第1話 起きたら契約後の朝でした
鎖が引っ張られ、リアは一瞬バランスを失う。
小雨が降り出した。
暗い森の中。
彼は振り返る。
雨粒がリアの頬を伝い、ゆっくり地面へ落ちていく。
「勘違いするな。これは契約だ」
「お前が忘れても俺は忘れない。見放さない」
「これは……俺だけの任務だ」
ザァァ……
雨の音が、やけに煩い。
もう、三年も前――
気付けるはずがなかった。
(この人に、なにがあったの……)
* * *
翌朝。
「涼しい……」
ギシッ
「うっ、眩しい。もう朝……?」
カーテンの隙間から差し込む光を手で遮る。
「……ここ、どこ……」
いつの間にかベッドで眠っていたらしく、体を起こすと少しだけ寒気がした。
昨日雨に濡れたせいか微熱があり、うっすら汗もかいている。おまけに見覚えのない白いシャツを着ていた。
「……? 袖が長い……」
腕を伸ばしながら周囲を見渡すと、壁にかけられたハンガーに見覚えのある服がかけられている。
(私の服……なんで)
(なんで?)
(え!?)
視線を動かすと、視界の端に黒い人影が見えた。そこで自分が着替えさせられていたことに気づき、顔が一気に熱くなる。
「こ、このシャツ……っ」
「魔法で着替えさせただけだ」
そう言うと、椅子に座って本を読んでいた彼は指を鳴らし、魔法でカーテンを開けた。光とともに、温かい風が広がる。
「言っておくが……触れていないからな」
(睨まれた。うっ……近い……)
「勘違いして騒ぐのはやめろ」
(なっっ。魔法使いって、心まで読めるの……?)
触れてはいない……。つまり、まぁ……そういうことなのだと悟って、シャツの襟元をギュッと握った。
(……そうよ。契約すると決めたのは、私)
だから仕方ない。そう言い聞かせた。
(魔力を与えるのは、命を削るのと同じこと。私はただ、受け取るだけ……)
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すると、つけられていた『光の首輪』が消えていることに気づいた。思わず首をペタペタと触る。
「その首輪は普段、見えない」
(まだついてるのね……)
「お前には何度も契約を断られている」
「それは拘束――いや、保護の証だ」
(今“拘束”って言った……)
「俺がお前を信用できるまで、それは外さない」
ごくりと息を呑み、リアは一気に青ざめた。「私だって、あなたを信用していない……!」とは本人の前では言えず。
「分かりました……」
静かに心を落ち着かせ、胸元に手を当てると大事なものがないことに気づく。
「あ!……ペンダントがない……!」
彼はポケットに手を入れ、何かを掴むとリアの前で開いて見せた。
赤い光が雫のように揺れ、ひとつのペンダントが現れた。彼はそれをリアの手のひらに乗せる。
「補強はしてある。受け取れ」
「……ありがとうございます」
欠けた部分はもう直らない。でも、ずっと大切にしてきたお守りは手元にあるだけで嬉しさが込み上げた。
(よかった……!)
(……?)
(これって、鉄錆の匂い……)
顔を近づけるとその微かな違和感が、胸の奥に残った。
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「着替えました……振り向いて大丈夫ですよ。シャツ、ありがとうございました」
「そうか。なら、行くぞ」
昨夜と同じように黒いフードを被せられた。扉を開けて外へ出ると、足元には水溜りが見える。
また走ったり歩いたりしながら、彼について行く。次にフードを外した時には、目の前は学院寮だった。周囲にはまだ誰もいない。
「この上着……洗って返しましょうか?」
「そのままでいい」
彼は返した上着をそのまま羽織り直した。
「二十一時だ」
「は、はい……?」
(訪問時間のことかしら……)
魔法使いが去った後、リアは寮に入り、自分の部屋へ戻った。
「はぁ……」
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シャワーを浴び、扉前に届けられていた新鮮な牛乳を飲み干した。朝食を食べてから制服に着替え――学院寮を出た瞬間。
風とともに、桜がふわりと舞った。
「……わっ……綺麗……」
思わず水色の空に手をかざす。
すぐ隣にある学院へ向かうと、生徒たちが登校を始めていて、リアもその中に混ざった。
「おはよう」の挨拶に混ざってテストやお菓子、飼い猫の話が聞こえてくる。
そして、賑やかな会話の合間に――不審者の話も聞こえてきた。
「例の不審者、魔法使いだったらしいよ」
「すごく怖いんだって。黒い服を着てるみたい」
(……あの人のことだ)
黒い蝶。
赤い瞳。
雨の日の言葉。
あの時の光景を思い出し、見えない首輪が少しだけ重く感じた。
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「はい。じゃあ次はあなたの番ね」
リアは学院内の計測室で、欠けた赤い石のペンダントを握りしめたまま……もう片方の手を、ろうそくに火を灯すように魔道具へかざす。
(お願い……!あと一年だけ……!)
すると空気が揺らぎ……魔力の流れが集中し、小さな羽が静かに回り始めた。
(よかった……。これで、大丈夫)
羽は回転を速め、止まる気配を見せなかった。
(あと一年はいられる)
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廊下へ出ると、他の生徒たちとすれ違う。
「私、A判定だったわ」
「僕はS判定だったよ」
(私はC……)
この国では、魔法の強さではなく『魔力の純度』で評価が決まるため、学院でも毎年測定が行われていた。
リアは渡り廊下を歩きながら、欠けた赤い石を見つめる。
「この赤い石のおかげね……」
赤い石のペンダント……つまり魔石のことだ。学院内でも日常的に、魔力を補う様々な魔道具の使用が黙認されている。
こんな会話が聞こえてきた。
「うわっ。俺視力落ちてたわ」
「君、いい加減に眼鏡を買いなよ」
「まだ大丈夫だろ」
そう言ってその男子生徒はペンダントを取り出した。リアとは異なる魔石。
そのためリアも表向き、『ただの一般生徒』として過ごせていた。
後ろからトントンと肩を叩かれ、振り向くと仲の良いクラスメイトがいた。
「リア、一緒に教室戻ろ!」
「うん!」
友人がポケットから一枚の広告を取り出す。
「知ってる?学食の隣にカフェができるんやって」
カフェという響きにリアは胸が高鳴った。
「外国のグリーンティーが飲めるらしいんよ」
「そうなんだ……楽しみ!こっちも美味しそう」
普通の女の子として、友人と笑い合う。
――昨日までは。




