1-6 私立の名門校、聖カラマーゾフ学園への潜入
今日の仕事場は聖カラマーゾフ学園だ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、多少リスクを冒すことになるが仕方がない。
作業着に着替えた用務員になった俺は校長室に移動、依頼人の鵯校長に報告書を渡し軽く説明をする。
柔和な表情の年老いた校長は報告書を見て険しい表情になってしまう。そこに記されていたのは女性ならば反吐が出る程の悪行が書かれていたのだから。
「犯人が盗撮した写真は全て校外で盗られていました。つまり捕まえた人間とは別に校内でのみ盗撮行為を行う人間がいるという事です。そしてその人間は自由に学園内を行動出来る人間なのでしょう。何が言いたいかわかりますね」
「……薄々わかっていましたが、やはり学園の関係者が関わっているのですね」
「おそらくは」
鵯は認めたくない事実を突きつけられひどく気落ちしてしまう。生徒か教師かはわからないが、紛れもなくこの卑劣な犯罪が内部の人間による犯行だと確定してしまったからだ。
「それでどうやって犯人を特定するつもりなのですか? 言われた通り作業着を用意しましたが」
「バッテリーの補充やカメラの回収等で犯人は必ず盗撮カメラに触れるでしょう。つまり盗撮カメラを調べた犯人を盗撮し、それを証拠とするわけです。少しばかりアナログですけどね」
「構いません。警察に相談出来ない以上そうするしかありませんから」
今の時代ネットでの犯罪を取り締まる方法はいくらでもある。正当な手続きさえ踏めば、ひったくりを捕まえるよりもネットで誹謗中傷や不適切な動画を投稿した人間を捕まえるほうがずっと簡単だ。
電子空間では一見匿名性が担保されている様に見えるが、開示請求を行えば一発で特定され、同時にほぼすべての個人情報を警察に掌握される。手間がかかるので全ての人間が行うわけではないが、人によってはその手間をかけてでも復讐をしたいと憎悪する人間もいる。ましてや実害が存在する盗撮ならばなおの事だろう。
「では早速作業を行います。それといくつか注意事項があるんでしたよね」
「はい。今は文化祭の準備をしており、またテレビ番組が生徒への密着取材を行っています。くれぐれも怪しまれないようにしてください」
「もちろんわかっています。それでは早速作業を始めますね」
「ええ、よろしくお願いいたします」
校長室から出た俺は軽く一礼して作業に取り掛かる。学園にいても不自然ではない用務員とはいえあまり目立つ事は出来ない。怪しい場所の目星はつけているので手早く作業を終わらせよう。
「ちょっと、話を聞いているんですか!?」
「いえ、そのぉ」
「んあ」
しかし部屋の外に出てすぐに喧しい女性の声が聞こえて俺は思わずそちらを見てしまう。どうやら職員室の入口で若い男性教師と目つきが妙なおばさんが揉めている様だ。
「一体どういう教育をしているんですか! なんでうちの子の成績が下がっているんですか! それだけではありません、あんなに真面目だったのに夜遊びで補導されるだなんて……! これも全部あなた方のせいです! 裁判を起こしますよ! わかってるんですか、ええ!? とっとと土下座してください!」
「す、すみません、せめて放課後に……」
そのヒステリックな女性の苦情は全く筋が通らず言いがかり以外の何物でもなかった。どこからどう見てもモンスターペアレントそのものだが、こんなクレーマー連中を毎日相手にしていればそりゃ教師になりたがる人はいなくなるだろうな。
ここは名門校だけどやっぱりこういう奴はいるんだな。いや、名門だからこういう奴がいるのだろうか。
そのうちモンスターペアレントへの対処も依頼されそうだな。まあいい、巻き込まれないうちにさっさとどこかに行こう。俺には関係ないし。
「まあまあ、どないしたんですか?」
「来島先生!」
「は? あなたは」
だが立ち去ろうとした時カツ、カツと松葉杖の音が聞こえ穏やかな関西弁の女性の声が聞こえる。その白衣を着た女性は醜悪な憤怒の表情を見ても笑みを崩さず、優しい声で保護者に語り掛ける。
「お母様のお怒りはごもっともです。取りあえずお茶でも飲みながらゆっくり話を聞かせてくれます?」
「あら、わかってるじゃない。少しは話が分かるようですね」
保護者は来島という女性教師の対応に気分を良くして職員室を離れ別室へと移動する。そして来島は去り際に俺の方を見てニコッ、と微笑みかけた。
白衣を着ている事からおそらく養護教諭か理科系科目の教師なのだろう。また両手に松葉杖を使って歩いているので足が不自由なのもわかる。人柄は良さそうなので信頼もされているのかもしれない。
だが何故俺に微笑みかけたのだろうか。洞察力がありそうだし俺の事を不審に思ったのかもな。ただの直感だがあの女性教師には気を付けたほうが良さそうだ。
余計なイベントを挟んだが改めて作業に取り掛かろう。俺は気を取り直して目的の場所へと向かった。




