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第97話 ダラマトナの落日

 その日、総合庁舎に集まったダラマトナ参事会の面々は皆沈痛な面持ちで俯いていた。


 ダラマトナ駐屯軍、敗北。

 しかも全滅に近い損害。


 そのような情報が手元の情報端末(アルカナ・ロール)には映し出されていた。


「時間稼ぎにすらならなかったか……」


 市長であるジョリスは既に絶望すら通り越し、諦観が顔に浮かんでいた。

 たった数日で頬は痩せこけ目は落ちくぼみ、亡者が如き様相を呈していた。


王国(エタ)からの援軍は?」


 無駄と思いながらも、ジョリスは聞いてみた。


「編成を整えてからここまで、おおよそ一ヶ月と」


 だろうな。

 予想された通りの答えに、有る意味彼は納得をした。


 最早この街の運命は決まった。


 あと数日で滅びるのだ、このダラマトナは。


「ラニヤナからは、なんと」


「避難計画が進んでいるとの話は来ていますが……」


「間に合うまいな、この分では」


 ルグンドの首都であるラニヤナは、このダラマトナよりさらに内陸に有る、王国(エタ)に近い街だった。


 衛星国(セクタ)の首都は安全上の問題から王国(エタ)の近郊に位置するのが通例だった。


 万が一に備え、首都への避難民受け入れを打診はしていたが、事態のあまりの早さに何もかもが後手に回っていた。


「だがこのままここで、住人が殺されるのを眺めているわけにも行くまい」


 がたりと椅子を鳴らしながら、ジョリスはゆっくりと立ち上がった。


「市長の特時権限として、ダラマトナの放棄を宣言する。異論の有るものは」


 議場に流れるのは、沈黙。


 誰もがその目で仕方ないと、状況を受け入れていた。


「決定だな」


 ジョリスは無言で部屋を出る。


 この街の最後を告げるという大役を務められるのは、自分しかいない。

 そう、彼は理解していた。




 駐屯軍が出撃してからの数日間、ダラマトナの街は不穏な空気が蔓延していた。


 誰もがそわそわと浮足立ち、そそくさと足早に家に帰り篭っていた。

 いつもは人でごった返す大通りも、まばらにしか人が居ない。

 そもそもいつも出ているはずの露店も無く、完全に閑散としていた。


 そんな街中に、男の声が天より響いた。


『ダラマトナに住まう皆さん。私は市長のジョリス・コストです』


 唐突に始まった放送に、皆が何事かと耳を傾ける。

 訝しげに、しかし何かを悟ったように。


 誰もが静かに、その言葉の続きを待っていた。


『本日未明。このダラマトナを出発した対魔王ダラマトナ駐屯軍は、魔族の侵攻の前に敗走を喫したという情報が齎されました』


「やっぱ、そうか」


 大通りに立ち尽くし、ぽつりと呟く男の言葉が街の住人の心を代弁していた。


 皆薄々判っていた。

 多分勝てないだろうなと。


 歴史上、大侵攻を跳ね返した事例は数少ないのだ。


『魔族の軍勢は程なくこのダラマトナへと辿り着き、全てを蹂躙するでしょう。我々に最早抗う術は残されていません』


 道端に居た老婆が、ぺたりと地面に座り込む。

 呆然とした顔で彼女は天を仰いでいた。


「あたしのダラマトナが……」


 生まれ出てから、老齢になるまで、彼女はこの街から出た事は無かった。

 ダラマトナは世界の全てであり、それしか知らなかった。

 その全てが今崩壊しようとしている。

 老婆には、まるで世界の終わりが来たかのような絶望が感じられていた。


『市長ジョリス・コストの名に於いて、たった今、ダラマトナの放棄を宣言します。住人の皆様はダラマトナを放棄し、即時避難をしてください』


「避難って、何処に行けってんだよ」


 来ない客を待ちながら、店番をしていた少年が毒づいた。

 家を捨て、生活を捨て。

 一体どうしろと言うのか。


 目前の死から逃れたとして、なんになる。


 少年の目の前に有る未来は、どれも闇に閉ざされていた。


『参事会は速やかな避難を実現する為、馬車の手配をしております。足の無い皆様に於いては、こちらを活用し避難にあたって下さい。行き先はラニヤナの予定となっております。道中は市の衛兵と防衛隊の者達が周囲を固めますので、どうか安心してください』


「俺達が傭兵の真似事とはね」


 一人の衛兵が自嘲気味に呟いた。


「まあ、ここに残って死ぬよりはマシか」


 そう言いながらも、手には愛用の槍が握られていた。

 きっとこれから酷使する事になるだろうと。

 彼はそっと槍を撫で、これからの苦難に思いを馳せた。


『独自の退去手段を持つ方は、一刻も早く出立される事をお勧めします。魔族の軍勢がどれだけの速度でダラマトナに到達するかは未知数であり、危険です。身を守る為に、速やかに街から離れる事を推奨致します』


