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第67話 魔導士の死闘

 扉の先は、一本の真っ直ぐな通路が先へと続いていた。


 さて、と。


 ニノンは思案する。


 おそらく、自分の情報は既に把握されているだろう。

 この所内に警報・監視魔導式の類が張り巡らせられているのは想像に難くない。


 ――最新式の深部魔力探知式から身を隠すのはちょっと難しいですからね。


 最新式の監視システムは驚く程に精緻である事を、彼女も知っていた。

 何せ魔力という万物に宿るものを目印にしてこちらを追って、調べて、精査してくる。

 隠蔽に全力を注がなければとてもじゃないが欺くことは不可能だろう。


 なので、ニノンは隠れる事は最初から選択肢に入れていない。

 そして選んだ道は至極単純。


 正面突破。しかも、力付くで。


 それが、この魔法使いの少女が出した答え。

 単純だが、完遂できれば一番手っ取り早い解決法を彼女は選んだ。


 ニノンは懐より巻物(スクロール)を三本、取り出した。


「まずは防護障壁(プロテクション)


 それらをぽいぽいっと空中に放り投げ、発動させる。


 まず使ったのは防御の魔法。

 物理的な攻撃に対する防御力を上げる。

 これで剣で斬りつけられようとも、即死から瀕死くらいにはなるはずだ。

 気休めと言えばそうだが、その僅かな差で命が救われる事も有る。


対魔法防壁(アンチマジック)


 続いて魔法の影響力を減じる魔法防御を展開する。

 これでダイレクトにこちらの精神に訴えかけてくる魔法や、放出系の魔法の影響を減じる事ができる。

 こちらも気休めと言えば気休めだが、やっぱり無いよりマシだ。

 特に現代式(デルニエクリ)はその手の魔法が得意ではない。

 半端な放出系攻撃なら、大分影響を減らす事ができるはずだ。


「最後に曖昧化(ブラー)、と」


 この魔法は、自分の姿をぼやけさせ、視認し辛い状態にするものだ。

 相手から自分はぼやけた幽霊のような姿にしか見えなくなる。


 一見大した意味の無いように思えるこの魔法だが、戦闘では思いのほか役に立つ。

 動きが見え辛いという状況は、それだけで相手に思考負荷を押し付けることが可能。

 よく見えない動きを相手は必死で見て、考え、対応しなければならない。


 理想でいえば完全に姿が見えなくなる透明化(インビジビリティ)がいいのだが、あの魔法は持続時間が短い。

 それに比べこの曖昧化(ブラー)は持続が長く、継続して使うのに向いているという特性を持っていた。


「よし」


 ぼやけた姿で、ニノンは気合を入れる。


 これで、戦闘準備完了!


 ずかずかと、ニノンは進む。

 大胆に、慎重さなんて捨てたように。

 広い歩幅でゆっくりと行く。




 眼の前に曲がり角が現れた!

 どうする?




 進んで現れたのは、突き当たりは右回りの曲がり角。

 どう見ても待ち構えているとしか思えない、絶好の待ち伏せ場所。


 ――よーし、それなら。


 左手の袖口から、巻物(スクロール)を一本取り出す。

 何事も先手必勝、こちらから仕掛ける。


 角んとこにでもぴったり張り付いて、横から襲おうって腹なんでしょうけど。

 そんなの私にはお見通しなんですからね!と。


 ニノンは巻物(スクロール)を開き、魔法を発動させようとして――




 それよりも早く、角から人が飛び出てくるのを目で捉えてしまった。




「ンミ゛ィ!?」




 思わず、変な声が出た。


 飛び出てきたのは、一人の騎士。

 彼は左手を突き出しながら、起動鍵(コマンドワード)を唱えて来た。


衝撃波(ショックウェーブ)!」


 騎士はニノンよりも早くそれを完成させ、魔法を放つ。

 手から放たれた不可視の衝撃波は、真っ直ぐに彼女を捉えようと進んできていた。


「ンニイイイイイイ!?」


 奇声を上げながら、ニノンは体を捻る。

 彼女の中の知識が、衝撃波(ショックウェーブ)の効果範囲はおおよそ直径1メートルの円状である事を告げる。

 この通路の幅は見た所大体2メートル半。

 自分が居るのはそのど真ん中。


 一応、避けれる!


