第76話 剣魔相打つ
薄暗い地下実験場で、鉄の巨人とニノンが対峙する。
威圧的で圧倒的な存在感を誇る偉大なる刃と並ぶと、ニノンの存在はまるで蟻にでもなったかのように矮小な存在に見えた。
身長差にして5倍以上。
体積にすれば、それよりさらに上。
大きさの違いはそのまま存在感の違いへと繋がり、両者に残酷なまでの対比を見せていた。
『好きに来たまえ』
余裕たっぷりのソンブルイユの発言が、ニノンの脳内に直接響く。
『なんなら、君の詠唱が終わるまで待ってあげよう。私は紳士だからね』
「戯言を……」
余裕たっぷりのその様子に、ニノンはブチ切れそうになる。
だが感情の下の冷静な頭脳は、そのような態度を取るに足るだけのものがこの巨人には有るのだろうと冷静に分析していた。
おそらく、魔法対策は万全。
そう結論付ける。
だとしても、自分の武器は魔法しかない。
右手に嵌る籠手は対人特化の武器。
人が装着する現代式甲冑は貫けても、眼の前の分厚い装甲を持つだろう鉄巨人にそれが通用するとは思えなかった。
そのような事ができるのなら、とっくの昔にこれは主力武器になっている。
魔族の外皮すら貫けないから、対人粛清兵器などと言われているのだ。
この武器は。
『奥ゆかしいものだ』
逡巡するようなニノンに、ソンブルイユはさらなる嘲笑を加えた。
『君は筋金入りの箱入り娘という訳だ。可愛らしいものだね』
ぎぎぃ、という音が空間に響く。
鉄の巨人が、ゆっくりとその腕を振り上げていた。
手にした巨大な棍棒を天高く、掲げるように頭上へと持ち上げる。
『では少しやる気が出るよう、手伝ってあげようではないか!』
ぶん、などという生易しい音ではない。
巨大な鉄の柱は空気を無理矢理かき分け、ごう、という圧力を伴った音を轟かせながら、床を叩かんと猛烈な勢いで振り下ろされた。
その狙いは言うまでもなく、ニノンである。
「ヤバッ!」
ニノンは咄嗟に横に跳びのける。
まるで無様に、驚いた猫がぴょいと跳び上がって駆け出すように。
不格好に、だが本人としては必死に飛び退いた。
ガイィィィィン!という鉄と鉄がぶつかり、擦れる音がニノンの背後から聞こえる。
耳に不快なその高音は、衝撃を伴いニノンを襲った。
爆裂的な衝撃が、その背中を襲う。
不格好だった回避動作がそれに押されさらに不格好に、まるで地面に叩きつけられるようにしてニノンは床を滑り、転げる。
二、三度体が横に回り、ようやく彼女の体は停止した。
横を見れば、自分の胴体よりも太い鉄の柱が、やはり鋼鉄製の床をへこませ、そこに鎮座していた。
もしそれに潰されていたらどうなってたか。
恐ろしい想像に、ニノンは体の痛みも忘れ恐怖に震える。
『単純な物理攻撃のみでも、この偉大なる刃の力は圧倒的だ』
どうだ、すごいだろう?
ニノンが耳にするソンブルイユの声は、そういう感情が透けていた。
『少しは体を動かし給えよ、君。そうでなければ』
ぎっ、と再び音がする。
再び棍棒が掲げられる音だった。
『永遠に物言わぬ、深窓の令嬢となってしまうぞ!』
棍棒が振り下ろされると同時に、ニノンも動き出した。
飛び退いた衝撃が、やはりまだ体に残る。
か弱い美少女の自分には無視できない大ダメージだ。
だがここで動かなければ、死ぬ。
理性と本能の出した結論が合致し、彼女は全てを忘れて体を動かした。
右手で左腕の袖口から巻物を抜き出し、放り投げる。
同時に左手は杖を強く握りしめ、魔法陣を描き出した。
「爆裂!」
騎士を奇襲する為に選んだ魔法を、今度は迎撃に用いる。
棍棒の眼の前に盾のように置かれた小さな爆発は、その威力で軌道をずらし、弾いた。
同時にニノンは棍棒が弾かれたのとは逆方向に既に動いていた。
ガァン、という音がする。
今度はニノンから遠くで。
――完成まで、もう一手!
