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捏造探偵2~カラマーゾフの贖罪~正義と真実の狂信者【完結】  作者: 高山路麒


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42/50

3-6 過去と現在、聖カラマーゾフ学園で起きた二つの事件の真相

 決戦の舞台はどこなのか――そのヒントは無かったが、俺は直感で学園内で最も立派な音楽ホールへと向かった。


 予想通り大聖堂の様な音楽ホール周辺には信者が多数配置され、厳重な警備体制が敷かれている事からビンゴらしい。しかしどうやって中に入るべきか。


「堤さん、私達が敵を引き付けます。裏口からこっそり侵入して下さい」

「わかった」

「うむ、幸運を祈っているよ」


 ミシェルはエージェント先輩と共に単騎突入、援護射撃を貰いつつカポエイラの舞で独楽の様に回転しながら敵を蹴散らした。


「なんだお前は!」

「殺せ、殺せッ!」

「どうぞ、出来るものならばッ!」


 相手は武装した狂信者とはいえ所詮はただの学生、秀でた点は殺気のみで単体の強さは評価するまでもない。空中で回転蹴り、から頭の上に乗って関節技など相変わらずいつ見てもアクション映画の様に爽快な戦いぶりだ。


 ただでさえヘッポコな生徒は見た事もないトリッキーな戦い方に翻弄され秒殺されていく。無双しているしこの様子なら心配しなくても良さそうだ。


「こっちだよ」

「オウン!」

「ちょ、早ぇって! こっちはオジサンなんだから!」


 真矢はロッシーと共に敵の目をかいくぐり裏口から無事に侵入する。今の彼女はニナの姿だったはずなのに、俺は不覚にもあの頃に感じた情熱を思い出してしまったんだ。


 こんなに立派な建物でも裏導線は見られる事を想定していないので薄暗く随分と侘しい。ただ扉の向こう側は随分と騒がしく、何かしらの物騒なイベントが行われている事は容易に想像が出来た。


 俺は恐る恐るドアを開け内部の様子をうかがう。位置的に音楽ホールの真横の辺りだが、舞台には文化祭の大道具を解体して出た廃材によって作られた祭壇が設営され、その最上部に養護教諭の来島英理がいた。


 それにしても独特なデザインの祭壇だ。俺には大きめのサーバーにしか見えないが、実際にそうしたものを再利用したものなのだろうか。


「来島はともかく、やっぱりあいつもいたか」


 先程の推理から養護教諭の来島英理が全ての黒幕である事は大体わかっていたが、芙蓉と恋那は彼女のすぐ傍に控えていた。あんな場所にいるなんて実は結構上の方にいるポジションだったらしい。


 芙蓉は警察に連れていかれここにはいないはずだが……ひょっとして事情聴取を終えた後警察官が慌てていたのはこいつが逃走したからだろうか。彼女だけでは難しいが、警察に信者がいれば容易に逃走は可能だろう。


「ゾフィア様、ありがとうございます」

「ゾフィア様、ありがとうございます」


 周囲には多数の信者がいて神となった来島英理に感謝の祈りを捧げていた。祭壇の前には火をくべた巨大な鉄のコンテナが置かれていたが、あれはきっと粗大ごみを回収するためのものだ。


 炎が燃え盛るコンテナの中では無造作に置かれたチェーンソーや草刈り機が唸り声をあげている。電動工具を直火で加熱するなんて普通に危険だが、これはそれ以前の問題だろう。


「んー!? んー!?」


 信者たちは猿轡をかまされた人質を祭壇まで運びコンテナの上へと移動した。人質は抵抗するが、仕留めた獲物を棍棒で叩いて弱らせる様に信者は金属バットで何度も頭を殴って動けなくした。


「って、あいつは」


 よくよく見ればその人質は暴言を吐いていたパワハラ顧問であり、金属バットで彼を殴っていた信者は罵倒されていた野球部員だった。激しい拷問を受けたのだろう、両眼は開く事無く血が流れ右耳も千切れかけていた。


 パワハラ顧問は抵抗虚しく、笑みを浮かべた野球部員の手によって燃え盛るコンテナの中に突き落とされる。だが信者たちは悲鳴をあげる事無く、粛々と次の生贄を運ぶため控室へと戻っていった。


 何て事をしているんだ。狂ってるってレベルじゃねぇぞ。カルトならカルトらしく普通に金とかを巻き上げろっての……!