 ニノンは足りない運動神経を総動員して、回避を試みる。

 体を右に捻り、横に跳んで、その効果から逃げようと必死に体を動かした。

 咄嗟に地面を蹴った所為だろう、体はよれて、まるで壁に体当たりするような動きになってしまった。

 だがそれに頓着している余裕は無い。


 横に跳びながら、ニノンもまた起動鍵(コマンドワード)を唱える。


炸裂(バァァァァスト)!」


 半ば倒れながら、広がった巻物(スクロール)から魔法は放たれた。


 パァン、という軽い炸裂音と共に。

 騎士の真横で、小さな爆発が起きる。


 小さな、とは言えそれは人の体を吹き飛ばすのに十分な威力を持っていた。

 騎士の体は角の向こうへ吹き飛ばされ、姿を消す。


 同時にニノンは、その体を強かに、廊下の壁面に――自分から突っ込む形で――叩きつけた。


「ふぎゃっ!」


 防護障壁(プロテクション)が有る為、その衝撃は若干和らいではいたものの。

 堅固な壁が返してくる衝撃に、胸の空気がきゅっと押し出される。


「……ッ、ゴホッ!」


 ニノンは反射的に咳き込む。

 どうしようもない生理反応が、彼女の体を支配した。

 新鮮な空気を求めて、彼女はごほごほという声を鳴らした。


 衝撃で明瞭さを失った思考をなんとか回復させようと、彼女は頭を振った。

 魔法は直撃とは行かないものの、それに近い状態ではあった。


 ――倒せてると、いいんですけど。


 杖を両手で握りしめて、よろよろと起き上がる。

 

 ぶつかった衝撃がまだ、じんじんと体の芯に響くような感覚を与える。

 傷とも言えないそれの影響で、ニノンは体がふらつくのを自覚した。


「ほんっと、美少女は体が弱くて大変ですよね」


 はあはあと息を荒らげ、彼女はなんとか立ち上がった。


「こんなん勘弁してくれよーわたしゃ深窓の令嬢ですよぉ……」


 もう既に泣きそうだった。

 正面切って戦うなんて、したいとも思わない。

 しかも王国騎士とかいうバケモノ相手。

 相手は戦闘のプロで、こっちは単なる可愛い女の子。


 勝負になってねえんだよーこんなのよー。


 次はこっちが奇襲してやる。

 そんな暗い情念を抱きながら、ニノンは歩こうとして――




自己編綴魔導式活性(レベルアップ)!」




 その声と共に、強力な力で押し倒される。


「ッ!?」


 ニノンには、何も見えなかった。

 あまりにも速すぎて、彼女の目では捉えられなかった。

 辛うじて認識できたのは、淡く光る大きな塊が、ぶれるようにこちらに襲いかかってきた事だけ。


 反射的に動けたのは、きっと幸運だったのだろう。

 ニノンはその両手で剣による一撃を、なんとか受け止めていた。


 しかしその威力を受け止める事は彼女の細い体ではまったく無理で。

 気づけば、地面に押し倒されていた。


 補助魔法の防御効果などまったく意味のない力押し。

 その形に、ニノンは持ち込まれていた。


 ごん、としたたかに頭を打ち付けたが、それに頓着している暇は無い。

 ニノンの眼の前には、力の限り剣を押し込んでこちらを殺そうとしてくる騎士の姿が有った。

 爆発の影響だろうか、顔の右半分は激しい火傷のようにただれ、血が漏れ出ていた。

 右半身の鎧も所々が砕け、ひび割れ、大きな損傷を起こしている。


 だがそんな傷をものともしていないように、騎士は恐ろしい力で剣を押し込んでくる。

 全体重と、全力をかけ、ニノンを殺そうとしていた。


 魔化を受けた逸品である杖は、長剣の一撃を受けても傷一つなくそれに耐えていた。

 しかしそれを握る人間が無事であるかどうかはまた別。


 剣を受け止めはしたものの、そのまま鍔迫り合いのような形でニノンは地面に縫い付けられていた。

 胸元で構えられた杖は、じりじりと押され下がっていく。

 強化服(パワードギア)で強化されていても、元が女の細腕。

 男の、しかも鍛えられたその力に抵抗できる訳がない。


 しかも相手は自己編綴魔導式活性(レベルアップ)も使っている。

 押しのけるなど、土台無理な話だった。


 ――これが、自己編綴魔導式活性(レベルアップ)


 万力に締め付けられるような圧を感じながら、ニノンはその魔導式の力を思い知る。


 知識としては知っていた。人間の位階を一段階上げるかのような、爆発的な強化。

 それを与える、最強の魔導式。

 只人を英雄に変えられる、それでいて誰にでも使える、天才が作り上げた最高傑作。


 ニノンとしては、「ふーんすごいね」くらいの認識だった。

 伝統派魔法使いには一切必要のないこの魔導式は、彼女の興味を引く事は無く。

 ただ凄い効力を持つ魔導式だという事だけ、脳内に書き加えられていた。


 だがこうして実際にその効果を体で味わってみると。

 あまりにも、洒落にならない。


 そりゃ皆使うよね、こんだけ凄かったらさぁ!


 心の中で、ニノンは毒づく。

 普通の人間なら反応できないような速度で動いて、こんな馬鹿力まで出してきて。

 人がバケモノになれるような魔導式、使えるならそりゃ使うわ!