 場末の安宿では、傭兵【西壁の槍】の面々が武具の点検に勤しんでいた。


「こんな事に巻き込まれるなんて、ツイてないな」


 団長のリュックは苦笑しながらも、笑っていた。


「さて、どんだけ高値で買って貰えるかね」


 この緊急時。

 街に残るにせよ、去るにせよ。

 金に糸目をつけない雇い主が現れるだろうなと彼は睨んでいた。


「商人辺りが来てくれると嬉しいですね」


 愛用の警棒(バトルスティック)を磨きながら、ミシェルが言う。


「もう馬車はほぼ徴発されてる。逃げたければ個人が持つ馬に頼るしかないでしょう。例えば傭兵団が持つ馬とかね」


「疎開民の護衛も良い」


 斥候のザンガが、腕を組みながら口を挟んだ。


「やや長丁場だが報酬は渋られないだろうよ。あちらも必死だからな」


「なんにせよ高値で売り込むチャンスというわけだ」


 リュックは立ち上がると、仲間たちの顔をゆっくりと確認する。

 何れもやる気は十分。

 問題ない。


「腰を据えて待とうじゃないか。依頼主(クライアント)がやってくるのをな」




 市長の声は、トトの家にも響いていた。

 少女たちは居間でその宣言を聞いていた。


「遂に来たか」


 ――だが、早いな。


 想定よりも幾分か前倒しになっているこの状況を、厳しいものだと未来は感じていた。


「つっかえねー、つっかえねーな駐屯軍!」


 はー、とニノンは盛大に溜息をついた。


「せめてさあ、一日くらい頑張れよ! お前ら正規軍だろ!」


「相手の方が上手だったか」


「つまりやべえって事ですよ。ほんと最悪」


 あ゛ー、と唸りながら椅子の背もたれにぐだっとニノンは寄りかかる。


「冗談抜きに大侵攻ですね、今回は。ダラマトナだけじゃなくてこの国ごとヤバいかもしれません」


 つまらなそうに情報端末(アルカナ・ロール)をニノンは弄る。

 しかしそこを見つめる目には険呑なものが宿っていた。


「状況的に考えると魔将出てきてる線が濃厚かなあ……じゃなきゃ、ここまで押される理由無いですし」


「魔将か」


 ふむ、と未来は難しい顔をする。


「この世界には大魔将とやらが六人程居るとは聞いていたが」


「魔将のやべー版が大魔将ですよ。ていうか本当に何も説明してねえな王国(エタ)


 この無知っぷりを聞くのも何度目だろうか、とニノンは呆れる。

 未来が魔族に関しての知識を殆ど持ち合わせていないのは、これまでの会話からも知っていた。

 いや、知らないなどという生易しいレベルではなく、誇張抜きに本当に一切知識が無い。

 子供でも知っていそうな事を知らない。


 召喚した勇者という貴重な戦力に、知識という力を与えない。

 何度目にもなるが、本当に王国(エタ)は馬鹿なんじゃないか、とニノンは思っていた。


「魔将は高位の魔族です。というより、こっちが本来の魔族なんです」


「本来の?」


「元々魔族っていうのはこの高位魔族を指す言葉だったんです」


 いつの間にかタクトを取り出して、まるで生徒に講義するように。

 ニノンはそれを振り回して、さらに話を進める。


「高位魔族……めんどくさいから魔将って言いますけど、最初は人間と魔将のガチンコでした。でもその内魔将が手下を作りだすようになったんです。それが今、私達が一般的に魔族って呼んでる、鋼鉄製の動物や昆虫みたいな連中です」


 ダラマトナへの道中に出会った巨大な鋼鉄の百足。

 そしてこの街で目にした、鉄の動物。


 それらを未来は思い出していた。


「で、こちらの手下の方が圧倒的に目にする事が多いでしょう? だから徐々に、認識がすり替わっていったんです。これが魔族だって。んで、たまにしか出てこない魔将の方を、位が高い魔族……高位魔族と呼ぶようになったんですね、これが」


「数千年戦う間の認識の変化か。なかなかに興味深いな」


「んでまあ魔将っていうのはとにかく滅茶苦茶強いですね。言うなれば闇の人類で、獄冥神が作り出したもう一種類の人間です。同じ人間の癖にあっちの方が圧倒的に強いんですよ」


