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Another Tiny Dungeon~戦争奴隷の人族だけど平和な学園生活を送りたい~  作者: フォンダンショコラ
第一章「どうせやらなきゃならないなら、思う存分やってみる」

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#03 災いというやつは人の事情を汲み取らない 前編

 廊下に出るためにみな動き始める。

 前方では、羽帽子を持った神族の少女が、帽子を胸に抱えたままおろおろと周囲を見ていた。列に入るタイミングを逃したらしく、右に行きかけて、左に戻り、結局その場で固まっている。


(大丈夫かな、あの子)


 声をかけようか一瞬迷ったが、ルカより先に、彼女に気づいたミスティー教官が「遅れずに。こちらですわ」と手招きした。神族の少女はびくりと肩を跳ねさせ、それから何度も頭を下げながら列へ入っていく。

 ルカの目の端にさっと、風のように動く存在が目に止まった。それは掲示板の前で見た緑竜族の男子が、誰の邪魔にもならない位置に自然と収まったところだった。まるで最初からそこに立つことが決まっていたみたいに、動きに無駄がない。


 そしてシアは、というと相変わらず誰にも目もくれず静かに移動していた。

 いや、あれは、目立たないようにしているつもりなのだろう。

 だが、長い黒髪の隙間からのぞく紫の角は、廊下に差し込む光を受け、自己主張していた。本人の思惑とは裏腹に、その姿は嫌でも周囲の目を引く。


 もっとも、彼女に話しかけようとする者はいない。教官が来る前にイーオと一騒動おこしたせいか、それともゼルン家という名に気圧されているのか。シアの周囲には、自然と薄い空白ができている。


(……あれはあれで、つらそうだな)


 要注意人物としてマークしていたが、さすがにかわいそうな気がする。

 しかし相手は関わらない方がいい相手なのだ。関わったら否が応でも目立ってしまうし、程々の学園生活を歩むことなどできないだろう。

 そう自分に言い聞かせても、ルカはどうしても凛として立つシアの後ろ姿が寂しげに見えて気になってしまう。

 列に加わりながらルカは心に引っかかりを覚えた。


「2組、移動しますわ」


 ミスティー教官の声に合わせて、列が動き出す。

 廊下を抜け、階段を下り、校舎の奥へ進む。初めて入る校舎は思った以上に広かった。磨き込まれた石床に、歴代のクルセイダーズらしき肖像画。壁に掲げられた紋章。窓の外には、学園の中庭と、そこを行き交う在校生たちの姿が見える。

 初めての場所に、物珍しさからキョロキョロと周囲を見回してしまう。

 やがて一行は、大きな両開きの扉の前にたどり着いた。手元の予定表には「大講堂に移動」。と書かれているので、おそらくここがその大講堂なのだろう。

 扉の向こうからは、すでに大勢の気配がしている。ざわめき。椅子を引く音。遠くで鳴る楽器の調律音。何百人もの人間が一つの場所に集まっている独特の熱気が、扉越しにも伝わってきた。


「ここが大講堂ですわ。入学式はここで行われます。中に入ったら、案内に従って組ごとに着席なさい」


 扉が開かれる。

 その瞬間、ルカは思わず息を呑んだ。

 広い。

 天井は見上げるほど高く、幾重にも重なった梁の間には、白い百合を模した装飾が吊るされている。壁際には神族の聖歌隊らしき生徒たちが並び、壇上には学園の紋章と、クルセイダーズの旗が交差するように掲げられていた。


 すでに他の組の新入生たちが整然と席についている。

 その背後には在校生。さらに奥には教官たち。そして二階席には、保護者や関係者と思しき大人たちの姿も見えた。


(これは……目立ちたくないなぁ)


 ルカは心の底からそう思った。

 だが、そう思えば思うほど、自分が人族であることが嫌でも意識される。視線がこちらを向くたび、肌の表面を細い針でなぞられるような感覚がした。特に保護者席からの視線がとても痛い。

 ルカは顔を伏せすぎないように気をつけながら、列になって2組の席へ向かう。

 ルカの心労をよそに、式そのものは思っていたよりも順調に進んだ。

 学院長の挨拶。

 来賓の祝辞。

 クルセイダーズ総司令部からの訓示。

 かれこれ2時間ほどずっと話を聞かされていた。どれも重要な話なのだろうが、緊張と疲労のせいか、ルカの頭には半分ほどしか入ってこなかった。ただ、何度も繰り返された言葉だけは耳に残る。


 世界を守る盾であれ。


 大仰な言葉だと思った。

 けれど、この場にいる多くの生徒にとって、ひいてはクルセイダーズにとってはそれが誇りなのだ。そしていずれ自分もその誇りを胸に抱くことになる。

 注意力が散漫になってきたようだ。

 他の者はこの長話に絶えているのだろうか。ふと気になってしまったルカはそっと周囲を見る。

 イーオは胸を張って座っている。彼の自尊心が大いに刺激されているのだろうか、名門貴族の子息らしく澄ました顔だ。ルカが個人的に気になっているものにも目を向ける。


 緑竜族の男子は、静かに壇上を見つめていた。誇らしげではないが真剣な眼差しだった。そして神族の少女は、なぜかもぞもぞと動いている。よく見ると背筋を伸ばそうとしているようだが、緊張のせいか肩が震えていた。

 そしてシアは。


(……顔色、悪くない?)