「石の壁!」
ニノンは巨人の腕の上に、石の壁を作り出した。
高さ10メートルにもなろうそれは、振り下ろした腕の上へ、まるでのしかかるように出現する。
膨大な質量がのしかかった巨人の腕は、ぐん、と押し付けられる。
脆くはあるが重いそれは、巨人のバランスを崩すのに十分な働きをした。
そして不安定なそれは即座に倒れるが――それも、全てニノンの思惑通りであった。
巨人の体と同じ位の高さの壁が、巨人めがけて倒れていく。
頑健な巨人の体は石の壁を見事に弾き、砕き、その身には如何程の傷もなかった。
しかしその重みは確かに彼の動きを阻害した。
『んなっ!?』
予想外だったのか、ソンブルイユの間抜けな声までが通信に乗って彼女の耳に入ってきた。
巨人の体も、無様に体を崩し、斜めになっている。
ニノンの二手は、彼女の本命を番えるまでの詠唱時間を確実に作り出していた。
眼の前の魔法陣が完成する。
淡い光が、ニノンを守る盾のように展開されている。
しかしそれは守る為の光ではない。
攻める為の、獲物を狙う眼光なのだ。
真理の杖を高く掲げ、彼女は告げる。
「光弾噴出!」
力強く放たれた起動鍵と共に、魔法が完成した。
魔法陣より、光弾が放たれる。
一つ、二つ。
五、十。
二十、三十。
遂に百も越え次々と放たれる光弾は、まるで火山より噴出する噴煙が如く止まらず、膨大な光の雨となって巨人へと降り注いだ。
一つ一つの威力は然程――魔導師基準で――だが、その数により圧倒的な威力を誇る魔法。それが、この光弾噴出であった。
ニノンが得意とする魔法の一つである。
「穴ボコになりやがれ、クソ巨人!」
死にゃあ!という感情を杖に乗せて、ニノンは全力で魔法を展開する。
鋼鉄製の装甲であろうと、何度もぶっ叩けばぶっ壊れる。
一発で駄目なら百発ぶち込む。
ニノンは今一撃の大技を叩き込むより、小技の連打をすべきだと判断した。
もし今打ち込んでいる部位が効かなくても、この魔法なら遍く全ての部位に攻撃を叩き込み、その弱い部位をさらけ出す事ができる。
見つけたらどうするって?そりゃもう集中攻撃よ。
とりあえず胴体へと攻撃を定め、そこに光弾を集中させるが――
「んなぁ!?」
今度はニノンが奇声を上げる番だった。
雨あられと降り注いだ光弾は確かに巨人の体を蹂躙するはずだった。
しかしそれは、巨人の体表に近づくと、まるで萎むように縮み、力を弱める。
そして弱まった光弾は容易にその鋼鉄の肌に弾かれ、一切の効果を見せなかった。
『魔法の判断を誤ったな』
勝ち誇るようなソンブルイユの声が、ニノンの神経を逆立てる。
『この偉大なる刃の装甲は霊的積層装甲となっている。死霊を知っているだろう? 精神体のような霊的存在は、現世での魔法効果が半減するのは周知の事実だ』
また始まったよ、と思いながらも、ニノンはソンブルイユの演説に耳を傾ける。
情報を開示してくれるならそれに越した事は無い。
『従属させ意思を剥奪した、そのような霊的存在を装甲の間に多重に挟みこむ事で、この偉大なる刃は高い魔的防御を備える事が可能となった。光弾のような純魔力攻撃は、最も防ぎやすい攻撃なのだよ』
「そうですか、ご丁寧にどうも」
クソが!
ニノンは思わず心の中で悪態をつく。
ソンブルイユの言が事実であれば、確かに魔法の選択ミスと言えた。
光弾噴出は魔力の塊を打ち出す魔法。
魔法が効き辛い相手に対して使うなら、間違いなくミスチョイスだった。
というか幽霊が魔法弾くからって普通盾に使おうとか考えるかよ。
こいつ頭おかしいな。
ソンブルイユの評価を、色々な部分でニノンは修正する。
イカれてはいるし作り出したものもイカれてはいるが、発想と能力は本物だ。
眼の前の鉄巨人――偉大なる刃は、もしかしたら思っているより遥かにヤバい代物なのかもしれない。
――伊達に聖剣なんて言い張ってないですね。
もしこれが量産されて、魔族戦線に投入されたら。
確かに今の膠着して閉塞感のある状況を、打破できるかも。
そう思わせる力は持っていそうだった。
がらがらと石の壁の残骸を押しのけながら、巨人はニノンへと向き直る。
想像してはいたが、石の塊もこの鉄巨人の動きを長く掣肘する事はできないようだった。
せいぜい足元を乱す程度の役割はするだろうが、それだけだ。
『だが、素晴らしい一撃だった。流石は魔導師。並の魔法使いであれば、同じ効果を出すのに何人必要だった事やら』
巨人はゆっくりと、左手を掲げる。
『こちらも返礼をせねばなるまい。存分に受け取ってくれ給え』
その前腕の装甲が、がぱりと開く。
まるで華咲くように、四方へと。堅き花弁は大輪に咲き、その中身を露出させていた。
そこには幾重ものケーブルが束ねられ、律動する血管が如き何かが詰まっていた。
どくんどくんと蠢く様は見知らぬ生物の臓腑のようで、グロテスクなものがあった。
その疑似的な血管に、光が走る。
魔導式が励起する光。
ケーブル一つ一つに編み込まれた魔導式が一斉に起動していた。
それに連動するよう、背中の筒の表面にも光が走り、怪しく明滅する。
「不味ッ!?」
そこに魔力の高まりを見て取ったニノンは、咄嗟に複数本の巻物を取り出した。
この光景に似たものを、見た事があった。
まるで竜が魔法を使う時のような――
「防護壁!」
防御魔法を展開する。
詠唱は間に合わない。
低位の魔法だけでなんとかするしかない。
「防護壁! 力場減退」
矢継ぎ早に起動鍵を唱えて、どんどん魔法を展開する。
これら一つ一つの効果は薄い。
だから、重ねて耐える。
「魔法抵抗!」
――来るッ!