「いや、いやあ!」

「ゾフィア様、何故ですかゾフィア様ぁ!」

「っ!」


 しかし絶句している暇はなかった。何故ならば次に運ばれた生贄は俺もよく知っていた人間――紅葉と聖愛だったからだ。


「どうして、どうして芙蓉! 芙蓉は道雄と教頭に脅されたんだよね!? だから教頭を殺したんだよね!? 私は芙蓉を助けたよね!?」


 紅葉はこちらでは既に結論が出た的外れな推理をした。それは親友を想っての行動ではあったが、結局のところ自分の正義を妄信して暴走し何の罪もない友人を殺したに過ぎない。紅葉もまたそれを認めたくないのかもしれないけれど、


「ふふ、おかしいと思わんかったの? あの映像は全部作り物なんやで」

「え……?」


 何も言えない芙蓉に変わり来島はクスクスと笑いながら真実を告げた。俺は飛び出すタイミングを伺いつつ、真実を知るため彼女の言葉に耳を傾けた。


「あんたは全部ゾフィーの……うちが用意した人工知能の言葉を信じて行動しただけや。殺された教頭の机なんて警察が真っ先に調べて塵一つ残さず証拠として押収するやろ。なのになんでそんな場所にUSBメモリがあったんやろうなあ」

「そ、それはゾフィーが、花がある場所が教頭の机って……」

「そうかそうか、あんたはホンマにおめでたい子やなあ」


 会話から察するにどうやら来島はゾフィーを使って紅葉の行動をコントロールしていた様だ。けどやっぱりゾフィーが事件のカギになるんだな。


「どうして皆ゾフィーに何でもかんでも相談するんやろうなあ。入試問題を作ってとか、友達を殺したいとか、パパ活をして妊娠したからどうやって堕ろせばいいとか、サプライズを考えるとか、盗撮がバレたけどどうすればいいとか。ホンマアホばっかやなあ」

「あ、ああ……」


 今ならわかる。来島が巧みにマインドコントロールをする事が出来たのは麻薬の力だけではないだろう。彼女はゾフィーを使い、相談相手の心の奥底に存在する誰にも言えない想いや秘密を隅々まで把握していたのだ。


「あんたもや。鵯校長が小宮山を殺したのはホンマは有吉聖愛なんや、って神様ゾフィーに相談せぇへんかったらこんな事にならへんかったのに。ホンマ可哀想やなぁ。でも自殺しろ言うて自殺するなんてあの女もホンマにアホで笑えてくるわぁ」

「ま、待って。どういう事なんですか!?」

「せやなあ。教えたり、恋那」


 また聖愛は来島の口から衝撃の真実を知ってしまった。彼女もまたそれを受け入れられなかった様だが、恋那は冷たい目で真実を告げた。


「……小宮山は入谷の虐めで死んだんじゃない。あんたがプレゼントしたお菓子の乳製品アレルギーで死んだの」

「え……?」

「小宮山はあんたの事が好きだったからね。悲しませないために無理をして食べたのよ。私と鵯先生が倒れた小宮山を見つけた時にはもう死んでいた。先生は咄嗟にあんたが殺した事を隠すために川の中に放り込んで溺死に見せかけたのよ」

「嘘……」


 聖愛は恋那と思い出話をしていた時お菓子についての話をしていた。アレルギーは重篤な結果を引き起こす事があるが、彼女はあまりにも無知だったのだ。


「なのにあんたは入谷が殺したって言いふらした。あんたは自分が小宮山を殺したのに先生と入谷に罪を擦り付けたのよッ! 小宮山も入谷も鵯先生もッ! あんたは三人も殺したのッ! 全部なにもかもあんたのせいなのにッ!」


