表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捏造探偵2~カラマーゾフの贖罪~正義と真実の狂信者【完結】  作者: 高山路麒


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/50

3-4 聖カラマーゾフ学園の事件の真相に辿り着くために

 ミシェルの用意した白いバンに乗り込もうとすると、左ハンドルの運転席には初老の紳士がいた。こちらも外国人の様に見えるが彼女の関係者なのだろうか。


「こんにちは」

「ど、どうもです。あなたは?」

「私は変態おしりおじさんだ。まあただのモブ運転手と思って欲しい」

「はあ、そうですか。どうも」


 友好的な態度を取る初老の紳士は雰囲気的にはベテランエージェントだが、言動はどうにもコミカルでギャグキャラっぽい。あるいはこれもそう見せているだけなのかもしれないけど。


「私もモブエージェントと思ってください。あとバーでの出来事は無かった事にしてくださいね」

「それは構わんが」


 ミシェルもまた多くを語らずクールな笑みを浮かべた。どうせなら酔った時の彼女について弄りたかったが、俺は空気を読みノータッチで進行する事にした。


 助手席にはミシェルが、後部座席には俺と真矢ニナ、そして間にしょんぼりしたロッシーが収まる。


 彼はなかなか乗り込まなかったので持ち上げて車の中に入れたが、やはりなんのリアクションもしなかった。だがそんなロッシーを真矢は優しく撫で、彼は目を細めてかすかに反応をする。


 ロッシーを気の済むまで慰めた所で、真矢はミシェルが持ってきてくれたタブレット端末を手に取った。


「それじゃサンチョ君。真実に辿り着くピースは大体揃った。今回の事件を解決するために一切の先入観を捨てて事実だけを整理しよう。マンションの防犯カメラの映像とかも手に入ったし」

「あ、ああ。だがお前は本当に真矢なのか?」


 俺は改めてそれが事実かどうか確認するが、不安げなロッシーを撫でていた彼女は笑ってこう答えた。


「何度も言う様だけどそれは君が決める事だよ。証明しようのない真実は解釈によってのみ定義付けられる。世の中に存在する数多の事件と同じ様にね」

「……………」


 やはりこの皮肉めいた言い回しは完璧に真矢だ。やはりこいつは本当に真矢なのだろうか……?


「さて、不毛な議論は止めて推理を始めるよ。学校に辿り着く前には終わらせたいから。まずは井出桂里奈の事件と隅地教頭の事件だ」


 真矢は会話を中断、黒焦げになった焼死体の井出桂里奈の写真をタブレット端末に映し出す。何度見ても悍ましい死に顔だが、彼女は特に反応する事は無かった。


「井出桂里奈はサプライズを用意すると言い、屋上で焼死体となって発見された。この事件は盗撮カメラの映像から容疑者候補はキャンプファイヤーを用意したテレビクルー、屋上に足を踏み入れた有吉聖愛、磐田恋那、そして井出桂里奈本人に絞り込める。ミステリー小説のようにトリックを使うという手もあるけど、一番怪しいのは最後に屋上から出て行った磐田恋那だろうね」

「だが動機がない。せいぜい同じ学校のOGと在校生ってくらいだ」

「動機なんてどうとでもなるよ。たとえば神様にあいつを殺せとそそのかされたとかね」


 結局真矢は面白みのない結論を導き出した。もしも恋那が聖愛の様に狂ってしまえば、確かにその可能性は十分にあるだろう。


「また時を同じくして保健室におかれたペットボトルのお茶を飲んで隅地教頭も死んだ。その際保健室は無人であり、毒を混入させる等誰も怪しい行動はしていない。では教頭はどうやって殺害されたのだろう。本当に来島がお茶を飲んだ時点では毒は入っていなかったのだろうか。彼の性癖を知っている人間ならば変態的な行動を予測する事も出来るだろう。彼女は最初から毒が入ったお茶を飲んでいたんじゃないだろうか」

「無理だ。致死性の毒は根性で我慢出来るものじゃない」

「人によっては毒を飲んでも平気な人もいる。たとえばアレルギーとかもそうだけど……怪僧ラスプーチンのエピソードは知っているかい。毒殺されそうになった彼は特異体質のおかげで死ななかったそうだ」

