1-1 二代目捏造探偵の代わり映えのしない愉快な日々
――堤三千世の視点から――
世間を震撼させたドン・キホーテ事件から月日が流れ、一時のテンションで二代目捏造探偵を襲名した俺は今日も今日とてくだらない悪徳探偵家業に精を出していた。
伝説の刑事を父に持つ警視庁のキャリア警察官から、フィクション作品では大人気の職業だが実際はクソみたいな仕事の一位である探偵に転落、ではなく転職し、今ではそれなりに有名になり稼げるようにはなった。
もっとも盛況なのは裏家業の捏造探偵の方だったりするが、一応こんな探偵崩れの俺にも矜持はあるので一線は越えない様にしている。法的にはそんな美学には一切価値はなく、もし警察に捕まった際にそう主張した所で意味はないだろうが。
「じー」
ただ今は普通の探偵としての仕事を行っている。今回の依頼人はなかなか羽振りがよく相場以上の金を出してくれた。しかしその料金にはアフターサービスに対する前金も含まれているのだろう。
依頼人は聖カラマーゾフ学園の校長、鵯藤江。その内容は学園の生徒に対する盗撮行為が多発して写真の一部がネット上に出回っており、その犯人を突き止めて欲しいというものだった。
盗撮は普通に犯罪なので警察に頼んでも問題はない、というか普通はそうするのが賢明だ。しかし聖カラマーゾフ学園は文武両道の名門校として知られ、たとえ生徒に一切非がなくともそんなスキャンダルが起きてしまえばイメージダウンは避けられない。建前の理由では生徒を護る為、とは言っていたが実際は大事になる前に揉み消したいのだろう。
「パパー?」
「オウフ」
理由はどうあれルールの範囲内で金になる仕事ならば大歓迎だ。なので俺は今盗撮犯の出没スポットのコンビニに待機し、車に乗って昼寝をするふりをしながら女子生徒を狙う変態がやって来るのを待っているというわけである。
「パパってばー」
「オウーン」
「仕事中だからどっか行ってろ」
そして現在任務を遂行するにあたって最大の障害となるであろうクソガキが現れた。ニナと相棒のロッシーは構って欲しいのか、一緒に車の窓に張り付いて俺の気を引こうとする。仕方ない、このままじゃ怪しまれるし窓を開けるか。
「駄目だよパパ、学校帰りの女子高生をそんないやらしい目で見てたら通報されるよ。義理の娘への劣情を抑えきれずに他で発散するためとうとう不審者になったの? ほら、ロッシーのキンタマでも触って欲求を満たしてみ?」
「オウ~ン」
「いいから帰れ。俺も歳をとって熟女や人妻の魅力が理解出来るようにはなったが、流石に犬畜生に興奮する程拗らせてはいない」
ロッシーはオスのシンボルを見せつけ艶めかしい声を出した。しかしこいつは犬の中でも特にもふもふなチャウチャウなので、相当物好きな奴ならワンチャンあるかもしれない。犬だけにな。
……自分で思いついてなんだがこれはちょっと寒いな。こんな親父ギャグがスラスラと思いつくなんて俺もオッサンになってしまったという事なのだろうか。このネタは胸の中にしまい込んで口に出さない様にしよう。
「あ、別に娘でもいいよ? 私はパパが痴漢とかセクハラで懲戒免職になって社会的に抹殺されても大好きだから!」
「だから帰れって!」
おませなニナは小学生がするとは思えない単語をこれでもかとぶっこみ俺を挑発する。通行人は不穏な単語にザワつき、地域の警戒度は新たな変態によって上昇してしまった。
「……ったく、車の中に入れ。どら焼き買ってるから」
「わーい! パパ大好きー!」
「オウフ」
俺は諦めてニナとアホ犬を受け入れ車の中に招き入れる。彼女は栄養補給のために購入したどら焼きを、ロッシーは鼻をひくひくさせてビニール袋を漁り自ら犬用ジャーキーを回収した。
「それでパパはJKを盗撮してたの? 確かにここって部活帰りの高校生が多いから盗撮にはいい感じだよね。程よく汗もかいて日焼け跡とかうなじとかに興奮するし」
「違ぇよ、その逆だ。証拠を見つけて変態を捕まえるんだよ」
「なーんだ、そっちかー。はい」
「オウン!」
どら焼きを口に咥えたニナはロッシーが回収したジャーキーの袋を受け取り、袋を開けて彼に食べさせる。
「前科のあるパパが変態になったらちょっとシャレにならないけど、それはそれでちょっとガッカリだよ。冤罪を訴えた人がしばらくして捕まるって時々聞くし。コメディのキングとか。もしそうなったら芸能界で生き残るために役者に転向するところだったよ」