攻撃までに展開できた魔法は四つ。
咄嗟にしては十分の数だとニノンは思う。
後はもう相手の攻撃を捌き切れると祈るしかない。
巨人の左手はまるで太陽が如く輝いていた。
幾重もの魔導式の励起光が束ねられ、想像以上の光量を発していたのだ。
しかしそれが、フッ、と不意に消える。
唐突な光の消失に、まるで部屋が闇に閉ざされたかのような錯覚をニノンは覚えた。
「聖伐の光」
巨人の中から聞こえる、ソンブルイユのくぐもった声。
その起動鍵と共に、魔法は発動した。
莫大な光の帯。
まるで光が壁になって迫ってくるかのような感覚を、ニノンは覚えた。
音も無く、熱も無く。
ただ光だけが、自分に迫ってくる。
美しいまでの、真白な光。
しかしそれは彼女を焼く為に訪れた、死そのものだった。
防護壁で展開した光の壁が、徐々に消えていく。
その様はじわじわと光に侵食されて食い尽くされるようだった。
死が迫る中、ニノンは冷静に杖を構えた。
自分が使った光弾噴出と同じ、魔力を直に打ち出すタイプの魔法。
なら、目は有る。
ゆっくりと、光を迎え撃つように、ニノンは杖を掲げた。
「汝、永久に宙を航れ」
静かに、厳かに、始動言語を口にする。
魔法陣は展開しない。
この魔法に、魔法陣は要らない。
唱え損じる事は無い。莫大な時間も、必要ない。
この魔法は、自分そのものなのだから。
射出した聖伐の光の威力に、ソンブルイユは勝利を確信した。
この莫大な魔力の光を叩きつける魔法は、偉大なる刃でも特に威力の高い攻撃の一つだった。
「少々はしゃぎ過ぎたかな」
巨人の体の中で、彼はやりすぎたと反省した。
できればもう一、二射ほど魔法の耐久訓練を行うべきだった。
しかし相手の魔法を想定通り無効化できた喜びが、ついついこの大火力攻撃を選択させてしまった。
自分が作り上げたこの聖剣が、古式に劣らぬと、見せつけたかったのだ。
――私の作り上げたこのG・Tこそが最強なのだ。世を救う勇者の聖剣なのだ!
この成果を以て、救世会に次回の勇者召喚事業の主導を申し出る。
聞く所によるとカスタルノー卿は今回の召喚で何か不手際を起こしたらしい。
救世会の方も大分混乱しているという知らせが届いていた。
詳しい話はわからないが、まあそれは上に出た時に調べればよかろう。
そのような状況であれば、私にも目が有る。
自分の手で喚んだ勇者が、自分の作り上げたG・Tに乗り魔族を撃滅する。
それはなんと甘美で、勇壮で、素晴らしい夢だろうか!
巨人の腕から放たれる光を見つめながら、ソンブルイユは恍惚とした思考に浸っていた。
数十秒に及ぶ光の放出が、徐々に収まっていく。
未だ残る眩い光に目を細めながら、ソンブルイユは呟く
「欠片でも残っていればよいが」
まあおそらく消し炭になっているだろうがな。
彼は心の中でそう付け加える。
聖伐の光は連続使用できない代わり、その威力は保証されていた。
そもそも人に対して使う事を想定した魔法ではない。
魔族の軍勢に放ち、薙ぎ払う為の魔法である。
そんなものを受けて無事な人間が居るとは思えなかった。
射出前に唱えていた低位の防御魔法では、焼け石に水。
耐える事は不可能だとソンブルイユは理解していた。
だが。
「馬鹿な」
ソンブルイユはそこに、信じられぬものを見た。
ニノン・ザ・レイディアントソード。
古式の魔導師が、五体満足でそこには居た。
堂々と立ち、如何程も無かったかのように。
「馬鹿な!」
思わず叫ぶ。
有り得ない現実に対して、そして己の苛立ちを隠して。
「対軍魔導式の聖伐の光に、人が耐えるなど!」
そうしてソンブルイユは思い出す。
古式を侮るな、と最初に言ったのは誰だったかと。
侵入時の様子から、戦闘には秀でていないと決めつけてしまったのは誰だったかと。
あれがブラックハートの弟子だと、一番理解していたのは誰だった――?
「あんま舐めてんじゃねえぞ」
不敵に笑い、睨みつけてくるニノンの周囲には。
「わたしゃね、天才なんだよ。よく覚えとけ」
淡く青い光が、彼女の周囲を漂うように、飛び回っていた。




