第二章14 『地下鉄ダンジョン・地下一階 探索』
島田・加藤・アゲハの3人は、地下一階 北口改札にある駅務員室に居た。
そこそこ広い一室だが、ロッカーや棚、散乱したゴミなどが左右の壁や床を埋め尽くしているからか 少し手狭に感じる。
《ダンジョン》になる前は、避難民などが暮らしていのだろう。寝袋や生活用品も数点 散らばっているのが見てとれた。
そんな駅務員室にーーー、
「敵だ! 敵 敵!」
加藤の怒号のような声が響き渡る。
「ボスか!?」
「いや、さっきの緑色の蜘蛛だ!」
駅務員室は、《鬼蜘蛛・緑》の巣だった。
細長い室内には、何重もの蜘蛛の巣が行手を阻むように貼られている。
その蜘蛛の巣の所々には、糸を編んだ球体が貼り付けられていた。おそらく、先程 島田が引っ掛かった《糸玉》だ。
駅務員室の最奥、幾重にも 張り巡らされた糸の先に、繭のような巨大な塊が見えた。
そこには、緑色の巨大蜘蛛が3匹、罠を貼り獲物が来るのを待ち構えている。
「攻略ノート通りだな」
攻略ノートにも北口駅務員室は、《鬼蜘蛛・緑》が巣を作っていると記載されていた。
事前に情報を知っていたので、当然 巨大蜘蛛が張る罠などには、引っかからないがーーー、
「どうやって攻める?」
敵が巣の奥に閉じこもっている為、倒すことも容易にはできない。
「ーーー別に襲ってこないなら、無理に倒す必要もないだろ」
「・・・いや、」
島田の言葉を加藤は、否定する。
「攻略ノートにあった様に、部屋の奥に何か見える・・・」
《部分強化》で、強化された加藤の瞳には、蜘蛛の巣の向こう側にある、箱ーーーおそらく金庫のようなモノが写っていた。
「こりゃ、俄然アイツらを倒さないとね」
「・・・」
納得いかなげに 押し黙る島田。
加藤たちが、北口駅務員室を訪れたのには、訳がある。
無論、《ダンジョン》のボスを探しだす、というのもあるがーーー、
「ミワミワさんの情報は、正しいみたいね」
情報屋ミワミワから購入した攻略ノートのフロアマップ、その北口駅務員室の箇所に星印がつけられていたのだ。
そして、その星印の意味は・・・お宝。
「言っとくが、命あってだぞ! 危ないと思ったらすぐ引くからな!」
島田が 戦る気満々のふたりに釘を指す。
「分かってるよ。でもさ マサル。こんな大変な思いするなら、お宝くらい欲しいじゃん」
そう言ったアゲハは、眼前の《鬼蜘蛛・緑》の巣に向かい合う。
「コイツら攻略ノートにあった通り、獲物が巣にかからないと動かないみたいね。どうする兵庫?」
「かからないと 出てこないなら、かかってやればいいだろ」
あっけらかん、と言った加藤は、蜘蛛の巣に飛び込んだ。
「ーーーちょ、兵庫!?」
斬! と一閃。
電気コードほどある糸が切断された。だが、同時にーーー。
「うぉ!」
粘着性の糸は、瞬く間に加藤の体に絡みつく。
それだけではない。所々にあった《糸玉》が衝撃に反応して、糸を撒き散らせた。
ものの数秒で、加藤は糸に捕らえる。
だが、同時にーーー、
「出てきた!」
《鬼蜘蛛・緑》が姿を現した。
ガサガサ、と耳障りな足音を経てながら加藤に迫る巨大蜘蛛 3匹。
そのまま毒牙を突き立てようとするが、乾いた発砲音とともに、汚い体液を駅務員室の床にぶち撒けた。
アゲハの射程範囲に入ったのだ。
「ちょっと待てアゲハ! 加藤に当たる!」
「そんなヘマしないよ! マサルは下がってて!」
『ギチーーーッ! ギチギチ!』
慌てふためく、残りの2匹。だが、逃げるのにも立ち向かうにも、反応が遅すぎた。
アゲハの銃が二度、火を噴いて《鬼蜘蛛・緑》は全滅した。
***************
「ふぅー・・・上手くいったな」
加藤は、纏わりついた糸を引きちぎって、嘆息をひとつ。
自由になったら、次は行手を阻む 蜘蛛の糸を日本刀で断ちながら、駅務員室の奥まで進んでいく。
「でも、兵庫は、無茶する所があるよ」
笑いながらそう言ったアゲハに、釣られて加藤も笑う。
「そうか? まぁ、上手くいったからいいだろ。ーーーと、宝箱があったぜ」
《鬼蜘蛛・緑》の巣の奥にあったのは、金庫だ。
