第20位「助けて」
椅子に座るなり、女はタロットカードをシャッフルした。
「じゃあこの中から一枚選んで」
リアは並べられたカードを一枚だけひっくり返した。見たことのない、不気味なテイストの絵が現れる。
「まずは結婚運ね。んー……あら。あなた、将来身分の良い相手と結婚するわよ」
女は次々と当たり障りのない話をする。
「顔はハンサムね。でも嫉妬深い面倒な男に好かれやすいみたい」
リアは思わず苦笑した。
(当たってるというより、どこか拾われてる感じがする……)
「あなたの一番の悩みを言ってみて」
その言葉に、リアの肩がぴくりと揺れた。
「もし良かったら聞くわよ」
リアは打ち明けた。
「初めて相手にひどいことを言ってしまって……どうしたらいいか分からないんです」
「その人と価値観が違うというか、女の人への理解が少なくて……」
「相手が私のことをどう思っているのかも分からないんです」
「少し……信頼するようになり始めた頃だから……相手から信用されていないのが分かって……」
「その分ショックも大きかったです……」
占い師の女はタロットカードを整え始めた。
「あらあら。可哀想に。それは相手が悪いわね」
「で、でも、私が強く言い過ぎただけかもしれないので……」
バンっと机を叩く音と共にタロットカードが机に飛び散る。リアは恐怖で固まる。
「男は自分のことしか考えていないの……」
女の声から明るさが消えていた。
「その彼も、一度手に入れたらあなたをすぐ捨てるわ。別れなさい。乱暴なことをされて傷付く前に」
気配がただただ怖かった。けれど、リアは自分の状況を少し整理できた。
「そんなことしないと思います、彼は。勝手なこと言わないでください……」
言った瞬間、自分でも少し驚いた。
さっきまであんなに腹が立っていたのに。
「ふふ。ならそれが、彼に対するあなたの本音ね」
女は打って変わって笑顔を見せた。顔を覆う薄い布が揺れ、赤いリップグロスが光る。
「もしかして今のは演出ですか……?」
「そうよ!当たり前じゃない!他人に言われて気づくこともあるものだから」
「……そうだ。いいものを見せてあげる」
そう言ってタロットカードを机の隅に寄せ、目の前に紫色の水晶を置かれた。
「これは未来が見える特別な水晶なの」
女が手をかざすと怪しく光る。
「きっと……あなたと恋人の未来も見えるはず。何が知りたい?」
「……私は」
言葉が詰まった。
(セドリックさんと……)
言葉が続かない。
百日後。
契約が終わる頃。
(その時、ちゃんと話ができる関係のままでいられるのかな……)
さらに、コトン、と湯呑みを置かれた。
リアが水晶を見ている間に女が注いでくれたようだ。
「お茶でも飲んで、落ち着いてちょうだい」
「あ……これって……」
「いい香りでしょ。あなたにだけ、特別よ」
クラスメイトが話していた、外国の緑色のお茶。この時、好奇心が勝ってしまった。
「頂戴します」
いい香り。お茶を飲むと……やけに濃く、渋い。聞いていた甘い飲み物とは異なるようだ。
ふと、水晶に何か映る。それは未来ではなく、僅かなカーテンの隙間。
(女の子……)
(人……じゃない)
(白い人形だ……)
こわい。
逃げたい。怪しい。空気が冷たい。
「あの、私……やっぱり帰ります」
後ろを振り向いて扉まで走ろうとした瞬間。時間が止まった。足元に何かが忍び寄って、手首を掴まれる。
誰かの魔法だ。
(セドリックの魔法じゃない)
心臓の音がドクドクと速くなる。
(この感じ、魔物――)
そう、本能的に理解した。胸元の赤いペンダントが、大きく揺れるその瞬間。
「捕まえろ」
低い声が聞こえた。奥に何かが潜んでいる。
視線だけを動かすとそれは闇。
無数の黒い手が、足、胴体、腕へと絡みつく。
「やだっ」
グググ……
必死に体を動かすが、力が強い。
「絶対、やだ……っ!」
喉が震えて、うまく声にならない。
「誰か……」
逃げ場はもうなかった。抵抗できないまま闇に引きずられ、連れて行かれる。
助けて、そう叫びたかった。
「セド――」
部屋中に、甘いお香の匂い。
(あ、――だめだ)
その瞬間、跳ねるように駆け寄ってきたオッドアイの猫と目が合う。
「ニャア」
鈍い音と共に、リアは意識を失った。
◆第一章 完◆
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次回からは【第二章】が始まります。
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