 杖を支える両腕は、みしみしという音を立てていた。

 強化服(パワードギア)の恩恵のお陰で、なんとかこうしていられるが。

 もしそうでなかったら、とっくの昔にへし折られていただろう。


 刃ごしに押し付けられているのに、まるで巨大な天井が落ちてきているかのような圧力。

 どこにも逃げようがないそれをどうにかしようとニノンはもがく。

 しかしもがけばもがく程逆に押し込まれていき、どうにもならない。


 ――早く、カペルを起動しないと。


 ニノンはちらりと、己の右腕を見やる。

 そこに輝く白い籠手を使うしか、生き残る目は無い。


 しかし発動するには《《手を開かなければならない》》。

 それは今の状況では致命的だった。


 手を開いた瞬間、剣を支える圧力は消え、自分はその剣で押し切られるだろう。

 そうニノンには予測できた。


 どうするニノンちゃん。

 絶体絶命なんですけど!?


 その頭をフル回転させて、どうにか状況が打開できないか只管脳内会議を繰り返す。


 一瞬、ほんの一瞬でいい。


 剣に耐える事ができれば、勝てる。


 エクスカペルを起動できれば絶対勝てる。


 どうすればいい。

 どうすれば、隙を作れる?


「あ」


 唐突に、彼女は閃いた。


 隙なんて、作る必要ねーじゃん。


 ニノンは唐突に、杖を握る手から力を抜いた。


 杖が、胸へと落ちて押し付けられる。

 眼の前の騎士が押すがままに。


 しかしそれは騎士にとっても不意打ちだったのだろう。

 彼は驚愕に目を見開きながら、腕を押し付ける。


 真正面から、押し付ける。


「ぐえ」


 壁に打ち付けられた時のように、再びニノンの口から空気が押し出された。

 苦しい。とてつもなく苦しい。


 だが、体は切れてない。




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()




 単純な、話だったのだ。

 相手を斬りたければ、押し切るか、引き切るか。

 どちらにせよ、真正面から圧力をかけるだけでは無理な話。


 今の騎士は何をしている?

 ただ、押しているだけだ。


 彼は自分を斬りつけているのではない。

 押し潰しているのだ。


 つまり、即座には死なない。


 少なくとも、数秒は死なない。


 しかも防護障壁(プロテクション)が有るなら、尚更。


 必要なのは隙を作る策ではなかった。

 ただ苦しみと痛みをちょっとだけ受け入れる、覚悟。

 たったそれだけ。


 ニノンは酸素を失い悲鳴を上げる体を、その右腕を、死力を尽くして動かす。

 弱々しく、しかしはっきりと。


 のしかかるようにする男の体に対し、この手で狙える部位。

 その横腹に照準を合わせる。

 ぴんと五本の指を伸ばし、それで刺し貫くように。


 ――死に、晒せぇ!


 こふ、という声にならない声と共に。


 ニノンはそれを発動した。


 とす、という軽い音。

 しかしそれが複数。

 男の体から発生した。


 騎士の体から、光が消える。

 それと同時にその異常な剛力ぶりが嘘のように、だらんと力なく、その体はニノンに倒れかかってきた。


 男の脇腹――籠手により狙われた部分――からは、小さな無数の傷と、おびただしい出血が見て取れた。

 ニノンのローブはそれを弾き吸う事はない。

 だが、他人の血に塗れるのは気分の良いものではなかった。


 ニノンは弱々しく、男の体を自分の上から除ける。

 どさり、という音が真横から響いたのを聞いて、彼女は漸く危機を脱したという実感を覚える事ができた。


「危な……かった……」


 起き上がる気力も無く倒れたまま。

 ニノンは息を整える。


 本当に危なかった。

 横たわる騎士の骸を、ニノンはぼうっと眺める。

 一歩間違えれば、自分が今こうなっていたはず。

 その事実に、今更ながら恐怖が湧いてくる。


 魔法の打ち合いをした事は何度もあった。

 命を賭けたと思う戦いもした。

 だが、こうまで肉薄する距離で命の取り合いをするのは初めてだった。


 手がかたかたと震え、止まらない。

 これが、本当に命を賭けて戦うという事。

 生まれて初めてのそれは、例えようが無い程に恐ろしかった。

 顔を突き合わせる程の距離で殺意のやり取りをするのが、こんなにもキツいものだと初めて知った。


 こんな事をあと何度繰り返せと言うのか。

 自分はそれに耐えられるのか?


「ううっ」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでもニノンは立ち上がる。


「ロロ……」


 自然と、弟子の名前が口から出た。


 そうだ。

 彼女の為にも、自分は行かなければならない。


 よろよろと覚束ない足取りで、彼女は進む。


 そしてニノンは思い出していた。


 自分の最初の弟子。

 可愛らしい、不出来なロロの事を。

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