1-2 やせいのへんたいがあらわれた!
あ! やせいのへんたいがあらわれた!
「行くか」
「行け! パパ!」
「ガルルルル……!」
そんなメッセージと共にどこからともなく軽快な音楽が流れ、ニナは面白がって俺をモンスターの様にけしかけたが、滅茶苦茶唸っているロッシーの方がちょうどいいのではないだろうか。
「こういうベクトルかあ。これはどう攻略したものか。取りあえずうふ~ん!」
なお事前にスタンバっていた恋那は変態の好みではないのか認識すらされなかった。しかしそれはそれで悔しかったらしく、彼女はメロメロを発動、野生のへんたいを誘惑する。
「安心して! 僕は君みたいな残念系ギャルおばさんには興味ないよ! だけど好きな服を着る権利は誰にでもあるから君も僕の仲間だよ!」
「おい堤、ハサミギロチンでこいつのチンを切断しろ」
「そんなの覚えていない。出来るのはフライングプレスくらいだ」
「カスじゃねぇか」
マニアックなネタで理不尽に怒られた俺はとりあえず組み伏せようとしたが、変態は素早く反復横跳びでこうそくいどうをして回避、懸命に手を伸ばしても触れる事すら出来なかった。
「クッ、ちょこまかと!」
変態は無駄に身体能力が高く、早すぎて最早ジャンプではなく滑る様に移動している。ぬるぬると動くグラフィックはゲーマーからは称賛されるが、ここまで滑らかだとまるで不定形の怪物の様で端的に言ってなかなか気色悪い動きだ。
「ハッハーン! 僕はこう見えて自称勝海舟の子孫で財務省の事務次官になりかけるも普通に最初の段階で実力不足で国家公務員試験に不合格、大学卒業後は役所勤めからそのまま地方自治体の議員に落ち着いたエリートなんだ! その程度の攻撃を食らうものかー!」
「結局勝海舟とは関連性がない上に自慢出来るかどうか微妙なエピソードだな。けど生きるのは大変だって事はわかったよ」
変態は自分の素性を明かすが地方議員でも十分エリートには分類される。少なくとも俺みたいなド底辺の探偵崩れと比べたら社会的地位は格段に高いだろう。
「僕はずっと真面目に生きてきた! だけど神様が僕を導いて性癖を目覚めさせてくれたんだ! 君も神様の言葉を聞きたいかい!?」
「なんていうかご愁傷さまです」
事情は分からないがストレスがたまった結果こんな事になってしまったのだろう。俺は無邪気な変態の姿に憐みの感情を覚えてしまった。
「けどどうするよコレ、この変態速すぎるぞ!」
だがこいつがずば抜けた身体能力の持ち主なのは間違いない。危険性はそこまでなさそうだが、俺は攻めあぐねてなかなか攻撃を命中させる事が出来なかった。
「むむ、パパがピンチだ! もういい戻れ! チャンスだロッシー! かみくだく!」
「バウウ!」
けれどそんなピンチを救ってくれたのは機嫌が悪そうなアホ犬だった。ニナは相棒に命令するとロッシーはアスファルトを蹴って素早く駆け出し、変態の股間目掛けてジャンプする。
「オォウ! カンッ! リィンッ! マァルッッ!!」
きゅうしょにあたった!