 2組の前方に座っていたシアは、明らかに落ち着きがなかった。俯き、指先を握りしめ、時折小さく息を吐いている。

 その理由は、すぐに分かった。


「続いて、新入生代表挨拶」


 進行役の教官が告げる。


「新入生代表、シア=ゼルン」


 ホールの空気が変わった。

 名前を呼ばれた瞬間、あちこちから小さなどよめきが起こる。

 四貴魔将の一つであるゼルン家の令嬢。そして魔王の妃候補。

 囁き声はすぐに静まったが、期待と好奇の視線だけは消えなかった。

 シアは、ゆっくりと立ち上がった。

 その動きは優雅だった。少なくとも、遠目にはそう見えた。長い黒髪が背中を滑り、紫の角が灯りを受けて深く輝く。壇上へ向かう姿は、名門の令嬢と呼ぶにふさわしい。


 けれど、ルカには見えていた。

 彼女の指先が、わずかに震えていることに。

 歩幅がいつもより少しだけ小さいことに。

 背筋を伸ばしているのではなく、伸ばさなければ崩れてしまいそうなのを必死に支えているのだということに。


(シア=ゼルン……君は…)


 要注意人物票の中で、最も接触を避けるべき相手。

 そのはずなのに、壇上へ向かう彼女の背中は、どうしてか、少しだけ頼りなく見えた。

 シアは壇上に上がり、演台の前に立つ。

 ホール中の視線が彼女に集まる。

 長い沈黙が落ちた。

 やがてシアは、演台の端を小さく握りしめ、ゆっくりと口を開いた。


「……新入生代表、シア=ゼルンです」


 声は澄んでいた。

 けれど、ほんの少しだけ震えていた。


「本日は、このような栄えある場に立たせていただき……大変、光栄に思います」


 用意された言葉を、慎重になぞるような挨拶だった。

 魔族の名門令嬢らしい堂々たる挨拶。

 そう受け取った者も多いだろう。

 けれどルカには、それが必死に間違えないようにしている声に聞こえた。


「私たち新入生一同は、聖トリスディア学園の生徒としての誇りを胸に、これからの学びと鍛錬に励み……り、立派なクルセイダーズを目指して……」


 そこで一瞬、言葉が止まった。

 ホールの空気がわずかに揺れる。

 シアは俯きかけた顔を、どうにか上げた。


「……が、頑張ります」


 最後の一言だけ、妙に素の声だった。

 沈黙。誰しもが唖然としていた。重苦しい静寂。


(―ああ、もう!)


 これからしようとする行動のバカさ加減に嫌気が走る。でも自分でもどうしようもない衝動がルカに行動を促した。

 パチパチパチ。

 視線がルカに集まるのを感じる。たった一人、辺りに響くように大きく拍手をした


「―っ!」


 壇上からシアが驚いた視線を自分に向けているのが分かる。そのきれいな紅色の瞳と視線が交わった。

 そしてルカの拍手を呼び水に、まばらな拍手が起こり、それはすぐに大きな拍手へと変わっていった。

 ルカも拍手をしながら、壇上のシアを見つめていた。


(……思ったのと違うみたいだ)


 そう思った直後だった。

 ホールの空気が、ぞわりと震え、上から押さえつけられるようなプレッシャーが与えられ、誰かが息を呑む音がした。

 次の瞬間、けたたましい爆音とともに大講堂の上部にある高窓が、内側から砕け散った。

 降り注ぐ硝子片。

 それらを呑み込むように、紅蓮の炎が大講堂の空気を焼いた。


「なっ――!」


 悲鳴が上がるより早く、炎をまとった影が宙を走る。

 まるで太陽のように鮮烈で熱い。

 燃え盛る魔力を尾のように引きながら、その人物は大講堂の二階席を飛び越え、在校生の列を飛び越え、壇上へ向かって一直線に落ち、シアが立つ横にドンと着弾する。

 熱風が頬を叩いた。


 ルカは反射的に腕で顔を庇う。視界の端で、何人もの新入生が椅子から転げ落ちるのが見えた。悲鳴が

そこかしこで上がり、会場内はパニックに包まれる。

 そんな中、炎を振り払うようにして中から現れたのは、一人の女性だった。


 金の髪。

 赤い瞳。

 手には流麗な曲線を描く美しい剣。

 美しい、その姿にルカは息を飲んで魅入ってしまう。


 こんな状況で、そんな感想を抱く自分がおかしいと思う。だが、そう思わずにはいられないほど、彼女は鮮烈だった。

 大講堂を満たすざわめきが、一瞬で恐怖に塗り替えられる。


「生徒アウラ! またあなたは!」


 ミスティー教官の声が美しい女性の名を呼んだ。

 怒声だった。先ほど教室で見せた優雅さとは違う、明確な制止の声。

 動こうとしたのだろう、だがミスティー教官は動けなかった。我先に逃げようと走ってきた生徒が彼女にぶつかったのだ。


 炎に驚いた新入生たちが立ち上がり、逃げようとし、押し合い、転びかけている。2組だけではない。大講堂全体が混乱していた。教官たちは生徒を守るために動き出しているが、人が多すぎるうえに無秩序に動いている。下手に突っ込めば、逃げ惑う生徒たちに押しつぶされてしまいそうだ。


