1-7 聖カラマーゾフ学園でかつて起こった事件
荷物置き場となった空き教室には文化祭に用いるであろう手作り感満載の小道具が積まれ、その時が訪れるのを今か今かと待っている。大方喫茶店だのミニゲームだのそういうありふれた催しをするのだろう。
「ロシア帝政末期になり、怪僧と呼ばれたラスプーチンは――」
工具箱を持った俺はあくまでも自然体で廊下を移動、それとなく周囲を観察する。一応候補となる教室も確認したが現在は世界史の授業中で中に入る事は出来なかった。
また校長が話していた通りテレビカメラもあり、大型のカメラは教室の中にいる不健康そうな青白い肌の少女を撮影していた。
その少女は顔の右半分を覆う眼帯を付けどのような容姿をしているのかわからない。ただあんな大きな眼帯を付けているという事はその下に隠したいものがあるに違いない。
校長によると今はどこかの番組が難病の子供のドキュメンタリーを撮影しているらしい。とすると彼女がそうなのだろう。あの類の連中にあまりいい想い出はないが、盗撮事件とは特に関係ないので無視しておこう。
もしもテレビ局の取材と同時に盗撮事件が始まっていれば罪を擦り付ける事も出来たが、残念ながら事案はそれ以前から発生しているのでそれは不可能だ。それに条件が合致していたとしても流儀に反するのでそんな事をするつもりはない。
あそこに盗撮カメラが隠されているのは間違いないが今は後回しにするしかない。俺は一旦手を付けられるところから片付ける事にした。
聖カラマーゾフ学園は名前から想像出来る様に、『慈悲深きカラマーゾフ派』という新興宗教団体によって作られた学園だ。
そのため内装にもその名残があり、あちこちに芸術的な女神像やステンドグラスといった優雅なものが見受けられる。
とりわけ立派なのは大聖堂の様な音楽ホールだろう。教団は特に芸術や文化活動に力を入れており楽団や芸能事務所も作っていたらしい。現在はイベント以外ではほとんど使われていないらしいが、先入観を捨てれば普通に中世ヨーロッパの歴史的な建造物と言われても納得するだろう。
元々カラマーゾフ派は辛島慧音という女性によって設立され、集団で奇妙なお祈りをしてしつこく勧誘をする以外にこれといった実害はなかったが、当時は胡散臭い連中が現れたと冷ややかな眼差しを向けられたそうだ。
だが十年ほど前、学園に通っていた小宮山莉人という少年が溺死体で発見された事から全てが狂い始めた。
犯人として疑われたのは入谷祐司という少年だった。彼が直接小宮山に手を下したという証拠はなかったが、以前にもプールに突き落とす等虐めに該当する行為を行っていたので誰もが犯人と考え、彼は糾弾され虐めを受ける側に変わってしまった。
そして彼は中学校生活の最後、復讐を果たすために怨嗟の叫びと共に自ら命を絶った。卒業式で自らの喉を刃物で刺し、自殺するというセンセーショナルな事件は世間の教団に対する見方を大きく変えてしまった。
小宮山と仲が良かった聖愛は入谷祐司の虐めに積極的に加担したとされ、今度は彼女が糾弾される側になってしまった。マスコミもネットの世界も憶測だけで彼女を糾弾し、かつて入谷祐司にそうした様に徹底的に聖愛を追い詰めたのだ。
あらぬ疑いをかけられた彼女はひどく絶望するが、当時別件で警視庁から応援に訪れていた警察官時代の俺と出会って励ましの言葉をかけられ、その事で救われた彼女もまた警察官を志す様になったというわけである。
ただ突拍子のない小宮山殺害の黒幕説はともかく、彼女は正義感が暴走する事がしばしばあったので自殺した入谷祐司に対して何かしらの事はしていただろう。結局今となってはあの事件の真相を知る術などないのだが。
そうしたスキャンダルと信者の先細りによって学園は経営難に陥ったが、現在は新たな理事長を迎え文武両道の名門校に変貌した。教団も既に自然消滅によって解散しており、あれだけ大騒ぎになったというのに現在はこの学校が宗教団体に由来すると知っている人間も減ってきているらしい。
ただそれは悪いイメージをひたすら払拭して来た企業努力の結果だ。今行われている病気の少女への密着企画もその一つなのだろう。感動ポルノと宗教団体は切っても切り離せない関係なのだから。
つまりは今一番注目されているので面倒事を起こしたくなく、それが盗撮犯を秘密裏に捕まって欲しいという依頼につながっているというわけである。隠蔽体質と言われればそれまでだが、それで金が入るのならば何も言う事は無い。
俺はパンツが見えそうな階段の踊り場の近くに盗撮カメラを設置、犯人を捕まえるために最初の罠を仕掛ける。上手く引っかかってくれるといいんだがな。




