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捏造探偵2~カラマーゾフの贖罪~正義と真実の狂信者【完結】  作者: 高山路麒


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49/50

エピローグ 正義と真実の狂信者による世界

 その日、ある男は薄暗いボロアパートに引きこもって手当たり次第に有名人に対して噛みついていた。


 成功している人間が憎い、注目されている人間が憎い。悪意に満ちた言葉を投げかける理由はそれだけで十分だった。


 ピンポーン。


 気が済むまで誹謗中傷をしているとインターホンが鳴る。おそらく通販で注文した商品だろう。普段から置き配を指定しているのに何故こんな事をするのだろうか。


「開けろ! そこにいるのはわかっているんだ!」

「ッ!?」


 しかし訪問者は声を荒げ扉を叩く。それは人と極力接しない様に生きてきた男にとっては恐怖以外の何物でもなく、何が起きているか理解出来ないまま部屋の隅でうずくまってしまった。


「お前に放火殺人の容疑で逮捕状が出ている! とっとと開けないと突入するぞ!」


 彼らは何者だ。一体何を言っているんだ。食われる側となった彼は何も理解出来ずに身を震わせる事しか出来なかった。



 その父親はアカウントを削除した後、普段通りの生活を送っていた。


 彼もまた正義感から鵯校長を糾弾した人間だが、誹謗中傷のコメントを投稿した人間は次々と逮捕されている。もしかすれば自分もやがてそうなるかもしれないが、極力その事を考えない様にしていた。


 彼は娘と共に遊園地に向かうため駅を訪れる。だがそこで警察を名乗る男に話しかけられ、どうせ因縁をつけているのだろうと適当にあしらい、その後強制連行されて警察署で取り調べを受けていた。


 彼らによるとどうやら自分は娘によからぬ行為をし、それを撮影したものを配布した罪に問われているらしい。


 全くもって馬鹿げていると思ったが父親は我が目を疑った。何故ならば警察が提示した証拠には、確かに愛娘の卑猥な姿が映っていたのだから。


 何故こんなものが。こんな悍ましい写真が既に出回っているというのか。彼は声を震わせながら事実無根だと声を荒げた。きっと娘が全てを証明してくれるはずだと彼は信じていた。


「ほら、早く帰りたいよね。言うとおりにしてくれれば君もパパも帰れるよ」

「うーん」

「皆言ってるよ。そういう事があったんだよね」

「うん。変な事されたかもー」

「変な事をされたんだよね」

「されたー」


 しかし彼は何も知らなかった。誘導尋問を行う警察官と、信じた娘によって自分が窮地に立たされている事を。



 その女性はコンビニのバイトを終え、給料の使い道を考えている最中だった。


 慣れない都会暮らしだが最近は上手くいっている。煌びやかな街には娯楽がいくらでもあり、金さえあれば全ての望みが叶う。これが夢見ていたキャンパスライフという奴なのだろう。


 しかし彼女はある日店長に激しく罵声を浴びせられた。その理由は自分がフライヤーでゴキブリを揚げている写真がSNSに投稿されて大炎上しているものだった。


 無論一切心当たりがないといったが聞く耳を持たず、バイトももちろんクビになり、会社からは損害賠償も請求すると言われてしまった。


 釈然としないまま自宅に帰った彼女だったが、その時はちゃんと話せば何とかなるだろうと楽観的に考えていた。


 だが借りていたマンションに戻ろうとした際、入り口付近で警察に声をかけられ、どういうわけか彼女は警察署にいた。


 聞く所によると自分は特殊詐欺に関与しているという疑惑が向けられているらしい。当然全く身に覚えがなかったので否定し、当初はよくある詐欺かと思ってしまった。


 だが自分名義で作られた休眠口座には見た事もない額の金が振り込まれており、それを目の当たりにした彼女は唖然としてしまう。これは詐欺に関与した決定的な証拠だと刑事に突きつけられ、怒鳴り声で追及された彼女はそれを否定する事が出来なかった。


 やがて彼女は本当に自分が事件に関与しているのだと思い込む事で心を保とうとし、言われるがまま自白してしまった。



 日本の某所にあるエージェント達の拠点で、男はミシェルから渡された報告書をじっと見つめていた。


「これは本当かね」

「はい。事件の首謀者とされた来島英理は既に亡くなっています。白骨化して詳細はわかりませんでしたが、少なくとも十年以上前に……」

「つまり今回の犯人は来島英理に成りすました誰かだったというわけか。誰も気付かなかったのか?」

「誰も本人だと信じて疑わなかったようです。彼女の発言には一切の矛盾が存在せず、仕草も本人そのものだったそうです」

「ふむ……」


 人工知能の開発者である来島英理は全くの別人だった。ならば何故彼女は事件を起こしたのだ。今回の事件は人工知能とアルゴリズムによるマインドコントロールの実験だと語ったが、もっと別の真相が存在していたのかもしれない。


「また今回の聖カラマーゾフ学園の事件に関し、事件をまとめた複数のサイトにマルウェアが仕掛けられていました。マルウェアは個人情報の収集や遠隔操作といったありふれたものですが現状防ぐ手段がなく、それらのマルウェアによる冤罪が疑われる事件が多発している様です。直接関係はないかもしれませんが」

「そのマルウェアと事件の首謀者が関連している可能性は?」

「プログラムを解析した結果、同じ人間によって作られた可能性が高いそうです」

「成程、同時進行で別の計画も進めていたのだな。日本には明日は我が身という言葉があるが、糾弾していた人間は身をもってその事を知った事だろう」


 初老の紳士は見事な手際の良さに脱帽してしまった。結局自分たちは黒幕に敗北してしまったのだと、これでは認めざるを得ないだろう。


「法律も人間も不完全な存在です。やはり人間は司法を担うべきではないかもしれませんね」

「もしかしたらそれが黒幕の真の目的だったのかもしれんな。ゾフィーを作った会社は人工知能による司法改革を主張している。自分たちの人工知能ならば不完全な人間に変わって正しい判断を下せると。これがマッチポンプならばビジネスマンとしてはとても優秀だな」


 司法は決して万人に平等ではない。それは彼らもまた十分理解していた。やがて自分たちも必要とされなくなるのではないかと、初老の紳士は時代の流れに絶望し嘆息してしまった。


「私はそれでも構いませんけどね」

「……そうか。だが任務に私情は挟まないようにな」

「わかっています」


 初老の紳士はミシェルに危ういものを感じていたが何も言う事は無かった。あるいはこれも過ちを犯す原因となるのだろうが、その事を認めない様にして。


 歪は大きくなり、偽りの真実によって世界は支配される事だろう。その世界では悪意を持った人間が力を持ち、誰であろうと咎人に変えられてしまう事だろう。


 そして人間が不完全である以上世界に抗う事は出来ない。いかなる完璧な法律が存在しようと、その様な世界では全くもって無意味なのだ。


 彼の老いた双眸には、混沌とした未来だけが映っていた。

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