「いや、だが特異体質なんてそうそう……いや、来島はあの時咳き込んでいた、ひょっとして本当にただ我慢していただけなのか?」


 俺は保健室でのやり取りを思い出した。てっきりむせているだけだと思ったが、まさか彼女はあの時我慢して耐性のある毒を飲んだというのだろうか。


「うーん、まあいいや。そっちでも説明はつくし」

「?」


 しかし俺のその解答は真矢にとっては正解ではなかった様だ。彼女は別の可能性を考えている様だったが、それについては説明せず次の事件の説明に切り替えた。


「次に緑川道雄が殺害された事件について整理しよう。サンチョ君は散歩中に朝霧芙蓉を発見、尾行をして彼のマンションに辿り着き、そのまま待機していると郡山紅葉がマンションの中に入って行く。それから程なくして有吉聖愛と合流し、すぐにマンションから慌てた様子で出て行く郡山紅葉と遭遇した。その後有吉聖愛は緑川道雄に電話をかけ、スマホから叫び声が聞こえて現場に急行すると室内には刃物で刺された緑川道雄と包丁を持っていた朝霧芙蓉がいて、緑川道雄は違うと言って事切れ、朝霧芙蓉は彼を殺害した事を認めた。また現場のパソコンには隅地教頭も含めた複数の大人が桂里奈に暴行を加えている映像が再生されていて、データを復旧するとそこには緑川道雄が朝霧芙蓉に暴行を加えているものもあったらしい」

「後半部分は直接見ていないが、ネットではそう書かれているな。実際そうなのか?」

「ああ。動画も流れている」


 真矢はそう言って件の映像を見せた。動画の中では確かに泣き叫ぶ芙蓉を道雄が辱めており、実に気分が悪くなる光景が映し出されていた。


「普通に考えれば動画を見た郡山紅葉が緑川道雄を殺し、朝霧芙蓉が罪を被ったのだろう。郡山紅葉と朝霧芙蓉は親しい友人だし両者のために行動する可能性は十分考えられる、だとしてもなぜ刺された時と緑川道雄の悲鳴にタイムラグがあったのだろうか」

「それと道雄の動画もだ。何故動画は削除されたんだ。芙蓉が消したという解釈もあるが、もっと根本から間違えているかもしれない。あの映像はおそらく隅地教頭から購入した物だろう」

「そう。隅地教頭はとても変態だった。変態の手元に女子高生の写真があればどうなる。ディープフェイクを作って楽しむに違いない。果たして映像は本物だったのだろうか」


 現在の技術の進歩は目覚ましく、素人でも生成AIを使ってそれなりの映像が作れるようになった。ましてや知識のある人間ならばなおの事だろう。


「だとすれば前提が大きく異なってくる。緑川道雄は友人である郡山紅葉を護ろうと、彼女がいなくなった後で刺された演技をしたんじゃないだろうか。そして朝霧芙蓉もまた郡山紅葉を護る為に罪を被り自分が殺した事にしたんだ」


 もしも殺害の動機が偽のポルノならば緑川道雄は相当混乱したに違いない。何故ならばそれは彼にとって全く身に覚えのない事だったのだから。


 しかし彼は聖愛に助けを求める事無く自ら紅葉のためにアリバイ工作をしたのだ。全ては自分を殺そうとした友人を庇うために。


「また事件現場のパソコンから井出桂里奈の映像がアップロードされ、朝霧芙蓉の動画は削除されていた。井出桂里奈の動画をアップロードしたのは朝霧芙蓉なのかもしれないし緑川道雄なのかもしれない。二人とも彼女とはわだかまりがあったみたいだからね。恨みは死後も消えず性的なディープフェイクで死者を辱めたんだ」

「それはそれで問題だけどな」


 ディープフェイクによる悪質な嫌がらせは誰でも出来るがハッキリ言って防ぎようがない。それがどういう結果をもたらすかも知らず、安易に一線を越えてしまったのだろう。


「ついでに一連の変態の事件やついさっき襲われた事件についても整理しようか」

「は? それも推理するのか」

「いいや、一見馬鹿馬鹿しい様に思えるけど、この推理は全ての絵を描いた黒幕に辿り着くために最も重要な事だ」


 そこまで推理して真矢は奇妙な推理を始めた。正直あんなものに隠された真実があるとは思えないが、その瞳には確かに真実を見抜く光が宿っていたんだ。


「ロッシーは君が出会った変態達にやたら吠えていた。また近頃街に出没する変態は全てそのような素振りを見せなかった社会的地位の高い人物で、全員神という単語を口にしていた。かつてロッシーが巻き込まれた事件はマインドコントロールによって引き起こされたけれど、その事件の犯人と今回の犯人は同じ麻薬を用いたのかもしれない。自分の敵を社会的に抹殺し、殺人もいとわない忠実な信者を作り出すためにね」

「なるほど、そういう事ですか」

「まさか……!」

「オウン?」


 唯一ロッシーだけが何もわからず寂しげな眼差しをしていたが、ミシェルはある事に思い至った。そしてそれはきっと俺と同じ結論のはずだ。


「いかなる優秀な麻薬探知犬でも訓練を受けていない新種の麻薬を探知する事は出来ません。もふもふ君の家で出会った変態と先ほどのトラックの運転手は、あなた方ではなくロッシーを殺そうとしていたのでしょう。彼は唯一麻薬のニオイを知っていて、黒幕に洗脳されている事を見抜ける能力を持っていましたから」

「クウーン」


 ロッシーは人間の言葉を離せないが最初からすべてを知っていたのだ。自分の愛する家族を奪った麻薬を用いた憎き犯人の正体を。そして初めて会ったあの時、黒幕もまた彼が計画の遂行において最大の脅威になると気付いてしまったんだ!