それは歴史に名を残す偉人を殺しかけた一撃が如く、歴史を変えかねない威力を秘めた凶悪な攻撃だった。変態はどこか気持ちよさそうにひんしになってしまい、ニナはとてとてと歩いて顔をツンツンとつつき動かない事を確認する。
「なにこれ」
「知らん」
恋那は馬鹿馬鹿しいやり取りにポカンとしていたが、俺の周囲ではこんなのはまだマシなほうである。前回は猫にエサをやる迷惑オバチャンと鉄球を振り回すジジイがバトルしてたり、SMプレイの意見の食い違いから別れそうになった夫婦の仲立ちをしたりしてたからなあ。
ともあれこれで依頼達成、今日も地球の平和は護られた。俺は深く考えない様にして、股間をガブガブと噛む怒れるロッシーを引き離した後正義の味方を召喚する事にした。
「もしもーし、おまわりさん、変態ゲットだぜー」
『は? イタズラしてんじゃねぇこっちは暇じゃねぇんだブチ殺すぞ』
「いや流れ的なアレです、気にしないでください」
電話相手の警官はふざけた第一声にキレてしまう。あまりやり過ぎると罪に問われるしこの辺でやめておこう。
「ここですか! 変態は!?」
「ん、早いな」
しかし電話をしている最中に早速若い女性の警察官が来てしまう。けれど日本の警官がいくら優秀とはいえここまで早くはない。きっと俺達が変態と遭遇する前に誰かが通報していたのだろう。
だが展開が早い事に越した事は無い。さっさとこの変態を引き渡して事情聴取を済ませて依頼人に報告する資料をまとめるか。
「って、あなたは……」
「うげ」
「およ?」
ただ都合の悪い事に駆け付けた警官は俺の顔見知りだった。しかも昔の知り合いの中でも特に苦手としている、正義感溢れる刑事ドラマの主人公の様な奴が。
「……ああそうですか、あなただったんですね」
「ちょっと待て聖愛、誤解してるよな!?」
正義の眼差しに燃えた聖愛は墜ちた不祥事警官を始末するため空手の構えを取り、俺は殺意の波動に目覚めた正義の味方を必死でなだめ誤解を解こうとした。
こいつは無鉄砲だが全国大会で入賞する程度に腕っぷしだけは強いし、中年のオッサンになってしまった俺なんぞはなすすべもなく秒殺されてしまうだろう。
「そうだよ! パパは変態じゃないよ! 義理の娘への情欲はまだ理性によって抑えているよ!」
「オウン!」
「お前は黙ってくれるかな!?」
しかしそんな思いを無視してニナは余計な一言を放つ。俺はその時殺人事件のほとんどは親族間の怨恨によるものだというデータを身に染みて理解してしまった。
「なるほど、ここは正義の鉄槌を下さなければいけませんね。せめてもの情けに私が引導を渡します。覚悟しろや堤三千世ッ!」
「ちょおい!? ストップ、ストォップッ! 警官が容疑者を取り押さえる時に過剰な暴力を振るったら現実では普通にアウトだからな!?」
未だに昭和の刑事ドラマの価値観のまま変化していない現代の警察官の説得を試みるも、彼女は聞く耳を持たず今にも襲い掛かろうとする。ううむ、こりゃ骨の一本や二本は覚悟したほうがいいだろうか。
「……相変わらずね、あんたは」
「え?」
「ん」
けれど俺の命を暴力警官から救ってくれたのは意外にも恋那だった。聖愛は見下したような表情をしたコスプレ女が最初誰だかわからなかった様だが、しばらくしてようやく彼女の事を思い出した様だ。
「もしかして恋那!? わあ、久しぶり! 元気にしてた?」
怒り狂っていた聖愛は恋那との再会に大喜びし、職務中である事を忘れて女子高生の様にキャッキャとはしゃいでしまう。具体的な関係性はわからないが、おそらく旧友とかそういう間柄なのだろう。
「っていうかこんな所で何してるの? ひょっとして変態に襲われたのって恋那? それに何でそんな格好してるの?」
「私だって好きでこんな年甲斐のない格好をしてるわけじゃないって。あんたがシバこうとした探偵崩れと一緒に変態を捕まえようとしていたの」
「なあんだ、そうだったんだー。ごめんね?」
「ったく……」
呆れた恋那の説明によって無事に誤解は解けるも、聖愛はチラリとこちらを見ただけで直接謝罪をする事は無かった。こいつは悪い奴じゃないんだが、細かいところでいちいちイラっとさせられるんだよな。
「でも恋那もこんな人と一緒にいたら駄目だよ。ひょっとして弱みでも握られてるの? だったら相談に乗るけど……」
しかし事情を把握した聖愛は友人が悪徳探偵と行動を共にしている事を咎めた。そこには純粋に友を想う気持ちしか感じられなかったが、恋那はため息をついて今自らが置かれている状況を説明する。
「別れさせ屋」
「え?」
「私は別れさせ屋をやってるの。でこいつは仕事仲間で持ちつ持たれつの関係なの」
聖愛はその言葉がすぐには受け入れられなかったらしい。職業に貴賤無しとは言うが、別れさせ屋という仕事は世間一般的には良しとされている仕事ではなかったのだから。ましてや親しい友人がその様な仕事をしているというのならば、それはかなりショッキングな事実だったに違いない。
「そ、そうなんだ。うん」
そして聖愛は怒るでもなく悲しむわけでもなく、眼を逸らしてその事実をなかった事にした。
「帰っていい? 事情聴取をしたいのならさっさとして」
「う、うん!」
恋那はそんな彼女に興味を無くし怒りの感情すらも湧く事がなかった。それはある意味罵声を浴びせられるよりも息苦しかったに違いないだろう。
「むむ」
「オウーン」
ニナは殺伐とした空気にしょんぼりしてしまい、ロッシーはとりあえず慰めるため自らの身体を摺り寄せる。彼女は家族の愛情を受け入れ、想いを汲んでそのもふもふした体をわしゃわしゃと撫でた。




