないでもないが、そんなくだらない事で仕事を蹴るつもりも毛頭ない。

 一切の容赦なく黒騎士ナイトメアの手が『アリシア』のフードに伸びて、それを払いのける。

 そこには絶望に暮れる少女の顔が――


 ――無かった。



「は?」



 一瞬思考に空白。

 刹那我に返った黒騎士ナイトメアが危機を感じ取り、防御に入る前に、

 “それ”は爆発した。

 辺り一面が光の洪水に巻き込まれ、落雷の様な轟音が夜の公園一杯に響き渡る。

 およそ一億ボルトもの高圧電流が、至近距離から黒騎士ナイトメアを襲った。

 世界が雷撃で焼き尽くされる中、東条勇火だけが静かな微笑をたたえていた。



☆ ☆ ☆ ☆



 黒騎士ナイトメアは完璧なまでにこちらの策に乗ってくれた。

 上手くいきすぎて怖いくらいだ。

 きっと黒騎士ナイトメアは最後の瞬間まで、まさか東条勇火が抱えていたのが“アリシアでは無い”という事実に気が付く事はできなかったハズだ。

 そう。

 そもそも東条勇火の役割は、アリシアを連れてあの場を脱出する事なんかでは無かったのだ。

 アリシアを連れているように見せかける、“陽動”こそが勇火に与えられた役割だ。

 そして勇火は、見事に敵の巨大戦力の一つを釣り上げる事に成功したのだ。 


 ところで、勇火が背中に展開することができる『雷翼』の枚数は全部で六枚では無い。

 全部で四対の計八枚。

 それが東条勇火の展開できる『雷翼』の限界枚数。

 だが黒騎士ナイトメアはそんな事は知らない。だから気が付かなかったのだ。

 勇火が抱えていた、フードを被った小柄な人影がアリシアでは無く、『雷翼』二枚分の力を消費して、勇火の神の力(ゴッドスキル)で造りだした『電気人形ダミー』であるという事に。


 フードをめくった黒騎士ナイトメアはさぞかし驚いた事だろう。

 フードに隠れていたのが、アリシアという名前の可愛いらしい女の子ではなく、『電気エネルギーのような物』で形作られた顔も何も無いのっぺらぼうの人形だったのだから。


(やった……! 上手くいった。完璧にハメてやった!)


 『偽装電流ダミー・エレクトロ』。

 干渉レベルは『Cマイナス』。

 “電気に似た性質を持つ特殊なエネルギー”を操る神の力(ゴッドスキル)

 あくまで電気のようなエネルギーであって、電気では無い。

 だからこそ、普通の電撃使いには無い特徴もある。

 例えば、感電させる対象の選択、とかが良い例だ。

 任意の相手だけを感電させる事ができ、集団戦などでは無類の強さを発揮する神の力(ゴッドスキル)だが、その最大の特徴は電気的エネルギーを一定の形に留め、保持する事が可能な点だろう。

 例えば雷の剣を造ったり、電気の鎧を纏ったり、“電気で身代わり人形”を造ったり。

 

(役目は果たしたよな、……兄ちゃん)


 勇火はどこか満足そうに微笑み、そして今度こそ黒焦げになっているだろう黒騎士ナイトメアの方へ首を巡らせた。

 

「え」


 思わず漏れたのは、滲み出た疑問だった。

 だって、おかしい。

 防御は間に合っていない。

 黒騎士ナイトメアにそんな余裕は無かった。

 まともにダメージを与えてやった。

 一億ボルトの電流、直撃すればただでは済まないと黒騎士ナイトメア自身がそう言っていた。

 なのに、

 

「あー完全にやられたな。クソッ、こんなミス上にバレれば始末書モンだぞ」


 それなのに、

 黒騎士ナイトメアは平然とそこに立っていて、東条勇火の目の前でのうのうと喋り続けていた。

 コイツは本当に人間なのか? そんな疑問が勇火の中で頭をもたげていた。


「いやー、アレだな。悪かったよ、興味無くなったとか言って。前言撤回だ、なかなか面白いよお前」


 黒騎士ナイトメアは先程の言葉とは裏腹に、愉しそうにそう言った。

 そんな黒騎士ナイトメアに勇火は問う。


「な、んで? 直撃したハズじゃ……」

「確かに防御は間に合わなかった。タイミングにしろ、発想にしろ、ほぼ完璧。悔しいが俺は完全にお前の手のひらの上だったって訳だ」


 黒騎士ナイトメアはその身を翻し、勇火に近づく。

 その不気味に笑う不吉な仮面からは死の匂いが漂っていた。


「でも、俺はこうしてここに立っている。──直撃すればタダじゃ済まない? あぁ、確かにそうだ。まともに喰らってれば今頃その辺でオネンネしてるだろうよ。なら一体何が起こったのか、馬鹿でも分かるだろ」


 呆然と口をパクパクさせる勇火は、信じたくはない可能性の話を一つした。


「まさか、当たっていない……? あの距離で? あのタイミングで?」

「まあ、そういう事になるな」


 有り得ない。

 防御どころか、回避なんて絶対に不可能なタイミングだったハズだ。

 それこそ身体を消すでもしない限り不可能だ。

 それに攻撃の直前と直後で、彼の位置に変化も見られなかった。

 これまでの戦闘から考えて、黒騎士ナイトメアは影から剣や盾を造り出し戦う神の能力者(ゴッドスキラー)だ。

 先ほどの攻防でも、勇火の電撃はそのほとんどを影の剣や盾で弾かれてしまっていた。

 確かに、彼のつくり出す影の盾なら防御も可能だろう。

 だが、そんな剣やら盾やらを造っている時間は絶対になかった。

 防御は間に合わなかったし、回避も不可能。

 なら可能性は……。


(影の盾や剣以外に、俺の電撃を無効かさせる何かがある……?)