おそらく、かつては 駅の職員の貴重品を入れておく為に使われていた物だろう。
「・・・やっぱ、鍵かかってるな・・・」
金庫を開けようとする加藤。
「どうしよう。銃では破れなさそうだし・・・あっ! マサルの手榴弾なら いけるんじゃない? ねぇ、マサル手榴弾貸して」
島田に話しかけたアゲハだがーーー、
「・・・」
返事がない。黙ったまま不満そうに口を尖らせている。
「マサル?」
「いや、いけそうだぞ。これ」
加藤は、《部分強化》で金庫をこじ開ける。メリメリメリ・・・と鉄が軋む音がして、金庫が口を開けた。
「ーーーさすが」
「ん! なんか入ってるな・・・」
加藤とアゲハは金庫の中を物色する。中にはずしり、と重い巾着袋が。
中を見てみるとーーー、
「おぉ! すげぇ!」
「おー!」
色とりどりの結晶が大量に入っていた。だいたいが赤結晶だが、中には黄色に光る結晶もある。
「結構な額あるんじゃない!」
「だな! 《ダンジョン》を攻略したら、みんなで分けよう!」
和気藹々と話す加藤とアゲハ。
そんなふたりを横目で見ていた島田はーーー、
「ーーーなぁ、ふたりとも。油断しすぎじゃないか?」
咎めるように口を開いた。
「《覚醒者》としての能力が在るのか知らないが、無鉄砲にモンスターの罠に飛び込むのも、敵地で騒ぐのもやめろよ!」
「・・・」
「・・・」
加藤とアゲハが顔を見合わせる。
「アレ? ちょっと、島田ちゃん。もしかして、怒ってる?」
「どうしたの 島田ちゃん?急に怒り出して?」
「茶化すな!」
ふたりの揶揄が、島田の怒りに薪をくべる。
「一歩間違えば、命の危険がある旅なんだぞ! もっと慎重に行くべきだろ!」
島田の剣幕に押されて、加藤とアゲハは少しばかり萎縮するがーーー、
「ーーーんだよ。でも、そうでもしないと、コイツら倒せなかっただろ」
加藤も負けじと反論する。
「だとしてもだよ! 危険な行動は控えろ! この先、まだまだ危険な奴がウヨウヨいんだよ! 約束しろ危険な行動は控える! 慎重に行動する!」
「ーーーはぁ? そんなんだったら いつまでも目的地に着かないだろ。そもそも先を急ぐって言ったのは島田だぞ」
「そう言う意味じゃないだろ!」
暗雲の如く険悪な空気が、二者の間に立ち込め始める。
「加藤、お前は無計画で無鉄砲すぎるんだ。お前の危険は、俺たちの危険でもあるんだぞ! もうちょっと仲間の事を考えろ!」
「だから、仲間の事を考えてるから、俺が進んで危ない事してんだろ!」
「お前は、ただ考えなく突っ込んでるだけだ!」
「まぁまぁ、兵庫も考えがない訳じゃないんだし・・・マサルの言ってる事も正しいよ」
「む・・・」
「ぐっ・・・」
咄嗟にアゲハがふたりの仲裁に入って、その空気は とりあえずは霧散した。が、どこか シコリの様な蟠りを残す 終わりとなる。
アゲハは、困った様に一息ついてーーー、
「一先ず、ここにもボスは居なかったね」
話を変える。
アゲハの言葉通り、北口駅務員室には《鬼蜘蛛・緑》しか居なかった。
更には、この駅務員室を散策する前に、反対側の南改札口にある駅務員室と その隣にあるトイレに立ち寄ったが、ここも空振りだった。
ちなみに、南駅務員室には、《鬼蜘蛛・赤》が巣を作っており、トイレはゴキブリの巣だった。
「これだけ探しても居ないんなら、この階には居ないんだろ」
「ーーーて事は、下か」
階下の地下鉄乗り場にボスは居る可能性が高い。
「でも、どうするの? 下に行くには・・・」
地下鉄乗り場に行くには、2つの階段と2つのエスカレーターがある。
ーーーが、そのうちエスカレーター2基は崩落。階段の片方は、人間の胴回り程ある蔦によって塞がれていた。
おそらく、上の駅ビルに 生い茂る樹々の根が ここまで浸食してきているのだろう。
となると、残るは・・・、
「ここだけね」
3人が《ダンジョン》に入ってきた北改札口から見て、右奥にある階段だけが階下に通じる道となる。
階段を降りていく3人。するとーーー、
「防火扉か・・・」
堅牢な防火扉が行先を閉ざしていた。