 壇上の奥に目を向ける。誰かこの状況を収拾できるものがいないか一縷の望みをかけて視線をクルセイダーズの総司令官が座っていた椅子に目を向ける。

 しかし、総司令官が座っていたはずの席は、すでに空だった。

 そうだ。多忙を極める総司令官は式辞を終えるなり、退席したのだった。


(まずい)


 嫌な予感がルカの脳裏を駆け巡る。シアの横に並び立つ炎を纏った女性は不敵な笑みを浮かべながらまっすぐシアを見ている。

 女性――アウラは、そんな周囲の混乱など気にも留めていなかった。

 降り立った彼女はゆっくりとシアに向けて歩みを進める。


「下がれ!」


 制止しようとしたのは男の竜族の在校生だった。彼は壇上に飛び込むとアウラに向かっていく。腕の腕章から式の警備を任されていたのだろう。だが、アウラは視線すら向けなかった。

 剣が閃く。

 ただ一振り。

 斬ったのではない。剣の腹で払っただけだ。それなのに竜族の男子生徒の身体は横殴りの突風にでも打たれたように吹き飛び、壇上の端から転がり落ちた。


 悲鳴が弾ける。

 ルカの喉が乾いた。

 強い。


 そんな言葉では足りない。

 速いとか、重いとか、そういう段階ではなかった。あれは、相手が立ちふさがることすら想定していない動きだ。邪魔な草を払うように、人を吹き飛ばした。

 アウラは剣を肩に担ぎ、ゆっくりとシアへ歩み寄る。


 シアは動けていなかった。

 さっきまで演台の前に立っていたはずの彼女は、いつの間にかその場に尻もちをついていた。顔は青ざめ、唇は震え、深紫の角だけが炎の光を受けて不釣り合いなほど美しく輝いている。


「ひ……」


 声にならない声が、シアの口から漏れた。

 誰も動けなかった。

 教官たちは生徒の退避に手を取られている。在校生たちは一振りで仲間を吹き飛ばされた現実に足を止めている。新入生たちは恐怖で凍りついている。


 ルカも同じだった。

 動くべきではない。

 ルカが様々な人から情報を集めて作った要注意人物票には、はっきりと書いたのだ。

 在校生で最も視界に入ってはいけない相手。

 煉獄の薔薇姫、アウラ=フラン。鮮血の貴婦人。妖艶なる戦闘狂。淫靡なる炎魔。

 接触方針、視界に入らない。興味を持たれない。挑発しない。

 だから、動くべきではない。

 関われば終わる。

 平穏な学園生活なんて、その瞬間に消し飛ぶ。


(分かっている!!)


 分かっているのに。

 シアの震える指先が見えた。怯えた顔がそこにはある。誰かに助けてもらいたいのに声を出せない。


――それはかつての◯◯だ。


 ルカの足が、彼の意志に反して、床を蹴った。


「――っ」


 身体が前に出る。

 まだ間に合うかどうかも分からない。何ができるかも分からない。それでも、考えるより先に、ルカは走り出していた。

 壇上では、アウラがシアの前に立つ。

 炎の揺らめきの中で、金髪赤瞳の女性は心底楽しそうに笑った。

 そして、剣をゆっくりと振り上げる。


「さあ」


 アルト調の声が、大講堂に響いた。

 シアの肩が大きく震える。

 アウラは、笑っていた。


「妾を楽しませろ」


 高らかな宣戦布告。ゆるゆるとシアが頭を振っている。


「…ない」


 消え入るようなシアの声は何を言っているのか聞こえないが、彼女の言葉を聞いたアウラの雰囲気があからさまに不機嫌なものに変わった。

 ルカは駆け抜ける。逃げる生徒をすり抜け、床を蹴って飛び跳ねる。生徒たちの頭を越え、床に四肢を使って着地する。壇上まであと一歩だ。

 壇上ではすでに一触即発の空気になっている。一刻の猶予もない。


「見るに耐えん。死ぬがよい」


 アウラの声がはっきり聞こえた。同時にルカは叫ぶ。


「我に宿る精霊よ!契約によりその威を示せ!」


 その瞬間、ルカの四肢が光に包まれた。それは人族にだけ許された秘儀。魔力を持たない人族と、魔力の存在である精霊族の間で成立する儀式。

 それは人族を守るための祝福。古き盟約より受け継がれてきた寵愛の証。

 すなわち精霊装。

 ルカの四肢を包んだ眩い光は最初から定まったかのように武具への変わる。ルカの両手両足を包み込むそれはガントレットとグリーヴ。精霊銀で象られた流麗で美しい白銀の武具となる。

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