 彼女たちはどういう想いで小宮山の死を隠したのだろう。どういう想いで悪魔と成り果てた聖愛に真実を伝えなかったのだろう。


 信じたくないが、結局聖愛が小宮山を殺したというのは真実だったらしい。憶測になるが、もしかすると虐め事件の際聖愛が犯した罪をネットで告発をしたのは……。


「違う、違う違う違うッ!」


 聖愛はその真実が受け入れられず精神が崩壊してしまった。だが恋那はその反応を見てふう、と寂しげにため息をついた。


「それだけじゃない。猪狩は覚えているわよね、そりゃ知ってるわよね、あんたがあのクソ野郎に私をあてがったんだから」

「猪狩君? 猪狩君が……何? 何をしたの」

「三人で遊ぶって言ったのにあんたはその場所にいなかった。そしてそのまま家に連れていかれて無理矢理……そんな関係が続いて、飽きたら変態どもの肉便器にされたのよ」

「なに、言ってるの」


 そして恋那はもう一つ、明確な動機となる真実を聖愛に告げたが、彼女は現実を受け止められず放心状態になってしまった。


「最初はね、辛い過去を忘れようと頑張ったわよ。新しい人生をスタートしようって。だけどそのたびにあいつらに脅された。金を寄越さなきゃ映像を職場にばらまくって。で、必死に秘密を護ろうとして美人局を手伝わされて……汚れきった私は光の当たる場所には戻れなくなった。何が言いたいかわかる? 私はね、あんたに人生を狂わされたの」


 実際にどういう卑劣な行為が行われていたのかはわからない。だがそういう事ならば流出した恋那の映像は本物だったのだろう。あれはネット民が考察した通りディープフェイクではなかったのだ。


「何で……何で私のせいにするの!? 私が悪いって言いたいの!? アレルギーがあるのにお菓子を食べた小宮山君が悪いんでしょ!? 頼んでもいないのに勝手に川に放り投げた先生が悪いんでしょ!? 疑われる様な事をしていた入谷君が悪いんでしょ!? あんなチャラそうな猪狩君にホイホイついていったあんたのせいでしょ!? さっさと別れなかったあんたが悪いんでしょ!? 美人局なんてするあんたが悪いんでしょ!? あんたの人生は全部あんたの責任だよッ! 悪くない! 私は悪くないッ! 私は何も悪くない、全然悪くないッ!」

「……本当、あんたは昔から変わらないわね。ずっといい子ちゃんぶって、なんか言われても自分が悪いって絶対に認めなくて逆ギレして、被害者ヅラして何もかも人のせいにしてさ」


 しかし聖愛は謝罪する事無く本性を露わにしてしまった。二世信者である彼女は確かに家庭環境に問題はあったかもしれないが、有吉聖愛という人間の性根はあまりにも弱く醜かった。それこそ親しい俺でも嫌悪の感情を抱いてしまう程に。


「ねえ、何で言ってくれなかったの……助けてって言ってくれなかったの……ッ!」

「……言えるわけないじゃない。私はあんたの事を信じていたんだから……そう、本当に何も知らなかったのね」


 最後の言い訳だけは唯一人間らしさがあり、後悔に苛まれる聖愛に恋那もまた心を無くしてしまった。人生を狂わされたというのに、彼女もまた心のどこかでは聖愛を親友と思っていたのだろうか。


「私はずっとあんたに復讐したかった。そんな時私はゾフィア様と会ったの。ゾフィア様は私を受け入れてくれた。だから指示通り桂里奈を殺した。それだけよ」

「そっか、やっぱり恋那が……私を屋上に呼んだのも……」

「ええ。あんたを容疑者候補に入れるためね。虐め事件の黒幕説と教団による虐待事件疑惑を結び付けさせるために必要だった。予想通りあんたはサプライズの仕込みをしていた桂里奈に追い返されて、あんたがいなくなった後で私が桂里奈を殺したの」


