アラジン
シルクロードの熱い風が砂を巻き上げ、バルドゥーン王国の街並みをうっすらと黄色く染めていました。東西の富が集まるきらびやかな大通りから外れた、日雇いの労働者や貧民たちが身を寄せる薄暗い一角に、アラジンの家はありました。
崩れかけた土壁の隙間から差し込む強い日差しを遮るように、アラジンは腕を枕にして寝転がっていました。
「昨日あれだけ荷運びをやったんだ。今日くらいは働かなくてもいいだろう」
独り言をつぶやき、開け放たれた窓の外から聞こえる喧騒を他人事のように聞き流していると、乱暴に叩かれることもなく、静かに戸口をノックする音が響きました。
「ここの家主さんはおいでかな?」
低く落ち着いた、しかしどこか耳に残る声でした。
アラジンは寝返りを打ち、顔だけを声のした方に向けました。
「ああ、盗るもんも無いし、鍵もかかってないからそのまま入って来いよ」
現れたのは、旅の塵をまとった浅黒い肌の痩せた中年の男でした。整えられた上品な髭と、頭に巻かれた細やかな刺繍の施された布は、この貧民街にはおよそ不釣り合いな上等なものです。男は鋭い眼光を優しげな微笑みで隠しながら、部屋の中を見渡しました。
「私はファルザド。君に仕事を頼むために来た」
その丁寧な物腰に、アラジンは警戒するよりも先に、面倒くささが勝りました。彼はわざとらしく痛くも無い膝をさすり、眉をひそめて困ったような表情を取り繕いました。
「生憎だけど、昨日の荷運びで膝を痛めてしまってね。今日は動けそうにないんだ」
ファルザドはアラジンの大仰な仕草をすべて見抜いているかのように、かすかに口元を緩めました。
「これは困った。君にしか頼めない特別な仕事で、報酬に金貨三枚を用意していたのだが、致し方ないか」
金貨三枚。その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、アラジンの目が大きく見開かれました。それだけの大金があれば、泥にまみれて働くことなく、一年は余裕で食いつなぐことができます。少しばかり贅沢な酒や食事を楽しんでも、お釣りがくるほどの額でした。
踵を返し、今にも立ち去ろうとするファルザドの背中に向かって、アラジンは慌てて声を張り上げました。
「待ってくれ。まあ、せっかくこんな暑い中をわざわざ来てくれたんだ。もう少し詳しい話を聞かせてくれないか」
ファルザドは振り返り、満足そうに頷きました。
「いいとも。君に頼みたいのは、ここから少し離れた場所にある、封印された洞窟の奥からある遺物を持って来ることだ」
アラジンは上体を起こし、不審そうに片方の眉を上げました。
「なぜ俺なんだ? そんなに良い報酬を払うなら、自分で取りに行くか、そこらの頑丈な日雇いを大勢雇って行かせればいいじゃないか」
「それができたら既に行っておるよ」
ファルザドは静かに首を振りました。
「その洞窟に入れるのは、かつてそこを封印した者の血脈を受け継ぐ者だけなのだ。どれほど力のある兵士であっても、資格がなければ入り口の石扉に阻まれて一歩も進めない」
「俺がその血脈だって? どうやって調べたんだよ」
「これでも魔法使いの端くれでね。封印の魔力を調べ上げ、該当する人物をこのジーニーに探させたのだ」
ファルザドが差し出した右手の指には、瑪瑙のような深い黒色をした不思議な石の指輪がはめられていました。その石が、まるで独自の意思を持って呼吸しているかのように、アラジンの目の前でキラリと怪しく輝きました。
アラジンはその輝きに気圧されながらも、一番気になる疑問を口にしました。
「……中に危険はあるのか?」
ファルザドは髭をゆっくりとなぞりながら、少しだけ首を傾げました。
「分からぬ。なにせ、私には入れない場所だからな。だからこそ、金貨三枚もの破格の報酬を用意した。だが、安心してほしい。もし君が中で危険な目にあっても、すぐにここへ帰れるよう、このお守りの指輪を貸してやろう」
ファルザドは指輪を外し、アラジンの目の前に差し出しました。間近で見る黒い石は、底知れない深みを持ったきらめきを宿しており、冷たい熱を放っているかのように見えました。
アラジンはその美しさに魅了されるように指輪を受け取り、力強く頷きました。
「わかった。その仕事、俺がやるよ」
こうして、怠け者の青年の運命が、静かに動き始めました。