 不公平なんですよねー。

 そう呟くニノンの表情には、うんざりとしたものが表れていた。


「身体能力がこっちの自己編綴魔導式(レベルアップ)使ったくらいはあります。それだけでもうズルいんですけど、この上で魔技(パルシオン)まで持っています」


魔技(パルシオン)?」


 初めて聞く単語だと、未来は思った。


「魔将どもが使う特別な力ですよ。あいつら魔法が使えない代わりに、魔技(パルシオン)が使えるんです。これも割と滅茶苦茶で、魔法と違って詠唱も無い癖に魔法みたいな事ができちゃうんですよ。何もかもがズルいんですよあいつら」


「まるで恩寵(チート)みたいだな……」


 詠唱も無しに行使できる異能。

 それは未来に、召喚者たちに与えられた恩寵(チート)を想起させた。


「そういえば未来さんもなんかそれっぽいの使えましたよね。あれなんです?」


 ふと思い出したように、ニノンが聞く。

 彼女は研究所の地下で未来が見せた不思議な力の事を思い出していた。

 空中に音も無く立つ彼女の姿は、間違いなく魔法ではない未知の作用によるものだった。

 それが、魔法使いの好奇心を刺激していた。


「良くわからないが、私達がこの世界に喚ばれた時に勝手に付与されたんだよ。恩寵(チート)と召喚した連中は呼んでいた」


恩寵(チート)恩寵(チート)かあ」


 ふーん、とニノンは少し考え込むと。


「如何にも神様から与えられましたって感じの呼び名ですね」


「連中もそう言っていたよ。神からの授けものだと」


「確かに伝説でも勇者には特殊な力が備わっていたって言われてるんですよね……」


 なるほど、と何か納得したように頷いた。


「で、未来さんのその特殊な力っていうのは何が出来るんです?」


「空中に立てる」


「ふむふむ。それで?」


「空中に立てる」


「……その先は?」


「私の体の接触した部分に、小さな目に見えない足場が作り出される。私がそこから離れると足場は消え、再度別の場所に作り出す事ができるようになる」


「……それだけ?」


「それだけだが」


 二人の間に、沈黙が満ちる。


 ニノンはぷるぷると震えると、我慢の限界とばかりに叫んだ。


「そんな手品みたいな力でどうやって魔族と戦えってんだよぉ! 神様は何考えてこんな能力を与えたんですうううう? アホか!?」


「私としては、結構使い勝手の良い能力だと思っているんだけどね」


 対照的に、未来は苦笑した。


 依存するような強力で手軽な力は、この恩寵(チート)には無い。

 だが使いこなす事で得られる効力は凄まじい、とこれを評価していた。


「魔将の魔技(パルシオン)はもっと凄いですよ」


 そんな手品じゃなくて、とニノンは言う。


「私が使う魔法みたいな事を、まるで呼吸するようにやってきます。かつての戦場では、魔法と魔技(パルシオン)のぶつかりあいが戦況を左右すると言われてたんですが」


「今は違うと」


 未来の言葉に、ニノンは不満げに頷いた。


「魔王の所為で私達古式(オブソレット)使()()()()なりましたからね。クソが」


「しかし話を聞いていると、人間では魔将とやらに太刀打ちできる要素が無いように思えるんだが?」


「単純に比べるとそうなりますね」


 ですが、と。


「あいつらには非常に大きな弱点が有るんですよ」


 ぴん、とタクトを立てて、ニノンはそれを告げる。


()()()()()んです、魔将は」


「数が少ない?」


「あいつらは光の民よりも寿命が何倍も長いです。でもそのかわり、子供が殆ど生まれないんです」


「成る程、そういう事か」


 ニノンの説明で、未来にも得心がいった。


「長寿で少数。つまり一人討てばこちらの何百何千人分もの価値が有るんだな」


「そういう事です。魔将一人死ぬだけで、あちらには大損害なんですよ」


 一人一人は弱いが数では圧倒的に勝る光の民。

 数は少ないが少数精鋭で個の力が抜きん出ている闇の民。


 この二者が数千年に渡って戦い合っているのが、この世界の戦争だった。


「だから迂闊に戦いなんて出てこないんですけど」


 だが今回は違うだろう。

 ニノンはそう予想していた。


「普段の攻勢なら、幾ら予備兵とは言えこんな一方的に叩かれたりはしないはずです。今回は間違いなく居ますね。魔将が」


 ――絶望的で嫌になっちゃいますね。


 ニノンは心の中で独り言ちた。


 過去の歴史より魔将は絶望の象徴だった。

 出てくれば総力を上げて討ち取らねばならない人類の怨敵。


 それが今ここに向かっているとしたら。


「こりゃケツまくって逃げるしかないですね」


「まあ幸い逃げ支度は済んでいる」


 未来は天井を見上げた。


 その先には、床に伏せるローネと。

 そして、トトが居るはずだった。


「だからすぐにでも出れるはずなんだけどね」


 そうもいかない状況が、上の階では進行していた。

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