「俺は懲戒免職にはなったが前科はない。そこは間違えるな」
ニナはしつこく絡んできたので渋々情報を小出しにして伝えた。本当はアウトだが、こいつは仕事をするうえでもう関係者になってしまった。俺一人なら怪しまれるが、車の中で幼女と犬がメシを食っていたら家族連れと考え不審者とは思わないだろう。
折角だ、俺もどら焼きを食うか。俺はニナと一緒にどら焼きをはむはむとかじり頭に栄養を送った。
張り込みの定番と言えば電柱に隠れてあんパンと牛乳と相場が決まっているが、警官時代にそんな奴と会った事はない。最近はその辺の事情はどうなってるんだろう。やっぱエナジードリンクをがぶ飲みするのかねぇ。
「パパはやっぱりあのフェロモンを漂わせている痛々しいコスプレ女が好みなんだ。さっきからチラ見してるし。っていうかあの人見覚えあるんだけど」
「気のせいだ」
ニナは血のつながりがないとはいえ探偵の娘、多少の観察眼はあるようだ。彼女は協力者の存在にすぐに気が付き、それをネタに俺をからかった。
ちなみにあの女子高生のコスプレをしたギャルは決して痛々しい年齢ではない。だがその色気からそういうお店の女性と勘違いしてしまう可能性はあるだろう。実際別れさせ屋なんてグレーな仕事をしているので否定しにくいが。
彼女は磐田恋那、いわゆる別れさせ屋の女性で悪徳探偵の俺とはよく一緒に仕事をしている。
別れさせ屋を利用する奴の動機はケースバイケースだが、どの道そんなものを利用している時点で関係の修復は不可能だろう。
俺も何も悪くない人間を陥れる事に最初こそ抵抗はあったが、今はそういう手段を択ばない身勝手な人間と付き合っているターゲットを別れさせるための必要悪と考え受け入れる様になってしまった。
こうして少しずつ一線を越えた結果、今ではすこぶる評判の悪い悪徳探偵となったわけだ。ちなみに捏造系の仕事では色恋沙汰が一番多い仕事だったりするが、どうせ捏造するならもう少し生々しくない仕事をしたいものだ。
だがそのうち善悪の基準が曖昧になり、俺は先代からずっと護り続けてきた最後の一線すらも越えてしまうのだろうか。そんな事はないとは思いたいが、もう時間の問題かもしれない。
「でも盗撮する人もなんでそんな暇な事をするのかなあ。今のご時世合法非合法問わずエロ画像はどこでも入手出来るのに。欲しいものは自分で手に入れたいっていう変態なりの美学でもあるのかな。その辺はどうなの?」
「何故俺に聞く。だから今は仕事中だって言ってんだろ。そういうのはああいう感じの変態に……」
しかししょうもない会話をしてすぐに事態は急転、俺は衝撃のあまり咥えていたどら焼きをうっかり口からポロっと落としてしまった。
「オウフ!」
食い意地の張ったロッシーはすかさずダイブ、三秒ルールの範囲内でどら焼きを拾いバクバクと貪った。普段はトロトロしているくせに食べ物が絡むと途端にアグレッシブになるんだよな、こいつは。
「あ、駄目だよロッシー……?」
犬だから三秒ルールは関係ないがこいつの場合は別の問題がある。ニナは人間用のどら焼きを食べた事を注意しようとしたが、彼女もまたその場に現れた異形の存在に驚愕してしまった。
サイズが合わない子供用の体操服は破れそうな程にピチピチで、鍛え上げられた見事なシックスパックとおへそが見えており、ご丁寧に紅白帽も特撮ヒーローっぽくカスタマイズしている。男子児童のあるあるネタだが俺も小学生の頃よくやってたよ。
風を切りながら堂々と歩くその姿はまさしく漢だ。なんなら銅像になって街のランドマークになるかもしれない。しかしまごう事なき変態である。変態という概念そのものである。堂々としていても間違いなく変態である。
そして一眼レフカメラを携え現れた彼はかつて子供時代にそうしていたように、とても素敵な笑顔で女子高生に挨拶をした。
「ンフー! ねえお姉ちゃん、僕と一緒におっぱいバレーをしようよ! 僕のたくましい大胸筋を見て欲しいな!」
「ヒィィィイ!? 変態だー!」
部活終わりの女子高生は全力で逃げる。運動をしているので逃走スピードは速かったが、変態はそれ以上に素早い動きでシャッターを切り、ふわりとスカートが浮かんだ一瞬の隙をついて下着をカメラに収めた。
「やりぃ! あの子のスカートの中をゲットだぜ!」
こうなってはもうコソコソ隠れる必要はない。向こうが真正面からかかってくるのなら、こちらも善良な一般市民として治安を乱す変態に真正面から挑むまでだ。




