第2話 夜の訪問は甘くないようです
二十一時になる少し前。
お風呂から上がり、明かりを灯したその瞬間、窓ガラスが小さく音を立てる。リアはそちらへ視線を向けた。
すると窓の外に……黒い影。
「……セドリックさん?」
いつの間にか、名前で呼んでいた。静かに窓を開けると、冷たい風と共に彼の姿がはっきり見えた。
「どうしてそんなところから……」
「お前は自分の寮のルールも知らないのか?」
「あ……」
リアの寮は女子専用だった。
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戸棚からティーカップのセットを取り出し、紅茶の缶を開けた。「おもてなし……」と呟くと、彼が隣に来た。
「借りる」
「用意してくれるんですか?」
彼はティーポットに水を注ぎ、淡い光を灯す。すると、白い湯気がかすかに揺らいだ。リアはその様子を隣で見つめていた。
(手慣れてる……こだわり強そう……)
椅子に座って待っていると、やがてカップに紅茶が注がれ……リアはそれを一口飲む。
熱い紅茶が喉を通る感覚が『あの時』と似ている気がして、リアはつい彼の方を見た。彼もそれを察したように静かに語り出す。
「手順は踏んでいく」
手元の瓶を開けると、砂糖が宙を舞う。
「最後は……リスクも高い。最も結晶に近い効果を得るからだ。当然、魔力の量も違う」
「身体にも負担が出る」
受け皿がコロンと音を立てると、そこには花型の砂糖が乗せられていた。
「可愛い……」
「高熱や吐き気は出るが、死にはしない。覚えておけ」
「あ、はい」
(契約は甘くないってことね……)
彼が造り出した砂糖を紅茶に入れ、スプーンでくるくると混ぜた。香りをかぎ、心を落ち着かせる。
「あの……。これから毎晩する光の力の受け取りって、首じゃないと駄目なんですか?」
ゆっくりと混ぜ続けた。
「せめて、手とか」
「……指先とか」
(百日も続くなら、選びたい)
彼は表情を変えずに言う。
「何故?」
(何故って……)
小さなテーブルに、カップをゆっくり置く。
「だって……恥ずかしいから」
この国の女性は首元を隠す。
命を預ける相手以外には、決して触れさせない。そんな風に幼少期から教わる。
「……全部、捧げるのと一緒なんです」
リアは両手で首を隠し、彼をじっと見る。彼はため息を吐き……目を伏せながら、指を鳴らす。
パチンッ
すると宙に浮いた絵本が現れ、パラパラと開き出す。
「この国の神話の始まりを知っているか?」
リアは静かに頷いた。
絵が描かれたページが、生き物のように動き出し、 神話の記憶が流れていく。
* * *
昔々、この国で暮らす妖精たちは女神から授かった聖樹の苗を育てていた。人間になるために。
やがてその聖樹は、光の実を結ぶようになった。
「こんなところに果物が……。何日ぶりの食事だ……。あぁ、これで助かる……!」
人間は貪るように、聖樹から光の実を摘み取り食べた。
「ありがとう……ありがとう……」
たくさん感謝をしてくれ、妖精たちも喜びを感じ、また光の実を育てた。
やがて数年が過ぎた。
「子どもが産まれました。女神様のおかげです。魔法も使える……。これでうちの一族は救われます……」
「女神様、ありがとうございます」
男とその妻には妖精の姿が見えない。だが、聖樹に向かって、女神への感謝を忘れずお礼を伝えてくれた。
妖精たちは人間に近づけたと喜んだ。これで、女神様に願いを叶えてもらえると。
しかし、現実の人間たちは、その夫婦のように慎ましくない。やがて噂は広がり――
* * *
「欲張る人間たちが光の実を口にし、魔力は国中へと広がった……その名残が、この儀式だ」
絵本をトン、と指で叩く。
「首が嫌なら……口から受け取るしかない」
彼は片手に光を集め、実のように丸くした。神々しい光にリアの心臓が大きく跳ねた。――けれど。
「……それも、駄目です。あなたの意思とは違う」
リアは首を横に振る。それは他国では、口付けにも等しい重い儀式。首元は……きっと抱擁。
「口は残しておくべきです」
こんなにも貴重な力を口からなんて、赤の他人の自分が軽々しく受け取るのは国の文化に背く行為。
彼の態度を見て分かったが、その重さをきっと理解していない。
「この先……もし、あなたに好きな人ができたらどうするんですか?」
「婚約の儀式は大事なものなんです。そういうのは本来、一度しかしないんですよ」
(この国から出て行く運命の私には、無縁の話。だけど、彼は違う。この国で生きていく未来がある)
できれば彼には文化を守って欲しい。リアは無意識に、自分の唇を指先で隠した。
「あなたはもっと自分のことを考えるべきです」
「なら、首で決まりだな」
(分かってない……!!)
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彼は目を細め、ぱたんと絵本を閉じた。
それをリアに渡す。
「俺はどちらでも構わない。お前に必要なら……それに従うだけだ」
なんでもないかのように言った。
「……あなた、やっぱり変ですよ」
リアは彼との価値観の違いに困惑した。
するとセドリックは立ち上がり、リアの残した紅茶を躊躇なく飲み干した。
「え!?」と声を出し、リアは唖然とした。
「今夜も始めるぞ」
彼が手のひらに光を灯す。リアは気づくと、首を手で隠していた。
少し目が合った後――
「……直接は触れない。首にかざすだけだ。嫌なら、拒否しろ」
その言葉を聞き、そっと手を離す。
「お願いします……」
(なんだか納得がいかないわ……)
リアは落ち着かせるように、胸元のペンダントを握りしめた。
「目を閉じろ」
光が、あまりにも眩しかった。