「しょうがない、楽しませてくれた礼だ、一つヒントをやろう」


 黒騎士ナイトメアは、何が起きたのか理解できない子供をさとす教師のような口調でそう言った。

 不思議とその口調に違和感は感じず、むしろ酷く馴染んで思える。


「俺が姿を見せる事なく、どうやってここまでお前を追跡してきたのか、それを理解出来ればお前の攻撃が当たらなかったカラクリも分かるかもな」

「お前の姿が見えなかった理由?」

「ああ、そうだ。まあ、今更分かったところで何なんだって話しだけどな」


 つーかさ、と黒騎士ナイトメアはどこか不思議そうに言って、


「お前、東条勇麻と仲悪いのか?」

「?」


 話の流れを無視する唐突な質問に、思わず間の抜けたような顔になる勇火だったが、黒騎士ナイトメアの中では地続きの事らしい。


「いやさ、どうでもいいんだ。ただ、お前の反応を見るに、何も知らないみたいだからよ。少し気になったんだ」

「?」

「東条勇麻と黒騎士ナイトメア。この単語の並びを聞いて何も感じない時点で、お前の兄貴は、おそらくお前に何も話してないんだろうな」


 なんだ、その事か。と勇火は黒騎士ナイトメアの言葉に納得した。

 黒騎士ナイトメアという単語に聞き覚えは無い。

 けれども、勇麻がやけに仮面に嫌悪感を抱いている素振りを見せる事があるのを、勇火は知っていた。

 おそらく目の前の男が言っている事はあの日の事だろう。勇火の知らない、けれど“あの人”が死に、勇麻に何らかの変化が起こったあの日。何があったのか勇麻は話してはくれないが、確実に何かがあったであろうあの日の事。

 それは禁忌だ。

 決して触れてはいけないパンドラの箱。

 そんな事、聞ける訳が無い。

 勇麻は今も、罪悪感に押しつぶされそうになっているのだから。

 兄が自ら話してくれるまで、東条勇火にはどうしようもできない問題なのだ。

 

「まあ、どうでもいいか。どっちみちお前はここでリタイアするんだし」

「俺を……殺す、のか?」


 強気な態度でそう尋ねた勇火は、だが声の震えを隠す事ができなかった。

 そんな勇火を見て黒騎士ナイトメアはカラカラと笑った。


「さっきも言ったろ、トドメなんて刺さねーよ面倒くせえ。だから安心しろ、お前には暫くの間眠っててもらうだけだ」


 そう言って黒騎士ナイトメアは、懐から何かボロ布を縫い合わせたような小汚い袋を取り出した。

 中に何かがぎっしり詰まっているようだった。


「それは……?」

「『砂の袋』。って言っても、まあ分からないだろうがな」


 黒騎士ナイトメアは袋の中に右手を突っ込んで、ひとつまみの砂を取り出した。

 なんの変哲も無い、そこらのグラウンドにでも撒かれていそうな砂だ。

 だが、勇火は直感的に悟った。

 おそらく、あの砂に触れればゲームオーバーだ、と。

 自分がここまでだという事を理解した勇火は、残った力を振り絞って最後の手段に全てを懸ける。

 

(頼む……ッ! 間に合ってくれ!)


その為に必要なのは時間稼ぎだ。


「……黒騎士ナイトメア

「ん? 何だよ、まだ何かあるのか」

「お前は……、何故アリシアちゃんを狙うんだ?」

「それをお前に言って何になる? 理由を話せば納得でもしてくれるのか?」

「お前は……、いや背神の騎士団(アンチゴッドナイト)はこの街で一体何をしようとしているんだ?」

「知らんよ。知ってても教えないけど」

「お前は一体何なんだ? お前が兄ちゃんの──」


 勇火がそれ以上何かを語る事はなかった。


「俺が何者かに意味なんて無いだろ」

 


 黒騎士ナイトメアが右手で砂を振り掛けた瞬間、まるで糸を断ち切るように勇火の意識は一瞬で途切れてしまった。

 何やら最後の悪あがきで、電流を操作していたようだが、攻撃できるレベルにすら達していない、本当に微弱な流れだった。

 それでも、刃向かわれるのは何だか面倒くさいし、少ししゃくなので、黙らせてやったまでだ。

 決して、東条勇火が口走ろうとした内容が気にくわなかったとかでは無い。

 闇に沈んだ勇火の耳には決して届かないと知り、黒騎士ナイトメアうそぶく。


「俺もアイツも、所詮はどっかの誰かの代役に過ぎないんだから」


 誰に向けたのか分からない言葉を残し、黒騎士ナイトメアは闇の中へと消えていった。

 

 勇火のズボンのポケットの中、彼のスマホから一件のメールが送信された事に、黒騎士ナイトメアは気が付かなかった。

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