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第101話 彼女らは比類無く

 ニノンが掲げた杖の先、巨大に展開された魔法陣。

 そこより二つの光球が戦場に投げ入れられた。


 魔族たちの軍勢の中に小さな球体が二つ。

 あまりにも心許ないそれを、魔族達は注意を払う事も無い。

 だが数瞬後、彼らはその事を後悔する事になる。


 光球が、急激に膨張する。

 それは、物理的な圧を伴った膨張ではない。


 ()()()()()()()()()


 音も無く、ただ光だけが戦場を満たすように急激に広がっていく。

 破壊すら無く全てを飲み込む光のブラックホール。

 それが今その場所に現出していた。


拡裂滅削弾スプレッド・グラインダー


 静かに、だが力強く。


 ニノンの起動鍵(コマンドワード)が戦場に響いた。


「これは……凄いな」


 傍で見ていた未来も、思わず声を漏らす。

 地球に居ては絶対に見られなかった超常の破壊。

 その様を、今彼女の目はつぶさに捉えていた。


 恐怖よりも美しさが先に来るような、静かな破壊。

 それはエネルギーがぶつかり合う故郷の戦闘には存在しない、新たな暴力の形だった。


「へっ、雑魚が!」


 しかし隣のニノンはその崇高さとは無縁のように、俗っぽさ丸出しで、ドヤ顔しながら叫んでいた。


「しっかり時間が取れればこの天才魔導士ニノンちゃんには魔族なんて敵じゃねえンだよバーカ!」


 二人の目の前では、膨張する光に次々と魔族が飲み込まれていた。


 数え切れぬ程居る害獣(フェルテ―ニュ)

 潜むように他の魔族の影に居た線兎(レ・トレ)

 疾走していた鎧装猪(レ・キュイラ)

 後ろからこちらを押しつぶそうと並走してきていた壁牛(レ・ミュール)