「全ての事件は桂里奈のセンセーショナルな死から始まったけど、この事件にはちぐはぐな点が多い。最も井出桂里奈を殺す動機があるのは朝霧芙蓉だけど、本当に彼女だけで犯行を行ったのだろうか。そう、その背後には全て教団の影があった」

「そうだ。今回の事件はマインドコントロールされた複数の人間が絡んでいた。他の多くのマンモス校同様、聖カラマーゾフ学園には様々な問題が存在していた。黒幕はそうした揉め事を利用し、言葉巧みに生徒を自らの信者にし、奴が作り上げたシナリオによってありもしない罪をでっちあげ鵯藤江は自殺した。真の狙いは彼女を冤罪によって陥れる事だったんだ!」


 俺はようやく全ての真実に辿り着いた。それはあまりにも巧妙であり、またあまりにも幼稚でもあった。黒幕は鵯藤江を陥れるためだけにこんな壮大な冤罪事件を作り上げたのだから!


「……だけどどうしてこんな大掛かりな事を。校長にそこまでの恨みでもあるのか?」

「というよりも周りが勝手に大掛かりにしただけなんだけどね。あるいはこれも犯人の狙い通りなんだろうけど、正義の鉄槌を下そうとする人間ほど危険なものはないから。面白がっている人間からすれば凄惨な事件でもただのエンタメだし。それは君も嫌というほど知っているはずだ」

「そうだな……」


 結局人間は学ばずすぐに忘れて同じ過ちを繰り返してしまった。おそらく全ての真実が明らかになっても、メディアは無かった事にしてくだらない芸能人のゴシップで誤魔化すのだろう。


「鵯藤江が自殺して犯人の目的が達成された以上もう何もかも手遅れだが……今のうちに準備をしておくか。彼女を死に追いやった連中に罰を与え、鵯藤江の名誉を回復して、今後こんな事が起きないための抑止力にするために。所詮は自己満足だがな」

「それもいいけど、まだ助けられる人はいる。洗脳された生徒や関係者たちだ。ほら、これ」

「これは」


 真矢は続けて学校に仕掛けた盗撮カメラが映し出す今現在の映像を見せる。後片付けをされていない校舎内には捜査をしている警察関係者以外誰もいないはずなのに、そこには奇妙な服を着た一団がいたのだから。


 中世ファンタジーのコスプレっぽい衣装は文化祭のセットとよく似合っているが、彼らは身を隠していた警察官を金属バットや角材で殴りどこかに連れていく。


 またその様子を不法侵入の配信者が興奮しながら撮影していたが、彼もまた背後から近付く信者に気付く事無く鉄パイプでシバかれ拉致されてしまう。まあこっちは自業自得だし正直どうでもいいが。


「っ!」


 そして連行されていく人間の中には聖愛や紅葉の姿もあった。しかしこちらはさほど抵抗する事無く、素直に指示に従っている様に見える。


 彼女たちがただちに拷問等を受ける事はなさそうだが、敵である警察官や民間人は別だし危険なカルトとなった連中は何をするかわからない。すぐにでも助けなければ彼女たちの身が危ないだろう。


「ミシェル!」

「もちろん仲間は呼んでいます。しかし多少時間はかかるでしょうね。警察組織は手続きさえ踏めば大抵の事は出来ますが、逆に言えばそうしなければ違法捜査になる恐れがありますから。こういう場合刑事ドラマでは責任は俺がとる、と言う熱い上司がいますが、警察時代の堤さんの上司にその様な方はおられましたか?」

「責任を是が非でも取りたくなくて無実の人間を死刑にした上司なら知っているな」

「そうですか。大体私の国と同じですね」


 俺は海外の警察事情をよく知らないが、国によっては射殺も賄賂も当たり前だったりする。形は違えど似たような問題が存在している様だ。


「つまり今掴まっている人を助けられるのは僕達しかいないってわけだね」

「クウン」

「俺に行けってか」

「ちなみにトランクに使えそうな道具は用意しているので自由に使って構わない。責任は取らないが揉み消すくらいの事はしてあげよう」


 真矢は不敵な笑みを浮かべて俺に戦う様に促し、初老の紳士もなかなかゲスい事を言った。どうやらもう決定事項らしい。


「やれやれ、バトルとかうちはそういう路線じゃないんだがな。もう俺も中年なんだから歳を考えてほしいもんだ」

「ふふ、頼りにしてるよ、サンチョ君」


 気が進まなかったがやるしかない。俺は心の奥底に眠っていた正義の心を叩き起こし、巨悪と戦う決意をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