 屋上での映像では恋那が犯人の最有力候補だったが、特に捻った事もなくシンプルに彼女が犯人だったらしい。蓋を開けてみれば何て事ない真相だったな。


「どうして桂里奈が殺されなきゃいけなかったんですか……確かに彼女は自分勝手で嫌な奴でしたけど殺すまで事は……!?」


 だが紅葉はその説明に納得しなかった様だ。そして今度は芙蓉が躊躇いがちに語り始めた。


「紅葉も知っているでしょ。桂里奈は自分が大好きで一番じゃなきゃ嫌なタイプだって。中学の時はクラスで人気者だったらしいけど、うちの学校は基本お金持ちばかりだったから惨めな思いをしたんでしょうね。だから見栄を張るために実家がお金持ちだって言って、嘘を隠し通すためにパパ活なんて事もしていたの。ただそれだけなら別にどうでも良かった」


 芙蓉の言葉で桂里奈のパパ活疑惑もまた確定したが、こちらもさほど意外ではなかった。わかり切ってはいたが、やはり教団による組織的な虐待なんてものはなかったらしい。


「桂里奈は文化祭で盛り上げるためのサプライズをいくつか用意していたけど、演劇のラストで私に道雄君への告白の台詞を言わせるつもりだったの。こんな風に眼帯を取ってね」

「え……」


 そう言うと芙蓉は自らの顔を覆い隠していた眼帯を外し、その下にあった空虚な空洞を露わにする。おそらく腫瘍を摘出した結果こうなってしまったのだろう。


「あいつはそうすれば感動すると思ったみたい。そもそも私は主演なんてやりたくなかった。こんな姿を見られるなんて死ぬほど嫌だった。道雄とはそこそこ仲は良いけど別に恋愛感情があるわけじゃなかった。私はあいつの友情ごっこに付き合わされているだけだった。あいつは病気の私を使って青春ドラマを作りたかっただけだったんだよ。私はくだらない文化祭を中止させたかった。そうゾフィーに相談したら……来島ゾフィア様が私を導いて恋那さんと引き合わせてくれたの。恋那さんは辛かったねって、泣きながら私を抱きしめてくれた。そして彼女は約束通り桂里奈を殺してくれたの」


 芙蓉と恋那は友によって絶望したという点では同じだ。ゾフィアに命令されたとはいえ彼女を助けるために殺人まで犯したのだし、似た者同士通じ合うものがあったのかもしれない。


 友のために罪を犯す、それは友情の究極の形に他ならない。教団など余計な物がなく普通に出会えていたのならば違う未来もあったのかもしれないが、そんなものは無意味な妄想でしかないのだろう。


「本当は私もシナリオを完成させるために道雄君を殺すつもりだった。だけどなかなか勇気が出なくて、そこに紅葉が現れて道雄君の家に入って行って……しばらくして紅葉がまた出て行ったら刺された道雄君がいた。道雄君は紅葉を護る為に時間をずらして悲鳴を上げて偽装工作をしたみたいだけど、私も気付いたらUSBメモリに保存されていた道雄君のフェイク動画を消して、教頭先生の動画だけをアップロードして……私が刺したって言ったんだよね」

「はは、そっか……そういう事だったんだ……馬鹿だなあ、私……」


 義憤に駆られて思い込みで友を殺してしまった紅葉は上の空になり、彼女もまた残酷な真実を受け入れる事が出来なかったらしい。


 結局はこの場にいた全員が来島の掌の上で踊っていただけなのだ。けれどその事に気が付いた時は何もかもが遅かった。


 処刑台の炎は揺らめき、大聖堂の中にはただ静かに救いを求める信者たちの祈りの言葉だけが響き渡る。


 ゾフィアはそんな彼女達にも慈悲深き眼差しを向け、無限の愛を与えた。

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