 その全てが、平等に光の中に消えていく。


 それは荘厳さすら伴った、死の終幕(フィナーレ)だった。


 光が膨張していた時間はそう長くない。

 体感ではおそらく10秒にも満たなかっただろう。


 その光が消えた後に残ったのは、光の余波で抉れた地面のみ。

 先んじて吶喊してきていた敵の軍勢は、綺麗さっぱり消え去っていた。




 その光景を見て、足を止める集団が二つあった。


 まず一つは後ろから迫っていた魔族の軍勢。


 第二波とも言える彼らは、この破壊の奔流を見て進軍を止めていた。

 行儀良く一斉にぴたりと。

 まるでこちらを窺うように、銀色の線を作って彼方で留まっている。


 もう一つは、決死隊の面々だった。


「なんだ、これは」


 ソルゴを始めとした決死隊の男達は、目の前の光景が信じられなかった。


 突如の突撃からの、放り出されるような落馬。


 その時点では、ああ、という虚しい驚きの方が強かった。

 逸るあまりに()()()()()のだと。


 しかしその後の黒髪の少女の、鬼神の如き剣捌き。

 魔族をまるで寄せ付けず、淡々と処理するように次から次へと斬り捨てる、信じられない姿。

 細身の少女がそれを為す様は、異常と言っても良かった。


 だが本当に異常だったのは、次の光景だ。

 魔法使いのような姿をした少女。

 本当に魔法使いとは、誰も考えていなかった。

 まるで絵本から飛び出してきたような彼女がまさか――本物だなんて、誰が思うだろうか。


 掲げた杖から放たれた魔法は、戦場を静かに蹂躙した。


 輝く二つの光球は、まるで神の雫が地上で弾けたかのような美しさと神々しさを周囲に見せつけていた。


 無双の戦士と、強大な魔法使い。


 その組み合わせはまさに、物語に謳われる英雄の姿そのものだった。


「俺達、夢でも見てるのかな」


 決死の勢いを誇っていた突撃は、今や驚愕の停滞へとすり替わっていた。


 馬の足を止め、全員が呆けたように、変わり果てた戦場の姿を眺めていた。


 視線の先では、二人がさらに戦場の先へと進んでいく所だった。


 二人対軍勢。


 数の差は歴然だというのに――なんの不安も感じないのは、何故だろう。


 男たちは今、自分たちが戯曲の一幕に入り込んだかのような錯覚を感じていた。


「で、隊長さん。どうするよ」


 その呼びかけに、ソルゴははっと意識を取り戻す。


「なんかもうあの二人だけで終わりそうな気配なんだが」


 もうあいつらだけで良いんじゃないかな。


 そんな空気が場に蔓延していた。


「む」


 正直、ソルゴもそう感じていた。


 あの二人の少女は、()()が違う。

 自分たちのような凡人とは違う所に居る存在。


 それを人の言葉で表すのであれば、ただ一つの言葉しか思い浮かばない。


 ――英雄。


 突出した力を持つ者を、有象無象の自分たちは憧憬を込めてそう呼ぶしかないのだ。


「確かにもうあの二人だけで全部終わりそうだな……」


 一騎当千とはまさにこの事か。

 一人が千の軍勢に匹敵し、全てをなぎ倒していく。

 そこに自分たちの居場所は無いように、ソルゴにも思えた。


 ――だが。


 ソルゴはゆっくりと振り返ると、男たちの目を見た。


 戸惑うようなその視線に、真っ直ぐ向き合う。


「だとしても、俺達は大人だろう」


 ただ無為に歳を重ねてきてしまっただけの、凡愚だとしても。


「戦場に子供を置いて尻尾巻いて逃げて、誰に顔向けが出来る」


 最低限の矜持を捨ててはいけないと、防衛隊の隊長は告げた。


「あの二人が敵の目を引き付けてくれるのであれば」


 ソルゴは戦場を見渡す。


 銀色の軍勢はまるで二人に吸い寄せられるように、漏斗状の陣形になって殺到しつつあった。


 まとまった集団であるはずのこちらには、目もくれず。


「なら、それを利用させて貰おう。大回りで敵の指揮官を叩く」


 戦意の炎が、再びソルゴの瞳に灯った。

 やるべき事を思い出したように。


「やる事は何も変わらない。俺達を目に入れないのであれば好都合」


 掲げられた槍に、皆の視線が集まる。

 その穂先にはまだ血の一滴も付いていない。

 だから、これからだと。


「端役ならば、端役らしい戦い方をさせて貰う」


 弛緩していた男たちの間に、再び緊張が漲った。


 自分たちが何をしにきたのか。


 それを彼らは再び魂に刻み込んだ。


「行くぞ! 狙うは指揮官ただ一体だ!」


 ソルゴはぴしりと手綱を叩く。


 疾走し始める彼に、他の男たちも続いた。


 彼らは彼らの戦いをする為に、再び戦場を駆けていた。




 視界の端に奔る騎馬の一団を、未来も認めていた。


「どうやら行くつもりらしいな」


 感心と呆れが綯い交ぜになったような、未来の一言。


「大人しく街に帰れば良いと思うんですけどねえ」


 なんでですかねえ、とニノンも頭を捻っている。


「あんたらじゃ死にに行くようなもんでしょうに」


「意地が有るのかもしれないな、彼らも」


 命を捨てると街を飛び出してきた以上、手ぶらでは帰れない。

 そういう心理が有るのだろうと未来は推察していた。


「幸い敵は殆どこちらに引きつけられている。被害は最小限で済むだろう」


 つぎつぎ飛びかかってくる害獣(フェルテ―ニュ)を最早視界に入れる事もなく、未来は蝿でも叩き潰すかのように屠りさりながら苦笑した。


「こちらはこちらでやれる事を精一杯やるとしよう」


「ですね」


 ニノンも新たな呪文の詠唱に入る。


 この第二波を凌げば、最早この軍勢は半壊する。


 魔法による一撃は間違いなく致命打となるはずだ。


 そう考える未来が、()()を捉える。


 一際大きな銀色の蟷螂――大鎌ラ・グランド・フォスィーユ


 それがゆっくりと、こちらに近づいて来ていた。


「すまない、ちょっとだけ空ける」


 言うや否や、未来は前に向かって突進した。

 ニノンは「なんやて」と驚愕に目を見開いたが、詠唱中なので声もかけられない。

 遠くなる背中を、ニノンはただ見送る事しかできなかった。


 未来の目の前では、大蟷螂がその腕を展開している最中だった。

 がしゃがしゃと音を立てて細く長い殲滅兵器へと腕を変形させていく。


 この腕が伸び切れば、ニノンの所まで到達するのは火を見るより明らか。

 腕が振るわれた時点で彼女の命運は尽きる。


 蟷螂の腕が、大きく振り上げられた。


 腕を回し、遠心力を蓄えようとしたその刹那――




 蟷螂の腕に、縄鏢が絡みつく。




 未来の投擲した縄鏢が、過たずその腕を捉えたのだ。


 内職作業により稼いだ金を使い、雑貨屋で手に入れた材料で作られた手製の縄鏢。

 丈夫な麻縄、鞄用のリング、小さな振り子。

 単なる日用雑貨であるそれが、未来の手によって凶悪な兵器へと生まれ変わっていた。


 現代日本であっても服の下に隠し持つ事が容易なこの武器を、天音寺未来は殊更愛用していた。


 くっ、と軽く縄鏢が引かれる。

 僅かな力が加えられただけで、蟷螂の腕の動きは乱れた。


 遠心力を伴った振り上げは軌道を反らされ、その鋭い鎌は無惨にも地面に落下した。


 ズドォ!という地響きと振動。

 砂煙を舞い上げながら発生したそれは、一時的に蟷螂の目を覆い隠した。


 視覚情報を絶たれた蟷螂は一瞬戸惑いの表情を見せる。

 次の行動を忘れたかのように、ほんの僅かの時間だけ固まった。


 その隙は、天音寺未来という怪物の目の前で晒すにはあまりにも致命的だった。


 砂煙をかき分けるように、黒髪の少女が蟷螂の正面から突進してくる。

 光が疾走(はし)るような速度で肉薄してきた未来から勢いのまま繰り出されるのは、横薙ぎの一閃。


 鋭い刃が、抵抗もなく蟷螂の首を切り落とした。


 未来の動きは止まらない。


 そのまますり抜けるように背後に周り、胴体と腹を寸断する。


 またたく間に三つに切り分けられた大蟷螂は何が起こったかも分からずその命を終えた。


「昆虫が大きくなったらとてつもない脅威と言われるが」


 くん、と空中にしゃがみ込み溜めを作りながら、未来が呟く。


「成る程確かに恐ろしい威圧感だ。こんな時でもなければ泣いて逃げ出したくなる」


 彼女の左右の手には、新たな縄鏢が握られていた。

 小さく回されヒュンヒュンと風を切っている。


 太陽を目指すように、未来は高く跳躍した。


 そして翼を広げるように、両手の縄鏢を左右に放つ。


 その先に待っていたのは、二体の大鎌ラ・グランド・フォスィーユだった。

 蟷螂達は腕が絡まぬよう、適切な距離を保ち進軍してきていた。


 そしてその二体もやはり腕を振り回し攻撃の溜めを行っていた最中だったが、その腕先に纏わりつくよう、縄鏢が絡まった。


 既に遠心力によって多大なエネルギーが蓄積されていたその腕が、無理やり軌道を変えられる。


 長い腕が真横へ、あらぬ方向へと振り投げられる。


 腕の先に居たのは、他の蟷螂であった。


 人体を切り裂くはずだった凶悪な鎌は、互いに互いの体を貫き、切り裂いた。

 鋼鉄の外皮を容易く破り、その内部に守られた(レスプリ)すら粉砕する。

 勢いのまま止まらぬそれは、走っていた壁牛(レ・ミュール)を吹き飛ばしてようやく仕事を終えた。


光弾噴出(ボルカノ・レイ)!」


 未来の眼下では、ニノンは数多の光弾をバラまく姿が見えた。


 次から次へと放たれるそれは、数百発は下るまい。

 その光弾を左右に振るように、波打たせて(ワインダー)攻撃するニノンは戦場の蹂躙者となっていた。


 圧倒的な物量の前に、魔族達が吹き飛んでいく。


「ハッハー! どうだ見やがれ!」


 魔法をぶっ放すニノンは上機嫌に叫んだ。


「本当はこんぐれえ強え魔法なんだよカスが! あんのクソデカブツがよおおおおお!!!」


 光弾の一撃だけで、害獣(フェルテ―ニュ)など簡単に消し飛んでいる。

 それだけの威力の攻撃が間断無く魔族の群れへと叩き込まれている。


 それはもう戦闘ではない。

 単なる作業へと落ちていた。


「いやはや凄まじいものだな、魔法というものは」


 先程から目の前で展開される光景は、何れも未来の想像を越えていた。

 空間を削る光球に、光のバルカン砲。

 人間兵器とでも形容すべきその凶悪さ。


「これだけの力を誇っているというのに」


 だからこそ、その疑問が彼女にも浮かぶ。


「何故廃れた? 古式(オブソレット)などと蔑まれて」


 どう見てもここの世界の言う所の古式魔法というのは優れた破壊力を持っていた。

 少なくとも、魔族の大群を相手にするのにこれほど相応しい技術も有るまい。


 だというのに、伝説と呼ばれるまでに数を減らし後塵を拝している。

 それが未来には納得できなかった。


「合理性を欠いた理由が有るのだろうな、きっと」


 この強力な技術が歴史から葬られる寸前まで行くような何か。

 それが過去に有ったのだろう。


 ひとまず未来はそう結論づけて、地上へ降り立つ。


 最早彼女が切った数は百か、二百か。


 ニノンと合わせて五百近くの魔族は倒したのではないだろうか、と推測する。


「向かってくる相手の大半は倒せていると思うのだが」


 未来は戦場の先を見た。

 銀の群れのその奥には、居るはずだ。


 先程走っていた男たちが。

 彼らの命がけの突撃。


 未来はそれが成功している事を祈っていた。

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